第34話:荊州《けいしゅう》の無血開城《むけつかいじょう》と武神《ぶしん》の都督《ととく》。天府《てんふ》の国・蜀《しょく》を呑み込む『大義《たいぎ》』の布石《ふせき》(第五章・開幕)
第34話:荊州の無血開城と武神の都督。天府の国・蜀を呑み込む『大義』の布石(第五章・開幕)
華容道にて西の覇王・曹操孟徳が討ち取られたという報せは、文字通り一瞬にして中華全土を駆け巡った。
主を失い、赤壁の業火で文字通り消し炭となった曹操軍八十万の残党は完全に瓦解。我々劉備軍は、その圧倒的な軍事力と、献帝を擁する『官軍』としての絶対的な大義名分をもって、南下を開始した。
標的は、天下の要衝たる『荊州』。
だが、そこに血を流す戦は存在しなかった。
「……劉皇叔(劉備)殿の御前である! 武器を捨て、城門を開けい!!」
先鋒を務める趙雲と魏延が荊州の中心都市・襄陽の城壁に呼びかけると、曹操に降伏していた荊州の兵たちは、争うことなく次々と城門を開け放ち、地に伏して劉備の軍勢を迎え入れた。
劉備玄徳の持つ【魅力:99】のオーラと、戦乱を終わらせた英雄としての圧倒的なカリスマの前に、荊州九郡は瞬く間に『無血開城』を果たしたのである。
――襄陽城、政庁。
新たな拠点の大広間にて、劉備陣営の首脳陣による軍議が開かれていた。
「北の曹操は滅び、この広大な荊州も我らの手に入りました。……しかし、領土が広がれば、それを守る確固たる『柱』が必要となります」
白羽の扇を揺らしながら、諸葛亮孔明が中華の巨大な地図を広げた。
「荊州は、東の孫家、そして北の袁紹の残党を牽制する最も重要な要衝。……ここに置くべき『州都督(最高司令官)』は、並の武将では務まりません」
孔明の言葉に、大広間に集った猛将たちの間をピリッとした緊張感が走る。
俺――陳凌(字は子雲)は、劉備に目配せをして深く頷いた。
「関羽雲長」
劉備が、静かに、しかし絶対的な信頼を込めた声で義弟の名を呼んだ。
「ハッ!」
身の丈九尺の武神が、重厚な足音と共に進み出、深く片膝をついた。
「お前に、この荊州の全権を委ねる。東の孫家との同盟を維持しつつ、北からの脅威を退け、この地を盤石の岩と化してくれ」
「御意。この関雲長、青龍偃月刀に懸けて、荊州の地、指一本触れさせはいたしませぬ」
関羽が力強く首肯する。史実においても荊州を任された最高にして最強の人選だ。
だが、俺は三国志オタクとして、関羽の『史実の悲劇(プライドの高さゆえの外交失敗と死)』を絶対に回避させなければならない。
「関羽将軍。あなたの武勇と忠義は天下無双。ですが、荊州の統治には高度な外交と謀略も必要です」
俺は扇を差し向け、二人の男を関羽の傍らへと進み出させた。
「軍師として、鳳雛・龐統士元殿。そして内政・外交の補佐として、白眉の馬良季常殿。このお二方を、関羽将軍の『絶対の盾』としてお付けします」
「……へっ。堅苦しい武神の旦那のお守りたぁ、骨が折れるぜ。だがまぁ、俺の盤面とアンタの武力がありゃ、孫家だろうが誰だろうが手も足も出せねえ国ができるだろうよ」
龐統が、酒の入った瓢箪を揺らしながらニヤリと笑う。馬良もまた、恭しく頭を下げた。
「龐統殿の奇策と馬良殿の外交があれば、我が背後は完全に守られる。……子雲殿、心遣い感謝いたす」
関羽が、かつての傲慢さを微塵も感じさせない穏やかな表情で、二人の天才を受け入れた。
(よし! これで荊州喪失&関羽死亡のバッドエンドフラグは完全にへし折ったぞ!!)
荊州の守りが最高難易度の鉄壁へと昇華したのを見届け、孔明が再び地図を指し示した。
「さて、荊州の憂いが消えた今、我らが次に向かうべき『天下二分』の総仕上げ。……それは、西の天府の国、『益州(蜀)』です」
蜀。のちに劉備が建国する蜀漢の本拠地にして、四方を険しい山々に囲まれた難攻不落の超巨大な穀倉地帯である。
「現在、蜀を治めているのは劉璋。彼は暗愚で気が弱く、北の漢中を支配する宗教指導者・張魯の脅威に怯えています。……史実、いや本来の歴史であれば、劉備様は劉璋から『張魯討伐の援軍』として招き入れられ、その後に泥沼の裏切り合いを経て、数年がかりで蜀を強奪することになります」
俺が未来の知識を開示すると、劉備は悲しげに顔を伏せた。
「同族(劉璋)を騙し討ちにし、民に戦火を強いるのは、俺の『王道』ではないな……」
「ご安心を、玄徳様。我々には今、曹操が持っていた最強のカード……『天子様(献帝)』と『伝国璽』があるのですよ」
賈詡が、冷酷だが頼もしい笑みを浮かべて進み出た。
「すでに私の手の者が、蜀の内部で劉璋に見切りをつけている有能な文官……張松と法正に接触を終えております。彼らは我が軍の強大さと、玄徳様の『仁政』の噂を聞き、喜んで内応を約束しました」
孔明が羽扇で地図の『成都(蜀の首都)』を指し示す。
「作戦はこうです。天子様の勅命として、劉璋に『張魯討伐は官軍たる劉備が引き受けるゆえ、成都の門を開き、速やかに州の統治権を漢室に返還せよ』と大義名分を突きつけます。……法正たちの内部工作と、我らの圧倒的な軍事力を前にすれば、臆病な劉璋は戦う前に降伏を選ぶでしょう」
「もし張魯が横槍を入れてくれば?」と、趙雲が問う。
「そこは我らが誇る武神たちの出番だ。趙雲将軍、馬超将軍、黄忠将軍。貴方方の武勇で、張魯の軍勢を正面から粉砕し、蜀の民に『劉備軍こそが真の守護者』であると武で証明していただきます」
俺が宣言すると、名指しされた猛将たちが獰猛な笑みを浮かべて武器を鳴らした。
「ガッハッハッ! 俺もいるぜ! 張魯だろうがなんだろうが、まとめてブッ飛ばしてやる!」
張飛が蛇矛を振り回す。
「……完璧だ。血塗られた強奪ではなく、天子の大義と、圧倒的な武と政の力による平和的な『吸収合併』」
郭嘉が瓢箪の酒をあおり、愉快そうに笑った。
「北で袁紹の残党どもが震え上がっている間に、我々は西方最大の要塞を無傷で手に入れる。……子雲殿と孔明殿の描く盤面は、本当に無駄がなくて恐ろしいよ」
「行くぞ、皆の者! 天下の民が泣かずに済む、究極の太平の世まであと少しだ! いざ、蜀への道を切り開け!!」
劉備の力強い号令と共に、大広間を震わせるほどの鬨の声が上がった。
曹操を討ち、荊州の守りを固めた最強の劉備軍。
彼らの矛先は、史実の悲惨な攻略戦を回避し、チート知識と完璧な外交工作に彩られた『蜀の無血制圧』へと向けられたのである。




