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お礼に行こうよ

「いやー酷い目にあったよ」


 沈む夕日を眺めながら、隣を歩く彼女は笑う。

 彼女の名はカグヤ。身長は俺より拳一つ下。

 前髪自然な姫カット。腰に届きそうな後ろ髪が、彼女の歩みに合わせ、しなやかに踊る。

 その笑顔を見るととても可愛らしいが、その実力は圧倒的だ。


 ――俺が番兵の偉い人を説得して牢屋に辿り着いたとき、ソコでは地獄絵図が展開されていた。

 具体的に言うと彼女は、ぐったりした見張り番を尻目に、牢屋の格子を魔法で曲げて伸ばして、無骨な扉を繊細な装飾門に作り変えていたのだ。

 鉄が粘土のようになる高温を、周囲に撒き散らしながら。

 半死半生の見張りを救出し、必死の思いで再突入。出してやるからこの熱気を何とかしてくれ、と叫ぶと『わーい』とか可愛い声を出しながら、自作した合鍵で外に出てきた。


「あんな簡単に出られたなら、捕まらなければ良かったのでは?」

「逃げ回ったら君に会えないじゃない」

「え? 何コレフラグ?」

「フラグって何?」


 そんな会話をしながら宿に到着。

 彼女は平謝りする女将さんから笑顔で無料の食事券をせしめ、俺を自分の部屋へ誘った。

 俺の部屋は窓が壊れたままなのでその好意に甘える事とする。

 扉の向こうには、ベッドに腰掛ける和装の男が居た。彼は捕まる事を良しとせず逃げ回っていたのだろうか。

 折角の和装なのに脇に置いた剣はどう見ても『ドラゴンを殺しうる質量を持った鉄塊』だ。

 男に駆け寄りカグヤが泣きつく。明らかに演技で。


「イスルギぃ、何で助けに来てくれないの?」


 男はカグヤではなく俺を見る。


「犯行グループの目処が付いた。報復するか?」

「無視すんなよぅ」

「報復、ですか?」


 いきなりの進言に俺はどう答えたものか考える。

 カグヤが一生懸命アピールしているが、男は適当に受け流しながらも、こちらを見る視線は揺るがない。

 報復など考えもしなかった俺は、とっさに答えを出す事が出来なかった。


「えーと。とりあえず自己紹介から始めませんか?」




 先ほども言ったが牢屋に入っていた方はカグヤ。魔道士で、白いセーラー服に同系色のスカートを合わせたような服を着ている。服の所々に赤いラインのアクセントが入っており、バトル系魔法少女っぽい。

 一般的な魔道士は、魔法威力アップのために魔石を組み込んだ触媒(杖とか指輪とか)を持つものだが、彼女は何も持っていない。まーた才能だけで生きていける天才少女か。

 年齢は『ひ・み・つ』とかほざいていたが、見た目から判断するに俺より年上と言う事はあるまい。


 犯人を捜していた方はイスルギさん。丈が180cm以上有りそうな戦士で、持ってる剣も俺の身長(憶えてる? 160だよ?)よりでかい。

 ざんばら髪で、時代劇の用心棒みたいな地味な着物を着ている。

 (タスキ)で袖を捲くっており、襷の背中で交差した部分にフックが在るので、ソコに剣を掛けるのだろうが、ソレ絶対襷が持たないから。

 ……魔力でどうにでもなるのか? 魔力マジ万能。

 名前以外語りたがらないが、身た所20代後半といった感じだろう。


 旅の理由は秘密らしいが、カグヤが『次は何所いこうか?』みたいな事言ってるので、見聞を広めるとか言って観光でもしているのだろう。

 俺も自己紹介を終えると、イスルギさんはまた聞いてきた。


「叩き潰すなら手伝うが」

「そこまでする事も……ないのでは?」


 自分でも甘いと思う。

 ナイフで刺された男が『まあまあ皆さん落ち着いて』とかイカレてると思うが、俺はこれ以上面倒に巻き込まれたくない。

 あまりの痛みにパニクっていたから見たわけではないが、死体が無い事から考えて襲撃者は逃げたようだし、俺がまた襲われる前に逃げてしまえばいい。

 肩の傷も完治しているから、こちらから手を出して復讐の連鎖が云々って事になるのは御免だ。


「奴らはまた来るぞ。向こうも二人死んでいるからな。後には引けない」


 おいおいマジかよビックリだよ……

 殆ど戦闘があった気配すら部屋にはなかったんだが、カグヤが2対1で圧倒したって事?


「いつの間にそんな事が?」

「リュウジを襲った奴らはアタシが殺っちゃったでしょ、見てなかった?」


 カグヤを見る。


「どしたの?」


 彼女も俺を見る。


 あそこの自販機の下に10円玉が入っちゃったでしょ、見てなかった?


 例えるならそんな感じ。

 何故、こんなにも人の命が軽く扱えるのだろう。


「熟考するのはいいが、相手は既に次の手を打った後かも知れないぞ」

「もう少し、時間を下さい……」


 俺は、甘いのか?

 床を睨んで考えるフリをするが、俺の中の答えは決まっている。

 人の命は重い。


「襲撃グループは2つの思想で動いている」


 前置きも無くイスルギさんが語り始める。


「この町に瞬く間に流行を作ったお前が、何らかの方法で人心を掌握せんと呪いを振り撒いた。そう考えるのは町の将来を憂う一部町民達。冷静な判断力を失う前に、他の町に被害が出る前に、お前を処分したいようだ。もっとも、町を出たなら追う気はなさそうだな」


 何だソレ。

 『冷静な判断』で俺を殺すのか? 確認もせずに?


「彼らを煽ったのは、魔力弱者がアイディアの中心に居る事がが気に入らない、町の権力者の1グループ。お前が持っているかもしれない他のアイディアを聞き出して、自分の名で発表したい。安全のために手足を奪って確保したいようだ」


 ちょっと待ってくれ。何ソレ、何なんだソレ。

 『名声が欲しい』ってだけで俺の手足を落とすのか?


「逃げるか、殲滅か。お前の選択肢は2つじゃないか?」

「……マジですか?」


 俺は……

 人の命は……


「ハーイ提案! 間を取ってアタシを監禁した警察を襲撃するといいよ!」

「実行部隊の傭兵共で我慢しておけ」


 そこは既に決まっているのかよ。空気読まない娘だな。


「イスルギさん」

「敬称は要らんよ」

「ではイスルギ。その実行部隊への襲撃は決まっているんですか?」

「カグヤが牢屋に入れられた礼に、な。飯ぃ食ったら殲滅に行く。終わったらそのまま町を出るつもりだ」

「派手にやるつもりだからね。君が苦痛の代償を望むなら、ついでに他の奴も潰してあげる」


 こちらを見るカグヤは笑顔だ。善意の笑顔だ。

 ソレを見て俺は決めた。


「俺はそう言った事は不要です」


 カグヤの表情は『それでいいのか?』と問うている。

 俺はソレでいいのだ。だが、二人を止める気もない。

 よってカグヤを見ながら、俺はこう続けた。


「ですが、お二人のやり方を見せて頂けませんか?」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ――町外れの酒場。

 初めて入ったその場所では、ごつい男達がゲハゲハ笑いながら酒を酌み交わす、テンプレのような光景が拡がっていた。

 ぶっちゃけマジで伝説のセリフ『ママのおっぱいでも飲んでな』が聞けるとは思わなかった。

 俺はそんな煽りを無視してカウンター席に座り、足を組んで肘を付くと言ってやった。


『ミルクを』

『脳筋先生よぅ、ココそーゆー店じゃねーから』


 店長さんにはそう言われたが、テンプレのおっさんに気に入られ、今は彼等と相席のテーブルに移りジュースを飲んでいると言う現状に至る。




 店長さんは俺の活動を知っていたので、取材と言って納得してもらった。

 ジュースを飲んでいるのは、ココでもうすぐおきる惨劇を見学するため。

 この世界で血やモツを見ずに済ますのは無理だ。

 一度この目に焼き付けて、自分の中で感情を処理出来ねばならない。

 そしてターゲットの傭兵は全員、俺と向かい合わせに座って楽しげに語るテンプレおやじの向こう側、隣のテーブルに座っている。

 数は5人、リーダーらしき男が長テーブルの短い辺に座り、左右に二人づつが座る形だ。

 襲撃の実行部隊は他には居ないと聞くが、どうやって半日足らずで全てを調べ上げたのかを聞くと、イスルギは黙り込み、カグヤは『ひみつー』とか言っていた。カグヤはそもそも牢屋で遊んでただけだろうに。

 とにかく対象の位置が店の中心なので奇襲は出来ない。

 イスルギ、カグヤ、どう出るつもりだ?

 と、考えていると頭にカグヤの声が響いた。


《3、2、1》


 0、のタイミングで、天井を破って『ボロボロのマントを頭から羽織った男』が、鉄塊としか思えないような両手剣を大上段に振り上げたポーズで降って来た。

 ソレはそのまま大剣を振り下ろして実行部隊のテーブルを盛大にぶち壊すと、剣を水平にしたまま高速でギュルリと一回転した。

 対して実行部隊はリーダー以外の全員が手元の武具で防御体制をとった。酒が入っているとは考えられない脅威の反応速度だ。が、鉄塊はそんなものを物ともせずに、4人の男を引き裂き肉塊に変えた。

 実行部隊リーダーは目測で鉄塊が届かない事を理解していたらしく、闖入者を見据えたまま動かない。撒き散らされた色々な物で赤黒く染まったまま、突如現れた男とにらみ合う。その度胸と判断力はイカレているとしか思えない。

 リーダーが剣を抜きながら立ち上がるのと、両手剣の男が天井の穴にフワリと舞ったのは、ほぼ同時だった。


「な、おい待て!」


 慌てて叫んだリーダーが一歩前に出て、そして――

 落とした雪玉のように足元から砕けて、光になって無くなった。




 そして、静寂が訪れる……

 誰も言葉を発しない。

 テンプレ親父がゆっくりと、背後を確認する。

 親父の後頭部に引っ付いた挽き肉が、残った目玉で俺を見つめムリムリムリムリヤバイキモイマッテチョットごめん吐く。

 しばらくお待ちください……ぐえ。

 次に親父は、店長さんに視線を向け、一呼吸置いてから、言った。


「コップ、変えてもらえる?」

「もう帰れよ!」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 現場の混乱に乗じて店を抜け出した俺はイスルギ達と合流、碌に説明もされないままカグヤの飛行魔法で町を出ると、そのまま飛び続けて再び最前線の町に到着。今回はスラムの安宿の1室に入った。


「いやー飛んだ飛んだ、こんなに飛んだのは久しぶりだよ」


 カグヤはベッドの上で満足げだ。

 だが、俺には彼らに聞きたいことがあった。


「色々一体どうやったんです?」

「随分適当な聞き方だなオイ」


 イスルギが笑うが、疑問が多すぎて何から聞けばいいか解らない。


「じゃあ今回何をやったかを、順を追って教えてあげよう」


 ベッドの上に立ったカグヤが切り出してくれたので、そちらを見る。


「まずイスルギの襲撃位置。リュウジの視界をジャックして位置を割り出しました」

「ちょっと待って、俺は魔力が僅かほどにも無いから、視界ジャックどころかテレパシーも出来ないはずなんだ」


 イスルギが目を見開く。

 どんだけ電波もらってもアンテナなしじゃ受信はできない。


「そうだね、汚染率0%だったんだ。だからアタシの中の……」


 そこまで言ってから、カグヤがちょっと考える。


「そう、魔力の元をリュウジにあげたんだ。体液の形で」

「ああ、俺の助けを無視してやってた変態行為のことですね」

「変態じゃないよ!……だから今リュウジは中級魔道士クラスの魔力がある」

「魔力の受け渡しって事? そんな事出来るなんて聞いたことないすよ?」

「え~と。これは汚染率が0だったから出来たことで……」


 カグヤは物凄く言葉を選んでいるが、多分もう破綻していると思う。

 全ての生命が魔力を持って存在する事を、俺はバイツから聞いている。

 そして、その魔力が死後失われない事も。

 カグヤの言う事が本当ならば、俺は今までこの世界で食べた食事で魔力を得ても、おかしくないのではあるまいか。

 そこは引いてもいいが、俺の魔力を0と断言する魔眼を持ちながら何故、魔力無き生命と言うこの世界にありえない存在に驚く事もなく、対処法すら解るのか。

 そもそも魔力の事『汚染率』なんて言う奴いねーよ。


「あ! て事は汚染率が汚染率が言っててお前俺の事汚染したのか!」

「いやぁ、あまりに珍しい個体だったのでつい……」

「照れるトコ違うから!」

「カグヤは真実を語る気ないから、次いこうぜ次」


 イスルギのそれは助け舟なのだろうか?


「はい次! イスルギのやった事には疑問はないよね?」

「いや、ちょっと前にイスルギは老人と剣を抜けない俺を助けてくれませんでした? 刀で」

「おう」

「あの時は有難う御座いました。どうりで先ほどもあのイカレた戦法なわけですね」

「もっと褒めてくれていいぞ」

「あの時の刀はどこに?」

「……俺も真実を語る気ないから、次行こうか」


 折れたから捨てたって言えばいいのに、コイツら嘘のつけない奴らだな。


「はい最後! 残った敵はアタシの魔法で木っ端! あんなの見た事ない? 自分の不勉強を恥じるといいよ!」


 カグヤにはもう説明する気はないようだ。

 彼女はドスンとベッドに転がり、イスルギが後を引き継ぐ。


「今日はこんなトコでいいだろ。俺もお前に聞きたい事がある」

「何です?」

「お前の今後の予定。だ」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「片道1時間の距離を2人抱えて全力で飛ぶカグヤが在り得ない事については?」

「……そこは『流石カグヤちゃん! 凄い! 可愛い!』で済ませといてよ」

 適当な奴らだ。

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