塔に寄り添う城塞都市にて、昔語りを思い出す
エロが書いてみたい時期があった。
あくまっこ捕縛みたいな。
キコウ都市国家群の切り札と呼ばれる町の前で、俺は立ち止まった。
都市国家群において最大の領土を誇るのが、この『城塞都市ライゼラン』である。
もっともその領土の半分は、いつ誰が、何のために建てたかも判らない巨大な塔の産み出す影に、殆どの時間を隠されているため、住人の生活圏自体は窮屈な部類に入るはずだ。
都市国家群の町としては珍しい構造をしており、何より目を引くのが富裕層と貧困層を分ける壁の薄さであろう。
通常であれば、内部に通路がある巨大な壁がそびえ建つものであるが、ライゼランにおいては1枚のフェンスがあるだけである。
風の噂に聞くところによれば『維持費が安いから』であると言う。
また、自前の防衛戦力を持っておらず、それどころか治安維持のための“人間の”警備部隊さえも恐ろしく数が少ない。
よって本来防衛費となるはずの予算を全てインフラに回せるため、非常に文明レベルが高く、出回る商品も良質な物が多い。
その外見だけを見た者は、なぜこんな町がどこからも攻められる事なく存続出来るのか、疑問に思う事だろう。
だが、それは間違いだ。
そもそも、都市国家群などと言う脆弱な基盤が、この戦乱の時代に生き残れるはずがないのだ。
民度も練度も士気も常識も違うキコウの都市が手を取り合ったところで、完全な統率の下1つの生命であるかの如き戦闘を行う、他国の正規軍と対等な戦いが出来ると思う事が、愚かであると気付くべきなのだ。
ではなぜ、周辺諸国はこの無力な集団をのさばらせておくのか。
簡単な事である。
ライゼランには最強の亜人『藍のお嬢様』がいるのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――500年ほど前の事である。
2つの大国が全面戦争をした。
どちらも多大な犠牲を払った揚句、最後は和平で決着したと言う。
東の大国は80年と言う永い時間をかけて持ち直したが、もう片方の国は瓦解を免れる事が出来ずに、同じ時間を内乱に費やした。
西の戦乱は激しいものであったが、それ故に戦略的価値の見出せない、東の敵性国家との隣接地域、そこに向かうルート上にある未開の山脈、そしてその前に立ちはだかる手出し不可能な塔は、百年の長きにわたり放置され、ソコに集落がある事も、いつしか忘れ去られていった。
塔の防衛圏のすぐ側に小さな村があった。
大きな戦争が起こる前は調査機関や駐留舞台が立ち寄り、それなりに栄えたと言うが、今を生きる最高齢の老人でさえ、ソレが真実であったのかは判らない。
間違いなく言えるのは、この数十年村に立ち寄ったのは盗賊の類いばかりであった、そんな先のない寂れた村である。
そんな村に、小さな事件が起こる。
村の若者が、半死半生の亜人を拾って帰ったのである。
その姿は、まるで絵画より現れたかのような美しい女性であり、清らかな鈴の如き声色で慈悲を請うが、その肌の色は病的なまでに白く、染め上げたような藍の長髪をなびかせるその頭からは、その細腕と同じ太さの、闇夜の如き黒さの中に鈍い輝きを放つ、1対の角が生えていた。
涙ながらに助けを求めるその亜人の女を見た村の長は、こう言った。
『人でないのであれば、どのように扱っても構うまい』
こうしてライゼランと名乗る亜人の女は、村の隅の朽ちかけた廃屋の地下に繋がれ、負の感情のはけ口として、人の道にもとる扱いを受ける事となる。
彼らは気付くべきだったのだ。
鉄の鎖で繋げるような無力な亜人など、皆無である事を。
自ら名乗るような亜人の常識からも外れた存在に、人の世の常識など通るはずがないと。
そんな事件の数ヵ月後の事、村が野盗の群れに囲まれた。
村の者は抵抗する事無く食料を差し出したが、野盗はそれだけでは足りぬと言って剣を手に襲い掛かり――突如火達磨になり、1人残らず灰となった。
なぜ、こんな事が? 何とも説明のつかぬ事態に村の者達は訝しがったが、地下の片隅で折れた角を胸元に抱え泣いている“はずの”亜人の事など、頭には上らなかった。
またある時、戦乱の果てに傭兵崩れに落ちぶれた一国の軍隊が、村の全ての物資を奪わんとして襲い来た。
村は慈悲を求めたが、傭兵達は『もはや我等にはこれしか出来ぬのだ』と嘆きながら襲撃の構えを整え――空より降って湧いた巨大な化鳥が放つ一条の光に飲み込まれ、消えた。
まさか、あの亜人の女が? いや、今も水に沈んで意識を失い痙攣している“であろう”アレが、我等を助けるはずがない。
その後も同じような事が起こる度、村の人間は自らの心に滲んだ疑問を黙殺した。
だから、亜人が徐々にその力を回復している事実を見落とした。
そして、ライゼランが繋がれてより数年後、村に重大な問題が発生する。
唯一の水源が涸れたのである。
もはやこの地を捨て、別の場所に移住せねばならない。
ならば、不要な亜人も処分せねばならないが、まずは身の回りを整えねば。
――翌日、遥か彼方、名も知らぬ大河よりの支流が、村の側に現れた。
もはや元凶は明らかだ。この村には地形を変える大規模魔術の使い手など、あの亜人以外に存在し得ない。
村の長達は廃屋の地下へと向かい、若い衆に腕を切り落とされて震えているライゼランを見つける。
なんと言う事を! 詰め寄る長に、剣を持った若い男が答えた。
この程度なら、夜には治っているのだ……と。
若い男達を追い出すと、困った顔で落とされた腕をもてあそぶ彼女に、長は問いかけた。
『なぜ、ここに留まっているのか』
ライゼランは微笑むと、瞬く間に腕を繋げ、囁くように言った。
『皆様が楽しませてくださるので、失った力を落ち着いて癒せました。ですから、お礼をさせてほしいのです』
長は彼女を誰とも接触出来ぬよう、牢に隔離した。
村の意見は完全に割れた。
穏健派曰く、彼女に非礼を詫びて、その助力を受けながら生きるべきである。
どうせ彼女の力がなければ死んでいた身、彼女に全てを委ねれば、我々を悪く扱う事はないのではなかろうか?
過激派曰く、彼女が我々を許す道理がない。殺される前に殺すべきである。
我等の行いを思い返せば許されるはずがないのだ。たとえ一時彼女と共に過ごす時期があろうとも、いずれ彼女は何らかの方法で復讐を果たすに違いあるまい。
どちらも自分の命が懸かっており、引く事は出来ない。このまま村は、2つに分かれるかと思われた。
そんな時、状況を一変する事態が起こる。
村民の苦悩など知らずに牢を抜け出して、若い衆の下に遊びに行ったライゼランが、過激派に捕まったのだ。
彼らはライゼランが2度と復活せぬように、原形をとどめぬまでに破壊する。
その際に本性を現した彼女のセリフがある。
『挽き肉になるまで、ですか? わぁ、何だか楽しそう!』
3分で復活すると、鈍器を持ったまま固まる男達を見て、困った顔で尋ねた。
『あの……再生が早すぎましたか? それとも、すぐ再生して何度も繰り返す方が、お好みですか?』
穏健派は彼女を自由にさせる事とし、過激派は次なる策を弄する。
聖剣と呼ばれる剣を持つ者が彼女を封印せんとするも、無抵抗の彼女を相手に何一つ有効な攻撃を繰り出す事がかなわずに倒れた。疲労であったという。
大賢者と呼ばれる魔道士が5人の弟子の生命を持って封印を取り仕切るも、ライゼランを僅かに揺らがせる事も出来ず、彼女の力で蘇生させた弟子を引き連れて逃げ帰った。
大戦より立ち直った東の大国が師団を引き連れやって来るも、彼女の全面協力のもと、半年の試行錯誤の末に出した声明は『ライゼランなる亜人はそもそも存在していなかった』である。
東の大国が撤退し、過激派が彼女の抹殺を諦めた頃であろうか。
ライゼランは、村の側にある塔の防衛機構を掌握し、ラグナロクにおいて亜人原種と対等以上の戦闘を繰り広げた機械人形の群れを支配下に置いた。
ライゼランが村に求めた事はたった1つ『ここで静かに過ごしたい』と言う事であり、防衛も自分と塔が勝手に行うので安心して良いとも言った。
長は彼女の要求を呑み、その証として村の名を『ライゼラン』と変えた。
彼女を知らぬ野盗の群れや、ライゼランを否定せんとする国家が攻め寄る事もありはしたが、彼女は包丁1本で相手方に乗り込み、その絶望的な力を見せ付けるだけで引き上げさせた。
彼女の交渉手段は単純明快である。
敵対勢力の実動部隊を相手にはぜずに、首魁、為政者、王の前へ突如現れ、こう告げる。
『貴方の側で1日待ちます。その後、貴方の意思が変わらないのであれば、戦争しましょう』
それだけを言って、彼女は刃物片手に相手の側に立つ。決して離れない。何をされようとも抵抗せずに、ただ側にいるだけ。
当然相手は、あらゆる手段を使って彼女から離れようとするが、いずれ不可能と知る。
排除せんと武器を振るえば、更なる無力感を思い知る事となる。無言のまま笑顔で寄り添う、彼女の眼球にすらも傷が付けられずに。
東の大国が半年の時間を費やして全てを諦めた存在が、意思を持って相手の全てを拒絶すれば、有効な手段など何もあるわけがないのだ。
彼女を無視して村を攻めようにも、次の瞬間村は光が歪むほどの防壁に囲まれてしまい、視界に入れる事すら叶わなくなる。
半日諦めなければ、日光を閉ざすほどに上空を埋め尽くす、機械人形の群れを見る事が出来るだろう。
その先を見るまで耐えた人間は、少なくとも記録の上には存在しない。
やがて周辺諸国にとってライゼランの村は、下手に潰せば彼女自身が侵攻を開始しかねない火薬庫と映るようになり、その恩恵にあずかろうとする周辺の町に対しても、手出しを躊躇われるものにまでなった。
その後も彼女は主に抑止力として村とその周辺の発展に多大な功績を残し、400年後の現在でも、今や都市となった町の飲食店でタダ酒飲んでくだを巻いているのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
3番氏はこの町の近くに俺達を下ろしてくれたので、まだ昼も回っていない。
そして、目の前に広がる町の、更に向こうを見上げる。
そこには、おそらくこの旅の終着点であろう白磁の塔がそびえている。
遠くから見ても巨大であった塔は、今や壁にしか見えない。
ついにココまで辿り着いたぞ、と感慨にふけっている俺を、入場門に並んだイスルギとカグヤが呼ぶ声が聞こえた。
どいつもこいつもデリカシーってもんが解らん奴らだ。
「リュウジの剣がないと入場料取られちゃうんだから、ちゃんと一緒にいてよね?」
「解りましたよーっと」
2人の横に並ぶ。
「しっかし本当に警備が少ないんですね」
ちょっと肉体強化の魔法を使えば簡単に不法侵入出来そうだ。
「そうでもないぞ? 上を見てみろ」
イスルギに言われ空を見る。カグヤも一緒にだ。
「何もないよー?」
「見えないか? でっかい羽付けた箱が2つ、ここいら辺を監視してる」
「……ホントにぃ? そんなん見えないよ?」
…………衛星?
「もしかして、金色でシワシワの箱に黒くて四角い羽が付いてるんですか?」
「いや、全然違うけど……お、手ぇ振ってきた」
一体何が見えてるんだ。
青空に手を振るイスルギを諦めて前を見る。
入り口では警備の機械人形が末恐ろしいスピードで列を裁いている。
慣れてる人は笑いながらハイタッチとかしてるけど、そうじゃない人はビビリまくってる。
だって警備員さんの身長3mくらいだぜ? 俺も既にちょっと怖い。
「ところでカグヤ?」
「んー?」
「ふと思ったんだが、ライゼランって、味覚あるのかな?」
「昼間っから酒飲んでるって話だから、あるんじゃないかな」
そうか。そうだよな。
「俺の魔力は、美味しそうに見えるのかな?」
「……………………アタシの最高傑作、だからね」
おいおいおい、そこは否定してくれよ。
1国相手に無双出来る亜人が、2番みたいに正気を失ったら洒落になんねぇぞ?
「下手に気に入られて搾り取られるなんてないよな? 勘弁してくれよ?」
カグヤは目をそらす。
「ま、まあ大丈夫なんじゃないかな? 腐っても町の象徴的存在だし」
「目を見て話すんだ」
「…………くっ!」
ライゼランの2つ名として有名なのは『藍のお嬢様』だが、それ以外は碌でもない呼ばれ方が多い。主に性的な意味で。
子供が知っていたのが『万人切』『両刀使い』『ハードM』等など。
彼女が本格的な無敵ぶりを発揮し始めるのは、隔離された牢屋を抜けるところから始まるが、その時に向かおうとした行き先は自分を切りつけた『ご主人様』の下で、理由は『もっと遊んで欲しかった』からだと言う。
自由の身になって虐めて貰えなくなってからは、夜な夜な思春期の少年少女の部屋に忍び込んで、夜の勉強会をやっていたとか。いや、やっているとか。
そんな面白超人に捕まったら何されるか判ったもんじゃない。
それこそ『わたしの ぼうけんは ここでおわって』しまう。
「もしもの事があったら、俺の事助けてくださいよ?」
「俺とカグヤじゃどうにもならんよ」
「イスルギぃ……じゃあ町に入らないで直接塔に向かったほうが……」
「ソレも無理だろうな。単体で原種の亜人と真正面から殴りあえる防衛機構が、連隊組んで阻止に来るんだぞ? それをいなせる生物なんてお嬢様本人ぐらいだ」
「なんでそんなのが性格破綻者っぽい噂ばら撒かれてんですか……」
「名前持ちの亜人なんて、そんなもんだろ」
イスルギは気楽に言う。
まあ確かに、こんなところでグダグダ言っても始まらないけどさあ。
「気をしっかり持てって、お嬢様が今まで攻勢に出た記録はないんだ。エロと町が絡まなきゃ意外と無茶をする性格じゃなさそうだ」
イスルギから見てもエロは譲れないラインなのか。
でもライゼランにとって無茶じゃない事が、俺にとっても同じように思えるかは、別だよね?
全力で後ろ向きになっている俺にイスルギが止めをさす。
「一般人である俺らがあの塔に近づくには、お嬢様の防衛機構に許可をもらわにゃならん訳だ。2日3日は覚悟しておけ」
「ですよねー……」
俺は絶望的な気持ちで町に入った。
性格が穏やかっぽくなったら逆にヤバイ人になった。




