未知との遭遇
「何だよコレマジか」
状況はかなり悪い気がする。
ついさっきまで家が一軒建っていたとは思えない、足元の覚束ない泥濘がひろがっている。午後の日差しが地面に届かないほど暗い森の中で、俺は途方にくれていた。家を出る前はこんな深い森には見えなかったのに…
いくら身体能力が上がっているとはいえ、長時間の行動は不可能だろう。現代日本に生きていたこの身は、サバイバルに必要なあらゆる知識を全く持っていない。
食料の確保も必要だが、異世界の森で何をどう探せと言うのか?
もし川を見つけて水を飲んだとして、ココの水は俺の飲めるものなのだろうか?
そして何より、この森に潜んでいるであろう野生動物。キラービーとか豪傑熊とかマドハンドとかグレーターデーモンとかが出てきたら勝てる気がしない。
どんどん不安になってくる。このままじゃダメだ。
「最初の威勢はどうしたんだよ、落ち着け、素数を数えて落ち着くんだ」
1…2…4…8…16…
…ダメだ、ツッコミ役がいないからテンション右肩下がりだ……
「マジでダメだ、動かなきゃ…何でもいいから状況を進展させるんだ!よっしゃ行くか!」
俺は、パンパンと顔を叩くと直刀をぎゅっと握り締めて、状況の打開策を求め歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「イィィィィヤッッハアァァアァァァァ!こぉの身体すぅごいよぉぉ!」
俺は全力疾走していた!今の俺にとって地面の状態なんて全く意味を持たない!
長時間の行動が不可能?はっ!笑っちゃうね!
コケそうになったらそのままそのまま強引に1回転してやればいい!
何かに引っかかったらそのまま全部引き千切ってやるだけだ!
120度くらいの崖ならそのままの勢いで登れちゃうんだよ?
「タァァノスィィィィイィ!」
もう自分でも何言ってんのか意味わかんない!
身体が軽い!今熊いたけどすれ違いざま素手で一撃だし!もう何も怖くない!
「……ィィィイイイヤットォっと、川発見!」
俺はクレーターを作る程の勢いで川岸に着地、華麗にポーズを決めると1時間ぶりに停止した。
嗚呼…今俺最高に輝いてる…
身体を見返すと服はかなり傷んでいたが、リュックと靴(自慢のマウンテンブーツだ)は大丈夫だった。動きやすい靴で走ってたらこんなもんじゃ済まないだろうから、これは正解だったな。
川を見ると魚の姿がみえた。底まで簡単に見通せる、とても綺麗な川だ。
俺は裸足になって川に入り…
「………シャッ!」
魚を岸に蹴り上げた。
…決めた。俺ここでターザンになる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
…ゆっくりと、夜の帳が下りてゆく。
ライターでマキに火をつけ、その火を絶やさないようにする。
夕飯の焼き魚は、腹が炭化してたのにそれ以外の部分は生焼けだった。
集めてきたマキは、もうすぐ尽きるだろう。
俺は空を見上げ、呟いた。
「…ターザンは無理だ」
周りから聞こえる10匹前後の、虎みたいに馬鹿でかい野犬の唸り声を聞きながら、俺は静かに立ち上がる。
唸り声が、大きくなった。
「眠れない夜に、なりそうだな……俺、今最高にカッコいい」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、夜が明けた。
「あ~、眠い」
そんな事を呟きながら、俺は炭化してない焼き魚を食う。今度は上出来だ。
睡眠場所さえ確保できれば孤独なターザンライフもいけそうだが、今日中にそれが見つからなければ身体が限界だろう。
夜行性の奴らは昼間とはあまりに違いすぎるのだ。
野犬達は尋常じゃないタフネスで何度も襲ってくるし、川ではワニが逃げ回り、それを巨大な駝鳥が丸呑みにして帰っていく。
鋭い牙を持つこれまた巨大な草食動物たちは、大木を『上から幹ごと一口で』喰らっていくのだ。
そしてそいつ等は日の出の5分前位になると、煙のように消える…
こんな所で、どうすれば生き延びる事が出来ると言うのか。
今向こうでメッチャ俺の事警戒しながら水飲んでるヤギとか…
あのヤギについて行けば、安全な場所も見つかるかな?…見失ったら終わりか。
今の俺にはこの身体がたった一つの命綱。二度目の夜を迎える前に森を出よう。
川沿いに下れば文明に出くわすはずだ。海まで出たら今度は南へ。よし決めた。
「じゃ、行くとしますか」
俺はキャンプの痕跡を適当に消すと、探索を開始した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
太陽がちょうど真上に来る頃、ついに俺は人を発見した!
男女3人が川岸で飯の準備をしているようだが、まだ此方には気づいていない。
2人の男は戦士なのだろうか?頭にベレー帽をのせ、森の中とは思えない綺麗な白いサーコートにマントを纏っている。いや、俺が汚れすぎているのかもしれないな。
リーダーらしき女も白い服だが、着物の上に袈裟みたいなものを羽織って錫杖を持っている。虚無僧?
あ、錫杖でマキに着火した。
皆動くたびにジャラリと音がするから、中はチェインメイルだろう。
戦士さんの盾には、それぞれ十字架とお経が描いてあるみたいだ。適当な世界観だなおい。
間違いない、ここは剣と魔法の世界だ。俺も魔法とか使えるんじゃないかな?主人公ってそう言うもんだろ?
ま、そんな事はどうでもいい。彼等とコンタクトを取らなければならない。
翻訳の首輪を着けると…彼らの言葉が解る!
「※※※※※※※※あsdfghjったんスよ、正に人体の神秘という物を実感しヤしたね」
「本当にそんな事が出来るのかい?嗚呼…そんな恐ろしい事僕には考える事も出来ないよ…」
「俺がこの手の話で嘘付いたこタ在りヤせんでしょう?」
「ああ…あぁ…」
「そゆこと話すのは、私の居ないところでお願い出来ませんか?」
『申し訳ない』
最後だけ男二人がハモった。
何を話していたのかは解らないけど、何だか凄くいい人たちっぽく感じるぞ?
これ当たりじゃないか?出るなら今しか無いんじゃないか?よし!
俺は両手を上げて、ゆっくりと、茂みから出ると、笑顔で、挨拶した。
「こんにちは」




