教えて世界観
目が覚めると、カッコいい金髪のオッサンの顔が見えた。
「お早うごゼいやす」
口調だけが残念なライデさんだ。
横に目をやると、寝転がってこちらを見ているアイさんと、寝床の準備をするバイツさんがいた。
当然その向こうに俺たちの生命線である『光の壁』が在り…その壁に音もなく体当たりを繰り返す化物たちが居る……
……この森の中心には隠しボスか何かが待ってるんじゃないか?
「交代の時間だよリュウジ君」
「うう……お早う御座います。皆さんコレ見ながら眠れるんですか?」
「そう!それが信頼関係と言う物なのさ。君は僕を信頼して眠った。僕は君に命を預ける。何も疑問は無いだろう?」
「あ、有難う御座います」
「?、じゃあ僕も眠る事にするよ。後は宜しく……zzz」
出会ってから1日も経っていない俺に『命を預ける』とまで言ってくれるとは、俺は本当にいい人たちに出会えたと思う。
俺の今までの人生で、命を預けられる親友なんて居ただろうか。
彼らにだったら、隠し事なんてする必要は無かったんじゃないか?
「リュウジ?先程は疲れていたようですし仕方ありませんが、眠る前に挨拶の一つ位してくれても良かったと思うのですよ」
アイさんのそんなセリフは横になったまま言われても説得力に欠けるが、面倒だから素直に謝っておこう。
「すいません」
「解っていただければ結構。以後気をつけて下さいね?では、お休みなさい」
そう言うとアイさんは目を閉じ、何か呟くと一瞬で眠りについた。自分に睡眠魔法でも使ったのだろう。
彼女も要らん事をしなければ普通に可愛いんだが……
だが、この二人の事を考える前に先ずは、ライデさんが何所まで感づいているのか、そして何所まで打ち明けるかを考える必要が……
「さてリュウジさん。アイとバイツは眠ってヤす。腹ぁ割って話ヤしませんか?俺らの敵で無ェのなら、他言無用は確約致しヤしょう」
俺の頭じゃ考えるだけ時間の無駄に思えてきた。半端に嘘をついて後々信頼を損ねるのがオチだな。
「……ライデさんはホントに色々察して貰えて助かります」
俺は、彼に全てを相談する事とした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「一応最初に聞いときヤすが『リュウジ』って名は偽名でヤすか?」
「ええ、俺の名前は……」
「いえ結構です、俺らも偽名なんですゼ?」
「えっ?全然気が付かなかった」
「本名をみだりに明かせば容易く呪われる事すらご存知無いって事ですかい……」
この世界では『本名』がとても重要らしい。
とっさの偽名は正解だったと言うことか。
「さっさと本題に入りヤすが……人に言えない記憶をお持ちで?」
「実は……(後略)」
「成る程ネぇ、初めての夜はそうやって気合一つで切り抜けたんデ?」
「ホントなんですよ?」
「解ってヤすって、アンタの身のこなしは俺らの手には負える筈が無ェ感じでヤしたからねぇ」
「解る様な動きでした?」
「チームを組んだ仲間をそう言うのが解るトコ迄育て上げるのが、俺の生きがいでサぁね」
そう言うとライデさんは微笑んだ。
後輩に視線を向けるライデさんの横顔は、本当にカッコいい。
チュートリアルはNPCで無双するけど直ぐに生き別れになって、ラスボス直前にPCとして戻ってくるんだけどステータス調整とか何もしてないから、エンディング迄ベンチウォーマーとして活躍することとなる『先の大戦の英雄』キャラみたいだ。
それはいいとして、矢張り俺の身体はハイスペックらしいが、見る人が見れば解ると言う。
目立たないよう気をつけなくてはならない。
「しかしそうなると、リュウジさんと一緒にゃキョウカイの詰め所へ入れませんゼ?」
「『キョウカイ』……ですか?」
「そう、『キョウカイ』。ここいらはキョウカイの支配地でヤしてね」
こっちの世界にも教会があり、教会は国からも独立した領土を持っている様だ。
「でも何で一緒じゃマズイんですか?」
「リュウジさんは記憶喪失なンだ、アンタの『記憶を回復』する為にキョウカイは全力を挙げるでしょうゼ」
「確かに一生懸命やって貰っても無意味だから、申し訳ないですね」
「頭ン中かき回されて全てをキョウカイに捧げる『模範的臣民』になるってェ事でサぁね」
「……マジで?」
「大マジ」
何だかとんでもない事を躊躇いの無い即答で断言されてしまった……
しかしこの世界の人権に対する感覚が解ったのは大きい。
「でも何故そんな事教えてくれるんですか?」
「何度か記憶の回復に立ち会った事が在りヤしてね……」
「皆、同じ様な人間になっていた、と?」
「皆、一週間で家族を『キョウカイを否定する反乱分子である』として収容所にぶち込みやがるんでサぁ」
ライデさんが僅かに顔を歪ませた。思い出したくも無い事なのだろう。
それを見ながら考える。俺は今『悪役側の領土』にいるのだろうか?それとも、俺の中のファンタジー感が甘っちょろいだけか?
「じゃあ、今寝てる二人にも話して協力して貰ったほうが良いんでしょうか?」
話題を変えた。だがこれも、あまり良い話題ではないか?
いや、ライデさんは答えなどとうに出ている様な顔になった。
「彼らを信じるかどうかはお任せしヤすが、リュウジさん自身は如何したいンで?」
「……ちょっと考えさせて下さい」
「即断出来ないンならそれは『信頼しきれない』ってェ事でヤしょ?だったら相手を信じて巻き込んでから後悔するより、自分の判断を信じて後悔するほうがまだマシってェモンじゃ、ありヤせんか?」
「……う~」
「リュウジさんの服は特徴的だ。街に入ったら雲隠れして服を処分しちめェば、俺らにゃ追えネぇでしょうゼ」
何処かで逃げろ、って事か……
「そこでお別れ。ですかね」
「リュウジさんの脚なら一日で町から町へ走れヤしょう。その後は自由に世界を巡りゃ良い。また会える事があるとすりゃ『記憶喪失』も回復していヤしょう?」
その後、逃走に際してのイロハを教わり、ついでにこの世界の歴史と文字(読めるけど書けない)も教わりながら、夜明けを待つこととなった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
この世界について、教わった事をまとめる。
この世界は、かつて今とは比べ物にならないほど繁栄していたそうだ。
だが、世界大戦の勃発により、国家の枠組みが崩壊。大戦のきっかけは、今となっては知る者など皆無だと言う。
その後、各地の勢力が剣と魔法で武装して群雄割拠の時代に突入し、旧文明を食い散らしながら合併吸収を繰り返した結果、現状に至る訳だ。
教会は、その中でも規模の大きな勢力だと思われる。
掲げるスローガンは『世界を黄金時代の姿に戻す』その為に旧文明の研究機関が各地に置かれており、頑張っているらしいが成果は振るわないらしい。
ライデさん曰く『馬車の残骸を見つけても、車輪を知らなければ薪にしかならない』って事だ。
そして、極力生まれ育った土地に永住するよう求めるため『一般市民に地図は不要』と言い切り、その勢力範囲は不明。
ライデさんは最前線で戦う兵士であるため、例外として各地を巡ったが、それでも教会の規模は『一週間じゃ東西を横断しきれない』事しか解らない。
そして、ライデさんがいるこの森の所有権争いが南西の最前線。
だが最近はにらみ合いばかりで動きが無いとか。
こんな不気味な森領内にあっても管理出来ないし、かと言って切り開いてしまえばお互い本気でぶつかり合う事になる。
偉い人たちがどう考えているかは知らないが、現場ではいつの間にか『森の中では戦闘を避ける事』と言う口頭でのみ伝えられる秘密のルールが出来ているそうだ。
ライデさん達はこの先日森の奥で起きた異常を確認するために森に入ったが、恐らくその異常は俺がこの世界に来た事によるものだろう。
よってライデさんは、俺が雲隠れした後に二人に俺の素性を話し、『任務完了、何も問題は在りませんでした!』で済ますつもりだ。
「二人を説得出来るんですか?」
「口八丁手八丁でどうにでも出来ヤすよ?それだけでココまで生き延びて来ヤしたから」
ライデさんは、ニヤリと笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
光の壁の外で休むことなく無駄骨を折っていた勤勉な怪物たちが、突如隠れ始める。
夜明けだ。
眠っている二人を起こさないようにライデさんが飯を召喚している。
教会に所属すれば、『朝ごはん召喚のクリスタル』を頂けるそうだ。
初めて見る召喚魔法が『フランスパンとスクランブルエッグ』とは……
何所でも美味い飯が食えるのは良いことなんだろうけど、ねぇ……
「あ~……便利な、魔法ですね?」
「補給を言い訳に任務を投げ出すなんザ許さんってェ事でサぁね」
「そんな退廃的思考は再教育なんですよ?」
「そいツぁ困りヤしたね」
振り返ると、いつの間にか起きたアイさんがストレッチをしていた。
身体を回すと関節が鳴って、その度に「う~」って呻いている。
……あれでハタチ前なんだぜ?
「昼飯とか夕飯のサポートは頂けないんですか?」
「キョウカイは私共に『食事回数の自由を与えたい』との取り計らいを下さったのです」
「……素晴らしいお心遣いですね」
「どんだけ立派なココロザシを掲げる組織でありヤしもね、でっかくて息の長ェモンになると、どっかしら面白おかしくなってくんでサぁ」
「ふふっ……ライデ、世界征服は立派な志なんですか?」
ああ、俺やっぱり悪の帝国の土地にいるんだ……
「そうだライデ、リュウジの分のご飯も配給されるのですか?」
「そちらが寝てる間に全てバッチリですゼ」
「今日はパンが切り分けてあるのですね」
「手が空いてたんでリュウジさんに切ってもらいヤした」
「あ、俺お先に頂いてます」
俺の分の飯が有ると言うのは嘘だ。
ライデさんには、俺と別れてから二人に全てを打ち明けてもらう事にした訳で。
朝食は各々の取り分がわかり難いよう先に切り分け、俺が先に食べた事にして量に関する疑問をはさみ難くさせる。
一人で勝手に食べた事は彼女らに不快感を与えるかもしれないが、それもまたライデさんの策だ。と思う。
ほらアイさんが錫杖振り上げてプルプルしてる。
「……貴方は。夜も、そうでしたね。『待つ』と言う言葉も体で思い出させてあげましょう!」
「うわ待って御免なさ痛い痛いちょっと待って!」
「どうやら思い出した様ですね!?次は忘れる事が出来ない体にしちゃいましょう!」
「ふわぁ~ぅお早う。みんな朝からげんきだね?」
「お早う御座いヤすバイツさん。今日の食事はパンとスクランブルエッグ。パンはリュウジさんが切り分けたモンですゼ?」
「ふ~ん……リュウジ君はアイに気に入られたみたいだね?」
「私の愛情はチョッピリ過激ですから(笑顔で)」
「これが!これが音に聞くツンデレってやつなのか!?デレか死か?dere or die!くそっ!なんてロックなんだ!」
「リュウジさんも馬鹿な事言ってないで、皆さんとっとと飯ィ食って森を出ヤしょうゼ?」
こうして、何だか考えてみればこちらに来てから初めてとなる、賑やかな腹拵えを済ませると、俺達は森の外へ移動を再開した。
「リュウジは見た目と違ってタフですね?」
「俺に惚れたかい?いつでも誰でもウェルカムだぜ?」
調子に乗ってボケてみると、アイさんも笑顔で返してくれた。
「途中から本気で殴っても大丈夫でしたからね。本当に本当にタフですよ」
……ライデさん、彼女は道化師のフリして全て理解しているんじゃ無いですか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「抜けたーー!!」
「リュウジ君、近場の集落までは直ぐだ。今日はゆっくり休めるよ」
太陽が傾き始める頃、ついに俺達は森を脱出する事が出来た。
森の外には、かつて栄華を極めたのであろう様々な建造物が建ち並び、緩やかな時間の流れに身を任せて朽ち果てるのを待つ光景が、何所までも広がっていた。
どの建物も蔦や苔などに覆われて壁も見えなくなっており、地面に至っては、舗装されていたのかを想像する事も出来ない位になっている。
この場所に暮らす人々は、何故コレを放棄したのだろうか。
森の侵食から逃げている?とも考えたが、それなら近場に集落なんて無いだろう。
つまり俺の見立てが正しければ、と言う注釈付きではあるが、あの森は長い事拡大しては居ないと言うことだ。
でも、あんな森二度と近づくつもりは無いから、考えるだけ無駄かな。
そんな事を考えながら森のほうを振り返ると、今までは木々に遮られて気付かなかった物が見えた。
「あれは、いったい、なんだ……」
思わず足を止める。止めざるを得ない。
「ん?リュウジ君はあの塔の事も忘れちゃってたのかい?」
「……ええ」
森の向こうには、その姿を隠そうとする太陽。そして、まるで太陽に寄り添う様に『塔』が、建っていた。
東京タワーから、富士山を見ると想像して欲しい。
富士山のある場所に、代わりに白い塔が立っていると想像できるだろうか?
塔の高さは富士山の10倍とか20倍とか、そんな感じで。
その姿は継ぎ目一つ無い美しい円筒状。この距離からでもその白磁の如き艶やかさが想像できる。
「アレが何かは私たちには解らないのです」
「僕なんか気になった事も無いから、リュウジ君の反応の方が新鮮だけど」
「俺たちにゃ一生係わりの無ェモンだってェのは、確かでサぁ」
その塔は、一瞬で俺の心を鷲掴みにした。
アレは『超古代文明の遺産』とか『神々の神殿へ至る道』とか、そう言った物に違いない。
そうだとすれば、俺がココに来た理由もあそこに行けば解るかもしれない。
今この瞬間!俺がこの世界で成すべき事が、遂に遂に姿を現したのだ!
「ほらリュウジ君さっさと行くよ!」
「早く宿を取らないと、良い部屋が無くなってしまいますよ?」
「塔が見える宿を探しヤすから、さっさと進みヤしょうゼ?」
……コイツら……




