予感
「ヨウイチ、起きなさい」
母親に起こされたヨウイチは、重たい目を擦りながらリビングへと向かう。
「今日はハヤト君と約束してるんでしょ、早くご飯を食べなさい」
ヨウイチはテーブルに着くと、母親が作ってくれた朝食を食べ始めた。
今日から小学校は夏休み。朝から友達のハヤトと、プールに行く予定だった。
朝食を食べ終わると海パン、ゴーグル、タオルの入ったカバンと、水筒を持って家を出た。向かう先はハヤトの家だ。
玄関を出ると、朝だというのにすっかり暑く、ビーチサンダル越しにアスファルトの熱が伝わってきた。ハヤトの家に着くまでにサンダルが溶けて無くなってしまうのではないかと心配になった。
足元を見るとミミズが干乾びており、それを蟻が一生懸命に運んでいた。蟻は暑くないのだろうかと素朴な疑問を抱きながらそれを見ていたが、目的を思い出し、歩き出した。
蝉がうるさい程鳴いている。ヨウイチは蝉が苦手だった。昔、死骸かと思い拾った蝉がいきなり鳴き出し、びっくりした事があったのだ。それがトラウマで、特に道に落ちている蝉が嫌だった。
道の真ん中に蝉が落ちている。思わず足が止まってしまう。しかし、よく見ると蝉の体は誰かに踏まれたのかペチャンコだった。それでもヨウイチは死骸を避けるように通り過ぎた。あの蝉がいきなり飛びだし、僕に迫ってくるイメージが捨て切れなかった。
遠くに逃げ水が見える。どこまで行っても追いつく事の出来ないそれを、凝視していた。一体コレは何なのだろうか。理屈は何となく分かるが、実物を見ているとやはり奇妙だった。
逃げ水の中に何かを見つけた。黒い丸い物だ。近付いて見るとスズメの死骸だった。
あまりの暑さに気が滅入っていた。ハヤトの家までが余りにも遠く感じる。水筒の麦茶を飲むが、全て汗となって出ていってしまう。自販機を見つけたヨウイチは、スポーツドリンクを買うことにした。
財布から二百円を取り出すと、コインの投入口に入れようとした。しかし、百円玉が一枚弾かれ、自販機の下に入ってしまった。下を覗き込むが百円玉は見当たらない。手を突っ込むのも怖いので、どうしようかと悩んでいると自販機のすぐ横で木の枝を発見した。その枝を使って百円玉を掻き出そうと自販機の下に突っ込むと何かに引っかかる。覗いても暗くてよく分からないので、無理やり引っ張り出すと、それはカラスの死骸だった。
スポーツドリンクを無事買うことの出来たヨウイチは、近くの木陰で休むことにした。そこは小さい公園になっていて、木陰にベンチが置いてあり、そこに座ると一息ついた。
涼しい風が吹き、木の枝を揺らしザワザワと鳴る。木漏れ日がチラチラと光っている。ベンチに寄りかかり空を見ていると大きな入道雲が立ち昇っていて、その光景に夏休みを実感した。スポーツドリンクを飲み干すと、空のペットボトルをベンチに置き、勢いよく立ち上がった。ハヤトの家までもう少しだ、頑張ろう。
突然強い風が吹き、ペットボトルが倒され転がり、木の根元で止まった。それを拾いに行くと、根元になにかうごめく黒い物体があった。ペットボトルを拾うために近付くと、ブワッと大量のハエが舞い上がりその中からウジの湧いた猫の死骸が現れた。思わず腰が抜け座り込むと、舞い上がったハエがまた猫に集り黒い玉になった。あまりのグロさに近づくことの出来なくなったヨウイチはペットボトルを諦め、ゆっくりその場を離れた。
今日はなんだか嫌な日だ。スズメにカラス、猫の死骸を見てしまった。やっぱり動物もこの暑さで死んでしまうのだろうか。それに比べて虫は凄い。この暑さでも蟻はミミズを運んでいたし、ハエはあんなにも集っていた。
そういえば死骸で言うならミミズも死骸だな。その次にセミの死骸も見た。そしてスズメ、カラス、猫。何だか不気味だ。こんなにも色々な死骸を見るのもそうだが、死骸の大きさだ。徐々に大きくなってくのが怖い。次は何なのか、まさか犬とか。そういえばハヤトの家は犬を飼ってる。嫌な想像をしてしまい、ハヤトの家に行くのが怖くなった。でも今さら帰る気にもなれない。暑い中ここまで来たのだ。そもそも犬が死ぬと決まった訳じゃ無い。よくよく考えれば猫の死骸なんて、たまに見かけるじゃないか。ただの考えすぎだ。そう自分に言い聞かせ、ハヤトの家に急ぎ足で向かった。
嫌な妄想は半分当たって、半分外れた。犬の死骸を見つけたのだ。しかし、それはハヤトの飼い犬ではなく、道中で倒れていた。車に跳ねられたのか口から血を流し、血溜まりを作っていた。ピクリとも動かず、毛だけが風に煽られふよふよと動いていた。
ヨウイチはとても嫌な気分だった。一日でこれだけ動物の死骸を見るのは辛い。しかし唯一良かったのは、これでハヤトの飼い犬が死んでいることは無いと言う事だった。これで堂々とハヤトの家に行ける。
しかし、余りにもおかしい。どうやら直感は当たっているようだった。次々に動物の死骸を発見し、そのサイズもどんどん大きくなっている。何でこんな事になっているのか、次は一体何が死んでいるのか。犬より大きなもの…。
急に背筋が凍り、汗が止まってしまった。ヨウイチはこの後出会う光景を想像し、余りの恐ろしさに足が震えた。このままハヤトに会ってはいけない。そう感じたヨウイチは、家に帰ることにした。
そしてその日の事を母親の命日を迎えるたびに思い出すのだった。




