婚約者がいるのに【運命の番】と出会ってしまった男の話
俺は最低な男である。
最初は家同士の契約だった。
しかし、婚約と将来を誓った女性だ。
俺は彼女を好きになろうと努力した。
そして、彼女もよく努力してくれた。
俺たちは【愛し合った】夫婦にはなれないかもしれないが、それでも【尊重し合う】夫婦になれるはずだった。
だが、そんな未来は脆くも崩れ去った。
俺に【運命の番】が現れたのだ。
運命の番は侯爵家の令嬢だった。
神殿とも関わりの強い上級貴族。
俺に婚約者がいなければ、いい縁だと家族は喜んだことだろう。
だが、俺は拒んだ。
いくら女神が選んだ【運命の番】だとしても、俺の婚約者は彼女だ。
彼女と結婚するのが道理であると考えたのである。
だが、はっきりと拒めたのは最初だけだった。
俺が彼女と積み上げてきた思い出。
それが、ジワジワと浸食されていったのだ。
──俺の脳味噌がそれは【彼女】ではなく【運命の番】と積み上げてきた思い出なのだと、俺を騙し始めたのである。
彼女との思い出を穢された。
しかも、他の誰でもない、俺自身が穢しているのである。
それは俺にとっても、彼女にとっても酷い裏切りだった。
何度も神殿で祈った「どうか、どうか、運命の番なんてものを作るのはやめてください。俺には婚約者がいるのです。どうか、運命の番には他に良い相手をおやりください」と。
だが、駄目だった。
時間が経てば経つほど、俺の脳味噌に【運命の番】が侵略してきた。
四六時中【運命の番】の事を考え、夢に見る。
どれほど、心が拒否しようとも、脳味噌がそれを受け入れてしまう。
──彼女に向かって【運命の番】の名前を呼んでしまったとき、その名前で呼ばれた彼女の顔を見たとき、俺はもう駄目なのだと悟った。
いずれ、俺の脳味噌は全くの駄目になる。
いつか、彼女に酷い言葉を投げてしまう。
俺は俺が俺であるうちに死ぬことにした。
彼女を裏切る前に岩壁から身を投げた──そう、俺は逃げたのである。
だが、俺は死ねなかった。
隣国で目を覚ました俺は絶望した。
しかし、頭部を強く打撲した俺は、自分の脳味噌が【正常】に戻っていることに気付く。
彼女が心配で仕方なく、あれほど恋い焦がれたはずの【運命の番】へは嫌悪だけがある。
混乱する俺に、医師は言った。
あの国にしか【運命の番】という概念はない。
そして【運命の番】の片方は神殿に多額の寄付をしているような上級貴族の人間であり、その人間が強く希望する人間が相手にそえられるのである、と。
神殿の特殊な【香】と【暗示】こそが【運命の番】の正体──そう【運命の番】とは、神殿への寄付でつくられたものだったのだ。
最後に医師は俺に手紙を渡してくれた。
それは彼女の遺書だった。
彼女は俺の【運命の番】に貶められ、処刑されていたのである。
俺はまだ満足に動かない身体で暴れた。
俺のせいだ。
俺が【運命の番】などに惑わされたばかりに。
俺が【暗示】などにかかったばかりにこうなったのだ。
途方もない怒りに、脳髄までもが焼け焦げそうだった。
身体が動くようになった俺は、祖国に戻り【運命の番】と結婚することになった。
その結婚式で、俺は彼女の仇をとるつもりだ。
そう、これは遺書である。
婚約者がいるのに【運命の番】と出会ってしまった男の遺書だ。




