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初めての実戦……或いはモツ

「全ての有機物が、魔力を持つ、と?」


 俺は問いを返す。


「そう。アイは魔力の流れを必要以上に感知出来る娘でね? 冷めた料理に残った魔力の残滓すら見えるんだよ」


 そして俺からは、魔力が全く見えない、と?

 地球にはそんな物ないからどうにもし難いが、見る人が見れば確かにキモイかもしれない。

 知り合いの友達がスクリームマスクを決して外さずに生活していて、自分以外ソレに疑問をはさまない不気味さ。のようなもんだろうか?


「まあ僕は君の正体になんて興味ないから、どうでもいいんだけどね? それにアイ程の魔眼は滅多にいないから、日常生活でバレる事は無いと思っていいんじゃないかな。僕も君も運がいいよ、こんなレアな異常を秘密裏に確認できるなんて」


 そう言って、また笑う。


「ここだけの話、そんな稀有な能力者に必要以上のノイズが入らないようにって、ライデを監視するのが僕の役目なんだよ」

「監視、ですか……」


 俺にはもうバイツさんが何なのか解らないんだが。


「アイにとって君は恐怖の対象だよ。視界に入らないと認識出来ない知性体との遭遇は初めてだって」

「……そこまで、嫌われているんですか?」


 何だか悲しくなってきた。

 シビアだなあこの異世界。


「それでもアイは、ライデの意思を尊重したいと言っている。二人がそれでいいなら、僕も君を追う事はしないよ。僕は籠の鳥より自由に飛び回る鳥を観察する方が好きなんだ」

「監視でもつける気ですか?」

「そんな事はしないよ。君がキョウカイ内の市街地に入れば僕に生存確認の情報が上がってくるだけ」


 どんだけのネットワークを張り巡らせているんだコイツ?

 俺はため息をついていた。

 初っ端からとんでもない奴に出会っちまった、と。


「なになに? そんなに気を落とさないでよ、お昼奢るからさ」

「結構です……って今何時!?」

「正午」


 ……やっちまった。

 余裕を持って次の町に向かう筈が。


「早めに出るつもりだったのにぃ……」


 天を仰ぐ俺の左肩にポン、とバイツさんの手がかかる。


「大丈夫だよ」

「……え?」


 バイツは嬉しそうに笑うと、右肩にも手を置いた。


「生存確認はするから」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 結局今日の出発は諦めて、バイツの手配で部屋を見繕ってもらい、一泊する事にした。

 今更戻ってアイさんやライデさんと顔を合わせるのは色々な意味で辛いので、二人が入らないような超高級料亭の2階席でバイツに昼飯を奢って貰う。

 ドレスコード? バイツ様のご尊顔一つで全てはフリーパスですよ。

 コース料理の8割を平らげた頃、低い地鳴りと共に、テーブル上の皿が震えた。

 

「地震ですかね」

「……違うね、何かあったみたいだ」


 バイツの視線の先には、黒装束の男が料亭の従業員に声をかけながら、こちらに向かってくる姿があった。

 黒装束は、テーブル前で方膝を付くと、バイツを見上げる。

 バイツが話を促そうとするのと、再び皿が踊るのは、ほぼ同時だった。


「これは、テロ?」

「一度目の爆発は『宿屋タックノール』宿泊客のデータは確認中です」

「二度目は?」

「町の2箇所の厩舎。ほぼ同時です」


 この黒装束すげぇ。どうやって情報収集してるんだ。


「相手は僕達の足を潰しに来たわけだ。誘拐でもするのかな?」

「そのようです。最初の爆発に合わせて馬車が進入、タックノールより男性1名を誘拐しました」

「何所から逃げるつもりかな?」

「東の抜け穴に向かっています。駐留部隊の包囲網は間に合いませんね」


 まあ、あんなにだらけてるのに素早い対応が出来るなら『素敵! 抱いて!』ってなるけど、世の中そんなに甘くはないわな。

 バイツは席を立つと窓辺に向かい、俺を呼ぶ。


「リュウジ君、犯人は丁度この下を通って逃げるよ」


 全てを見通す様な素振りは気に入らないが、これが本来の彼なのだろう。

 俺も窓から外を見るが、遠くに火の手が見えるだけで、何も来ない。


「蜥蜴は?」

「明日にはお屋敷に戻りましょう」

「あ」


 バイツが笑顔で青ざめる。何か最後の詰めでミスした様だ。


「馬を追える間者は今居ないんだっけ……」


 よく解らんが馬鹿め。俺なら行けるがな。

 通りの向こうがざわめく。本当に犯人が来るようだ。

 バイツは顔を手で覆い俯いている。


「あぁあぁあぁあぁ待ってちょっと待って待って」


 蹄の音が響いてくる。犯人は近いみたいだ。

 バイツは耳を塞いでしゃがみこんでいる。

 黒装束は微動だにしない。ボスが困ってんだから意見の1つや2つしてやればいいのに。


「なんでコイツこんなユカイな事してるんですか?」

「爆破誘拐事件の犯人を逃がせば、上層も流石にこの町を捨て置く事が難しくなりましょう。無断販売のルートも再構築の必要に迫られます」


 黒装束が答えてくれた。そうだ、人がさらわれてんだよな。


「誘拐されたのはどんな人か判りませんか?」

「フリーの遺失技術研究者、ローエン。身代金目的かと」


 悪い奴じゃなさそうだな。ここでバイツに恩を売るのも悪くない。

 床にうつ伏せに転がったバイツに声をかける。こいつフリーダムな奴だな。


「……バイツさん、俺が追います」

「じゃあコレを持っていくといいよ」


 起き上がったバイツの下には装飾つきの剣が隠されていた。

 あれ? はめられた?


「コレには追跡用標識が埋め込んであるんだよ、持ってるだけでいいからね? リュウジ君は奴らのアジトを教えてくれればいい、その先は僕の仕事だから」

「目標が来ました」


 膝を付いてから動いていない黒装束の声に窓を見ると、確かに馬車が見えた。

 馬車は俺達の下を猛スピードで駆け抜ける。だが、今の俺なら十分追える。

 よっしゃ行くか。


「じゃ、後お願いします!」


 俺は窓から飛び降りた。着地のショックなんて気にならない。

 アイの言うとおり、俺は本当に人間では無いのだろうか。

 だが、今はそんな事を考える前にやる事が……


「ちょ、リュウジ君剣!」

「……投げてー」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 馬車は2時間ほど走ると、森の前でで止まった。

 昨日まで俺が居たあの森じゃ無い、人の手が入った森だ。

 中から出てきたのは5人。武装した4人が誘拐犯で、喚きながら引きずられているヒョロイ爺さんがローエン氏か。

 俺は、森の奥へ向かう彼らを追う。昨日までと比べればこんなのハイキングだが、ローエン氏は転びまくっているから追跡は楽勝だ。

 俺は隠れていた岩陰から出て――背後に気配を感じ、振り返る。

 声が届く距離では無いので何言ってるのか知らないが、抜き身の剣を持った誘拐犯の仲間と思しき男が馬で駆けてくる。


「まだ居たのかよっ?」


 とっさに新手に向かって走る。

 でもどうしよう。相手は殺意十分だけど俺は人殺すのは勘弁……って考える間もなく両者の距離は縮む。

 俺はバイツの剣を鞘ごと掴む。それを思い切り振りかぶって。


「ええい、ままよっ!」


 投擲。


「テメェ何もぎょごっ!」


 見事馬上の男を撃墜した。

 主を失った馬は何所へともなく走り去る。

 森に入った奴らは気付かなかったらしい。完璧なミッションでした。

 流石俺。自分の無敵っぷりが怖い。

 俺はバイツの剣を回収すると、倒れた男には近寄らずに追跡を再開した。

 ……死んでませんように。




 この森は中心部が大きく窪んでおり、そこに隠れるように2階建ての建物があった。

 戦乱の中で忘れられた隠し砦ってやつかな?

 中に居るのは馬車の5人と出向かえた男の計6人。後続はもういないようだから、倒すべきは5人だ。

 だが俺が倒した奴と、もう一人、どこかで脱落した奴がいたらしい。

 脱落者にリーダー格が不安視していた奴がいるようで、リーダー格は逃げの算段に入ろうとしている。

 ちなみにメンバー全員が1階での会議中、ローエン氏は2階に監禁放置されている。

 彼らがどんな結論を出すかは知らないが、あまり前向きな結論は出そうに無い。なら最初からこんな事しなければ良かったのに。

 でもコレはチャンスだ。

 ローエン氏を背負っても馬に負ける気はしない。指をくわえて待つよりも、救出してヒーローになろう。

 俺は早速砦の壁に取り付き、窓から2階に侵入。ローエン氏が監禁されている部屋、鉄の扉の前に来たが、そこで漸く問題点に気付く。

 ローエン氏の脱出方法は?

 担いで逃げるのは簡単だが、俺の機動力にモヤシのローエン氏は身が持たないんじゃないか?

 ……困った。お年寄りを甘く考えすぎていた。

 悩んでいると、ローエン氏に気付かれた。


「んぁ? 誰かおるんか? おい! 聞こえんのか!」


 オワタ。

 ローエンが扉を叩く音が砦中に響く。1階から誘拐犯が走ってくる音がする。


「ああもう! 扉壊すから下がれ爺さん!」


 ローエンが下がるのを確認するとドアノブに手をかける。勿論鍵がかかっているが、この扉は……


「押すとびるぁあ!」


 俺の全力全開体当たりの前では鉄の錠前など玩具に等しい。

 ……やっぱ俺人間じゃ無いのか?

 鍵をへし折り扉が開く勢いと共に部屋に転がり込むと、尻餅ついて目を見開いたローエン爺ちゃんとご対面。


「無茶なやっちゃのう……」

「誰のせいだ畜生!」

「で、どう逃げるんじゃ?」

「思いつきませんでした!」

「なんと!……馬鹿もんがぁ!」


 勢い任せに動いてどうにかなるハズもなく、俺の出したプラン(2階から飛び降りて、担いで逃げるよ)が否定され、ローエンのプラン(皆殺っちゃえばいいじゃん)を否定している間に、部屋の唯一の入り口が押さえられ、あっけなく囲まれてしまった。


「もう追っ手が来てるんだ。人質殺して逃げようぜ」

「したら今回は縁が無かった。つー事すかね?」


 入り口を塞ぐリーダー格はもう投げやりだ。俺達を囲む実行犯の4人も同じ結論らしく、皆剣を持っている。

 俺一人なら5対1でもなんとかなるが、ローエンを守りながらでは無理だ。

 初めての実戦でそこまで考えながら殺し合いなんて出来るはずが無い。

 そもそも俺は人とか殺した事無いし、親族一同元気だから葬式に出た事すら無いんだ。

 だが彼らは、躊躇う様子など微塵も感じられない。

 俺とローエンは部屋の隅に追い詰められる。


「後が無いぞ! なんとかせい!」

「どうしろってんだよ……」


 今や俺は逃げ出さないだけで精一杯になっていた。

 息が荒くなり、目に映る物から色が消え始める。

 早く助けに来てくれバイツ、俺は限界だ。


「テメエら……」


 リーダー格が右手を上げ、人差し指を立てて口を開く。次に出る言葉は『やっちまえ』とか『逃がすんじゃねえぞ』とか、そんな感じの言葉だったのだろう。

 だが、言えなかった。

 ボロボロのマントを纏った男に、背後から首を刎ねられたから。

 リーダー格の異常に4人の男が目を向ける。

 ソレは、その時には既にリーダー格の脇をすり抜けて、次の目標に刀を振るっていた。

 だから4人の内1人は、リーダー格を視界に入れる前に、首が飛んだ。


「……なっ!?」


 続いて闖入者は、リーダー格の脇をすり抜ける際に抜き取っていた短剣を投げる。

 首に命中、相手は頭から勢いよく倒れ、次の瞬間俺の目が床の認識を拒否し始めた。


「てっテメ……」


 漸く敵と向き合った4人目の犠牲者に、ソレは大上段から刀を振り下ろし、受け止めようとした剣ごと相手を叩き潰す。俺はもう限界を突破した。

 

 実に、10秒にも満たない時間だった。

 最後の1人には最早戦意など残っているはずが無い。

 剣を捨てて何かを叫ぶ最後の1人は蹴り倒され、その金属製の胸当ての上にソレの足が乗る。

 そして、初めて口を開く殺戮者の男。


「他には関係者、居るか?」

「誰もいねえよ! 頼む! 助けてくれ!」

「残念」


 男が僅かに足を上げ、力を込めようとするのが、解った。

 俺はとっさに顔を背ける。

 次の瞬間、大きな金属音が、響いた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「で、その男は黙って消えちゃった訳かい?」


 バイツは照明魔法の光を頼りにメモをとっている。


「……らしいな」


 魔法の光を眺めながら、バイツの問いに答える。

 誘拐犯の殲滅後、俺達は砦の1階でバイツ達救出班を待ったが、バイツ達が到着したのはそれから2時間ほど後。日が暮れた頃だった。

 ローエン氏曰く、マントの剣士は護衛として見張りをしてくれていたが、バイツたちと入れ違うように消えたそうだ。名前も名乗らずに。

 俺は自分が1階に移動した事にすら気が付かないほど、ショックを受けていた。

 なお、俺が突入前に倒した誘拐犯は何者かに止めを刺されており、出会わなかった最後の1人は馬車の脇で、『お腹と背中がくっついた状態』で発見されたそうだ。どちらも彼の仕業なのだろうか。

 初めての実戦はあまりに刺激的で衝撃的で、俺のヌルイ覚悟をへし折るには十分すぎた。

 バイツは俺の事が気になるのか、心配そうなそぶりを見せながら、遠距離通信の魔法で何所かとやり取りをしている。

 そんな目で見るなよ、やってる事は悪人の癖に。ますます凹むじゃないか。


「お主、実戦経験が無かったのか」


 いつの間にか、後ろにローエン氏が立っていた。

 こんな爺さんにも気付かない有様じゃ、俺もう無理だよ。


「……はい」


 力無く答えると、ローエン氏は笑う。


「良い経験をしたのう」


 何所がだよ。言い返す気にもなれない。


「お主が本気になれば、同じ事が出来よう?」

「……はっ」


 思わず笑う。俺もあんな化物になれって? 冗談じゃない。


「今の気持ち、忘れるなよ?」


 ……成る程ね。上手い事言う爺さんだ。

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