国境越えの時間
「おかえりリュウジ。なんか疲れてる?」
宿に戻った俺を迎えたのは、ベッドに転がって本を読むカグヤだった。
「訓練所で……模擬戦を……」
声を出すのもしんどい。
アイさんとの訓練によってだいぶ魔力の運用法は身に付いたと思う。実際最後の方は俺の方が押す展開もあった。
もっとも彼女は最後まで他の魔法を使わなかったし、魔眼も使っていないから、最後まで俺の訓練に付き合ってくれていたんだと思う。
でももう俺の魔力と気力と体力は限界だ。
アイさん曰く『無駄が多すぎる』らしいが、それを言ったアイさん自身は常に光の槍を生成し続けていたのが納得いかない。
「明日は国境を越えるんでしょ? そんなんで大丈夫?」
「……頑張る」
俺は自分のベッドに倒れ込んだ。カグヤが俺の方にやって来て、マッサージをしてくれる。出来た子だ。でも、なんか、きつくね?
「待ってカグヤ、それ痛い」
「でもコレがね、姿勢の、矯正に、おりゃ」
「ちょ、おふう」
「背筋、伸びる、らしい、よ?」
「待って、痛てえ」
背中の骨が凄い音を立てる。
背筋がピンとするとか今関係なくね?
でも、慣れてくると……痛てえ。
そんな事を考えながらも、いつの間にか俺は眠りについていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、心身ともに無事回復した俺は出店で朝食を取りながらイスルギに聞いた。
「ところで、国境の警備を抜ける方法はあるんですか?」
「正面突破で余裕だろ」
即答……ダメだこいつ。
「カグヤは正面突破とかどう思う?」
「国境線上で暫らく暴れて、追っ手の可能性を排除してから進んだ方が安全だよね」
や……役にたたねぇ。
でも、他に方法があるかと問われれば俺にも案はない。パッと思いつくのはバイツくらいだが、アレに貸しを作ると後々面倒を呼び込む気がする。
かと言って今から闇ルートを持つ人間を探して信頼を勝ち取るには、相応の金と時間も必要だろうし……
「イスルギはやった事あるんですか? 正面突破」
「何度もな。遠距離からの狙撃なんざそうは当たらんし、精密射撃は威力がないから弾いちまうよ」
「訓練して来たんでしょ? ならリュウジも大丈夫じゃないかな?」
2人がそう言うなら、もうソレでいいのかな。
「運動能力には自信があるんだろ? 100m辺り3秒ペースで走れば問題ない」
小学校時代50m走で9秒台だった気がする。いやでも今は馬より早いし……そもそも100m3秒って、時速何kmだ? むう……
とか考えながら適当に相槌をうっていたら、いつの間にか賛成した事になっていた。
「もうどうでもいいや。なにか準備はありますか?」
「荷物は少ないほうがいいだろ?」
手ぶらですね、判ります。
「朝御飯も食べたし、そろそろ行こっか?」
気軽に言ってくれるなぁ……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
国境近くまで行くと、後進に指導中のライデさんに遭遇した。そう言えばアイさんも彼がこっちに居るって言ってたっけか。
ライデさんなら相談が出来そうだ。
「おひさしゅうごぜいやす、アイ様から聞きやしたぜ?」
「それでその、ちょっとお願いがありまして」
「皆まで言わねぇでも解りやす。俺の手の届く範囲の部下には既に言い含めてありやすんで」
流石ライデさん口調以外かっこいい! でもアイ様とか言ってるから色々あったのかな?
折角だからちょっと聞いてみたりしよう。
「ところで俺が消えた後、バイツやアイさんにはどう対応したんです?」
一生懸命隠そうとしてたのに2人とも普通に気付いていたとか、結構キツイよね。
ライデさんも困ったような笑い顔になる。
「新人の引率だと思ってやしたら救国の英雄とその護衛を相手に講釈たれてたなんて、もう真っ青になっちまいやしたぜ」
あれは反則だよねー。
「アイさんって別の偽名でも使ってたんですか?」
「勇者様と旅ぃしてたころにゃ『アンプリファイア』ってぇ名乗っていらっしゃして」
アンプちゃんとかスピーカーの付属機器みたいな名前だ。
その他にも軽く話したが、長話は訓練の邪魔だろうと切り上げる。
「そいじゃ、よい旅を」
「ありがとうございます、ライデさんも頑張ってくださいね」
色々な意味でな。
ライデさんと手を振って別れる。
さて、上手い具合に別れの挨拶も出来たし、そろそろこの国ともお別れの時間だ。
「準備はOK?」
カグヤに問われる。
イスルギとカグヤは本当に手ぶらだ。もっともイスルギの背中には両手剣と言うにはあまりにも大きすぎる鉄塊がついているが。
俺は背負ったリュックの左右に剣と刀を引っ掛け、全力疾走中にリュックがぶれないようにベルトで背中に固定してある。
「いつでも大丈夫」
「あんま気張るなよ」
イスルギの言葉に笑顔で応える……ちょっと引きつってるかもしんない。
作戦はこうだ。
カグヤが先行、俺が追いかけ、イスルギがソレに続く。
国境向こうの森に逃げ込めば終了。
それだけかよ。とは言いたいが2kmほど全力疾走するだけだし、彼らはいつも他に対策を考えたりしないそうなので、俺がゴチャゴチャけちをつけても不確定要素が増えるだけだろう。
「ちゃんと付いて来てよ?」
そう言ってカグヤはフワリと浮かび、次の瞬間解き放たれた矢の如く超低空飛行に入る。
ちょ、おま、いきなりトップスピードとかありえん!
俺は慌てて追いかける。カグヤはそんな俺の様子を見て減速してくれたので、すぐ後ろ、スリップストリームが感じられるほどの距離につく。スカートの中が普通に見えてるけど緊張で突っ込みいれる余裕もない。後ろにはイスルギも付いて来ているはずだ。
カグヤは徐々に加速して行き、俺もそれに釣られてペースを上げていく。
「まだまだ加速したいけど、いける?」
「大丈夫、行ける!」
カグヤは更に加速を続けながら国境を隔てるフェンスをそのままぶち抜き、俺もソレに続く。
次の瞬間各種魔法攻撃が殺到。各々既に防御展開を済ませているので問題ないが、降り注ぐ魔法攻撃を見ていると、メンタルに何かこう、来るものがある。
確かに俺の盾を貫く攻撃はないし、そもそも当たる攻撃の方が少ない。確かにコレなら回避行動を取る必要はなさそうだが、避けられる攻撃をあえて避けずに走り続けるってのは楽しくない。
時々地雷を踏んでいる気がするが、爆発の衝撃も十分に軽減されているし、反応する前に次の一歩を進んでいる。魔力マジ万能だけど、イスルギは大丈夫だろうか。
「地雷は避けろって、目の前で起きた爆発に突っ込むのはちょっとキツイ」
タイミング良く後ろから非難の声が上がるが、文句が言えるのは無事な証拠。そもそも俺にそんな余裕がない事もご理解いただきたい。
つーか防御魔法がガリガリ揺さぶられる中でそんな事言ってられる余裕が凄いよ。
「そろそろ森に入るよ。木にぶつかんないでよ?」
「了解」
「追っ手はまだ出てないから森で様子を見るぞ」
「おう」
なんで2人共そんなに余裕なんだと疑問に思いながら減速なしで森に突入、暫らく様子を探るが追跡部隊もすぐに撤収して行き、国境越えは無事成功に終わった。
「意外と……あっけないですね」
「向こうも俺達との実力の違いが解るんだよ。正面突破しちまうような奴は構うだけ無駄だってな」
「成る程」
「つまり下手な考えは時間の浪費って事だ」
「……ぐっ」
「誰だって最初は怖いんだよ、仕方ないよねー」
「……ぐふっ」
さて、遂に『教会』の勢力圏の外に出たわけだが、こちら側を支配する勢力は『キコウ』と呼ばれている。キコウの掲げるスローガンは『荒廃した世界に新たなる秩序を打ち立てる』だが、それってぶっちゃけると教会と言ってる事が同じだ。
ようするに皆自分が世界の支配者になりたいだけなんじゃないかな。ホントに世界平和を目指すなら隣国とは協力関係を造るはずだろ?
キコウの特徴は現場へ委譲した権限の多さである。町ごとに法律の細部が違うので、部外者は下手な事をすると嵌められる危険があるらしい。
何故このような事になっているのかと言えば別に深い事情がある訳ではなく、中央の独立都市に擦り寄った周辺の町が『俺に喧嘩売ると親分が黙ってねえぞ!』て言ってつるんで『キコウ都市国家群』を名乗ってるだけで、防衛線の死守以外は殆ど連携を取っていないからだとか。
よくそれで独立を保っていられるもんだと思うが、逆に言えばその独立都市が教会をも脅かすに足る戦力を独自に抱えているって事でもある。
といったような話をイスルギから聞きつつ、キコウにおける最初の町『オオクニ』に向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「うっわ何ですかあの警備体制」
「キコウの主要な町は大体あんな感じだ。出入りするだけで金がかかるし、中心部に入るには結構な金を積まなきゃなんねえ」
オオクニの町に着いたのは丁度日暮れ間近の頃だった。
外観を説明すると、中心部が高い塀に囲われており、その足元に広大な城下町が広がっている。塀の中に城があるかは知らんが、偉い人が塀の中にいる事は確かなんじゃないだろうか。
で、その城下町も結構な高さのフェンスで覆われており、教会の地方集落とのやる気の違いを見せ付けている。ありゃ教会も本気で攻めなきゃ落とせんわ。
「フェンスにも日替わりで色んなモンが流してあるはずだから、触るんじゃねえぞ?」
日替わりとか斬新過ぎて笑うしかない。
「リュウジは身分の証明が出来る物ってある? 無いならここで証明書作ってもらった方が自由に動けると思うよ? 幾らかお金がかかるけど」
「証明書?……教会の訓練所ではこの剣でどうにかなったんだけど」
バイツソードを見せてみるが、カグヤは判らないようなので、イスルギに見せてみる。
イスルギは鞘に描かれた模様を確認すると、感嘆の声を上げた。
「これは……! すげえな!」
「え? そんないい物なんですか?」
「キョウカイ十二氏族が1つ、シオウ家の家紋、しかも不名誉追放印入りだ!」
「不名誉って……」
それ凄いの? と聞くカグヤにイスルギが続ける。
「追放されたとてシオウ、最高権力者の血族に関わる人間だから、国内じゃ誰もないがしろに『出来ない』。そして国外ではシオウ商会の関係者として映る。誰もないがしろに『しない』」
「商会……ですか?」
「十二氏族は国外へ出られねえんだ、何かあったら大事だからな。だからシオウは優秀な血族を追放ってぇ名目で国外に出した。で、そいつらが法の網目を掻い潜るネットワークをつくったんだ。他の氏族が気付いた時にゃ手も出せないレベルのな。そのネットワークの表の名前が『シオウ商会』で、噂じゃもう世界規模に拡がってるとも聞くな」
バイツの家すげえ。
「シオウの血族はプライドよりも実を取るんだろうな。だからシオウの追放印付きは証明としては究極の一品、選ばれた人間の証だ」
コレを気軽によこしたバイツさんすげー。
ライデさんはソコまで知らなかったみたいだし、英雄の護衛とか言ってたからバイツの正体までは辿り着いてないんだろうな。ホント色んな意味で頑張って欲しい、ライデさんには。
「キコウの町でも外周部ならフリーパスだと思っていい。コレ見せたら中心区画にも入れる町はあるかもな」
「じゃあアタシ達はリュウジの従者って言っといた方が安くあがるのね」
バイツソードすげー。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
シオウ関係者とユカイな従者達、との名目で町に入った。
宿を探していると、イスルギが小声で聞いてきた。
「つけられてるな」
「この剣でも狙ってるんでしょうか?」
「んな事してばれたら消されちまうから、それはないと思うんだが……」
気にしながら歩いているうちに人気の無い場所に迷い込んだことに気付く。
わき道に入ったりして撒こうとしたつもりが、逆に誘導されたのかもしれない。
既に相手は隠れる気がない様で、まるで影から湧き出るように一人の男が真正面に立つ。
上から下まで黒ずくめの戦闘服を身にまとった、どこから見ても怪しい奴だ。
「相手は他に10人くらいいるけど……魔法でやっちゃっていい?」
「まてまて、極力騒ぎは起こしたくない」
どう対処するか考えていると、正面の男が話しかけてきた。
「リュウジ様でいらっしゃいますか? バイツ様より伝言を預かっております」
なんだよ敵じゃないのかよ、それなら堂々と来いよ。
緊張の解けた俺は「はあ」と気の抜けた返事で先を促す。
「バイツ様よりのお言葉は『いつ頃からつけてたと思う?』です」
……おい。
「まじで?」
「はい。ご回答頂ければ幸いなのですが」
何コレ意味わかんない。
「この町に入ってすぐでしょ? リュウジも気付いてたよね?」
俺の代わりにカグヤが答えたので、俺も頷く。
イスルギはだまって天を仰いでいる。身長差から表情は見えないが呆れているんだと思う。
「『町に入ってすぐ』ですね。ご協力感謝致します。それとイスルギ様」
イスルギが視線を戻す。
「キョウカイは今のところ静観するつもりですので、事が動き出してもすぐに対応出来ないでしょうが、個人が独断で動く分には別でしょう」
「だろうな。解ってはいたが、一応礼は言っておこう」
「いえ、出すぎた真似だったようで」
イスルギは何に対して礼を言ったんだ?
彼の表情からは窺い知る事は出来ない。
「こちらからは以上です。よろしければ、宿の案内などいたしますが」
「え? これだけ?」
「はい」
宿の案内はお断りしました。




