第33話:華容道《かようどう》に散る覇王《はおう》。五虎神《ごこしん》の完全包囲と、天下を統《す》べる『仁《じん》』の証明(第四章・決戦完結編)
第33話:華容道に散る覇王。五虎神の完全包囲と、天下を統べる『仁』の証明(第四章・決戦完結編)
建安十三年、冬。
長江を埋め尽くした八十万の超巨大艦隊は、今や見る影もなく、天を焦す紅蓮の炎と化していた。
陳凌(字は子雲)の『黒色火薬』と、諸葛亮孔明の『東南の風』がもたらした、一方的かつ圧倒的なアウトレンジからの蹂躙。
「……丞相! こちらです、早く陸へ!」
「お退きくだされ、我が殿をお通ししろ!」
燃え盛る旗艦から辛うじて小舟に乗り移り、北岸の烏林へと逃げ延びた男がいた。
西の覇王・曹操孟徳。
豪奢な黄金の鎧は煤で汚れ、自慢の長髭は炎で半分焼け焦げている。彼の傍らに付き従うのは、夏侯惇(字は元譲)や曹仁(字は子孝)といった一族の猛将たちと、わずか数千にまで激減したボロボロの敗残兵だけであった。
「……あ、ああ……我が、我が覇道が……」
曹操は、背後で赤く燃え上がる長江を振り返り、血を吐くような呻き声を漏らした。
だが、絶望に浸る暇はない。劉備軍の追撃部隊が、すでに背後まで迫っているのだ。
「殿! 北の南郡方面へ向かいましょう! あそこまで逃げ延びれば、我が軍の予備兵力が――」
夏侯惇が馬を引きながら叫ぶ。
曹操は、フラフラと馬に跨り、泥だらけの荒野を北へと向かって駆け出した。冷たい冬の雨が、敗残の将たちの体温を容赦なく奪っていく。
――だが、彼らは知らなかった。
天才・諸葛亮孔明と、未来を知る男・陳凌が、この『敗走ルート』を完全に読み切り、そこに天下無双の死神たちを配置していることを。
「……フッ、ハハハハッ!」
泥濘を進む中、突如として曹操が引き攣った笑い声を上げた。
「殿、いかがなされました!?」
「いや、諸葛亮も陳凌も、神算鬼謀と恐れられてはいるが、所詮はその程度かと思ってな! 俺が奴らなら、この見晴らしの良い烏林の抜け道に、一軍を伏せておくものを!」
曹操が史実通りに『負け惜しみと強がり』の笑い声を上げた、まさにその瞬間だった。
『ドスドスドスドスッ!!』
突如、雨空を切り裂いて無数の矢が降り注ぎ、曹操の周囲を固めていた兵士たちが次々と泥の中に倒れ伏した。
「な、なんだと!?」
「ほっほっほ! 曹操殿、我が軍師殿の読み、一寸の狂いもござらんぞ!」
前方の崖の上から、巨大な強弓を構えた白髪の老将――黄忠漢升が、獰猛な笑みを浮かべて見下ろしていた。
「そして、貴様らの首を刈るは、この常山の趙子龍!!」
さらに側面から、白銀の槍を風車のように回転させながら、趙雲が単騎で突撃を仕掛けてきたのだ。
「ひ、退けェッ!! ここは俺が食い止める、殿はお逃げを!!」
夏侯惇が必死に大刀を振り回して趙雲の槍を防ぐが、武力96と93の圧倒的な武威を前に、曹操の護衛部隊は紙切れのように引き裂かれていく。
「くそっ……! 孔明め、子雲めェッ!」
曹操は悪態をつきながら、夏侯惇たちを置き去りにして、さらに少なくなった手勢と共に泥道を北へと逃走した。
――数時間後。葫芦口と呼ばれる狭い谷間。
疲労と飢えで限界に達していた曹操は、ここでようやく馬から降り、休息を取ろうとした。
「……フッ、フハハハッ!」
再び、曹操が笑い出す。
「殿、今度は何を笑っておられるのですか……?」
「いや、やはり劉備の軍師どもは知恵が足りん! この谷間こそ、伏兵を置くには絶好の死地! 俺ならばここに火を放ち、敵を焼き殺すものを!」
『ゴォォォォォォォォォォッッ!!!!』
曹操の言葉が終わるより早く、谷の両側の斜面から、凄まじい轟音と共に無数の丸太と火だるまの藁が転がり落ちてきた。
「な、またしてもかァァッ!?」
「ガッハッハッハ!! 遅えよ曹操! 待ちくたびれて酒が切れるところだったぜ!」
燃え盛る炎の向こうから、丈八蛇矛を肩に担いだ張飛が、地獄の鬼神のごとき笑みを浮かべて現れた。
「西涼の錦・馬超孟起!! 逆賊・曹操の首、この白銀の槍で貫いてくれる!!」
さらに背後から、馬超が西涼騎兵を率いて雪崩を打って突撃してくる。
【武力98】と【武力97】。
回避不可能な物理の暴力が、曹操の残存兵力を文字通り「肉片」へと変えていく。
「おのれェェッ! 曹仁、俺に続け! 死に物狂いで血路を開けェッ!」
曹操は、ついに自ら剣を抜き、泥と血に塗れながら、馬超の包囲網のわずかな隙間を縫って、狂乱の逃避行を続けた。
――そして。
夜が明け、冷たい霧が立ち込める山道。
両側を切り立った崖に挟まれた、細く、底なし沼のように泥濘んだ一本道。
地名、『華容道』。
曹操に従う者は、傷だらけの夏侯惇、曹仁、そして数十名の足を引きずる兵士たちだけとなっていた。
「……終わった。ここを抜ければ、南郡の平野だ……」
曹操が、安堵の吐息を漏らそうとした、その時。
『ゴォォォン……!』
深い霧の奥から、冷たく、そして絶対的な死を告げるような銅鑼の音が響き渡った。
霧が晴れる。
華容道の狭い出口を完全に塞ぐように、五百の精鋭を背に従え、巨大な赤兎馬に跨った一人の武神が、目を閉じて静かに佇んでいた。
身の丈九尺、二尺の見事な長鬚。
右手には、冷たい青光りを放つ神具『青龍偃月刀』。
劉備軍の筆頭将軍にして、天下無双の義将――関羽雲長である。
「……関、羽……」
曹操は、その圧倒的な威圧感と、逃げ場のない完璧な死地に、ついに剣を取り落としそうになった。
だが、彼はかつて関羽が曹操の元に身を寄せていた際、極上の厚遇を与えていた(史実における恩義)。曹操は、その恩にすがろうと、震える声で語りかけた。
「雲長……久しぶりだな。私のこの惨めな姿を見て、かつての旧交を思い出しはせぬか。……どうか、この曹孟徳の首、ここはお目こぼし願えまいか」
史実において、関羽はこの曹操の哀願と義理に負け、彼を逃してしまう。
しかし。
「……曹操殿」
関羽は、ゆっくりと目を開いた。その瞳には、一切の情の揺らぎも、迷いもなかった。
「貴殿が某に与えてくれた恩義、決して忘れてはいない。……だが、我が主・劉玄徳の掲げる『天下万民の仁』は、某の私情や義理などで曲げてよいほど、軽いものではないのだ」
関羽が青龍偃月刀を構えた、その背後の崖上。
「……その通りです、曹操殿」
白羽の扇を揺らす孔明と、俺(陳凌)が、静かに彼を見下ろしていた。
「我ら軍師陣は、関羽将軍の義理堅さを誰よりも知っている。だからこそ、出陣の前に『私情で敵を逃がせば斬首する』という軍令状を書かせてはいません。……なぜなら、関羽将軍はすでに、個人の恩義よりも『天下の平和』を重んじる、真の『武神』へと昇華しておられるからです」
俺が静かに告げると、曹操は目を見開き、そして……力なく天を仰いだ。
「……そうか。私の知る『情の男・関羽』すらも、お前たちはその狂気的なまでの理想で、完全なる『大義の剣』に変えてしまったというのか」
曹操は、夏侯惇や曹仁たちが絶望のあまり膝をつく中、ただ一人、まっすぐに立ち上がった。
そして、己の腰にある『倚天の剣』をゆっくりと抜き放った。
「……見事だ。完璧な盤面だ、諸葛亮、陳凌。……お前たちの底知れぬ知略と、劉備玄徳の底なしの『仁』。……この私からすべての人材を奪い、富を奪い、水上戦で完全に粉砕し、そして私の心理まで読み切ってこの死地へと追い込んだ」
曹操孟徳の顔から、すべての焦りや絶望が消え去った。
そこにあるのは、中華を制覇しようとした真の覇王としての、清々《すがすが》しいほどの『敗北の受容』と、武人としての誇りだった。
「私の覇道は、ここで終わる。……だが、我が一族や兵たちには罪はない。私が首を差し出せば、彼らの命は助けてくれるか、劉備の軍師どもよ」
「ええ。我が主・玄徳は、降る者を決して殺しはしません。曹一族の皆様も、新たな漢の世で、正しき道を歩んでいただきます」
孔明が扇を胸に当てて深く一礼する。
「……フッ、ハハハハハッ!! そうか! ならば良い! 我が覇道、劉玄徳の『王道』に完敗したわ!!」
曹操は、空に向かって高らかに笑い声を上げた。
そして、己の倚天の剣を自らの首筋に当て――るよりも早く。
「――曹孟徳殿。貴殿の最期、自刃などという寂しい真似はさせぬ。武神の刃で、その魂、天へと送って進ぜよう」
関羽が、一歩踏み込んでいた。
慈悲も、憎悪もない。ただ純粋な、一人の偉大なる敵将への『最大級の敬意』を込めた、青龍偃月刀の一閃。
「……頼む、雲長」
『閃ッ――!!』
音もなく。痛みすら感じさせない、神技の斬撃。
天下を震え上がらせた西の覇王・曹操孟徳の首が、雨上がりの華容道の空へと、静かに、そして美しく舞い上がった。
その顔には、無念ではなく、次なる時代を劉備たちに託すような、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「「「殿ォォォォォォォォッッ!!!!」」」
夏侯惇と曹仁が、泥の中に突っ伏して慟哭する。
その悲痛な叫び声が、赤壁から続く長い長い戦いの『終結』を告げる鐘の音のように、峡谷に木霊した。
『ピリリリリリリリリリリリリリリリリィィィィンッッ!!!!』
俺の脳内で、システムが発狂したかのような、かつてない究極のファンファーレを鳴り響かせた。
視界が、眩しすぎるほどのプラチナの光に包まれる。
【究極・最終イベント『覇王の落日と赤壁の完全勝利』を達成!!!】
【歴史の最大の分岐点を完全に書き換えました。】
【天命ポイント:測定不能。……天下統一への道が、完全に開かれました。】
俺は、崖の上から、関羽が恭しく曹操の首を布に包む光景を眺めながら、深く、深く息を吐き出した。
「……終わった。俺たちの、最大にして最強の敵……」
震える俺の肩に、孔明がそっと手を置いた。
「ええ、子雲殿。あなたが未来の知識で土台を創り、私や五虎将たちがそれを具現化した。……これで、劉備様を脅かす北と西の脅威は完全に消え去りました」
孔明の美しい顔が、夜明けの光に照らされて輝く。
「残るは、南の孫家と、天下の平定のみ。……俺の『推し活プロデュース』、最高のエンディングまで、あと少しですね、孔明先生」
曹操の死。それは、三国志という群雄割拠の時代が終わりを告げ、劉備陣営による『誰も飢えず、誰も理不尽に死なない究極の平和』への扉が開かれた瞬間であった。
雨が上がり、雲の隙間から差し込んだ黄金色の陽光が、血と泥に塗れた華容道を、祝福するように優しく照らし出していた。




