第7話:【閑話】安喜《あんき》の月見酒《つきみざけ》と、常山《じょうざん》に眠る白龍《はくりゅう》の青田買《あおたが》い
第7話:【閑話】安喜の月見酒と、常山に眠る白龍の青田買い
督郵を合法的に破滅させてから数ヶ月。安喜県には、束の間の平穏と、かつてないほどの繁栄が訪れていた。
秋の夜長。役所の裏庭では、見事な満月を肴に、俺たち四兄弟がささやかな宴を開いていた。
「いやぁ、それにしても四弟(俺のことだ)の頭ン中はどうなってんだ? 石鹸だの新しい紙だので、洛陽の貴族どもから巻き上げた金が蔵から溢れそうだぜ!」
張飛が、顔を赤くしながら特産の果実酒を樽ごとあおる。
「うむ。田豊殿の内政手腕も見事だが、すべては子雲の奇抜な知識あってこそ。兵たちの武具も最高峰の物で揃い、張郃殿の苛烈な調練で、管亥率いる兵たちの練度も凄まじいことになっておる」
関羽が、美しい長鬚を撫でながら深く頷いた。
俺は照れ笑いを浮かべつつ、こっそりとシステムを起動し、現在の『劉備陣営』の総合戦力を確認した。
(【君主】劉備/【軍師】陳凌、田豊/【猛将】関羽、張飛、管亥/【将軍】張郃……。うん、控えめに言って序盤からオーバーキルすぎるチート布陣だ。しかも兵糧と資金は潤沢。どこに出しても恥ずかしくない一流の軍閥に成長している)
「……だが、順調すぎて少し怖くなるな」
ふと、杯を見つめていた劉備が、静かにこぼした。
「俺たちの安喜県は豊かになったが、天下を見渡せば、民は相変わらず飢え、役人は肥え太っている。……都の洛陽では、近頃ひどくきな臭い噂も聞くではないか」
劉備の言う通りだ。西暦189年が近づきつつある今、後漢王朝は内部崩壊の危機を迎えている。
「……皇帝の崩御と、宦官たちの暗殺劇。そして、その混乱に乗じて西涼(西方国境)から『猛獣』が牙を剥いて上洛してくるでしょう」
俺が未来の知識――史実の展開――を予言めいた口調で語ると、三人の兄たちは真剣な面持ちで俺を見た。
「猛獣、だと?」
「ええ。名を董卓、字を仲穎と言います。奴が洛陽の権力を掌握した時、天下は黄巾の乱以上の血の海に沈む。……いずれ間違いなく、反董卓の巨大な連合軍が結成され、我々もその嵐の中心に飛び込むことになります」
関羽の切れ長の目が鋭く光り、張飛がニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
「その時のために」と、俺は身を乗り出した。
「もう一人、どうしても今すぐに迎えに行きたい『男』がいるのです。玄徳兄者、明日、俺と一緒に隣の常山郡まで出向いていただけませんか?」
劉備は驚いたように瞬きしたが、すぐにその温かい笑みを浮かべた。
「子雲がそこまで言うほどの男だ。……ああ、共に迎えに行こう」
――翌日。
俺と劉備は、数名の護衛だけを連れて、安喜県から西に位置する常山郡の真定県へと足を踏み入れていた。
三国志オタクなら誰もが知る、ある「大スター」の出身地である。
(史実では、彼はもう少し後に公孫瓚の軍勢に参加し、そこで劉備と運命の出会いを果たす。だが、今はまだ在野(無職)で、地元で武芸を磨きながら義勇軍の真似事をしている時期のはずだ。絶対に見つけ出して、誰よりも早く青田買いしてやる!)
村落の近くを通りかかった時だった。
「ひぃぃっ! 山賊だ! 山賊が村に降りてきたぞォ!」
逃げ惑う農民たちの悲鳴と、馬の嘶き、下品な男たちの怒号が聞こえてきた。数十人の野盗の群れが、村の食糧を奪おうと襲撃をかけていたのだ。
「玄徳殿! 助太刀を――!」
俺が双股剣を抜こうとする劉備に声をかけた、その瞬間。
『――そこまでだ。罪なき民を虐げる外道ども。常山の趙子龍が相手になる!』
透き通るような、しかし凛然たる響きを持つ若者の声が戦場にこだました。
見れば、一頭の美しい白馬に跨った若武者が、単騎で数十人の山賊の群れに突っ込んでいくところだった。
銀色の軽鎧を纏い、手には白銀に輝く長槍を握っている。端正で涼しげな顔立ちには、一切の恐怖の色がない。
「な、なんだあのガキは! 殺せ!」
山賊たちが一斉に群がったが、若武者は涼しい顔で白銀の槍を一閃させた。
『シャァンッ!』
まるで舞でも踊るかのような、流麗にして神速の突き。瞬きする間に、先頭にいた三人の山賊の喉元が正確に貫かれていた。
(マジかよ……! なんて美しい槍さばきだ!)
俺は震える手で、システムを起動した。
【人物鑑定】!!
『ピシュンッ!』
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【氏名】趙雲(字:子龍)
【武力】96(乱戦時・単騎駆け補正あり)
【統率】91
【知力】76
【政治】65
【魅力】90
【深層情報・隠し才能】
『一身これ胆なり』:いかなる絶望的な状況下でも決して冷静さを失わず、圧倒的な胆力(度胸)で主君と仲間を守り抜く絶対的守護者。乱戦における単騎突破において、右に出る者はいない。現在は己の忠義を尽くすに足る、真の『仁』を持つ主君を探し求めている。
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(で、出たぁぁぁっ!! 蜀が誇る最高のイケメン完璧超人、五虎大将軍の一人、趙雲子龍!!)
俺の心臓は破裂しそうなほどに高鳴った。
のちに長坂の戦いで、劉備の赤ん坊を胸に抱いたまま、曹操の百万の大軍の真っ只中を単騎で駆け抜け、無傷で生還するという伝説を残す男。彼がいれば、劉備の命の安全は1000%保証されたも同然だ。
俺がオタクの興奮で打ち震えている間に、若き日の趙雲はあっという間に数十人の山賊を蹴散らし、残党を退散させてしまった。
彼は白馬から降りると、槍の血糊を払い、怯える村人たちに優しく声をかけている。
「見事な槍さばきだ。そして何より、民を想うその優しき心根、感服した」
劉備が、ゆっくりと趙雲に歩み寄った。
「……貴方は?」
趙雲が振り返り、劉備の顔を見た瞬間。その涼しげな瞳が、わずかに見開かれた。
劉備の持つ【魅力:99】のオーラ。それは、主君を渇望する趙雲の忠義の心に、雷のような直撃を与えたのだ。
「俺は中山国・安喜県の県尉、劉備玄徳という。通りすがりの者だが、貴殿の美しき義勇に、思わず声をかけてしまった」
「劉備……玄徳殿。あなたが、あの黄巾賊を討ち破り、民のために私財を投じて国を豊かにしているという、噂の……!」
趙雲は背筋を正すと、その場に深く片膝をついた。
「某は常山真定の人、趙雲、字を子龍と申します。……玄徳殿。あなたのその深き慈愛に満ちた瞳、長年探し求めていた『光』にようやく巡り会えた心地がいたします」
「子龍。お前ほどの才ある若者が、こんな小さな村でくすぶっているのは天下の損失だ。俺の所へ来い。お前のその槍で、俺と一緒に泣いている民を救ってくれないか」
劉備が差し出した手を、趙雲は両手でしっかりと握り返した。
「……御意。この命、玄徳殿のために喜んで捧げましょう!」
『ピコン!』
【システム通知:超・重要人物『趙雲』を義勇軍に引き入れました。天命ポイント7000P(特大ボーナス)を獲得!】
(よっしゃあああッ!! これでついに関羽、張飛、趙雲のトップ・スリーが揃い踏みだ! 俺のプロデュース、完璧すぎる!)
俺は心の中でガッツポーズを決めながら、未来の覇王たち(曹操や孫堅)に向けてほくそ笑んだ。
――さあ、かかってこい董卓。お前がどれだけ暴れようが、俺たち劉備陣営が、最高の武と知略で天下の表舞台に圧倒的なデビューを飾ってやる!




