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ゼロから覚える魔力の使い方

「俺の予定ですか? 西の塔に行こうと思っていますけど」


 ソレを聴いたイスルギは、うつ伏せに寝転がったカグヤの側に腰掛けると、彼女の頭にそっと手を置き、言った。


「へー。じゃ、俺達もついて行こうかな」


 カグヤが顔を跳ね上げ――ようとしたが、イスルギの手がソレを枕に押し返す。


「……カグヤは乗り気じゃなさそうですけど?」

「大丈夫、後で説得するから」


 イスルギは笑顔だが、カグヤは手足をバタつかせている。

 枕の向こうからくぐもって聞こえる声は『いやーぜったいいやー!』っぽい。なんと言うDV。


「イスルギ達は国境の向こうに行ったことが?」


 目指す塔は国内ではない。向こうの国で何かあったのだろうか。


「向こうは色々と自由なお国柄でな、まあなんだ? 色々とあってな」


 すげえ歯切れが悪い。

 向こうで賞金首だとか支配者に目をつけられてるとか、碌でもない問題を抱えている気配がする。


「あれだ、道案内とか護衛とか、タダでやってもいいぞ?」


 カグヤは諦めたのかスンスン泣いてる。なんと言うDV。

 演技? 演技だよね? 演技だと思いたい……


「向こうは初心者だと色々と騙されやすいし、一人旅は危険だと思うぞ?」


 何この人なんでこんなに必死なの?

 むしろお前の方が危険。

 ……視線で殺しにかかってきた。カグヤはまだ泣いてる。


「ええと、じゃあ……」

「決定だな? 日程はお前に一存するよ。いやよかった」


 何が良かったのかは解らないが、こうして俺は塔に向かう事となった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 折角だしこの町を一日堪能しようと今日は自由行動にした。

 必要以上に張り切っているイスルギをクールダウンさせるためでもあるし、カグヤとちゃんと話し合ってほしかった事もある。

 それに前回のこの町では、雲隠れの準備ばかりしていて楽しめなかった。

 バイツは俺がこの町に入った事について、報告を受け取っているのだろうか?

 ライデさんは元気でやっているだろうか?

 アイは……おいといて。

 とか考えながら店を冷やかして回っていたらノンヘルのおかっぱ虚無僧、アイに会った。

 建物の影からこちらを伺うポーズで、口を大きく開けた驚愕の表情でフリーズしてる。

 近づくと、その場でへたりこんでしまう。おいおい大丈夫か?


「アイさん、そんな場所で何やってるんです?」

「……嘘……なに……コレ」


 俺を見上げたまま動かないアイさんを引きずって、近くの屋台のテーブル席に座らせる。

 飲み物を持って戻った頃にはアイさんは自分を取り戻していた。


「あの……リュウジさん、で、いらっしゃいますか?」


 アイさんが凄くマイルドになってます。


「どうしました? アイさんらしくないですよ」


 とりあえず飲み物を勧めてみる。スルーされた。


「リュウジさんでは、ないのですか?」


 ダメだこいつ。


「森で助けていただいた、リュウジですよ」


 アイさんは一つ深呼吸をした。どうやら帰ってこれたようだ。


「まさか人間になって帰ってくるとは、思いもしませんでしたよ」

「なんか、酷い言い方ですが」

「それが私の素直な感想ですから」


 帰ってこない方がよかったかもしんない。


「私にとっては戦場に転がる死体の方がまだ人間らしく見えたのです」

「これは酷い」

「御免なさい。でも、私にとってそこまで常軌を逸脱した存在が、当たり前のように仲間と談笑している光景を見る恐怖。それが、今のセリフで少しでもご理解頂けると助かるのですが」


 納得は出来ないが、理解は出来た気がする。

 俺だったらソコまで拒絶反応の出た存在の隣で意識を手放すなんて出来ないだろう。たとえライデさんが見張っていてくれてもだ。

 所謂『殺人犯と一緒になんて眠れるか! 私は部屋に戻る!』の状態だ。一緒に眠る相手が殺人犯なら意思疎通も出来ようが、アイさんにとってはエイリアンと添い寝するような気分だったのだろう。

 よく暴行を加える程度で抑えられたもんだ。


「でも、今のリュウジさんの魔力はとても純粋で美しい。量は平凡ですが相性が完璧みたいですし、何をしたのですか?」

「相性?」


 魔力に相性があるなんて聞いた事ない。


「ご存知ないのですか? なら『魔力と身体の相性しだいで燃費に百倍前後の違いが出る』事と、それが先天的なものであり生涯を通じて変わらない事。世間一般の平均的な相性が十%前半で、リュウジさんはほぼ百%の相性を誇る事をご理解頂ければ十分かと」

「俺が神がかっている事は解りました」

「凡人にはそれで十分です。それで、何故このような事になったのかは、ご教示いただけないのでしょうか」


 魔力に関する知識が豊富っぽいアイさんが質問するのだから、カグヤは常識の外側にいるんだろう。

 だとすれば、カグヤの事は話さない方がいいと考え、回答は控える事にした。


「御免なさい、ところで他の皆さんはどうしてます?」

「……次の指示を待って待機中ですが、バイツは事務仕事に追われていますし、ライデは国境警備隊の錬度向上のため今は出払っています。私は暫くはココでのんびりするつもりですが、リュウジさんは?」

「西の塔に行こうと思っていまして」

「あれがそんなに気になりますか? 進入できないと思いますけど」


 アイさんは不思議そうに聞いてくるが、今の俺にはそれ以外の目的がないんだからしょうがないじゃないか。

 と、そんな感じでライデさん達の無事を確認できた俺は、他にも適当に雑談してからアイさんに別れを告げようとして……


「ちょっと待ってください」


 引き止められた。


「なんです?」

「リュウジさんは、模擬戦とかお好きですか?」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 場所は変わって訓練所。所員に模擬戦の準備をしてもらい、俺はフィールド中央でアイさんを待っていた。

 五十m四方のフィールドが準備され、周囲に被害が及ばないように四隅に防御結界と魔道士が配置されると言う物々しい中に一人で居ると、ちょっと緊張する。

 アイさんは錫杖をもってなかったから、多分取りに行ったのだと思う。

 対して俺が持っているのは例の錆びたポン刀。

 力一杯鞘から抜かないと途中で引っかかり、相手に刃がぶつかる心配がないので訓練には最適だろう。

 はっきり言って負ける気がしない。魔力無しでも機動力だけで圧倒できる自信がある。

 だが、せっかく手に入れた魔力の運用法も学ぶ必要があるから、彼女相手に練習させてもらう形になるだろう。彼女は既に俺の機動力も知っている筈だから、彼女自身も俺と同じ考えで――


「お待たせいたしました」


 耳元で囁かれた。

 慌てて振り返ると、睫毛が触れ合いそうなトコにアイさんの顔があった。

 俺は慌てて距離をとり――彼女がいつもと違う服装である事に気付く。

 飾り気のない純白膝丈のキャミソールワンピース、その腰を太いベルトでキュッと締めてある。

 持ってる杖は錫杖ではなく……先生、ハルバードは杖に入りますか?

 ふんわりおかっぱだった黒髪は腰にまで届く銀髪になっている。

 靴もライダーブーツみたいなゴッツイやつだ。


「……え? マジで?」

「可愛いでしょ?」


 頬をほんのり染めてクルリと一回転。輝く髪が、獲物を求めるかの如くざわめく。


「ないわー」

「……ファッションには疎くて……」

「じゃなくて!」


 顔を赤らめてモジモジしはじめたアイさんにツッコミを入れる。


「アイさんは変身とかしちゃうタイプなんですか?」

「変身は出来ませんけど、封印解除は出来るんです」


 成る程。よく考えれば教会の勇者による魔王退治の物語において、『魔眼の少女』が勇者パーティーを離脱するシーンはなかった。


「それにしても何を封印していたんです?」

「魔力の繊細なコントロールを覚えるために、自分の能力に封印をかけて訓練をしていたのです」

「じゃあなんで俺なんか相手に封印解いちゃうんですか」

「リュウジさんは自分の力を使いこなせていないようですし、腕慣らしのつもりで来て下さい。私も最初は抑えますし、魔眼は使いませんから」


 そう言いながら構えるアイさんの長い髪が、風もなくゆらぐ。

 今のは答えになっていない。だが彼女から見て、俺はそれほどの才能を持っていると言う事なのだろう。俺はそれに答えるべく構え――そう言えば俺は魔力を考えながら戦った事がないから、どう構えればいいのか解らない。とりあえず腰を低くして刀を持つ手を引き、空の左手を前に出す。

 魔力の制御は……よし、出来る。

 アイさんを見る。彼女は初めて、優しい顔で俺に微笑んだ。


「さあ、どうぞ?」

「よし……行きます!」


 そう叫び、一気に飛び込む。まずはお互いの実力の把握だ。

 俺は矢継ぎ早に刀を叩きつけ、アイさんは全て斧槍で受け流す。と、俺の最後の一振りをガッチリと受け止め、思い切り押し返してきた。


「うおっとぉ!」


 俺は変な声をあげながら空中でバランスをとり、5mほど距離を開けた場所に着地。アイさんの周囲には既に光の槍が数本浮いている。

 と、アイさんが手を上げた。


「ちょっと待ってください」

「なんです?」

「後ろを振り返らずに聞いて欲しいのですが、貴方の背後にも、この槍がある事に気付いていませんよね?」

 自身の隣に移動させた光の槍を指す。

「……今もあります?」

「ええ。なのでその槍を魔力の目で感じ取ってください」


 言われたとおりに感じ取ろうとするが、何も解らない。


「ゆっくりと。落ち着いて。額に第三の眼があるとイメージすればやりやすいとか」


 ますます意味不明……いや、これは、俺のすぐ後ろに……


「アイさん」

「はい?」

「これは、壁では、ないんですか?」


 多分、一〇〇〇本くらいある。

 距離は、1mない。


「貴方にも、当たりますよね?」

「私は大丈夫です。防御の方法は解りますよね」

「なんと言うスパルタン」

「次は盾をイメージ。行きますよ?」


 俺は振り返る。視界に広がる槍の壁。

 ソレが一斉に、俺の方を向いた。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 シールド全開! ソレにあわせて殺到した光の豪雨がシールドを削る!

 せめぎ合う光と音に世界が満たされる。槍の1本1本が砕ける衝撃が全身に響く。

 でも、これは……重いが…………止められる!

 現状を維持したまま周囲を感じ取る余裕がある。

 アイさんが俺の背後、手の届く距離に1本だけ光の槍を置いた。

 俺は振り返る事無く槍を掴み、霧散させる。


「お見事です、警戒と防御はバッチリですね!」


 アイさんの嬉しそうな声が聞こえる。

 ここまで上手く出来ると俺も嬉しい。

 漸く尽きた槍の雨に一つ息を吐いて振り返る。


「ありがにょぼ」


 頬にアイさんの斧槍の刃のない方、石突きが当たって変な声が出た。

 いつの間に近づいていたんだろう。最後の最後で油断した。

 だがアイさんは満足げだ。


「いきなりでココまで出来るのは十分凄いですよ」


 笑顔のままで斧槍を振り上げる。俺は慌てて刀を頭上に掲げ、刀身にも手を添える防御体制をとって盾を展開。

 振り下ろされた斧槍の衝撃が、身体を突きぬけ地面を砕く!


「ぐっは……」


 思わず膝をついた俺の頭上から斧槍が退くが、俺は立ち上がれない。

 何この娘の力パネーぞ?


「ですが、身体能力に頼りすぎるきらいがあります。今の攻撃でしたら腕で弾けるはずですよ」

「ちょっと……待って……」

「ちなみに私は二年前後衛でした」


 後衛でこれなら勇者様はどんだけ強いんだ? そんな勇者が半年かけなきゃ倒せない魔王も洒落になってない。

 だが、俺なら出来るんだろ? 出来るからここまでやってくれるんだろ? だったら期待には応えてやらないとな!

 俺は呼吸を整え立ち上がる。斧槍が再び振り上げられる。


「次は身体の内側を流れる魔力を感じ取ってください。行きますよ?」

「おうよ!」


 そして衝撃! ドスンと腹に響いたが、上手く防御できた!

 何コレ、さっきより威力が上がってるのに受ける衝撃が全然違う! ヤバイ、これ何度も続けたらマジ腕で弾けるようになる。

 この世界にきた最初の日、自分の身体の優秀さに感じた全能感と同じ気持ちが湧き上がってくる。


「俺の成長ぶりがヤバイっすねこれ」

「楽しくなってきたでしょう? 攻撃方法にも魔力を織り込む事を考えながら、色々と試してみてください」


 アイさんはクルリクルリと回りながら距離を離し、再び構える。


「貴方のタイミングでどうぞ」


 彼女のセリフが終わった瞬間に一気に接近、先ほどと同じように、だが魔力をこめて刀を叩きつける。

 アイさんはそれを受け流しながら全周囲より光の槍を乱射してくるが、俺の盾は貫けない。

 何度か繰り返して距離をとる。さて、どうしたものか。


 ――貴方にも、当たりますよね?

 ――私は大丈夫です。


 そんなやり取りを思い出し、試す事にする。

 再び接近、攻撃を続けつつ俺の背後からアイさん直撃コースの槍が迫るのを確認、彼女が俺の攻撃を流した勢いを利用して、アイさんの横をすり抜け背後に回――り込めずに斜め後ろに行ってしまったが、左手から衝撃波を発生させ、彼女の背中を押す。フワリとスカートが舞った。お、眼福眼福。

 バランスを崩して右足を前に出したアイさんの眼前、槍は回避不可能な距離に迫る。

 勿論彼女はソレを防御魔法で弾くが、体勢を立て直す前に俺はアイさんの背中に刀を振り下ろす!


「ごふっ!」


 吹っ飛んだ。俺が。フィールドの端まで。

 また石突きか! まーた石突きだよ!


「後ろに回り込んで来るのかと思ったら随分離れちゃったので、驚きましたよ」


 それ、褒めてるのか?

 立ち上がると、結界を維持している魔道士のおじちゃんが声をかけてきた。


「兄ちゃんもまだ立てるってだけで十分凄いから。自慢していいぜ?」


 苦笑で応えるとアイさんに視線を戻す。

 威圧するようにゆっくりと斧槍を回しながらこちらに歩いてくる。

 歩く毎緩やかに広がる銀髪は、彼女の自信と力強さを強調するかのようだ。

 うっわ笑顔なのにすげーこえー。


「そろそろ武器攻撃を織り交ぜてもよろしいですか?」

「石突きは武器に入らないんですか?」

「入りません」


 アイさんは優しく微笑んだ。成る程、武器じゃないなら仕方ない。


「アイさん魔道士なんだから打撃は勘弁して下さいよ」

「私は自衛のために武器を手にした非戦闘員です」

「……ないわー」


 こうして、俺とアイさんの模擬戦は、二時間にわたって続いたのである。

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