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オオクニの町 ブリーフィング

うつ?

 俺は蜥蜴さんの声に従い、人気のない裏通りを進む。これはもしかすると、もしかしちゃうのかもしれない。なんて考えていると、予想していた物が見えてきた。


「ちょっと待ってもらえますか」

「いえ、ココが目的地でしたから。何かありましたか?」


 目の前にそびえ立つ壁を見上げる。都市中央と外周部を分けるこの巨大な壁は、ざっと見たところ高さ10mくらいか。


「もしかして、この中に進入するんですか?」

「そうですね」


 蜥蜴さんは当然のように言う。

 ……もしかしちゃったよ。


「この壁を越えて?」

「勿論ご自身の手で越えていただきます。脱出の際は全ての手はずをご自分で整えていただきますから、侵入ともなれば尚更です」


 そりゃそうだよな。それが出来なきゃ間違いなく失敗に終わるんだから。


「壁を登って右手をご覧頂けば3階建ての建物が一つだけ見えます。そちらが目標の施設となっております。鍵はかかっておりませんので正面より入っていただければよろしいかと」


 鍵がかかってないとか随分と無用心だな。


「地下に研究施設が隠されておりますが、リュウジ様は地下へ入るための認証を突破出来ませんので床を破壊していただきます」

「……何か凄い解決策を提示された気がする」

「床を破壊する際は所長室の中でお願いします。それ以外の場所で破壊活動を行うと警報が作動しますので、脱出に支障をきたす恐れがあります」

「何でソコまで調べ上げてんの?」

「シオウは全てを知っているのです。所長室の場所は正面玄関より入ってすぐの場所に地図がありますから、それで確認してください」


 すげーマジすげー。今後シオウさんとのお付き合いをする際には、まな板の上の鯉の境地で向き合おう。


「地下1階は研究施設。文書やデータは全てこの階層にありますので、危機管理マニュアル通りに破壊してください。その破壊方法ですが、メイン研究室入って右手の緊急用ボタンを、3回連続して押してくださるだけで十分です」

「なぜ3回も押すんですか?」

「1度目は地下2階の危険を排除します。2度目で資料室内部の緊急焼却、3度目はデータクリスタルの緊急破壊用プレス装置を作動させます」


 成る程、重要度の低い物から順に証拠を消すシステムが置いてあるって訳だ。わざわざテメェで用意する辺り自分が何やってるかよく解ってるって事か。


「地下2階は被験者の隔離施設。緊急用ボタンを押してから15分待ってから侵入してください。全ての処置が終わった後ですので――」

「ちょっと待って? 被験者って」


 さっき塵になった男みたいな奴がまだいるってのか?


「既に全員が実験を受けた後ですから――」

「だから待てって! そうだよ、地下2階を安全にするボタンってどんなボタンだよ? おいおいおいおいちょっと待ってくれよ……」


 そうだよな極秘研究だもんな、生きた証拠なんてあっても邪魔なだけだもんな、でもだからって俺にそのスイッチを入れさせるのは勘弁してくれよ……


「……よろしいですか?」


 暫らくの沈黙の後、蜥蜴さんが聞いてくる。

 言いたい事はよく解ってるが、それを真正面から俺に叩きつけてもらわないと、今の俺はダメだ。

 自分で好き好んで余計なトコまで頭突っ込んで、揚句の果てに機密情報聞いてから全力で逃げに入ろうとしてる。

 悪い事は許さないとか言ってからソレはないだろう?


「お願いします……」

「緊急用ボタンを押すと地下2階では被験者を抹殺するための設備が作動します。その中には各種神経に作用するガスも含まれておりますので、リュウジ様ご自身の身の安全のためにも、換気が終わるまでの15分をお待ちいただきます」


 俺はそっと手を上げる。質問していいですか?


「どうぞ」

「何人か救出する訳にはいかないですか?」


 もし、それが許されるのであれば、せめて1人だけでもいいから――


「現在生存している被験者は52名」


 この入り方、蜥蜴さんは俺のささやかな希望を打ち砕く準備が万端なようだ。


「内38名は殺戮衝動に飲まれ理性を失っており、回復の見込みはありません。彼らが外界に解き放たれた場合、少なくとも一人頭10名前後の“正規兵”が命を失うでしょう。民間人の犠牲は想像もつきません。貴方はソレを望むのですか?」


 その中性的な声は、俺を諭すように、優しい口調で現実を突きつける。


「残り14名中5名は肉体が理性を支配しており、回復の方法はありません。彼らは誰かにその身体を止められるまでの間、泣きながら知人を殺して回るでしょう。貴方を襲った脱走個体を見ましたよね。貴方はアレを望むのですか?」


 救いようがない。救いようのない話だ。


「最後の9名は特殊な薬剤により肉体を強引に維持しており、回復の方法はありません。救出後3日で全員が塵に還るでしょう、貴方も見たように。ご理解いただけましたか?」


 本当に皆救えないんだな。もうどうしようもない、碌でもない話だ。


「よく解りました、ありがとうございます。俺の手で悲劇を終わらせることが出来る事を、喜ぶべきですよね」

「これは本来リュウジ様が背負う必要のないものです。その気がなくなったとても誰も攻める事はありませんので、あまり無理はされませんように……」


 とはいわれても好き好んで首突っ込んじゃったからなぁ。ココまで知ってからやっぱいいやで済ますのは俺のアイデン……何だ、まあアレが許さない。

 そんなつまらないプライドに、しがみつくためって理由で積極的に関わるのもどうかと思うが。


「では説明を続けさせていただきます。地下3階には亜人『狂王の娘』と初代研究所長が確認されておりますが――」

「ちょちょちょちょっともう一回待ってもらっていいすか!?」


 いきなり出てきた名前に俺は驚きを隠せない。


 ――狂王の娘。

 遥か昔、小さいながらもそれなりに暮らす平和な国があった。

 王には優しく勇敢な息子と見目麗しき娘達がいたと言う。

 その平和はある日、突如王が狂った事により崩れ去る。

 狂える王は自分の末の娘を生贄として邪神を召喚した……のだと伝えられるが、この世界に生贄使って邪神が呼べるなんて魔法があるかは怪しいので、実際は何か別の理由だったのを後世に書き換えられたのだろう……話を戻す。

 邪神は狂王を喰らうと、生贄であった末の王女以外の全ての人間を襲い、国は一夜の内に蹂躙された。逃げ延びたのはただ一人、狂王の息子である王子のみであった――


 で、この王子様が七難八苦の末に邪神と相打ちになって終わりなのだが、あんまりハッピーエンドじゃないこの物語は、はっきり言って人気がない。

 『邪神』とか『生贄』とかの単語が物語から重みを奪っていると子供達は言っていたが、俺からすれば黄金戦士も死霊騎士も同じ穴のムジナだ。

 末の王女様は邪神から呪いを受けて『滴り落ちる血の1滴毎が邪神の眷属として生を得る』と言う女王蟻のような存在となり、更には不老不死にまでされてしまい、物語の最後に王子様同伴の勇者が聖剣で彼女を刺し貫くまで、ずーっと絞られ続けている。

 本当に最後だから兄貴が邪神と相打ちになったのを見届けた後だよ?

 更に言えば邪神が消えて呪いが解けたのに絞られ続けてんの。死ぬ前くらい止めろよ。

 この最初から最後まで救われない末の王女様が『狂王の娘』である。



「狂王の娘って、勇者に刺されて成仏したんじゃないんですか?」


 キラキラ光って消えたのが最初で最後の見せ場だったのに。


「聖剣の力で無に還ったのですが、無に還った程度では彼女の不老不死は打ち破れなかったのでしょうね」


 その程度じゃ死ねないってどんだけ不幸に見舞われてんだよ王女様。


「その後、無力かつ不老不死であり天涯孤独と言う大変使い勝手の良い王女は、高値で売られてまわり、現在は研究材料としてココにおられるのです」

「……もう『何でソコまで知ってるんですかー』とか言いませんよ?」

「シオウの手元には必要のない商材であったと記されております」

「関わっても得のない案件ですもんねー」


 なんかもう蜥蜴さんの考え方も慣れた。


「狂王の娘と初代所長への対応はリュウジ様におまかせしますが、我々に関与を求める事はご遠慮ください」


 そういや王女様の他にもう一人いるんだっけか。


「その所長さんとやらは一体何なんです?」


 王女に惚れて退職後にラヴラヴ新婚生活を満喫中とかだと助かるんだが。今ならお爺ちゃん相手でも安全に抱えたままこの壁越えられるよ?


「100年ほど前に自らを最初の実験台とした元人間です。最初で最後の成功事例であるものの、結局は破壊衝動に耐えられなかったとか」


 はい手遅れでした。王女様マジ不幸。


「暴れる初代を狂王の娘と共に最下層に閉じ込めてから、肉眼で中を確認したものは居りません。判っている事は『2つの生物が存在している』、ただそれだけです」

「じゃあ……ソコは近寄らない事にして――」

「ソレは困ります、この壁の向こうには商会のお得意様も大勢いらっしゃいますので、お客様に万が一の事でもあれば取り返しが付きません」


 こいつらホントに職務に忠実だ。


「よって最下層の2人の亜人、特に初代所長に対して何らかの決着をつけてください」

「どうやって?」

「人類最強のハルバードを受け止める今のリュウジ様でしたら、雑種の1匹ぐらい問題ありません」


 だよね! そーだよ俺強いんだよね? 今までいいトコなしだったのは相手が悪かっただけ! 魔力を手にした今この世界の上位1000位くらいには――


「リュウジ様?」

「……大丈夫です」


 何かもうトラウマになってるっぽいよ。


「我々からの説明は以上で終了となりますが、疑問点などございましたでしょうか」

「一応聞いておきますけど、壁の向こうで呼びかけても応えてはくれないんですよね?」

「完全に手詰まりだと仰っていただければ、いつでも研究所ごとリュウジ様を『なかったこと』にすることが出来ますが」


 それ以外はオールスルーなんですよね、とてもよく解りました。

 頭の中で今のブリーフィングを反芻する。

 ……うん、そんなに難しい“行動”は求められていない。


「そうだ、ボタンを4回押すとどうなるんですか?」

「地下施設を崩壊させます」


 ……おぉう。地下が崩壊って事は上の施設も崩れるって事じゃん?

 流石に生き埋めは勘弁して欲しいな。


「他に質問がないのでしたら、我々はおいとまさせていただきますが……」


 ま、俺一人でも何とかなるだろ。強引に軽く考えると頷く。


「では、ご武運を……」


 ソレを最後に蜥蜴さんの魔力は霧散した。

 ……って人類最強? え?…………ああ、元気付けてくれたのか。いい人だな。




 ひらりと弧を描き壁を飛び越える。弧の頂点に達した辺りで右の建物を確認。

 2階建ての建物が並ぶ中で、2件ほど先に3階建ての建物がポツリと1つだけ建っているのが見える。あれがターゲットか。

 続いて下を確認、下に人はいないようだが……念のため重力を軽減して落下軌道を制御、側の建物の屋上に着地。

 もう一度下を確認、やっぱり誰も通らない。周りの建物を確認してみると、どうやらこの辺りはオフィス街的な場所らしい。今の時間は午前1時位だからもう皆退社した後なのだろう。

 ……こっちの世界にはデスマーチとかないよね?

 安全を確認した俺は建物から飛び降りると、研究所に向かって走る。

 走りながらも周囲を警戒する事は忘れないんだが、本当に誰もいない。こんなに簡単だと拍子抜けしちゃうな。

 目的の建物は広大な敷地の中心にポツンと1つだけコンクリの建造物が建っており、周囲をフェンスで囲われていた。敷地内には池や運動場なども整備されており、心身共に充実した研究ライフをサポートしてくれそうだ。過剰な敷地面積がそのまま地下施設の規模を表しているのだとすれば、探し物は結構時間がかかるかもしれない。

 俺は正門を探してフェンス沿いを進み……お、ココの正門にだけは警備兵が立っている。やっぱり後ろめたい事やってる奴は違いが出ちゃうんだな。

 警備兵のすぐ後ろの看板には確かに『遺失技術研究所』と書いてある。ココで間違いはないようだ。だが警備の士気はかなり低そうだ。

 国を挙げて遺失技術を研究する教会の研究者が、ライターを見て新発見といって大喜びするのだから、都市国家群の一つでしかないオオクニの研究所など、なんの成果も挙げられまい。

 それでも教会の最前線の町と違って、彼はちゃんと外を向いて立っている。これは凄い事だと思う。彼のプロ意識があればこそ、俺は立ったまま眠ると言う高難度の職人技を眺めることが出来るのだ。

 ……そう、彼は眠っている。目の前に立っても気付かないくらい熟睡している。

 めっちゃ膝かっくんしてー。

 すぐ側の詰め所にいる交代要員も眠っている。

 フェンスの上にセンサーなどが仕掛けられている様子もないし、監視カメラ系アイテムも作動していないことを確認すると、真正面から侵入。正面玄関のドアを押し開け、中に滑り込んだ。

次で決着。

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