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ツマ、疑問を抱く

 夜が明ける頃に無事外周へと脱出した俺を待っていたのは、黒装束のお兄さんだった。蜥蜴さんは精鋭であり忙しい身なので、俺に長時間付き合う訳にはいかないそうだ。

 じゃあお兄さんの事はなんて呼べばいいの? って聞くと『シュバルツシャドウとかいいんじゃないですか』と言う答えが返ってきた。

 絶対こんな時のために夜なべして一生懸命考えた名前だろうから却下したのは言うまでもないが、このセンスは今までいなかったタイプだ。

 蜥蜴さんみたいのばっかりだろうと思っていたが、彼らとは意外と上手くやれるかもしれない。

 斑に染まった服の処分と身体が洗える場所を教えてもらい、身奇麗にしてから宿に戻ると、イスルギとカグヤは朝食を終えたところであった。


「リュウジ! どこか行くなら書置きの一つもしていきなさいよ! 心配でどうにかなっちゃうところだったわ!」


 カグヤはテーブルを叩いてご立腹だ。イスルギは朝ビール中。昨日飲んだビールが相当気に入ったらしい。

 いくら怒られても、人に話したいような事は何もなかったから、適当に誤魔化す。


「夜の闇を堪能してまいりました」

「意味解らんわ!」


 テーブルを叩いて絶叫。カグヤは元気でいいなあ。

 ひとしきりお説教をいただいた後、俺は散策に出かける2人を見送り、自身も町へ繰り出す。

 町は平和そのもので、ただ歩くだけでも楽しくなってくる。

 様々な店を見て歩く内に、ナイフの持ち手、柄の部分を販売する店を見つけた。

 俺は柄を一つ手に取ると、懐からアイスピックを取り出し聞いてみる。


「これ、繋げらんないかな? 刀身の方は無加工で」

「見せてみな……出来るけどよう、兄ちゃん趣味悪くねえか?」

「もう会えない人からの頂き物なんよね」


 店主はピックと柄を並べ、魔法でサイズを微調整する。


「なんだ、聞くも涙、語るも涙ってぇ話でもあるのか?」

「うーん、どちらかって言えば、笑い話でいいんじゃないかな」


 彼は興味なさげに『へえ』と言って、作業に没頭していった。

 俺はその作業をボーっと眺める。話題振ってきたのに投げられた時はどうしてくれようと思ったが、丁寧な仕事してくれてんのな。


「……出来たがよ、コレは鞘も作ってやったほうがいいんじゃねえかな。隣の店でサービスするってよ」

「バカヤロウ、なぁに言ってやがんだこのボンクラ!」


 水を向けられた隣の店主がダミ声で怒鳴るが、慣れっこのようでお互い顔は笑っている。そんな光景に笑いながら、俺は鞘も作ってもらったのであった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ――その日の夜、宿の食堂にて、俺は1人考える。


「……何かがおかしい」


 夕食を食べながら、気付けば俺はボソリと呟いていた。


「突然どうした? 自分が夢遊病だとでも気付いたのか?」


 他人に言ってるつもりじゃなかったが、ジョッキ片手にイスルギが聞いてくる。

 イスルギはホントにこのビールが好きなんだな。


「いや、人に言えるような話じゃないんだ」


 今日一日1人でウインドウショッピングした結果湧いた疑問点を整理する。

 事例1。3人パーティーで女1人。ヒロインは主人公とくっつく訳だが、カグヤはイスルギと長く旅をしているから、俺に出来る事は狂言回しくらいだ。

 事例2。4人パーティーで女1人。勇者と共に戦ったヒロインがスピンオフ主人公と仮定すると、アイは基本的にバイツと行動していたから、俺とライデさんは彼らの偉大さを引き立てるための添え物だ。

 結論。俺は主人公じゃない。証明完了。

 ……なんと言う事でしょう。異世界から飛んできた俺の配役は『世間一般の常識から外れた奇妙な時空遭難者』だったのですか!


「何考えてんだか知らないけどさ? 人生楽しまないと損だよ?」


 食事の手を休めないまま、カグヤがにじり寄って来る。口の中が見えないように気は使っているが、あんまりお行儀がよろしくない。


「カグヤは悩みがなさそうでいいなあ」

「何て事言ってくれちゃってんの? 世にアタシほど悩みを抱えて葛藤の毎日を送る乙女はいないんだよ?」

「ほほう、例えば?」

「…………甘いお酒が飲みたいです」

「ジュースでも飲んでろよ」


 今日もマッチョさんはイスルギとビールを酌み交わしている。

 カグヤに酒を恵んでくれるのはマッチョさんくらいなのだが、マッチョさんは絶対に他の酒に浮気をしないのだ。

 と、イスルギが俺の腰に差してある短剣に気付き、徐にソレを抜いた。


「あーちょっと、酔っ払いは刃物持っちゃ危ないですよ」


 イスルギは俺の制止を気にも留めずにソレを眺める。


「……コレは何の骨だ? かなりの業物だが」


 あの娘さんは業物だったのか。


「形見分けで貰ったピックに柄を付けたんですよ」


 カグヤも寄ってきて、イスルギが掲げたソレを見る。


「これは……魔法剣の軸に使うと最適なタイプだね、長さ形を思うがままに操れる素直な刀身を発生させられるんじゃないかな」


 カグヤの鑑定スキルすげえ。

 試しに刀身に触れ、アイさんのハルバードのイメージを送り込んでみると、光の粒子に包まれた短剣は、俺の記憶と完全に一致した光輝を放つ斧槍を形成した。

 ……魔法剣ハルバード? ちょっと何かが違うよね。


「……ほう」


 イスルギは感嘆の声を上げながら立ち上がると、ゆったりとした動きで僅かに揺らぐ、槍の穂先を中指で弾く。

 いつの間にか静かになっていた店内に、風鈴を思わせる涼しげな音が響いた。


「これは、芸術品だな」


 そう言ってイスルギは斧槍を霧散させると、短剣をそっと鞘に戻した。店内に喧騒が戻るのを感じながら、俺はその柄に触れて言う。


「これは多分大事な物なんです。実戦で使う気はありませんよ」

「お前のもんだからどう使うかなんて知らんが、大切につかってやれよ」

「……そうですね」


 俺はそう言って、笑った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 自由行動日も無事終了。今日もオオクニの町はこともなし。

 出立の準備が整った俺たちは、今後の予定を話し合う。


「次は南西のアズマに行こうよ」

「南西なのに(アズマ)とはこれいかに」

「ゴメン、意味解んない」


 何で『カルアミルク』が通じるのに『東でアズマ』が通じないんだよ!?

 俺の心の叫びをスルーしてイスルギが異を唱える。


「このまま山脈を越えて行ったほうがいいんじゃないか?」

「え~? そっちは未開拓だから観光名所とかないんだよ?」


 2人は本当に旅慣れているようで、地図も見ないでそんなやり取りをする。


「リュウジはどうなんだ?」


 ふいにイスルギが振ってくる。


「いや地理なんて全く解らないから突然振られてもサッパリですよ」


 俺が振れるのはかぶりだけ。今俺上手い事言った。

 2人は各々意見を述べる。


「アズマに行ったらベッドで眠れるけど、山脈越えなら森の中で夜営するハメになるんだよ? アズマは結構栄えてるから美味しい料理もお酒もあるよ?」

「ココからアズマまでは100㎞以上あるけどな」


 100㎞は無理じゃね?

 と、言う事で俺達は山脈越えルートを選択、オオクニの町を後にした。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 森の中での夜営と言っても、旅なれた2人がいるから全く苦にならない。こんな深い森の中でも襲ってくるのようなのは精々が熊くらいだ。

 ヒャッハー、熊鍋にしてやんよー。

 ――問題は鍋がなかったと言う事くらいだ。

 そもそも俺は熊の解体方法どころか食える部位についても知らなかった訳だが……


『いやちょ、ま、嘘! 無理無理無理無理!』

『リュウジは好き嫌いが多いなあ……そんなんだから大きくなれなかったんだよ?』

『ソレ絶対人の食うもんじゃないって! 生でなんてそんなの絶対おかしいよ!』

『美味いんだがなぁ』


 ……思い出すだけでもつらい。

 まあ結局料理は2人に任せてどこだかよく判らない部分を焼いてもらったのだが……まあ、何だ? うん、アレだよ。そう……俺に野外生活は無理だ。

 そもそも保存食とか荷物が増えるからいらないって話が出た時点でおかしいと思うべきだったんだよ。100㎞頑張ったほうが良かったんだよ。

 だって普通“未開拓”が“獣道すら途切れる”って意味とは思わないだろ?

 明日は町に着くのかな? 着くよね? てかこっちのルートは直線距離で何キロなのかな?

 カグヤは距離とか考えた事ないって言うし、その部分だけイスルギが返事をしてくれないんだ。

 そして今は丸まって眠る魔力の炎を囲んでイスルギと見張り番中。

 因みに火元はヒューマントーチモードのカグヤ。魔力マジ万能。

 この恐るべき技によって彼女はどんな場所でも安全に眠る事が可能なのだ!

 寝ながらこんな高度な魔法の維持調整が出来る人間は物語の中にさえ存在しないけどな。


「イスルギ。質問しても、いいですか?」

「何だ?」

「貴方達は、一体何者なんですか?」


 カグヤもイスルギも規格外が過ぎる。

 この世界の人間は『魔力の行使が可能』と言う事意外、間違いなく地球人類と同程度の身体能力しか持っていない。出来るはずのない事が出来るのは全て魔力の恩恵。

 対して俺は、明らかに常軌を逸した身体能力を持っている。普通の人間は熊を殴っても一撃じゃしとめられない。

 だが、イスルギとカグヤは間違いなく俺をはるかに超越した存在だ。

 カグヤに関しては判りやすい。俺に魔力を与えた行為は、学術機関が解明していない知識を持つ証拠。

 高難度の魔法を長時間使ってもため息一つで済むのは、人外クラスの魔力総量と相性を持っている証。

 イスルギは、勇者クラスの戦闘能力を持った普通の人間の範疇にあるのかもしれないが、カグヤの全てを知っているように見受けられる。

 彼は人類の到達していない知識の行使を、当たり前のように眺めているのだ。


「なあリュウジ」


 イスルギの声に身が強ばるのを感じる。


「今は塔に行くのが目的であって、俺らが何者かなんて考える必要ないんだ」


 そう言ってイスルギはカグヤに向けて小枝を放る。

 枝は炎に触れた瞬間、音を立てて消滅した。


「スタッフロールが流れる頃には、ちっとは謎も解明されてるからさ」


 この世界の娯楽に、映像作品は存在しない。

 ……いや、流石にコレは自動翻訳の首輪がファジーなだけか?


「まあ、待っとけ」


 そう言うと、イスルギは笑った。


「…………投げっぱなしは勘弁してくださいよ?」

「投げっぱなしも味の一つさ」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 そして、夜が明けた。

 俺達はイスルギ先導の元、殆ど道とは言い難い山道を進み続ける。

 そして、空が赤みを帯びてきた。

 まだまだ人里には遠い。


「今日には町に着くって――」

「言ってはないな」


 俺の泣き言にイスルギのセリフが被さる。

 心が折れそうだが、ソレを見たカグヤが慰めてくれる。


「明日には町に着くからさ、これで涙ふきなよ」

「……これ木の皮じゃん」


 受け取った皮を、カード投げの要領で前方の木に向けて投げる。緩やかな曲線を描いたソレは、小気味良い音を立てて目標の木に刺さった。


「そうだ、カグヤに質問があったんだ」

「酒はアタシの活力の源なんだよ」


 別にそんな事は興味ねえよ。


「魔眼持ちの人に『俺の魔力が綺麗だ』って言われるんだけど、カグヤが何かしたのかなって」

「下戸のリュウジにアル中の気持ちは解んないんだよ……」

「ならビール飲めよ」

「俺はな、全てが終わったらどこかの田舎町であのビール飲んで余生を過ごすんだ」

「アタシ、もうイスルギの事が解らなくなっちゃったよ……」


 下を向いたままククッと笑うイスルギを見て、カグヤはその目に涙を浮かべる。


「だ・か・ら! 俺の魔力について教えてくれって」


 漸くまじめな顔に戻ったカグヤは人差し指で涙を弾きながら考えるそぶりを見せる。


「んー……そうだね、例えるならリュウジの魔力は、徹底的に品種改良を重ねたブランド物なんだよね」

「ブランド物って……じゃあブランド物の俺にしかにしか出来ない魔法とかってあるのかな」


 悲しみに暮れる王女を救う高級ブランド、とか収まりが良くないんだが。


「それはないよ、自分だけが特別だなんて夢を追う姿は、応援する事は出来てもお勧めする事は出来ないんだよ?」


 バッサリだー!


「え~? でもでも……」


 俺は狂王の娘さんを救う事が出来なかったって事? そりゃあんまりだ。

 ちょっとショックの表情が顔に出てしまったようで、そんな俺を見たカグヤはもう一度考えてくれる。


「……まあ、強いて言うならプロセスの最適化がされてるから、ナノセコンド単位でよければ発動が早いとか。後は侵食効率が物凄く高いから、適当にやっても隅々まで魔法効果が行き渡るとか?」


 今はその侵食効率とやらが、彼女を救った事を信じよう。


「ナノセコンドなんて誤差の範囲内だし、侵食効率が重要になるシビアな状況なんて、狂王の娘を消滅させるとかのあり得ない話でしか関わってこないよ」

「ビンゴ!」

「は?」


 カグヤさん最高! 空気読める娘! もう愛しちゃう!

 思わずカグヤを抱きしめる。なんかパニクってるけど気にしない。

 間違いなくあの王女様は救われたのだ。俺は彼女の期待に応えられた!


「ちょ、ちょ、ええ? おおお落ち着いてリュウジ?」

「ああ、悪り。ちょっと興奮しちゃって」


 そっとカグヤを開放する。カグヤは乱れてもいない服を整えるしぐさをして、クールダウンすると俺に聞いてきた。


「いやおっどろいたよ。で、なんで急にそんな話を?」

「最近魔眼持ちとか人外とかに興味を持たれてる気がして……」


 そう言いながら、先ほど木の皮を投げた先を見る。


「お前判ってて投げたのか……それは良くないぞ?」


 イスルギが咎める。

 俺の視線の先、木の陰で腰を抜かしていた何者かは、既に自分が気付かれている事を理解して――


「……っく……ぇっく……」

「脅すにしても相手を考えろ。めっちゃ泣いてんぞ」

「心の傷はちゃんとフォローしたげなよ?」

「え? でもそんな……え~?」


 こんな深い森で単独行動する相手が、ちょっと威嚇しただけで泣き出すとか、思わないだろ……

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