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ツマ、名が売れる

 訓練所に通って3週間が過ぎた頃には、子供達の目が変わっていた。

 訓練の終了後、子供達が俺の前に集まる。


「脳筋せんせー」

「よし、今日は『大陸横断鉄道』に乗り込んだ所から始めようか」

「はいっ!」


 子供達は真剣な眼差しで俺の前に座る。内何名かは手元にノートを持っている。

 今、俺が話している御伽噺は『鉄と戦車の物語』で、はっきり言うと、出だしでの食いつきは最悪だった。

 なぜなら、俺が今回初めて『魔力の無い世界の物語』を話したからだ。

 魔石が有れば、自分にでも倒せそうな敵に手間取る主人公。

 魔石の指輪さえあれば、タダの銃弾など無意識の内に弾いてしまえるのに、魔力弱者の何ともどかしい事か。

 そんな子供達に俺は教えてやった。


「今回の主人公、弱いと思ったか? ハンタなんかはこう思ったんじゃないかな。『俺がそこに居れば楽勝なのに』って。だったら! 作ってもいいんだぜ? お前が主人公を助けて仲間から尊敬の眼差しで見上げられる物語をよ!」


 主人公の隣に自分が居れば。否、自分が主人公であれば!

 この世界において本といえば歴史、教育、教養或いは手垢の付いた英雄伝説しか無い。つまり娯楽小説が無いのだ。

 僅か2週に満たぬ間に、各種名作ゲームのストーリーの洪水を浴びせられ、翻弄され続けた子供達に取って、この発言の与えたインパクトは想像を絶する物だった。


「先ずは書き散らせ! 次の日読み返せ! そしてお前の活躍を更に格好よく! そして華麗にするんだ! ライバルも! ヒロインもヒーローすらもお前を輝かせるための小道具だと知れ!」


 俺はただ勢いだけで捲くし立てる。今の彼らにはそれで十分、理屈も説得力も不要だ。彼等は自分の黄金郷(エルドラド)を見つけてしまったから。後はもう情熱を紙に叩きつけるだけ。

 荒削りながらも次々と湧き出すインスピレーションは、もはや自分にも止める事が出来ない。

 そんな彼らは今やオリジナルの物語にまで手を伸ばし、仲間同士でお互いの物語を評価し合い、素晴らしい成長を見せている。

 今の俺の仕事は彼らの物語の文章を批評し、彼らに閃きの切欠を与える物語を語る事だ。

 一時は親御さんからクレームが来たが、識字率上昇のためとか、文章力を鍛えるとか言って誤魔化し、それでも食って掛かる小母様連中には、シンデレラストーリーとハーレクインロマンスの骨組みを教えた所、数日後には彼女達を中心に、町全体を巻き込む大きな流れが出来上がっていた。

 ココまで大事になるとは思っていなかったが、それだけ娯楽に飢えていたのだろう。

 大事になりすぎて町の偉い人に連行されたが、そこで俺はダメ押しに提案する。


「人気の作品を集めて短編集を作りませんか? そしてソレを各町村に配布するんですよ、勿論有料で。作者に利益を還元すれば、それを目当てに更に良質な娯楽作品が集まりますよ。そして読者が増えれば、後は……」




 俺は、町おこしの英雄になった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 時刻は夜の書き入れ時が終わる頃。店の夜を任されているウェイターの魔道士さんがカクテルを作り、ウワバミのおっちゃんが出される側から美味い美味いとグラスを開けていく。一気で。


「おかしい」

「そう? お客としては最高だよ?」

「じゃなくて」

「どうしたよ、リュウジ先生?」


 遅めの夜の定食を食べながら呟いた俺の隣に、宿の女将が座った。

 彼女は俺の作ったビッグウェーブに乗らなかった人の1人だ。

 風の噂に、リアルハーレクインしてバッドエンドだったので、その気にならなかったと聞いた。


「剣で身を立てる予定だったのに」

「いくら脳筋先生でも魔力無しじゃあ盾にもなんないよ」


 確かにそうなのだ。

 一般人が日常生活の中において、魔力を伴わない拳銃位ならオートガードしてしまう世界で、本職の戦士は剣に魔力を込めて戦っている。それも無意識の内に。

 相手を倒したいと思うだけで、倒されたくないと思うだけで、武具に溶かし込んだり、編み込んだ魔石の力が発動する。

 お互いに同じ効果が発動して相殺し合えばプラマイ0だが、魔力弱者の俺は魔石の補正が無いので圧倒的に不利になる。

 これは訓練所で最初に学んだ、絶対に越える事の出来ない壁だ。


「いっその事ココにずっと居ても、いいんじゃないの? アタシは構わないよ」

「下手に大事に関わったから、逆恨みとかされそうで……」


 俺は口元を引きつらせて笑う。

 女将さんはソレを冗談だと思ったらしく、豪快に笑い飛ばしているが、俺にとっては冗句で済まされる話じゃない。

 短編集が軌道に乗ればいいが、調子に乗って大量の在庫を抱えたり、流行の変化に乗り遅れたりしたら、誰かが責任を取らねばならない。

 発起人で根無し草の無能力者。俺が最良の生贄じゃないか。

 弟子の成長が見られないのは悲しいが、俺の薔薇色になる予定の未来には変えられない。

 俺のトラウマもだいぶ改善されたし、記憶喪失設定を使わずに旅が進められる一般常識も獲得できた。

 ……そろそろ、塔に向かう事を考える時期だろう。


「……西の塔を間近で見てみたいんだけど、国境を越えるのって大変なのかな?」

「南西最前線の町で商隊にでも頼めば行けると思うけど…… ソレもお話作りの糧にする気かい?」

「アレの魅力に気付かないのは、とてももったいない事だよ」


 俺は静かに、だが熱く語る。

 女将さんは俺の本気を感じたらしい。


「だったら、北の果てにある塔を目指すほうが安全じゃないかねぇ?」


 遥か北の極寒の地にも、巨大な塔がそびえ立っているらしい。

 教会の領内にあるソレは、何所にも入り口が無く、歴史を紐解くに人の侵入を許した記録が残っていないと聞く。

 恐らく、西の塔も同じなのだろうが……


「……西のアレが、俺の初めて見た塔なんだ」

「初志貫徹? 一目惚れ? まあ夢見るのは構わないけど、火傷じゃ済まないかもしれないよ?」


 彼女は本気で俺を心配してくれている。だが。


「ココで腐るよりはいい」

「……アンタ、火傷した事無いだろ」


 断言される。

 違うと言いたい所だが、誘拐犯からローエン氏を助けたあの時、俺は何もかもを甘く考えていた。

 俺は事態を混乱させただけだった。

 助けが入らなければ、俺はココに居なかった。

 俺が今、どれほど真剣なつもりでも、彼女から見れば間違いなく人生を甘く見ているのだろう。

 だから。おどけた顔で、言った。


「咽元過ぎれば熱さ忘れる、って知ってる?」


 彼女も、笑ってくれた。


「ま、アンタの好きにすればいいさ」


 そう言うと、女将さんは席を立つ。

 俺も冷めた飯を片付けるべく、スプーンを動かし始めた。


「あ、そうだ。もう遅いんだから食器は自分で洗っておくれよ?」


 ……おのれー




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 深夜、ガラスの割れる音で目が覚める。

 おいおい、先日の強盗だってもうちょい静かに入ってきたぞ?

 今の俺はどれだけ深く眠っていても、瞬時に全力モードへ移行可能だ。

 はっきり言って、並みの人間に俺の寝込みを襲う事は不可能だと断言出来る。

 が、目を開けた瞬間に視界に入ってきたのは、俺に飛びかかろうとする黒い影。

 うっわ早え!

 言った側から並の人間じゃねえぞコレ。


「うわっち!」


 変な叫び声を上げながらソレを蹴り飛ばし、そのままの勢いで飛び起き…… ようとして、左肩を引っ張られてバランスを崩す。


 肩に何かが乗っている。


 何コレ、短剣の柄だ、痛てぇ、貫通してる、痛い、どうしよう、凄く痛い、コレ抜いていいの? 吐きそうに痛い、止血必要? 痛い痛い、声出ない、いたい、目ぇチカチカ、いたいいたい、視界が、いたいイタイイタイイタイイタイ!


「が。……い、……あ」

「すげぇ飛んだな、無事か?」

「まあ、どうにか大丈夫です。早く済ませましょう」


 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ……


「手足はどうしますか?」

「右手があれば後は要らないんだろ? 危ないからバラしとこうか」


 イタイイタイイタイイタイイタイイタイいたい……!


「隣の部屋に動きがありますね」

「ナイフでも投げとけ」

「おい! こんな深夜になヴィア……って殺す気か!? 殺すぞ!」


 いだい痛い! 目の焦点が、痛くて、合わないっ!


「一度引くぞ」

「二度目は無いよ!」

「……なっ、貴様!」


 状況が解らないが、声は男二人と後から来た口の悪い女声一人。

 女声が優勢らしいが、視界が涙で歪んで解らない。


「……クソッ」


 誰かが窓から何かが落ちる音と、部屋の入り口から窓に走る靴音。


「……いやー驚いた、何事かと思っちゃったよ」


 漸く戻った視界には、割れた窓から外を見下ろす黒髪ロングのお嬢さんが見える。

 初めて見る顔だから、多分この町の人間じゃない。

 全てが終わった後の様だが、自分の置かれた状況を整理する。

 何だかよく解らないけど、殺されそうになって……助かった?

 うわ幼女強い。でもそんな事より肩の短剣が凄く痛いよ。

 ベッドに張り付けられたまま、必死に声を出す。


「ね…… おねあ……すえて」


 あまりの痛みに言葉が出ないが、『お願い助けて』は通じたようで、彼女はこちらに寄ってくる。


「お? 汚染されてない生物なんてアタシ初めて見たよ」


 バイツめ、この世界は魔眼の持ち主で溢れ返っているじゃないか。


「助けて……」

「汚染率0パーの個体なら……」


 彼女は俺の声を無視すると、自分の指先に刺突用ダガー(スティレットって言うらしいよ)で傷をつけ、俺の口元に持ってきた。

 ダメだ、コイツもヤバイ娘だ。


「はい、あーんして?」


 ダメだこの変態少女。

 階下でも騒ぎに気付いた様で、バタバタと階段を上って来る音が複数。

 だが、彼女はそんな事を気にも留めずに、硬く口を閉じた俺の唇を、血の付いた指先でなぞる。

 ――とても、やわらかい。そう、感じた。

 まるで意思を持つかの様に、ヌルリと口腔内に拡がる彼女の体液を感じながら、俺の意識は刈り取られた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 目が覚めると、町の病院だった。

 日の位置から考えるに、丁度昼飯時だろうと当たりを付ける。

 既に左肩は完治しており、メンタルの部分に異常が無い事を確認して、その場で退院となった。

 肩を直してくれたのは、宿で隣部屋に居た少女だろうか? あのエキセントリックな黒髪ロング。

 何のお礼もしてないから、まだ宿に居てくれればいいんだが。


 宿の前に立ち、2階の様子を見る。

 俺の部屋は窓枠が壊れたままになっており、道行く人の注目の的になっている。

 眺めていても仕方ないので、中に入る。


「せんせー!」

「だいじょーぶだったか、先生」


 訓練所の子供達が体当たりで俺を出向かえた。

 俺は全員をガッチリと受け止めてやる。


「おいおいお前ら、今は訓練の時間だろうに」

「そんな場合じゃないって先生」


 後ろでは小母さん連中も笑顔で迎えてくれた。


「脳筋先生が無事でよかったですよ」

「先生は私等に娯楽を持ってきてくれた人だからね。これで終わりなんて事にならなくて本当によかった」


 女将さんもホッとした表情だ。

 最悪『ウチの部屋ブチ壊しやがって』みたいな事を言われたらどうしよう、なんて思っていたので、ココまでの歓迎を受けると嬉しくなってしまう。

 何かこう、この町の人々に認められたんだなぁ、って思う。

 皆の歓迎に笑顔で答えながら女将さんの元に到着。


「この度はお店に多大な迷惑をおかけしてしまいまして、申し訳御座いませんでした」

「やだねぇそんな、畏まる事なんて無いさ。アンタは真夜中に襲われたんだから、無事に帰ってきてくれただけでも万々歳さ。何も気に病む必要なんか無いんだよ?」

「それで、俺を助けてくれた女の子は?」

「……へ?」

「俺の部屋に女の子、居ませんでした? ロングヘアの」


 空気が凍った。女将さんが、青ざめる。

 想像が付いた。俺も一緒に、青ざめる。


「あの娘が、犯人じゃ、無いの?」

「……じゃあ、今、何所に?」

「……牢屋?」


 俺は宿を飛び出した。

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