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19/30

逢う魔が時の雑踏に紛れ、世の深遠と遭遇す

「黒装束さーん!」


 町に入ったのでとりあえず呼んでみた。


「ういーす」


 何だこの軽い挨拶。

 影から滲み出てきたのは浴衣のお兄さんだった。


「リュウジ様? もう少し場所を選んで呼んでくださいよ」

「まさか本当に来てくれるとは思わなくて……」


 ここは素直に謝る。


「それで、何かご用ですか?」

「藍のお嬢様は今どちらにおられるのか解ります?」


 せっかく早い時間に到着したのだから、今日1日を自由行動にして明日お嬢様に会いに行きたい。


「ええと……レストランの窓際席で飲んだくれてますけど」


 すげえ、伝説は本当だったのか。

 だがそれを聞いて俺のなすべき事も判った。


「彼女に会わないようなお勧めの宿を教えてください!」


 酔っ払いがちょっかい出してくる前に町を堪能してしまおう作戦。

 完璧だ。つけいる隙のないパーフェクトな作戦だ。


「お前も必死なんだな」

「そこまで怖がる必要もないと思うんだけどねぇ」


 お気楽2人組が何か言ってるが気にせずに、俺は黒装束お勧めの宿に向かった。

 今回も酒場に宿屋が乗っかったテンプレート構成のリーズナブルな宿である。

 イスルギはメニューに例のビールを発見すると、おもむろにカウンターに座る。

 あのアル中はもうダメだ。

 流石にカグヤは日の高いうちから飲んだりはしないと言うので、カグヤと2人で町に出る事となった。

 そして町の中央に向かい、適当に飲み食いしながら店を冷やかして回った。

 そして日が暮れる頃に――


「リュウジ様!」


 黒装束浴衣の人の声に振り返る。

 彼は通りの向こうで誰かに背中を押されて、つんのめっていた。

 おいおい、凄腕間者集団の中で自分のスタイルを通せるレベルの人間を不意打ち出来るって、どんな奴だよ。

 たたらを踏む彼の後ろで、上半身を思いっきり前に倒して、更にソコから両手を伸ばした女性が見えた。彼女が押したのか? だとすれば、あんなふざけた動きでシオウの影から背後を取れる超凄腕って事だ。

 その女の顔は見えないが、フワリとなびく長髪は深い海の色。耳の上から伸びるのは――

 女性は顔を上げる。真っ青どころかスカイブルーの顔の中で、(きら)めく黄金の瞳がまっすぐ俺を見ている。そして、驚きの声をあげた。


「わぁお」


 あれがライゼラン。

 俺は慌てて隣のガグヤを見る。


「ちょ、えって……ええぇ?」


 カグヤの後ろから抱きついた格好のライゼランが目をキラキラさせて俺を見ている。

 そんな馬鹿な。俺が首を90度捻るより、彼女が雑踏を避けてカグヤに奇襲を仕掛ける方が速いってのか。

 カグヤもマジでびびってる。スピードがどうとかそんなレベルじゃない。


「すごーい!」


 お嬢様感嘆。だがお前が凄すぎる。どうやって移動したんだ。瞬間移動か。


「ちょ、何なの突然!」


 慌てて俺の後ろに逃げるカグヤ。俺もどこかに隠れたいんだが。

 通りの向こうに視線をやるが、浴衣の兄さんは既に消えていた。


「凄いね貴方! 養殖物を入れてる人って初めて見ました!」


 養殖物って言い方はどうかと思うが、今までのどの魔眼持ちより適切な言い方をされた感じがする。突然の出現に驚かされたが、その見識から察すると伊達に長生きしてないようだ。

 俺は一つ深呼吸をすると、営業用スマイルでお嬢様に向き直る


「こんにちは、ライゼラン様でいらっしゃいますか? 私どもに何かご用件でしょうか?」

「そんなに堅苦しくなさらずに。タメでOKですから」


 笑顔でパタパタと手を振る。軽いノリだな。


「はあ、さようで……」

「某商会の裏方さんが急に活動を始めたので、ちょっと指揮系統とか観察しちゃいましたよ。良い物を見せていただきました」

「あはははは」


 渇いた笑いを響かせながら、彼女の全体像を見る。

 ほんのり青い肌に藍色の髪、黒光りする角。ゲームやアニメから出てきたんじゃないかと疑いたくなるような、強烈にメリハリをきかせたグラビア体型。

 彼女はその男受けする体型ってのを、着丈が脇腹まで届かないエリ付きの白いノースリーブシャツと、無駄にローライズしたデニムのホットパンツ? ショートパンツ? まあそんな感じの衣装に押し込んでる。

 この世界に来た当初の俺以上に、世界観から逸脱した服装だ。

 一言で言い表すなら“エロ衣装”だろう。

 どんな罰ゲームだ。首輪までしてるし……俺も翻訳機着けっぱだったな。


「ところで貴方のお名前は?」

「あ、リュウジです。こっちはカグヤ」


 揃っておじぎする。


「これはご丁寧に」


 向こうも頭を下げる。そして真面目な顔で聞いてきた。


「ところでカグヤさん。ちょっとよろしいでしょうか?」

「どうぞご自由に」


 カグヤが俺を押し出す。何だこのテンポの良さは。


「え? ちょっと!」

「わぁい! じゃあ明日の朝には返しますね?」


 お嬢様は嬉しそうに言うと抱き付いてきた。優しくつかまれてるのに全然動けない。

 この人、純粋な筋力だけで魔力ブースト全開の俺より遥かに強い!

 気楽なノリに油断したけど、コレが本物の規格外ってやつか!


「ちょっと待ってください! 俺にも心の準備が!」


 慌てる俺の耳元で悪魔が囁く。


「大丈夫、夜はまだ始まってもいないんですから」

「ちょ、カグヤ!」

「……グッドラック」


 クソッ! 幸運を祈って何で敬礼すんだ!?

 だが、それ以上のセリフが口から出る前に、お嬢様が俺を転送してしまった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その後色々ありまして、今はお嬢様と二人っきりでお話しております。

 状況は割愛する。


「楽しんでいただけました?」


 横たわったまま、不安げな表情で見つめてくる。


「いや、400年は伊達じゃないって思い知りました」

「嬉しい! そう言っていただけると、この仕事してて良かったって思えます」


 パァッと笑みがこぼれる。

 まさか、個人での国家防衛が副業だとでも言うつもりだろうか。


「まあ、寝床から始まる関係ってのはいかがなものかと思いますが」

「ええっ?……ごめんなさい。最近はいつもこんな感じだったもので……」


 困ったような顔。

 表情がクルクルと変わる人だ。これも400年と言う永い時間をかけて、つちかって来た技術なのだろうか? そう、400年もの時間。


「400年ずっとこんな事を続けて、その……飽きないんですか?」

「そうですね。でも変わらない日常って、とても素晴らしいものなんです」


 彼女は微笑むが、俺とは正反対の考え方だと思う。

 無限に続く平穏なんて、緩やかな死に至る病でしかない。

 俺の思いに気付いたのかは判らないが、お嬢様は続ける。


「この身体になる前は、毎日が生きるか死ぬかって感じだったんです。そんなことを永く続けている内に心までおかしくなってしまって、大切な人の命を奪って仲間達に封印された事すら理解出来なくなって、その封印から助け出してくれた人まで殺めてしまって……」


 なかなかどうしてヘビーな話だな。


「でもそんな時に、恐らく彼にとっては実験でしかなかったとは思いますが……私に知性を取り戻させるプログラムを組んでくださった方がいたんです。私が心を取り戻した時にはすでに他界されていたんですけれど、彼のくれた身体と知識を使えば、魔力は元々無限に持っていましたから」


 無限って……気軽に凄い事言ってくれるなぁ。でも――


「それで付いた2つ名が『ハードM』ですか?」


 お嬢様の顔が真っ赤になる。


「そ、それはっ……その、仕方なかったんです! 封印の外に出て立ち上がる事も出来ないときにいきなり捕まっちゃってあんな……あんな地下室で強引にされちゃったら……楽しくって」


 俺の事をギュッと抱きしめて蕩けたような、期待するような瞳でこちらを見つめてくる。


「やりませんからね」

「そんな~……何事も経験ですよ? このチャンスを逃すと猟奇プレイとか出来ませんし、皆さん私が良い声で泣くって、とても褒めてくださるんですよ?」


 そのピーラーを使って、どのようなプレイをするんですか?

 おぉう……ちょっと背中がゾクゾクするよ。

 猟奇プレイだけは何としても諦めてもらわないと、俺のメンタルが持たない。一生懸命語るのを、はいはいと強引に流して諦めさせる。


「じゃあ、試したくなったらいつでも言ってくださいね? で、何のお話でしたっけ?」

「取り留めのない話ですね」


 お嬢様は「そっかー」なんて言いながら俺の背に指を這わせる。まだやる気か。と、俺は今更ながら違和感に気付いた。


「そう言えばライゼランって、本の中だと真っ白い肌じゃありませんでした?」


 今、お嬢様の素肌は澄んだ空の色をしている。


「ああ、様子見の時はお肌の色をいじってるんです。初体験で変な性癖持たせちゃったら可哀想でしょ? そもそも髪の色だけで『藍の』なんて呼ばれる訳がないとおもいません?」

「実は俺、俺……」

「…………ええ!?」


 背中の指がぎこちなく動き、離れるのを感じる。ほんの少しの間をおいて戻ってきた手は、そっと優しく俺の背を叩いた。


「きっといい事ありますって」


 軽いなあ。


「今更お肌の色を変えたところで……ううん、その方が新鮮味があって(たぎ)りますよね!? お望みでしたら日焼け跡だって作れちゃいます! リュウジさんはどんな感じがお好みですか?」

「も、もうちょっと休みませんか?」

「うっふふー、夜はまだ長いんですよー?」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌朝、ライゼランを連れて宿に帰る。俺は意外と元気だった。

 『今夜は寝かせてあげないぞ?』みたいな事を言いながらも、うまい具合に俺の体力を見極めて楽しませて来るその技術力は、ただ惰性で生きるだけではけして身に付かない物であろう。

 世界が恐れる力の持ち主が、なぜそこまで他人への奉仕を極めようと思うのか。

 ……まあ、ただでさえ亜人の、それも名前持ちの異性が考える事なんて、俺の理解の範疇にはないのだろう。

 部屋に入ると、イスルギとカグヤが待機していた。


「リュウジ! 本当に心配したんだよ? 無事でよかった……」


 涙目で近寄ってくるカグヤ。の、肩をつかみ、じっと目を見る。


「……………………くっ!」


 俺の勝ちのようだ。


「せっかくライゼラン殿が来てくれたんだから、バカやってないで話を進めるぞ」


 互いに自己紹介を済ませると、イスルギがさっそく本題をきり出した。


「それでライゼラン殿、リュウジから話は聞いておりますか?」

「いえ全然」


 あまりの急展開で忘れていたが、そんな話もあったな。

 イスルギがため息をついて俺を見る。そして俺をかばうお嬢様。


「許してあげてください! 私が無理矢理あんな事をしてしまったから……罰なら全て私が受けますので!」


 おもむろに脱ぎ始める。


「脱がないでください」

「え~……」


 彼女の服を直しながらお嬢様に説明する。

 要約すると、塔に行きたいんで防衛機構を操作して? だ。


「私も楽しませてもらいましたし、守備隊の操作程度ならたやすい事です。でも、そんなところに行って何するんです? 起動中の塔は自分が認めた者にしか侵入を許しませんよ? 私の権限では入り口を開ける事も出来ませんし」


 元の世界に帰れるか試してみたいです……なんて言えないから適当に答えてみる。


「俺が行けば入れるんじゃないかと思いまして」

「それはないと思うよ」


 カグヤの厳しいツッコミが入る。だがお嬢様の答えは違った。


「まあ、実際に皆さんが行けば開くんですけどね」


 え? 嘘、全力でツッコミ待ちだったんですけど?

 カグヤもビックリしてる。


「嘘ぉ? 何で?」

「三者三様に理由がありますから」


 口が開いたままのカグヤに、当然であるかの如く答える。

 俺はまあ理由があるのは解る。

 カグヤはその知識が塔に関わるのかもしれない。

 イスルギも……成る程、全員訳ありって事か。と言うかココに来て正解だったようだ。


「ほう。ならいつ頃許可をいただけますかな?」

「準備が終わるまで少し時間をいただきますから、午後には」


 動揺を見せないイスルギと、笑顔で話を進めるお嬢様。

 お嬢様はいいとしてもイスルギの余裕はおかしい。一体彼は何者だ?


「でも、皆さんの実力を確認しないでお通しするのもつまらないですよね……」


 悪戯っぽい笑みで俺達を見渡すお嬢様。


「なら、いくらでもお見せいたしましょう?」


 ニヤリと笑い返すイスルギ。

 ……もうイスルギとライゼランの2人で話し合えばいいと思うよ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




『お昼ご飯が終わったら西の入り口に来てください』

 ライゼランはそう言って帰っていったので、宿の食堂で各々昼飯を頼みながら作戦会議をする事となった。

 とは言えメニューが少ないから、個性が出るのはドリンクのみだ。


「昨日のエールを」

「ガリバルディ」

「スクリュードライバー、ウォッカ抜きで」


 すぐさま運ばれるジョッキとオレンジジュース2杯。


「くっ……これだから、キコウ都市国家群は……」


 カグヤが悲しみに震えている。


「何するか判んないのに酒なんて飲むなって」


 俺がカグヤを慰める間にジョッキを空けたイスルギが断言する。


「実力を見たいって事はやっぱり、戦いぶりを見たいんだと思っていいんだよ」


 ならますます酒なんか飲んでる場合じゃなくね?


「じゃあ機械人形とやり合う事になるのかな? アタシ、あれとは戦った事ないんだけど」

「それならまともな実戦経験皆無な俺はどうなるんだよ」

「……訓練したじゃん? 余裕余裕!」


 バンバン背中を叩いてくる。人事だと思いやがって。


「まあ向こうもそんな凶悪なのを出してはこんだろ。2人共気楽に行っとけ」

「イスルギの余裕はどこから来るんですか……」

「人生ダメなときは何やってもダメなんだろ? なら出来るときは何もしなくても出来るんだよ」


 前向きなのか後ろ向きなのかよく解らん。

 その後も会議と言うにはあまりにも適当な雑談と精神論が繰り広げられ、結局作戦は『現場の柔軟な判断で臨機応変に頑張る』でまとまった。

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