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むかしむかし。

「ごめんなさい!」

 それは小学校の低学年のころだった。例によって例のごとく、真っ白な世界で金髪のお姉さんが頭を下げている光景に、僕は困惑したのを覚えている。

 これは僕が一回目死んだときの記憶だと理解するのに、大して時間を必要としなかった。

「て、手違いと言うか……ごめんなさい、君は私のミスで死んじゃったの」

 ミスって、と突っ込みそうになったのを堪えて、僕は言った。

「やっぱり、ぼくは死んだんですね」

 現実味が無かったわけではない。当時から既に人生に絶望していただけだった。

 無邪気に将来の夢を語る同級生の姿に、僕はいつも首を傾げていた。新任の若く可愛らしい女の先生に「将来の夢は何ですか?」に問われて、「生き続けて楽しいですか?」と真顔で返したこともいい思い出だ。次の日からその先生は学校に来なくなってしまったけど。実に惜しいことをしてしまったと思う。

 閑話休題――僕は死んだことに対して、あまり興味を抱けなかったのだ。否、あまりと言うか、どうでも良かった。

 それよりも目の端に涙を溜めて、今にも泣き出しそうな金髪の女性が不憫でならなかった。僕みたいなのを間違って殺してしまい、自責の念に駆られていることが可哀想でならなかった。

「だいじょうぶですか?」

 僕の言葉で彼女は肩を震わして、大きく見開いた目で僕を見た。その瞳は宝石でもぶち込んだのではないかと思わせるほどの美しい碧い色で、凄く綺麗な女性だった――どこかで見覚えがあるのは気のせいだろうか。きっと洋画などで似た女優でもいたのだろう。

「……君は分かってるの? 死んだんだよ? もっとほら、暴れるとか泣き喚くとか……」

「ぼくは泣けばいいのですか? あばれればいいのですか? どちらかにしてほしいです、つかれますから」

 思い返してみると、こんな小学生を見たら誰もが引くと思う。実際、現在の僕もちょっと引いた。

 彼女は信じられないと言わんばかりに首を緩々と横に振った。

「本当に分かってるの? 死んだって……もう君はお母さんにもお父さんにも会えないんだよ? それでもいいの?」

 彼女もきっと死神に違いないと今なら断定できる。

 しかし、不思議な光景だった。僕を殺した死神に死んだことを諭されるなんて。この時も僕はただ首を傾げて、じっと彼女を見つめていたと思う。

「でも死んだら、しかたのないことでしょう? だれもが、いつかは死ぬのですから」

「……それ本気で言ってるの?」

 彼女の瞳がほんの一瞬だけ、化け物を見るような恐怖の色に染まった。

 それでも僕は気にすることはなく、淡々と言葉を紡いだ。

「それよりも、お姉さんが泣いているほうが、ぼくはイヤです」

 その言葉で、彼女の目は再び驚愕で大きく見開かれた。

「君は……何で?」

 彼女の頬を一筋の涙が伝った。それが何故なのかは分からない。しかし、僕が尋ねる前に彼女は続けて言った。

「何で、君は死んだことよりも私のことを想えるの?」

 この時の僕は質問の意味が理解できずに、ただ首を傾げただけだった。

 今なら答えられる――自分の命に価値を見出していなかったからだ。

 しかし、彼女は涙を流しながら言う。

「君はまだ死んじゃダメ……その質問の答えを探して。そして寿命を全うした時、私に教えてください。あなたが自分のことより他人を大切にできる理由を」

 その瞬間、僕を包んでいた白い世界が歪んで、彼女の顔が遠ざかってゆく。体が急激に落下していく感覚に襲われ、僕は闇の底へと沈んでいった。


*


 そして目覚めたら白の世界が僕を待ち受けていた。以前のように真っ白な世界ではなく、所々に色彩があり、はっきりとしていく視界の中で僕は生きていることを理解したのであった。

「……僕は人を大切にできるのではなく、自分を蔑ろにしすぎてるんですよ」

「悟?」

 誰に言うでもなく、小さく呟いたつもりだった。だから僕は予想外の反応に体がびくりと跳ねた。それと同時にわき腹に走る痛みに僕は顔をしかめた。

「だ、大丈夫?」

 視界の端に現れたのは金髪碧眼の少女だった。更に幼くなったような雰囲気がするのは気のせいだろうか。

「何とか……今回は死なずに済んだみたいだな」

 小さく笑うと、わき腹を絶えず痛みが襲う。まったく、厄介な所を攻撃されたものだ。

 しかし、贅沢は言ってられない。あの戦力差で一撃死を免れた幸運に感謝しなければならない。そのお陰で今もアリサや、その奥で心配そうに僕を覗きこむ美幸と、再び言葉を交わすことができるのだから。

「やっと目覚めたか」

 感動の再会に水を差すような、冷たい一言が病室に響く。そこで僕は思い出す――この怪我の原因を作った人物のことを。

 パイプイスに腰掛けているシゼルと呼ばれた男は、静かにこちらを見つめていた。白が大半を占める病室の中で、彼の全身真っ黒は大いに目立っていた。

 しかし、以前と違うのはシゼルの瞳から敵意が無くなっていることだろうか。しかし、彼にとっては一時休戦しているだけかもしれない。僕から情報を引き出すだけ引き出しておいて、用済みになったら殺されるかもしれない。彼も死神なのだから、油断はならない。僕の話術スキルが問われる展開に、やや不安を感じながらも僕は口を開いた。

「アリサと美幸は席を外してくれないか?」

 僕が静かに言うと、二人は驚愕で大きく目を見開いた。

「何を言ってるのよ?」

「そうよ、こいつに命を狙われたんだよ?」

 アリサと美幸が素晴らしいコンビネーションを披露し、僕の願いを却下する。

 しかし、ふざけている場合ではない。僕も最初から引き下がるつもりはなかった。

「頼む」

 アリサと美幸の二人を視界に入れながら、僕は切実に言う。

 すると、美幸は少し考えてから、口を開いた。

「何で私とアリサがいたらダメなの?」

「順番に話を聞きたいんだ」

 アリサは、僕らに隠していることがある――それは最初から分かっていたことだけど、それをシゼルに尋ねたかったのだ。その場にアリサがいれば、恐らく口を挟まれ、情報の整理が難しくなってくるだろう。そう考えた時に、一人ひとり順番に話を聞くべきだと僕は判断したのだ。

「大丈夫だ、彼に僕は殺せない」

 柄に無く、僕は微笑んでみせた。しかし、恐らくこの虚勢はシゼルに見抜かれているだろう。彼は一瞬だけ怪訝そうな顔つきになったが、すぐに元の無表情に戻った。

 僕の言葉で美幸とアリサは押し黙った。シゼルは壁に持たれたまま、無表情を貫いている。重苦しい空気が流れているような気がするが、僕はじっとアリサと美幸を見つめていた。

 僕のわがままなのは重々承知だったけど、二人ならきっと分かってくれる――そう確信があった。

 やがて、重苦しい雰囲気をまとったまま、美幸が口を開く。

「分かった」

 その一言だけだった。瞳は心配の色をきざしていたが、美幸は何も言わずにアリサの手を引いて、病室から出て行った。

 手を引かれたアリサは歯がゆそうに僕を見つめていたが、スライドドアが自動的に閉まり、その姿も見えなくなった。

「さて」

 僕はゆっくりと身を起こしながら、壁に持たれかかっているシゼルに尋ねようと口を開いた。

 しかし、それを手で遮って、シゼルは言う。

「聞きたいことは分かる、俺の言葉の真意だろう?」

「……そうか、死神は心が読めるんだったな。なら話は早い。アリサを救うと言った真意を教えて欲しい」

 アリサと美幸の足音が遠ざかっていくのを確認して、僕は真意に迫った。

「言葉通りさ。今の先輩は力を使いすぎて、驚くほど力を失っている。それだけで済めばよかったのに――」

 シゼルは悔しそうに顔を歪めながら、続けて言う。

「恐らく……先輩は自分の命を削って、貴様を生き返したんだと思う。そのせいで、今は人を殺す力すら残っていないかもしれない」

 なるほど、と僕は頷く。

 これは予想だけど、アリサが僕の体を操れると言ったのは、最初の一回だけだったのではないかと思う。恐らく、上下関係が覆らないようにするための布石だったのだろう。だから、何度もチャンスがあったのにアリサは美幸を殺さなかった――否、殺せなかったのだ。

 しかし――

「アリサは何故、僕にそこまでする必要があったんだ?」

 僕は当然の疑問を口にした。そこまで力を使って、僕を生き返すことに何か意味でもあるのだろうか。

「その理由を知るために、俺は貴様を殺すことを我慢しているんだ」

 シゼルの鋭い眼光が僕を射抜く。しかし、僕はそれに動じることなく、さらに質問を投げかけた。

「なら君は僕から何が聞きたいんだ?」

「てっきり質問責めに遭うと思っていたものだから、ちゃんとまとめていなかった。少し待ってくれ」

 フェアじゃないからね――と僕が言うと、シゼルは静かに頷いて口を開いた。

「必要な情報を得たら、俺は貴様を殺すかもしれないけど、いいのか?」

 シゼルは口の端を吊り上げた。しかし、どこか皮肉げに見える笑みだった。

「それがアリサのためになるなら、悔いは無いね」

 その言葉にシゼルはしばらく黙って、僕を見つめていた。妙な沈黙が流れる。彼の視線は僕の真意を測ろうとしているような、嫌な感じを受けるものだった。まぁ実際に彼は思考を読めるわけだし。

 しかし、僕の言葉に偽りはない――と言えば、少しだけウソになる。美幸と別れることが、やはり心残りだった。

「変なヤツだ。君を殺した死神に感謝しているなんて」

「自覚はしている」

 嫌悪感を隠すことなく、シゼルは顔を歪めた。それに対して、僕は堂々と言い放つ。

 そう、僕はアリサに感謝していた――それは現在進行形だけど。再び、この地に立つことができたことを、美幸と会わせてくれたことを。

 だから、アリサのために死ねと言われれば、喜んで命を差し出すだろう。

「ただ、美幸に最後の挨拶ぐらいはさせてほしいな」

「……分かった」

 僕の出した条件に、シゼルは頷いた。今までに見たこともない悲しそうな彼の笑みに、僕は少し安堵した。こいつにも感性はある。ただ、仕事のために人を殺すようなヤツではないと知って、僕は死神に対して抱いていた嫌悪感が抜けていくのを感じていた。

「しかし、その前にいくらか解消しておきたい疑問がある」

 シゼルの表情が真剣なものへと戻る。その空気に呑まれた僕は、ただ頷いて彼の言葉を促すことしかできなかった。

「貴様が一回目に生き返った時の話だ。その時も貴様を生き返したのは、アリサ先輩でなかったか?」

「アリサが?」

 思わず眉をひそめて、シゼルの言葉を復唱する。それと同時に僕は一回目の記憶を脳裏で再生した。

「名前は聞いてないから分からない……しかし、もっと大人っぽい方だった気がする」

「……恐らく力を使ったことで、先輩の身が縮んだのだと思う」

 力を使って縮む――それを聞いて、僕は思わず納得してしまった。二回目死んで直後に出会ったアリサと、その後に地上で出会ったアリサの体格を思い出したのだ。

 それにしても力を使って、若返るとはどんなチートだろうか。

「若返るのは一時的だ。力を使いすぎれば、魂ごと消滅する。天国や地獄に行くことも叶わず、誰にも救われることもなく、完全なる無に帰す」

 それを聞いて、僕の背筋に悪寒が走った。しかし、シゼルは続ける。僕はその先が聞きたくなかった。僕の予想が間違っていなければ――

「つまり、今のアリサ先輩は死神としての力の大半を失って、存在自体が非常に危うい。何かの拍子に霧散してもおかしくないぐらいに」

 僕の嫌な予感は的中した。

 しかし、たくさんの疑問が残る。何故アリサはそこまでして、僕を生き返したのだろうか――それは僕が望んだことだけど、多大なリスクを背負う選択肢をわざわざ掲示した理由が分からなかった。

「それを……貴様の命を使って補う。先輩に死神としての力を取り戻してもらう。そこまで戻れば、後は業務に戻り、人の命を管理することで、自らで力を取り戻すことが可能になる」

「つまり死神は僕らを殺し、何かしらを奪って生命を維持していると?」

「ああ、人の寿命だ」

 シゼルは迷いなく言い切った。ある程度、予測がついていた僕は驚くことなく、静かに頷く。

 ここまではっきりと言ってくれれば、僕はシゼルがウソをついている可能性を無視してもいいと思っていた。仮にウソをつかれていたとしても、個人的には構わない。もう既に二度も死んでいるのだから、死ぬことに対しての恐怖は薄れつつあった。

 しかし、それは美幸と別れてしまうことだけは辛かった。生に執着する理由と言えば、これだけしかない。ただ、その一つが僕の中で非常に大きな割合を占めていた。この気持ちを納得させて、死に向かうのは、それなりに大変かもしれない。

 しかし、そんなことよりも、とある疑問が僕の中で形を成していた。それは無視することができないほどに巨大なものであった。

「何故、アリサは僕にそこまでしてくれたんだろう?」

「……それは先輩に聞いてみなければ、分からない」

 シゼルは少し悲しげに目を伏せて、首を横に振った。

「ただ、何となく想像は……ただ、それが正解でないことを望んでいる」

 僕を睨みつけながら、シゼルは壁から背を離した。

「俺からの話は以上だ。それと最後に言っておく。貴様のその最悪の予想は正解だ」

 それだけ言うと、シゼルは僕の答えを待たずに、部屋を出て行った。

 普段なら心地よいはずの静寂が、重みを伴って僕に圧し掛かる。すべてはシゼルの言葉で世界は一変してしまった。死んでもよいと思えてたのに――それが僕一人で済むならば。

 それだけで済むならば、僕は美幸と別れを告げて、アリサに命を捧げて、そこそこ地獄で働いて転生を待っただろう。しかし、僕の予想が合っている――そうシゼルは言った。

 部屋に空気が流れ込む音は聞こえて、僕は顔を上げた。扉の隙間から不安そうに顔を覗かせるアリサと視線が合うと、彼女はびくりと肩を震わせた。

「大丈夫だった?」

「……ああ」

 首肯すると、アリサはすぐ横までやってきて僕の手を握った。

「ごめんね、絶対にあの子のこと説得するから」

 決意に満ちた表情でアリサは言った。

 しかし、その後、彼女の身に起こるであろう悲劇については言及しない。だから、僕は問う。

「説得して、アリサはどうするんだ?」

「え?」

「その後はどうするんだ、と聞いているんだ」

 僕は無表情でアリサを見下ろしたまま、続けて言う。

「僕を助けた後にお前が代わりに消えてしまっても、僕が喜べるとでも思っているのか?」

 僕の言葉でアリサの目が驚愕で大きく見開かれた。何か言葉を紡ごうと唇は震えているが、彼女の口から音が発されることはない。

「もう僕は死ぬ覚悟を決めた。そしてお前を助ける」

 僕は決意を述べる。しかし、アリサは目の端に涙を溜めながら、緩々と首を横に振った。

「イヤだよ……」

 はらりと目じりから零れる涙に僕は不謹慎かもしれないけど、美しいと思ってしまった。それは一回目に僕を生き返してくれたあのお姉さんの姿と被って見えたからだった。

「二回もありがとうな」

 それを聞いて、アリサは悔しそうな表情のまま、ぼろぼろと涙をこぼしてゆく。

「……思い出したんだ」

「ごめん、シゼルに言われるまで気づけなかったけど」

 苦い笑みが僕の表情を覆う。

 それは仮面だった。アリサの善意に気づくことなく、生きようとしてしまったことに対する羞恥と自己嫌悪の念が激しく僕を襲う。

 しかし、それらを一切表に出すことなく、僕は言う。

「僕の命を使って、アリサは力を取り戻せ」

「そんなの……全然、意味無いのよ」

 俯いたまま、搾り出すようにアリサは言った。

「何故?」

「まだ……あのときの答えを聞いてない」

「ああ、あれか……言ったじゃないか、僕は人を大切にできるのではなく、自分を蔑ろにしすぎているんだ、って」

 それを聞いて、アリサの手が僕の手を強く握り締めた。

「自分を蔑ろにできる人が世の中にどれほどいるか、分かって言っているの?」

「そんな良い意味合いではないよ。僕の場合はヤケクソに近い」

 軽く笑ってやると、アリサの爪が僕の手に食い込んだ。少し痛かったけど、僕はそれについて言及しない。

「私は、ヤケクソになって犯罪に走る人を多く見てきた。なのに、悟は違った……ただ静かに傍観を決め込んでいる。何で世界に絶望しないの? 生きる意味すら持てない、この世界に」

「絶望なんてとっくの昔に済ませてる」

「なら何で……悟はずっと普通でいられるの!?」

 アリサがあらわにしたのは怒り――それを向けられて初めて分かった。彼女も恐らく世界に絶望してきたのだろう。しかし、それらを呑み込んで、ずっと生きてきた。それがどれほど辛いことか、僕には分かる。絶望と共に生きることは、ただの苦でしかない。

「普通じゃないよ、僕は狂ってる――そう思っていた。そう思うことで、僕は周りと違うことに当然と言う感情を抱き、自身を納得させた」

 でも、それは違った。今なら分かる。

「でも、それらは言い訳だ。結局は僕が弱かったんだ。それを美幸から教えてもらった。僕が弱かったから、その言い訳として僕は世界から興味を失おうと考えたんだ」

 それは究極の逃亡――世界と価値観が違うと思い込み、悲嘆に暮れ、その場で塞ぎこんで動くことを拒んだ。

 何て稚拙な行為だろうか。自然と苦い笑みが僕の顔に表れていた。

「結局、僕は逃げていただけなんだよ……だから、今も弱いままだ。しかし、それが染み付いてしまった僕は、もはや手遅れだ。だけど、君はまだ怒れる力があるだろう?」

「……手遅れなんかじゃないよ」

「そう言ってくれるのは純粋に嬉しい。けど、ごめん、もう僕は無理だ。君の手で殺してほしい」

「イヤだよ……お願いだから、一緒に生きて」

 アリサの頬を涙がとめどなく流れてゆく。

「ごめん」

 それを僕は無表情で断り、続けて言う。

「アリサが無理なら、シゼルに頼む。それでも何とかできるから、彼は僕を殺そうとしたんだろうし」

 それを聞いて、アリサは俯いたまま肩を震わせた。

「せめて、最後は自分を想っている人の手で殺されたかったけど、贅沢だったかな」

「……美幸との別れは?」

 俯いたまま発せられたアリサの声は先ほどと違って、驚くほど冷たい響きを伴った。

「いいよ、こんな格好悪い自分に気づいて、あわせる顔なんてない」

「そう」

 アリサは僕の言葉に小さく答えた。

 そして、彼女は顔を上げる。その瞳に怜悧な光が宿っていた。

「頼むぜ」

「分かってる」

 簡潔に答えたアリサは大きく息を吸った。そして彼女の絶叫が部屋を満たした。

 それと同時に彼女の右手が黒煙に包まれ、それは形を成してゆく。まるで力を振り絞るような絶叫に、僕の胸は痛んだ。そこまでしなければ、もはや力を造形することもままならないのだろう。

 そこまでして生き返してくれた理由とは一体――僕はそれを間もなく知ることになる。

 形を成した鎌を振りかぶって、アリサは僅かに唇を震わせた。

「とても愛してました」

 それと同時に振り下ろされる鎌――そこで僕の意識は闇に呑まれた。

 恐らく三度目の死を経験している最中なのだろう。

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