ツマはこっそり居なくなりたい
無事森を出て町に辿り着いたた俺達は、まっすぐ宿屋に向かった。
バイツさん達は皆教会という国にも等しい組織に所属しているのだから、ソコが用意してくれた宿泊所とかに泊まるのかと思っていたが、育ちの良いバイツさんが言うには『ここら辺には高級な宿なんて無いんだから好きなところに泊まる方が楽しいでしょ?』だそうで、ここらで唯一門番が建っている、どう見ても高級な宿屋に入った。
全額バイツさんもちで。
バイツさんが部屋を頼むと、ちょうど開いてる部屋は4人部屋しか無かったのだが、ボンボンのバイツさんは笑顔で『じゃあ4人部屋を3部屋頼むよ』とか言い出した。部屋割りはこうだ。
男部屋。
女部屋。
予備、或いはプライベート用。
予備って何?プライベートって何?
宿の裏に川が流れていたので、俺は泊まる部屋の場所だけ教わってから水浴びをすることにした。
飯は直ぐに用意が出来ないようだったし、風呂も事前に予約が無いとお湯が無いから水風呂になるとの事で、それならばと一番手っ取り早い水浴びを決行した訳だ。
何かイベントでも起こらないものかと期待したが、アイさんが来たら殺されそうだし、他の2人が来ても嬉しくない。
じゃあ第3者が現れたら?
俺はウィットに富んだ会話が苦手なんだ。
「お客さ~ん!こちらに着替え置いときますよ?」
「わかりましたー」
現れた第3者は受付に居たおじちゃんだった。
水浴びを終えた俺は、用意された着替えを羽織る。
用意されていたのは、高層ビルの窓際でワイン片手に下界を見下ろすときに着るような、ゴツいガウンだった。
明かりを持って待機していたおじちゃんに、足元を照らして貰いながら宿に戻る。
ふと心配になっておじちゃんに「チップとかもってないよ?」と告げると『バイツ様よりお気遣い頂いておりますので』との事で、宿を出るまで何も気にしなくていいそうだ。
宿一つから『もう結構』と言われる量のチップの先渡しって、いったいどうなっているのだろう。などと考えていると、宿の向かいにある酒場が賑やかになった。どーせ俺には関係無いし、と言いながら部屋に戻ると、みんなのサイフ、バイツさんがまたやらかした事を聞いた。『共通の目的のため戦う同士云々』と、教会のために皆で頑張ろうぜ的な演説をぶち上げながら、向こうの酒場で酒を奢って来たらしい。
『うちで一番高い酒を、ここにいる客全員に呑ますんだぜ?』ってアレだ。
丁度出来上がった少し遅い夕食を予備部屋で食べながら『バイツさん』じゃなくて『おだいじん様』でいいんじゃないかと言ったら、すでにこの町では お大尽様=バイツさん で問題無いらしい。本人が言ってるから間違いない。
……負けだよ。俺の完敗だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お早うございヤす」
今日の目覚めもライデさんの顔だった。
「お早うございます」
欠伸をしながら返すと、俺はベッドから降りる。今日が『彼等と行動する最終日』だ。
昨日は無事人里に辿り着いた安堵感と整った寝床とバイツさんに負けて、夕食後直ぐに寝てしまったが、今日は忙しくなる筈だ。
アイさんとバイツさんには『今日は自由行動にして明日の朝教会に発とう』と言ってあるので、今日中に消えなくてはならないし、午後を回ってからこの町を出るようだと、今度は日の出ているうちに隣町へ辿り着くことが難しくなる。
だからと言って何も言わずに消えるのは嫌だし、何とかして後々『リュウジ君のあれは別れの挨拶だったんだね!』なんて気付いてもらえる形で別れたい。
「ん?バイツさんはもう飯食ってるんですか?」
今更ながらバイツさんの姿が無い事に気付く。
「バイツとアイはリュウジさんに『飯ィ先に食われる悲しさを教えてやる』って二人で出かけて行きヤしたぜ」
ライデさんは苦笑した。
だがこの状況、俺とライデさんにとっては願ったり叶ったりな訳だ。
……このまま雲隠れしてしまうには最高の状況だけど、別れの挨拶位はしたいかな。
迷いを孕んだ俺の気持ちに気付いたのか、ライデさんは続ける。
「飯ィ食ったらココにはもどりヤせんぜ?準備の方は良ゥ御座いヤすね?」
さらにちょっとだけ、迷った。
バイツさんも、ライデさんも良い人だったから。
……アイさんはどうだろう。
正直あの娘おかしいよね?
普通人を全力で殴ったりしないだろ?
ぶっちゃけ初めて会ったとき俺とバイツさんの事殺しかけてたよね?
……ま、それは置いといて。
俺は、覚悟を決めた。
ライデさんが折角手はずを整えてくれたのだし、他の二人には話さないと、結論を出したのはおれ自身だ。
ここでまごまごしていても、状況は何も改善されない。
「はい!ばっちりです!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
食事が終わると町に出た。昨日は暗くなっていたのでよく観察しなかった、この町の様子をみる。一般人がどの様な文明レベルでの生活をしているのかが判れば、俺がこの先どうするべきかも自ずと見えてくる。
そりゃ最終目的はあの馬鹿でかい塔に向かうことだが、別に急ぐ理由も無いし、落ち着いて考えれば『あの塔に行けば何か進展がある』と考えた事自体が間違いかもしれない。
それに最悪の場合、この世界で暮らしたほうが楽しいなら戻れなくてもいいとすら考えている。
この町の規模はライデさん曰く平均よりちょっと上らしい。
四方を木の柵で覆われているが、台風が来たら無くなりそうな適当な造りだ。どれ位適当かと言うと、何も背負っていなければ柵の隙間から出入り可能な位適当だ。
出入り口に物見櫓が建っているが、中で番兵達がカードゲームをしている姿が見える。
そんな状況だから町への出入りは完全にフリーで、町の中央通りでは当たり前のように敵国の商品が未使用完品で売り出されてすらいる。所謂『闇市』ってやつだろうか。
若い商人なんかが、一攫千金を狙ってこの町と国境の向こう側を往復してこれらを販売しているが、自分の取り扱う違法な輸入商品の教会中央での価値を知らない、或いは中央までの輸送ルートを開拓できないので、大商人に買い叩かれているとか。
建物は木造が多いが、兵士達の詰所はコンクリの打ち放しだったりする。石造りや土壁、漆喰の壁は見当たらない。この辺りでは廃れた技術なのか、或いはこの世界では発明されなかった技術なのかもしれない。
所謂中世ファンタジー的な建築物が見当たらない。この統一感の無い町並みに若い商人の出店が立ち並び、そんな中を町の住人や小間使い、そして食い扶持を求める浪人が歩き回り、それを呼び込むバーや食堂。
「何だか、お祭りみたいですね」
ライデさんに声をかける。
「ココは毎日コンナんですゼ、ココより安全な最前線なんザ無いンすよ。勝手に色々集まって来るンで、揃わねェモンはありヤせんからね」
歩いている人達の服装も結構バラエティーに富んでいるが、大まかに分ければ3種類になるだろう。時代劇みたいな奴とか、中世ヨーロッパ系とか。後はその2種類の混ぜ物系。
基本は何でも有りだが、服装に関して言えば、今の俺はちょっと目立つだろう。初日に調子に乗ったせいでボロボロのシャツとダメージジーンズの両方に、和柄のプリントが入っていたから。
まだこの世界にダメージ加工は先進的に過ぎるようだ……
リュックと靴以外の服を処分した俺は、この世界における無難な旅人ルックになる。和装だとヒラヒラして走りづらそうだったので、地味に徹した洋装にした。宿に戻って二人に会うとまずいので、服屋の前でライデさんとはお別れだ。
「真っ直ぐ東に向かえばイイんでヤすが、一般にゃ公表されてねェルートなンで獣道ぐらいしか残ってヤせん。迷わねェ様注意してくだせェ」
「コンパスも持ってるし大丈夫ですよ、何から何まで本当に有難うございました」
ライデさんは節制すれば半月は暮らせそうな資金まで提供してくれた。
これで適当に足場を固めて、後は自分で何とかしろって事だ。
……言い方を悪くすれば手切れ金って事だが、そもそもライデさんには俺にココまでしてくれる義理も理由も無い。穿った見かたをするのは失礼だろう。
俺はライデさんに大きく手を振りながら別れる。
ライデさんも同じようにして、姿が確認出来なくなるまで心配そうに見送ってくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして俺は町の東端、ライデさんに教えられた場所に辿り着いた。正規の出入り口では無く、人気も少ないが、人の出入りが可能なように柵を切り広げられた跡が放置されている。勿論見張りなんて居るはずもない。
あまりにもやる気の無い警備状況を見て、俺は思わず呟いた。
「この町本当に大丈夫なんですか?」
そして後ろを振り向く。
「ここから入ってくる商材には当家が関わる物も在るからね。未来を見据えて考えればこういった物も必要悪って事なのさ」
俺のすぐ後ろにいたバイツさんは、笑顔で答えてくれた。
「いやーこのまま気付かずに行かれちゃったらどうしようかと思っちゃったよ」
「いつから見てたんですか?」
「いつから……だろうね?」
「……俺をどうするつもりですか?」
「個人的には最後までエスコートしたいけど、どうだい?」
「……所用が在りますので、そろそろ失礼させて頂きます」
おもむろに背を向ける。
「あああ待って待ってリュウジ君にもいい話するから!」
「……俺は心理戦とかダメなんで難しい事無しで頼みますよ?」
バイツさんはは隠し通路の近くにある、だいぶ昔に廃業したと思しきバーに俺を案内すると、勝手知ったると言った感じでカウンターの上に座った。
ここなら誰にも聞かれずに話が出来るのだろう。
よく見ると、床に穴が開いているのに、椅子やテーブルは座っても汚れないように手入れがされている。
俺は彼の前に立つ。座る気にはなれなかった。
「で、いつから見てたんですか?」
聞きなおす。ちょっと、不機嫌な声で。
「そうだね~、ライデに全てを打ち明ける辺りからかな?」
アルファからオメガまでって事か?俺は思わず苦笑する。
俺はバイツさんが人気の無い場所で足音を立てるまで、全く気付かなかった。
「人には言えない仕事をしてるって、言ったよね?そんな人間に対して信頼を寄せるなんて愚の骨頂、絶対にダメだよ」
バイツさんは、とても楽しそうだ。こんなに楽しそうに自己否定する人間を、俺は理解できない。
「リュウジ君はこの先一人で生きていくんだから、そこんトコ気をつけないとね」
「いい勉強になりましたよ……って、このまま行ってもいいんですか?」
じゃあこの男なんで俺を呼び止めたんだ?
「そ。"僕”個人としては使い勝手の良さそうな人形は増やしたいよ?けど、"僕達”の規模で考えると、別に脅威になりそうとも思えないし、飼い殺すのも面白みが無いから……」
言いながら天井を見上げて考えるそぶりを見せる。
コレは一体何の冗談だろう。
「放置、かな?」
バイツさんは笑顔でこちらを見た。
一体何が楽しいんだ?意味が解らない。
「何故、そんな事を、俺に?」
「リュウジ君が気に入ったからだよ?君の世界では気に入った人にアドバイスとかしないの?」
どう見てもアドバイスの域は超えている。
バイツさんは明らかに悪役だ。どうしようもなく悪役だ。
「じゃあ、アイさんも気付いて?」
「彼女も彼女のやり方で気付いているね」
俺とライデさんの苦労は一体何だったんだ……いやちょっと待て。
「じゃ皆で俺を騙してたんですか!?」
「いやいや、ライデに裏は無いよ。アイは君の異常性に気付いたってだけさ」
「……異常性、ですか?」
ライデさんはいい人だった様で安心したが、その後の言葉に興味を惹かれる。
俺の異常性?
この身体能力の事か?
杖で殴っても耐える頑強さか?
バイツさんはカウンターから降りると、俺の手を取る。
「そう、アイは君を人間じゃ無いと確信しているよ」
そう言いながら感触を確かめるように、俺の指をいじる。
思わず手を引くと、ソレに合わせる様に、バイツさんは顔を上げる。
いつの間にか、バイツさんは笑う事を止めていた。
「リュウジ君、この世界に、魔力を持たない有機物は存在しないんだよ」




