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オオクニの町 研究施設襲撃

 当然の話だが研究所内は静寂に包まれていた。

 俺が照明魔法で辺りを見渡すと、所内の見取り図はすぐに見つける事が出来た。

 見学コース案内なんかもあって、大手企業の自社工場っぽい感じだ。『過去の解明が未来を作る』とか『明るい会社を作る5つの力』とかそれっぽいスローガンが張り付けてある。

 社会人は大変だな。

 とりあえず所長室を確認すると直行、ドアを開け……鍵かかってるよ?

 流石にドア破ったら警報が鳴るだろうし、どうしたもんだろう。

 …………閃いた。

 ドアの周囲に魔法的防御機構があるか確認……ない。

 鍵穴から魔力を流し込み内部構造を確認……へえ、鍵ってこう言う仕組みで動いて……あ、開いちゃった。

 ……魔力マジ万能。

 もうちょっと手順を踏んでかっこよく開けるつもりだったんだけど……見てる人もいないしまあいいだろう。

 所長室に侵入。まずは危険因子の有無を確認する。本棚の裏に地下への扉があり、それには強力かつ隠蔽性の高い結界が仕込んであるが、それ以外は何もないようだ。

 高級そうな備品とかあるけど、下手に持ち出して足がついたらシオウさんに消されかねないので諦めよう。

 カーペットを引っぺがして床を露出させるが、ノリと勢いでぶち抜いたらバッドエンドになる気がするので部屋に細工をする。と言っても周囲に真空の壁を作っただけなんだが、音が伝わらないようにするのって、コレでいいのかな? 

 大丈夫だと信じて床に刀を叩きつける。勿論魔力コートで一撃必殺の破壊力を持たせた痛恨の一撃だ。

 轟音と共に侵入可能なサイズの裂け目が出来る。その向こう側に光は見えない。成功したけどなんかメッチャ響いた気がする。何が悪かったんだろう、それとも気のせい?

 何とか警報は作動しなかったようだし、どっちにしろ後戻りは出来ないんだから、さっさと裂け目から地下に突入しよう。

 俺は暗い穴に飛び込んだ。




 地下に降り立った俺は手元の照明魔法で周囲を照らす。

 どうやら通路の一画のようだが明かりが点いていない。これがココに誰もいないことを意味してくれていれば助かるんだが。

 道なりに歩く。それぞれの扉に部屋の名称が書かれているので、一つ一つ確認していく。

 連絡室、上下階段、事務室、立会室、会議室、資料室!

 資料室の扉も鍵がかかっていたが、所長室と同じ方法で開ける。

 中には大量の紙が積み上げられていたが、手近の1枚を見るだけで十分だった。

 ――実験番号619号は、実験番号501号との共生実験中に、501号に襲い掛かるも反撃を受け死亡、捕食されました。やはり2階施設の拡張工事が――

 OK、とりあえず部屋ん中の物は紙粉になるまで刻んでから次行こう。魔力マジ万能。

 資料室、休憩室、仮眠室、研究室C、B、A……メイン研究室。

 鍵はかかっていなかった。中はアニメや漫画の作戦指令室のようになっており、奥が大きなガラス張りになっている。ソコに立てば何が見えるかは想像がつくので近寄る気はない。

 左に眼を向けると、記録用と思しきクリスタルが箱詰めにされており、ソレの周辺の機械の形状から察するに、プレス機能を持った箱なのだろうと推測する。

 右に眼を向ける。壁から小さな赤い鉄製のボックスが突き出しており『キケン! 接触厳禁』と書いてある。この世界でも注意を喚起する場所には、黄と黒の虎柄が使われているのか。

 俺はそのボックスをこじ開けると、中を確認した。

 ボタンがあり、その下にタイマーがついている。

 表示は1500。

 一つ、深呼吸してから、迷わずに、3回殴った。

 後ろから、クリスタルの砕ける異音が響いた。


 タイマーがビープ音を鳴らした。

 表示は0000。

 あっという間の出来事。

 ソレを確認した俺はメイン研究室を出ると、階段で地下2階へ移動した。

 階段自体は地下3階まで作られていたようだが、途中でコンクリートの海に沈んでおり、侵入が出来ないようになっていた。

 見取り図によると、3階に到達するにはこの階層を縦断して、向こう側の階段を使う必要があるらしい。

 警告表記のあるドアを押し開け、中の様子を窺う。

 異臭がきつい。中は真っ暗で、何も聞こえない。

 照明魔法を使い、周囲を確認する。

 左右に檻がある一直線の通路は、俺の照明では先を見通すことが出来ない。

 俺は檻の中を、一つ一つ確認しながら前進。

 それぞれの檻の上にナンバー付きのプレートが掲げられている。

 この施設では、老若男女の区別はしないようだ。


「うふふ……ふぅ……」


 人がいる! 生きてる! あそこだ!

 俺は全力疾走! 声のした檻に――NO-501――急停止した俺の目の前でヌメったアイスピックが(いや、これは腕の骨だ)踊り狂う。

 中にいたのは、俺と同じ年齢くらいの女性だった。

 地に倒れ臥したその背中からはえた腕が、俺を捉えようともがく。

 俺の事を見上げて笑みを見せると、ポツリと言った


「お腹が……すきました」


 彼女は伏したまま後退する。背中の腕が抗議するように床を叩く。

 俺は彼女の前にしゃがみこんで聞いた。


「……お姉さん。貴方のお名前は?」

「ふふふっ。こんな格好じゃ、恥ずかしくて言えません」


 おっとりとした優しい声。

 背中の腕が振り回される。彼女はどこまで正気なのだろう。


「何か出来る事、ありますか?」

「よく、燃えるんです」

「燃やしちゃって、いいですか?」


 笑っちゃうよな? 笑うしかないよな、このふざけたやり取り。

 彼女もずーっと微笑みっぱなしだ。


「ふふっ……助かります」




 ――地下3階。

 扉が硬化したゲルみたいな何かに覆われていたので、ポン刀のフルスイングで扉ごとぶち抜く。

 中は想像していたものとは違い、照明が稼動した明るい小部屋だった。

 この小部屋の向こう、反対側の扉を開けた先が終着点のはずだ。

 壁には隙間もないほどびっしりと細かい文字が書き記されており、ところどころに殴りつけたと思しき穴があいている。

 読めるのかと思って壁の文字を確認してみるが、達筆が過ぎる上、書いた文字の上に更に何度も書き重ね続けたらしく、解読不可能な物となっていた。

 初代はココに閉じ込められてなお、独自に研究を続けたのだろうか。

 破壊衝動を抱えながら1部屋全ての壁に何重にも書き記すほどの研究を? そんな馬鹿な話があるものか。

 見取り図によれば、この部屋の向こうには広大なホールが広がっているらしい。研究材料として流れてきた王女を、せめて広い部屋で飼ってやろうと言う心遣いだったのだろうか。

 どんな考えがあったにしても、全て無駄だった事に変わりはない。

 俺は、ホールへの扉を開く。奇襲を警戒していたが、杞憂に終わったようだ。

 ホールの最奥に置かれた玉座にボロボロの服を纏った初老の男性が座り、明らかに不機嫌そうな顔でこちらを見つめていた。俺との距離は20mくらいだろうか。

 初老と判断したのは白髪の量からだが、顔つきをよく見ると非常に若々しい。亜人化の影響ってやつなのだろうか。


「貴方が初代の所長さんか?」


 男の足が苛立たしげにリズムを刻む。

 彼の隣には100年もの間監禁されていたとは思えないほど鮮烈な、真紅のドレスを着込んだ女性がいる。

 足を投げ出して地面に座り、首を傾けて虚空を見つめるその視線は、何も認識していないように見える。まるで人形だ。

 と、男が肘掛を叩き、勢いよく立ち上がった。


「わしの研究を奪いに来よったか!」


 どうやら所長で合っているようだが、交渉は出来そうにないな。


「違う。処分しに来たんだ」


 俺の答えを聞いているのか判らないが、所長は髪を振り乱しながら叫ぶ。


「貴様らに何が! 何が! 何が解る! わしがおらねば何も解せぬ屑共が!」


 彼がいなくなって100年間成功事例がないって事は、まあ所長さんのセリフは正しいんだろうな。そんな所長は天を仰ぎ、室内を揺らす勢いで雄叫びをあげている。


「わしの成果を奪う事は許さん! 殺す殺す殺す!」


 所長は一人でテンションを加速させて行く。

 その隣で虚空を見つめる女性との対比が、ますます彼の滑稽さを際立たせる。

 最早言葉にならない感情を奇声としてあげる所長は、頭を掻き毟りながら足を踏み鳴らし――前動作なしで飛び掛ってきた。

 彼は20mを一飛びで詰めてきたが、俺はソレをかわして、その背に、鞘を抜かないままの刀を思いきり叩きつけた。所長は壁まで吹っ飛んだが、壁を足場にまた飛んできた。馬鹿正直に飛んできたソレをまた避けて、刀を叩きつける。

 避けて叩く、避けて叩く、避けて叩く、避けて叩くだけの単調な作業。

 やがて所長は力尽きたのか、ごろごろと床を転がって動かなくなった。


「絶対にやらんぞ……コレはわしの……」


 這いつくばったまま呟く所長に、俺は真っ白いアイスピックを放る。地下2階で『お土産にどうぞ』といただいた特別製だ。


「あんたの研究は誰にも奪わせないからさ、それで自分を一息にやっちゃってよ」


 この状況でも血が怖いとか考えてる俺は、相当馬鹿だと思う。

 だが確信した。俺はこの男を余裕で撲殺出来る。

 だからコレは、俺なりに慈悲をかけているんだ。

 選ばせているんだ。永い時間をかけて殴り殺されるか、自らの手で一思いに命を絶つか。


「……殺してやる……殺してやるぞ!」


 だが、所長には理解出来なかった。

 俺が同じ立場でも理解出来ないと思う。

 アイスピックを拾いもせずに突っ込んで来る所長を、避けて、叩く。

 ごろごろと転がり、玉座にぶつかって止まる。

 俺はアイスピックを拾うと、所長の前まで歩いて行き、その眼前にピックを突きつける。


「ほら、さっさとやってくれよ」


 無感情に告げる。この距離でも負ける気がしない。


「ゆる、許さんぞ!」


 所長はそう言いながら払いのけるように右手を振るう。

 俺は一歩下がってソレを避け――彼の右手が女性を掴んだ事に気付いた。




 勢いよく引き寄せられた女性の鎖骨に左手が沈む。


「おい!」


 そして右手が彼女の腰を掴み、高く掲げられる。


「待てっ!」


 俺の伸ばす手は虚空を掴む。

 そして彼の腕に力が込められ。


 ――捻じ切った。


 視界が真っ赤に染まる。

 目の前から何かを嚥下する音が聞こえる。

 俺は全身ずぶ濡れになっている。

 叫び声と、笑い声が聞こえる。

 目を拭おうとするが、手もドロドロで上手く拭えない。

 ああ。コレは、俺の叫び声だ。




 鈍い衝撃を受けて俺の意識が覚醒した。

 多分所長に殴られたか何かしたんだと思う。世界がグルグルまわってる。

 魔力で強引に意識を覚醒させて現状を把握、俺は今、壁に叩きつけられてずり落ちてる最中だ。

 所長が何か言ってるが、衝撃で聴覚が吹っ飛んでいるので理解できない。

 彼は両手にもっていたモノをポイと背後に投げ捨てると、こちらに悠然と歩み寄ってくる。なんかアイツ2回りくらいでかくなってるな。それが『狂王の娘』の血の力なんだろう。だとすれば不死である彼女自身もあの状況から復活するわけか。

 自分の身体を見下ろす。

 血に塗れて真っ赤になってる。一張羅だったのに。

 でも何だろう、コレは。今の俺は、何でこんなに血塗れなのに――

 視界に影がかかる。見上げると、所長が勝利を確信した顔で右腕を振り上げていた。

 ソレを見ながら思考をまとめていく。


「俺さ、多分ホントに馬鹿だったんだよ」


 振り下ろされる腕を、俺は両手でキャッチ。うっかり離してしまわないよう、バキバキと音が鳴るまでしっかり握る。


「血が怖いんじゃないんだ」


 右足を所長の肩口にかける。


「信じられる? 服を汚したくないだけだったなんて」


 引っこ抜く。所長が驚愕に目を見開く。なら俺は、どんな顔してんのかな?


「そうじゃなきゃ、こんなに落ち着いてる理由が、説明出来ないんだ」


 引っこ抜いた右腕を捨てると、刀を持ち、ゆっくりと鞘を抜く。


「でも、ココまで汚れちゃったら、何やっても同じだよね?」


 鞘の中でねじくれ曲がった錆びだらけの刀身が、強引に引き抜かれる事を抗議するように、耳障りな悲鳴をあげた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 一仕事終えた俺は王女に駆け寄る。彼女の傷は、既に服ごと修復されていた。

 流石にダメージが残っているようで腹に手を当てている彼女の顔を両手で押さえ、強引に視線を合わせる。


「………………あ」


 混濁した眼に意思の光が戻り、徐々に焦点が合ってくる。


「ああ……」


 彼女の眼から涙が溢れる。その手がまるで割れ物を扱うように、おそるおそると言った感じで背中に手を回してくる。

 俺もそれに応えると、彼女の背をそっと撫でてやった。

 彼女は今、何に対して泣いているのだろう。

 目の前の血まみれの男への恐怖か。

 100年の永きを共に過ごした男の死か。

 100年の永きに亘り自分を支配した怪物のからの開放か。

 或いは自分が人であった頃の記憶が、彼女を泣かせるのだろうか。

 彼女の人ならざる体温を感じながら、俺はそんな事を考えていた。




 落ち着いた王女様を玉座に座らせると、彼女は漸く口を開いた。


「私を、殺して、いただけませんでしょうか」

「……なぜ、そんな事を?」


 想像もしなかった彼女の第一声に、俺は驚きを隠せない。

 そんな俺をまっすぐ、だが寂しそうに見つめて、彼女は続ける。


「お父様もお兄様も、祖国の人間も、皆、私が殺してしまいました」

「今に伝わる伝説は、真実ではないと?」


 思わず尋ねてしまう。


「その伝説がどのようなものか、私には解りませんが、コレが私の真実です。全てが終わってしまった後、私は勇者様にお願いして、この身を滅ぼしていただいたのですが、勇者様のお力を持ってしても、私を完全に消し去る事は出来なかったのです」

「……では、何故俺にソレを頼むんですか?」

「勇者様の魔道の輝きは、例えるのなら、全てを押し流す濁流でした。いかに他を圧倒する力でも、濁流で私を滅ぼす事は、かないませんでした」


 彼女の言いたい事が解った。


「貴方は純粋で、穢れのない輝きをお持ちです。そのお力をお貸しいただければ、私も再び迷う事は、ないでしょう。コレは恐らく、最後の好機なのです。どうか……」


 彼女にはもう頼れる相手はいない。この先を生きたところで、世俗との接触が少なすぎた彼女はまた売買されるのがおちだろう。

 だからと言ってもしココで『俺が面倒を見る』と言ったとしても、永遠を生きる彼女の支えにはなりえない。

 俺は場合によっては彼女を捨てて元の世界に戻ってしまう……いや、もう戻りたい。

 だとすれば、俺は彼女の願いを叶えるべきだ。


「……分かりました。俺と……私とこの刀でよろしければ、貴方の力にしてください」


 そう言って俺は、彼女の前に膝をついた。

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