オオクニの町 序
黒装束の案内を断った俺達は、今回も1階が酒場になった宿に泊まった。この世界ではこの形の宿がテンプレートのようだ。
ひとまず飯を食ってから今後を話し合う事にする。
「ウォッカ、ストレートで」
「ホワイトルシアンのリキュール多目お願い」
「カルアミルク、カルアぬきで」
三者三様に酒と料理を注文、待ってる間に今後の予定を話し合う。
「せっかく町に入ったんだから1日は自由行動にしたいよね」
「まあ俺も焦る旅じゃないから、それでいいのかな?」
「お前らの好きにすればいいんじゃないか?」
とまあ、そんな感じで話が進む中、頼んだ飲み物が運ばれてくる。
てか普通に通じたけど、この世界のカルーアってホントにコーヒーリキュールなんだろうか。
と、カグヤがテーブルを叩いてウェイトレスを呼び止める。
「ちょっと! なんでミルク2つ?」
「お譲ちゃんに酒は早いよ」
ウェイトレスさんが笑って言う。
「いやいや地元では普通に飲んでたし!」
「はいはい」
食いつくカグヤを適当にあしらって移動してしまった。
「これだから……これだからキコウ都市国家群は……っ!」
カグヤさん涙目。
「涙拭けよ、俺のミルクやるから」
「アタシのと同じじゃん……」
もしや彼女は酒が飲めなくなるからこっちに来たくないと言っていたんだろうか。とか思ってたら隣の席の見知らぬマッチョさんが話しかけてきた。
「お譲ちゃんもあんまり小さいうちから酒飲んでっと、悪りい奴らにさらわれっちまうぞ?」
そう言いながらそっと自分の酒を差し出す。ビールっぽいが香りがフルーティーだ。
てか悪い奴らにさらわれるなら飲ますなよ。
「おっちゃん……あんたいい人だね!」
カグヤは両手を組み、しなをつくって礼を言うと一息に酒をあおった。いい飲みっぷりだが物凄くオヤジ臭い。
「くっはぁー……あ後味にっがいぞコレ?」
カグヤさん更に涙目。マッチョさんの酒は個性的なタイプだったようだ。
マッチョさんは俺とイスルギにも勧めてくれたけど俺は飲まない。
イスルギは礼を言って受け取ると、カグヤ同様一息であける。こちらもまたいい飲みっぷりだが、イスルギがやると凄く様になる。
見ていて思ったのだが、イスルギは俺の夢見た『カッコいい大人』を体現した存在なのかもしれない。
俺はバイト先なんかではおばちゃん達から可愛がられる『可愛い大人』になっちまったから。
……まあ女性に媚売って力仕事を任せる全く新しい男の形を追求していたから、自業自得なんだけどな。
「……ほう、これはたまらんな」
イスルギはマッチョさんの酒が気に入ったようで、ウォッカをかるくあけて自分でもそのビールを頼む。
ソレを見ながら漸く復活したカグヤは、
「ありえない……」
と、驚愕の表情で呟く。
俺は、そんなやり取りを見ながらチビチビとミルクをすすっていた。
――俺は酒を飲まない。
この世界に来てから一月足らずのうちに暗殺されかけたと言う事実が、常に身構えろと、ささやきかけてくる。
寝込みを襲われた理由は、俺が無能力者を自称しながら表舞台に立ったからであり、今は魔力を持っているし、今後は大それた事をしようなんて思わないから、同じような理由では襲撃を受ける事はないだろう。魔力がある今であれば、アレと同様の襲撃に対して的確に対応する自信もある。
だが俺は、自分を超越した存在が幾らでもいる事を知った。
そして血を見る事が苦痛であると言う、この世界において致命的であろう弱点を未だ克服していない。
だから、酒に酔った状態で襲われる事を考えてしまい、絶対に飲めないんだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
深夜。眠っている2人を起こさないように部屋を抜け出した俺は、宿の外に出る。
1階の酒場は、残っている客が殆どいない状態だった。
どこかで酔っ払いが喧嘩をしている雄叫びが聞こえるが、気にしないでおこう。
「黒装束さんって、俺を監視しているんですか?」
虚空に呟く。
反応がなかったらどうしようなんて考えたが、すぐ側に何らかの魔法力が集まるのが解った。
「現在リュウジ様とお話させていただいております我々は、主からは蜥蜴と呼ばれております。以後、お見知りおきを」
僅かなハウリングの後、中性的な声が聞こえてくる。
蜥蜴って確か、バイツが誘拐犯を追わせようとした時にちょうど居なかったあれか。
我々って事は複数存在しているんだろうか。
「監視と言うわけではありませんが、我が主はリュウジ様が考える以上に、貴方の周辺を気になさっておられます」
応えるセリフの発生場所に人の姿はない、そこからは漂う魔力が感じられるのみだ。
姿無き彼もまた、俺の敵わない存在なのだろうか?
「なぜ、それほどまでに?」
「お答えいたしかねます」
「俺が男に惚れられるくらい可愛いからかな?」
「お答えいたしかねます」
冗談の通じない奴だった。
まあ世間話が目的って訳でもないのでさっさと本題に入ろう。
「ところで、俺は貴方達に頼る事を許されるんでしょうか」
もうバイツの掌の上で踊るのは諦めようと思うのだ。世界規模の情報網を持つ相手に、何の後ろ盾もない俺が対抗できるはずがない。
それならいっそ利用してやるほうがましだ。
その後どうなるかは判らないが、どうせ俺が元の世界に戻れば全てチャラだ。
最悪の場合でも奴の間者にしてもらう方向に交渉すれば、命までは取られないだろう。
そのためにまずは、相手がどの辺りで線引きをしているのかを確認しなければ。
「我々はあくまであなた方の動静を主に伝えるのみ。ですが、シオウに害を成さない事案であれば、手隙の折に家紋の所有者のため、情報を提供する事が許されております」
「うーん、ホントに頼っていいとは思わなかった」
それだけでも十分すぎる。
他に何を聞くべきかと考えていると、どこぞでの喧嘩の叫び声が、悲鳴に変わった。
俺は通りの向こうに眼をやる。ちょうど喧嘩に負けたと思しき奴らが、悲鳴を上げながら路地裏より這い出てきたのを確認してしまった。切り傷がありそうな奴もいるし、喧嘩の範疇を超えている。
「ところで、やりすぎてる喧嘩の仲裁を手伝ってくれたりは、しないですよね?」
「アレに関わる事はお勧め致しかねます」
「ですよねー」
とはいえ見てしまったからには何とかしてやりたい。今の俺は一般人に殴り負けるほど弱くはないはずだから。
俺は喧嘩の現場に――向かおうとして、這い出てきた男達が背後より伸びてきた触手に絡めとられて路地裏に消えるのを見てしまった。
「えーと……化物とかがいる世界観でしたっけ?」
「アレに関わる事はお勧め致しかねます」
そんな事言われても流石にあれを見なかったことには出来ない。路地裏に駆け込む。
「……おぉう」
ヤバイ血がいっぱいある。ひとまずココは深呼吸して落ち着こう……って臭いヤバイ!
「生きているのが危険因子です」
それってつまり被害者は全滅って事ですね。
蜥蜴さんのありがたい忠告に気を引き締めて周囲を見回す。ちょっと吐き気がするけど俺は大丈夫、大丈夫、大丈夫だ。
『……ぐ』
血の海の向こうでうつ伏せになっていた男が身体を引き起こす。他に原型の残ってるのはいないしコイツが犯人か? それにしちゃボロボロんなってるが。
男は四つん這いのまま悲壮な顔でにじり寄ってくる。ゆっくりと、助けを求めるように右手をこちらに上げ、バチャリバチャリと水音を立てる。聞き取れない声量で何か言っている。多分『助けて』的な事言ってんだろうが、むしろ俺が這い寄るお前から助けて欲しい。
俺は彼が前進するのと同じペースでジリジリ後退。やだよアレ俺触りたくねぇ。
と、彼の手が滑り顔面から地面に――ゅおあ足飛んできたなげぇ!
頭上に生成した盾に男の踵が突き刺さる。踵から出た骨っぽいピックが高速振動して盾の表面をガリガリ削る。
「何コレ!? 何コレ!!」
男は四つん這いのままで顔はこちらを向いており、彼の右足がその背中の上を通って俺に踵落しを繰り出してきた訳だが、当然人間の身体が出来る攻撃ではないし、奴と俺との距離は4mは空いている。
どうしたものかと手を出しあぐねていると、彼の身体が脈絡無く崩壊。
「ちょ、え? おい!」
どさりと音を立てて落ちた身体は、細かい砂となって散る。
『俺……何で……』
が、彼の辞世の句でした。生存者はなし。犯人は塵となって消失。何コレ?
「ここって化物とかがいる世界観でしたっけ?」
まともな反応は期待していなかったが、予想に反して蜥蜴さんは答えてくれた。まともかどうかは疑問が残る物言いで。
「プレートが1枚落ちています」
犯人だった砂山に確かにあった。拾う。
何かの略称と思しき単語数文字と、NO―298と言う数字が刻んである。
「これは……ID?」
「内容を知りますか?」
言い方がおかしくないか?……いや、蜥蜴さんは全て知っていて俺に『首を突っ込む気か?』と聞いているのだろう。
それ誘い受けって言うんだろ? じゃあ突っ込もう。
「お願いします」
「遺失技術研究所、亜人化実験室、実験番号298号」
「えーと、何?」
聞かなきゃよかったと思うが、口は自然に疑問を訴えていた。
「研究所から脱走した改造人間のプロトタイプです。298号は変形タイプとしては珍しく精神面が破綻しなかったのですが、細胞の劣化が激しく長時間の単独行動は不可能でした」
「……何故、そこまで詳しいんです?」
「シオウは全てを知っている。それだけの事です」
「あんたらのやってる実験の被害者なのか?」
「いいえ。シオウは出資していない案件、関わりのない案件です。このような研究成功するはずがありませんし、成功しても国民感情を考えれば公表がためらわれます。先の読めない愚かな連中が自分から弱みを作っているにすぎません」
「それなら!……それなら……」
止めさせるべきだ。と、言いたかった。こんなイカレた人体実験即刻止めさせるべきだ。だが、返ってくる答えが予想できてしまって……
「シオウには害を成さない事案ですから」
そうだよな、解ってたよ。君子危うきに近寄らずって、言うもんな。
わざわざ何の得にもならない事に首突っ込んで、痛くもない腹探られるのはむかつくしな。
でも言うなよ。
「……もしも俺が、その研究を叩き潰してみたいって言ったら、どうします?」
「何もしませんが、貴方はシオウの剣を持っている。シオウの名に害となるような失態をされた場合、目撃者を含めて全てを『なかった事』にするでしょう」
「成る程。バイツの剣を持たずに行けばいいって事ですね?」
ちょっと考える気配がする。あれ? 違うのか?
「……我々の手助けは期待しないでください」
OK許可が下りました、さあ行こうすぐ行こう。
たとえ神が許しても、俺はこう言うの絶対見逃しておけないし、俺には十分な力がある。
勇者になりたいなんてもう思ってないが、力があるのにこんな不快な話を見過ごすほど、この世界が嫌って訳でもないから。
手ぶらで出てきていたので部屋に戻って準備をしようかとも考えたが、寝ている2人を起こしては面倒なので、例のポン刀を魔法で手元に『転送』してみる。
簡単に成功。なんだかんだでこの世界に来てからずっと一緒にあった物なので、相性がよかったらしい。これで中身が錆び付いてなきゃ最高なんだが……
「リュウジ様、武器はそれだけでよろしいのですか?」
「俺、どうしても血だけはダメなんですよ。他に持ってる武器もないし」
「……それでよく殴り込みなんて考えますね」
「なーに、いざとなったら撲殺ですよ!」
闇に紛れて施設の研究設備をぶっ壊すつもりだから、精々警備員が数名いるだけだろ?
国境警備の兵隊と民間施設の警備員、どっちが怖いかなんて考えるまでもないだろう。
国境を越えた際の経験から考えると、一般的な兵隊は確実にライデさんより“かなり”弱い。
そして、俺はあのライデさんと戦ったのなら休憩なしで100戦全勝する自信がある。
これでライデさんも実は隠された力を――とか言われたら俺は泣くが、流石にそれはないだろ?……ないと思いたい。
大体初めての戦闘は見てただけだし、暗殺されかけたときは肩にナイフが刺さった状況からのスタートでもうどうしようもなかった。
アイさん本気モード戦は、ラスボス倒した後の勇者パーティーのキャラと戦うイベントバトル、エクストラステージだからむしろ善戦したほうだ。
訓練後に真っ白になって燃え尽きてたら、バトルフィールドに結界張ってたおじちゃん達に『アンタマジですげーよ!』って囲まれて握手まで求められたから間違いない。
なんか思い返すと勝ち星が1つもないが、俺は別に弱い訳じゃないんだ。
そりゃこっちに来た頃に考えてた『ヒーローになりたいな』なんて夢はもう丸めて捨てたが、それは流石にそこまでは上手くいかなかったってだけで今は魔力も身体能力も優秀なんだ! だから俺は――
「リュウジ様?」
「……はい?」
ちょっと冷静さを失ってた。
落ち着くために深呼吸をしておこう。
「気が逸るのは解りますが、今から貴方が行おうとしている事はオオクニへの反逆行為になりますから、失敗は許されません」
「……申し訳ない」
気を引き締めなおそう。よし、大丈夫。
「最悪の事態を想定せねばならないので、我々が案内できるルートは最良の物とはなりません」
「解ってます」
「また、リュウジ様の侵入後、我々は『貴方ごと消し去る』以外のあらゆる関与をいたしません。よろしいですね?」
「はい」
「では、こちらへ」
俺は、蜥蜴さんの声に導かれるままに移動を開始した。