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人間の食事

 木の陰で泣いていたのはショートカットの女の子だった。


「どどどうすればいいの!?」

「考えてこそ人は成長できるもんだ」


 イスルギは観戦モードに入った。


「……ごめ……いっ……わ、わた……」


 彼女の方は何か言葉も出せないっぽいんだが、どうすればいいの?


「よ~し、もう大丈夫だからね」


 カグヤがそう言って慰めてくれている。右往左往する俺を見かねたのだろう。

 俺はとりあえず2人の前で正座して待機。平に反省しております。

 と、徐々に落ち着いてきたようで、彼女はこちらの方を向いて謝ってきた。


「あの、こっそりつけるような真似をして、すいませんでした」

「いえこちらこそ、突然の凶行お詫びいたします」


 now土下座合戦ing。

 ショートちゃんの外見年齢はカグヤと同じくらい。活発さを演出していそうなツリ目がこちらを見つめる。

 濃紺に白いアクセントが入った浴衣を山吹色の帯で締めているのだが、丈がミニスカートみたいに短い。

 野山を駆けるお嬢さんだろうし機動力アップのためなんだろうが、立っていても目のやり場に困ってしまいそうだ。

 そんな服装の娘が正座……が崩れて女の子座りしちゃ色々とマズイ訳だが、俺はもうどうすればいいの?


「それで、なんでアタシ達を追いかけたりしてたのかな?」


 土下座バトルに飽きたカグヤが尋ねる。少女は俯いて両手の指を絡ませながら頬を赤らめていたが、覚悟を決めたのか、俺をチラリと見てこう言った。


「彼の血が、美味しそう……だったので……つい」

「俺はどう反応すればいいの?」

「ほら、リュウジの血には私の最高傑作が流れてるから」

「お詫びに指の1本もくれてやれよ」


 カグヤは無駄に自慢げで、イスルギは本格的に投げている。


「いえ、そんな……私、人はもう食べないんです!」


 『もう』って言ったよこの娘。


「じゃあ何で……」


 ついてきてたの? と聞くカグヤ。


「その、そちらのリュウジさん……ですか? が、お食事でつらい思いをされていたのを見て、私の家に招待なんかしてみようかな……って?」


 そう言ってカグヤを窺う。何故最後が疑問形なんだ?


「でも、何て声をかけたらいいのか判らなくって」

「ますます何で?」


 カグヤの追及は止まらない。

 俺にも春が来たって事だよ言わせんな恥ずかしい。


「貴方に利する部分がないよ」

「いえ別に喜んでいただければいいんです。あわよくばお礼として血の一滴でもとか、そんなんじゃないですから!」


 ……おぉう。真剣な眼差しで語ってるけど本音が隠せてないよ。

 崩れ落ちる俺に、イスルギが声をかける。


「素直でいい娘じゃないか。どんな料理がでるのか興味もあるし、お誘いに乗ってもいいんじゃないか?」

「本気? 朝には骨も残ってないよコレ」


 カグヤのそんな声に少女がちょっと怒った顔で応える。


「そんな事しませんよ! お肉が美味しい人間なんて結局いないんですから!」

「だから血だけ吸い尽くしたいって?」

「そんな事したら嫌われて、次のチャンスを期待する事も出来なくなっちゃうじゃありませんか。私そんな先の読めないダメな子じゃありません!」


 ダメな子だ。


「くくっ……素直でいい娘だろ? 裏はないだろうし俺達も一緒に行くんだ。お前もそろそろ普通の飯が恋しいみたいだし、問題ないだろうよ」


 笑いながら言うイスルギの言葉に、俺は一つため息をついて立ち上がる。

 彼女の物言いから察するに、俺の命を危険に晒すつもりがないのは本当だと思う。

 亜人雑種であろう彼女にとって食は娯楽でしかないから、無理はしてこないだろう。


「イスルギ、ちゃんと守ってくださいよ」

「まかせとけ」

「え~……本気?」


 カグヤは乗り気じゃないようだが男2人が言うなら自分の意見を固持する気はないようだ。

 俺は状況が飲み込めてないダメな娘に手を差し伸べて言う。


「じゃあ、君の家に案内してくれるかな」

「は?……は、はい!」


 慌てて立ち上がった彼女は胸の前で両手をギュッと握り締め『よっしゃ!』みたいな表情でこちらを見上げる。


「ところで君の名前は?」


 流石に呼びづらいからな。

 ところが彼女はキョトンとした表情になった。


「ないですよ? 強いて言えば、2番」


 ……おぉう。


「亜人にとって名前なんて、呪いを引きつけるための標識でしかないからな。集団になってから暗号名をナンバリングするだけなんだ。数字以外の名乗りをあげる奴は基本変人だ」


 イスルギさんのありがたい解説が入る。


「じゃあどうやって平時の個体識別をするんですか?」

「しらんがな」


 ないわー。でもそう言われればこの世界で語られる物語の主人公達も皆、二つ名でしか語られていなかったな。どうせ名前が出ても偽名だし、戦場を移動する度名前を変える奴もいたらしいから、自然に二つ名のみで語られるようになったのだろう。


「もうどうなっても知らないから、さっさと2番ちゃんのお宅拝見にいこうよ」


 カグヤが言う。


「それで、どこに住んでるの? 近くなら私と2番ちゃんが1人づつ運べば早いよね」


 おいおいさっきまで泣いてたような娘がそんな事――


「そうですね、じゃあ私がこちらを運びますのでついてきてください」


 あれ? と疑問をはさむ間もなく2番が俺を背後から抱きしめる。

 え? もしかしてその持ち方で高速移動とかするつもり?


「じゃあ行きますよ? 苦しかったら我慢してくださいね」


 ソコは我慢させるトコじゃないだろ?

 だが、やはりそんな事を言う間もなく僅かに身体が沈み――


「ちょっと、え、うひょおえあぁぁーー……」


 俺は空を舞った。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 空気を蹴って森の上を全力疾走すると言う、とんでもない移動法で2番に連れられて辿り着いたのは、でかい湖の中に浮かぶ小島だった。

 陸地からは距離があるし、小島といっても4~500m四方はあり、亜人が仙人暮らしをするには十分な環境なのだろう。

 島は中心が切り開かれて広場になっており、その周りに背の高い木々が立ち、島の形状も手伝って上手くカムフラージュされている。

 と、俺のすぐ後ろにイスルギが落下、その上にカグヤが降り立つ。

 何だろう、カグヤの機嫌が……ああ、イスルギが2番のパンツみたとか、そんな痴話喧嘩か。

 せっかくだしイスルギに直接聞いてやろう。


「イスルギ? 一体、何があったって言うんです!」

「ぱんつ、はいてない」


 それは許されない。


「見るだけならまだしも考察まで始めるんだよ? 信じらんない!」

「……考察はないわー」


 てか一緒に見るだけならいいのか。カグヤもなかなか寛容だな。

 そんな俺達の話を知ってか知らずか、2番が可愛らしくお辞儀をする。


「ようこそおいでくださいました」


 その背後には、日本人感覚からすると結構な大きさの平屋が建っている。

 彼女一人では維持管理に疑問が残るので、恐らくどこかに1番が隠れているのだろう。


「じゃあちょっとお魚捕って来ますね!」


 今から捕って来るのかよ。

 一生懸命な2番にツッコミを入れるのも気が引けるので、その漁を観察しようと思ったが、彼女はおもむろに口の側に手を当て、大きく息を吸うと、俺の可聴域を超えた声で叫ぶ。

 カグヤが「パパってオイ」って呟いたから間違いない。

 僅かなタイムラグの後、地面で塵が一斉に浮き上がる。パパの返事もパネーな。

 カグヤが「随分と仲がいいんだね」って言ってたから間違いない。


「えへへー」


 空を見ながら嬉しそうに笑う2番の視線を追うと、空の彼方から『パパ』がゆっくりと降下して来た。

 ――SFロボちっくなでっかいドラゴンに乗って。


「……あのドラゴンも、亜人だからいーんだよって事で丸く収まるんですか?」

「……『ドラゴン』って、ラグナロクで『暗き翼持つ巨大な化鳥』に殲滅された空飛ぶ亜人軍団の事か? どっちかと言えばアレは化鳥の方だろ」


 認識の齟齬は訂正するのもめんどくさいので、未だ下降を続けるドラゴン……化鳥と言っとくか。まあソレを観察する。

 まず目に付くのはその体色。内側から淡い光を放ち、エメラルドグリーンの、消えかけたケミカルライトような感じの無機的な肌を持っている。

 顔には、目のすぐ上からスラリと伸びる騎乗槍のような一本角が伸びており、当然頭の後ろに胴体があるのだが、まるで各部位をジョイントするために仕方なくつけたように小さい。とは言え1m以上はあるだろうから、それが小さく見える化鳥のサイズも相当なものだろう。

 左右に広がる巨大な翼は向こう側が透けて見えるほど薄い虹色で、夜空に長く伸びる黄金の軌跡を描いている。翼を支える骨格は頼りなく思えるほど薄く平べったいが、その頂点部分に衝角らしきものが付いているので、見た目と違い頑強なのだろう。

 次に足だが、例えるなら『2mくらいありそうな三角錐』だ。足裏と思しき部分からもキラキラした何かが控えめに吐き出されているから、あの輝きが推進剤なのかもしれない。

 でもあの脚で着地したら地面に顔が届かないし、常にバランス取り続けなきゃダメだろうし、1度倒れたら絶対立てないよ。

 と、化鳥が減速し、フワリと着地した。虹色の翼が光の粒子となって消えていく。

 足に隠れて見えなかったシッポは翼を縦にした感じか。

 化鳥の外に人が張り付いているようには見えないので、中に操縦席でもあるのかもしれない。ちょっと乗ってみたい。


「パパー!」


 2番が化鳥に駆け寄る。


「おかえり、こちらのお客さんは?」


 化鳥が応えた。

 ……マジか。




 化鳥さんはヤジロベエみたいに揺れながら2番に話を聞いている。

 ソレに合わせて各々自己紹介しながら、俺はイスルギに囁く。


「アレからアレが生まれるって、ありなんですか?」

「亜人はなんでもありだ。覚えとけ」

「多分全部聞こえてるよ?」


 カグヤが口を挟むのに合わせて、化鳥さんがこちらを見て歯を見せた。笑ったんだと思う。思いたい。

 化鳥さんは自分を3番と名乗った。すげえ適当だ。

 多分1番は嫁さんなんだろうと思うが、今は二人暮らしだそうだ。

 2番は「ちょっと待ってて」と言うと平屋に駆けて行く。

 うわあ……普通に走ってるだけでも見えちゃいそうだが、親御さんは何考えてるんだろう。

 と、3番を眺めていたイスルギが耳元で囁く。


「守るって言ったが、多分無理だ。見て判るくらい地力が桁外れだ」

「ちょ」

「まあ素直でいい娘さんを育てたんだ。きっといい人だろ」


 家から出てきた2番は木を編んで作った魚入れ、でっかい魚籠(びく)を持っている。そして3番に言った。


「じゃあパパ、調味料はいい感じに色々あるから、今日は無難に鰻と鮎でいこう!」

「100匹くらいでいいかな?」


 多くないすか? パパも食うの?

 でもこの親子がどうやって漁をするのか興味があるから見学してよう。

 2番はその場で駆け足しながら、固定した空気を蹴って高度を上げていく。

 3番はソレを見上げて――ぱんつはいてないって話じゃなかったか?


「行くぞー?」


 3番がそう言うと彼の周囲に大量の光の球が現れ、ソレが僅かなタイムラグをおきながら、1つづつ長い尾を引いて森の向こうに飛んでいく。

 これはアレだ、ホーミングレーザー!

 かっけえ! めっちゃかっけえ! 使い方しょぼいけど。

 2番はその光を追いかけ、そのまま追い抜いていき……周囲に炸裂音が響きはじめる。

 時折2番の調子に乗った掛け声なんかも聞こえてくる。


「これは……凄い漁の仕方があったもんだな」


 イスルギは楽しげに笑う。


「演出過剰な魔法をこんな大量に同時操作して、魚と娘さんに怪我させないって事? 凄いね」


 カグヤは苦笑中。

 夜空を青白い軌跡が彩り、まるで花火大会のようで、俺達はその幻想的な光景をただ見ほれていた。

 そして2分ほど経って戻ってきた2番の魚籠には、大量の魚が詰まっていた。


「えへへー」

「……こんなに強いのに、何でさっきはあれだけで泣いちゃったの?」

「ビックリしちゃって、つい……」


 まあ可愛いからなんでもいいか。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 今日の夕飯は、夜空を見ながらいただく鮎の塩焼きと鰻の蒲焼でした。

 3番氏は物理法則に干渉して料理を作るので早い早い。最早魔力万能どころの騒ぎじゃじゃない。

 2番が枡ですくった米が陶器のお椀に入るまでの間に炊けてる。

 水分は空気中から生成するそうだが、その影響で島の周囲に強風が吹き荒れていたのだろうか。

 魚もそんなノリで料理されるから待ち時間はほとんどなかった。

 そして俺は久々に手の込んだ料理を食う事ができた。

 カグヤも甘味の強い梅酒があったのでご満悦。

 珍しく酒を控えたイスルギは、なにやら熱く語る2番の相手をしている。


「……むう」

「どうした? 考え事か」


 3番氏が話しかけてきた。


「いや、人生に疑問を感じているんです」


 なぜ、俺に、お色気イベントが、ないの?

 2番は最初、俺に興味を持ったんじゃ、なかったの?

 イスルギと話す2番を見る。


「――だから皆戦士か魔道士になってしまうでしょ? 脂肪と筋肉のバランスがいい人は自分で育てでもしない限り存在しないんですよ」

「成る程。それに一般的な魔力による味の渋みが加われば……」

「……天然物は絶望的です」

「難しいな」


 2人の表情は真剣そのものだが、あいつら一体どんな話してんだ。

 たとえ友好度アップに必要でも、あの話題に入るのは難易度が高いな。


「うちの娘は人との接触が少ないから一般常識が壊滅的なんだが、あの話にあそこまで付いてくる奴は初めてだよ。彼は、大丈夫なのかな……こう、色々な意味で」


 表情は読めないが3番氏の声は心配そうだ。


「多分世界が俺達と全く別物に見えてるだけで、仲間思いのいい奴ですよ」

「それならいいがな」


 俺は3番氏に顔を向ける。


「てぇ事は3番さんは、人と暮らした事とかあるんですか?」

「遠い昔に、ちょっとな」


 彼は笑う。多分笑ったんだと思う。


「世界を賭けた大一番を、我が主と共にひっくり返してやったのさ」

「その主ってのは?」

「最早肉体は滅んだが、魂は永遠のものとなった」

「……成る程」

「主がその本質を誰からも忘れ去られて永遠となったときに、いただいた名を捨てた。最早誰にも名はつけさせぬ」


 きっとその主は、凄くいい奴だったんだな。

 そんな奴がつけた名前って、どんなものだったんだろう。




「――てのは少なくとも、私からすれば幻想にすぎないんですよ。結局処女だろうが童貞だろうが味に変化なんてないんです。肉質を決めるのはそんなつまらない概念じゃなくて、何を主食として食べたのかって部分なんですよ」

「なら、肉でも野菜でもなく、魚のみで育てた人間はどうなるんだ?」

「私も抜け道を考えた時期がありました。でも、なんであれバランスよく食べてないと、今度はタダでさえ期待の出来ない魔力の味が更におかしくなっちゃうんです」

「じゃあどうすれば……クソッ!」


 そろそろアレは止めたほうがいいんだろうか。

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