第28話:未来知《みらいち》の限界と伏龍《ふくりゅう》の覚醒《かくせい》。推《お》し活の極致《きょくち》が描く『天下二分《てんかにぶん》』の真・設計図(第四章・中盤)
第28話:未来知の限界と伏龍の覚醒。推し活の極致が描く『天下二分』の真・設計図(第四章・中盤)
凍てつくような風が吹き荒れる隆中の山麓。
庵の外からは、趙雲の白銀の槍が空気を切り裂く鋭い風切り音と、馬超が曹操軍の精鋭をまとめて吹き飛ばす凄まじい轟音が、まるで嵐のように鳴り響いていた。
しかし、茅葺きの庵の中は、それとは対極にあるような、息が詰まるほどの極限の静寂に包まれていた。
「……私の仕掛けた八陣図を容易く破る五人の軍師。そして、数百年先の歴史の理を知るあなた。……これほど完成された陣営に、この諸葛亮が仕える意味が、果たしてあるのでしょうか?」
白羽の扇を静かに揺らしながら、諸葛亮孔明は、涼やかな、しかし鋭利な刃のような視線で俺――陳凌(字は子雲)を真っ直ぐに射抜いた。
劉備も、郭嘉も、賈詡も、息を呑んで俺の返答を待っている。
これは俺が越えなければならない、最強にして最後の『入社試験《オタクの試練》』だ。
「……孔明先生」
俺は一歩前に進み出た。極度の緊張で喉がカラカラに乾いていたが、瞳の奥の熱だけは絶対に隠さなかった。
「先生の仰る通り、俺の脳内には『本来歩むはずだった未来の歴史』が詰まっています。……あなたが本来、我が主・劉玄徳に説くはずだった、天下の三分の一を領有して鼎立を計るという壮大なる戦略……『隆中対(天下三分の計)』も、俺は知っている」
「……ほう」
孔明の美しい眉が、わずかにピクリと動いた。
「だが、それはもう過去の遺物です」
俺は懐から扇を取り出し、バサッと広げた。
「俺が歴史の歯車を強引に回した結果、盤面はすでに崩壊し、再構築されている。……北の袁紹は半壊し、徐州は絶対的な豊かさを誇り、南の孫家とは不可侵の同盟を結び、さらには天子様(献帝)までもお迎えした。もはや天下は三分ではなく、西の曹操と東の我々による『天下二分』の様相を呈している!」
「ええ、その通りです。子雲殿」
孔明は、冷たい水を打つような落ち着いた声で肯定した。
「あなたが神の如き先見の明で盤面を塗り替えた。曹操の虎豹騎すら、戦わずして無力化した。……ならば、そのままあなたの手で、曹操を赤壁なりどこなりで焼き尽くせばよい。すでに勝利への道筋は、あなたの脳内に敷かれているはず。私という『計算外の変数』を入れる必要はない」
「違う!! そうじゃないんだ!!」
俺はたまらず、声を荒らげて叫んだ。
庵の空気がビリッと震え、背後にいた劉備や郭嘉たちが驚いたように目を見開く。
「俺の持っている未来知識なんてものはな……所詮は『カンニングペーパー』に過ぎないんだよ!!」
俺は胸を強く叩き、熱に浮かされたように孔明へと一歩、また一歩と距離を詰めた。
「歴史の大きな流れは知っている! 武将の才能も知っている! だが、人の心の機微、予想外の天候、俺という異物が介入したことで引き起こされる『未知のバタフライエフェクト(予測不能の連鎖)』までは、俺の知識では絶対に計算しきれないんだ! 現に外では今、曹操の放った刺客が、歴史のセオリーを無視してあなたを殺そうと迫っている!」
『ドガァァァァァァンッ!!』
まるで俺の言葉を裏付けるかのように、庵の外で巨大な樹木がへし折れる音が響き、馬超の「退けェッ!!」という咆哮が轟いた。
「俺はただのオタク……いや、ただの『未来を知るだけの凡人』に過ぎない。俺の知識を限界まで絞り出し、郭嘉殿や賈詡殿たち天才の力も借りて、なんとかここまで綱渡で盤面を維持してきた。……だが、曹操孟徳という怪物を完全に討ち果たし、その後に訪れる荒廃した中華を立て直し、永遠に続く平和な『新しい国』を創り上げるためには……知識をなぞるだけではダメなんだ!!」
俺は、息を切らしながら、孔明の超然とした瞳を真っ直ぐに睨み据えた。
「ゼロから無限の未来を演算し、万の民の心を束ね、天の時と地の利を完全に支配する、真なる『神算鬼謀』が必要だ! 俺の持っている『天下平定の設計図』を、あなたのその天下無双の頭脳で、完璧に引き直し、実行してほしい! ……あなた以外に、劉備玄徳の隣で『丞相』の座に就く資格のある人間なんて、この中華のどこを探したって絶対にいないんだよ!!」
――静寂。
俺の、オタクとしての最大級のリスペクトと、狂気じみた「推し活」の極致とも言える情熱の迸り。
それは、打算も、権力欲も、一切の濁りを持たない、ただ純粋すぎるほどの『劉備への愛』と『諸葛亮への渇望』だった。
「……ふっ」
ふわりと。
諸葛孔明の、氷のように冷たく無機質だった瞳の奥に、初めて『人間らしい熱』が灯った。
彼は白羽の扇で口元を隠し、やがて、肩を震わせて静かに笑い出したのだ。
「……くくっ。ははははっ! これは、一本取られました。まさか、未来の理を知る異端の軍師殿に、これほどまでに泥臭く、純粋な大義を熱弁されるとは」
孔明が笑い声を立てると、郭嘉や賈詡たちも、我慢しきれないというように吹き出した。
「言っただろう、孔明殿。我が陣営の筆頭軍師は、頭のネジが数本飛んでいる最高の狂人だと」
郭嘉が瓢箪の酒を煽りながら笑う。
「それに、我ら五大軍師だけでは、この先の巨大すぎる盤面を回すには少々『退屈』でしてな。……あなたのような怪物が加わってくれねば、やり甲斐がないのですよ」
賈詡もまた、底意地の悪い、しかし心からの歓迎の笑みを浮かべた。
「孔明先生!」
そこで、ずっと静かに俺の背中を見守っていた劉備玄徳が、一歩前に進み出た。
その【魅力:99】のオーラが、庵の中を黄金色の光で満たす。
「子雲の言う通りだ。俺には、お前が必要だ。……理屈はもういい! 俺の国で、俺と一緒に泣いて、笑って、この乱世の悲しみを終わらせる手伝いをしてくれないか! お前のその底知れぬ知恵を、どうか天下の民のために使ってくれ!!」
劉備は、ためらうことなく冷たい土間に両膝をつき、深く、深く頭を下げた。
天下の半分を握る大諸侯、天子を擁する漢の左将軍が、たった一人の書生に対して見せた、極限の『誠意』。
「……ッ」
孔明の瞳が、大きく揺らいだ。
未来からの知識と狂気的なまでの熱意を持つ軍師(陳凌)。当代最高峰の頭脳を持つ同僚たち。そして、何よりも……そのすべてを優しく、力強く束ねる、太陽の如き『仁』の器。
「……負けました。完全に、私の計算以上の『奇跡』が、今ここにある」
諸葛亮孔明は、ゆっくりと立ち上がり、自らの着物の裾を正した。
そして、劉備の前に深く平伏し、その涼やかな声を、決意と共に響かせた。
「皇叔(劉備)殿。そして、子雲殿を始めとする軍師の皆様。……この諸葛亮、浅学非才の身ではございますが、我が命の続く限り、犬馬の労を尽くし、あなた方の描く『新たなる天下の盤面』を、完璧に創り上げてご覧に入れましょう!!」
『ピリリリリリリリリリィィィィンッッ!!!!』
俺の脳内で、システムがかつてないほどの超特大のファンファーレを鳴り響かせ、視界が黄金の光で埋め尽くされた。
【超・特大イベント『三顧の礼・伏龍の覚醒』を完全達成!!!】
【UR軍師『諸葛亮』を陣営に引き入れました!!!】
【天命ポイント100000P(限界突破)を獲得!!】
(よっしゃあああああァァァァッッ!!!! ついに! ついに手に入れた!! 劉備軍の究極の頭脳、最強の相棒!!)
俺は心の中で絶叫し、歓喜のあまりその場にへたり込みそうになるのを必死で耐えた。
――庵の外。
「……チィッ! 化物どもめ、これほどの軍勢でたった二人に押し返されるとは!」
山麓に迫っていた夏侯淵の暗殺部隊は、趙雲と馬超の圧倒的な無双の前に半数以上を失い、無念の撤退を開始していた。
刺客の気配が遠ざかり、再び静寂を取り戻した隆中の山。
五大軍師に、最強の伏龍が加わった『六大軍師』。
そして天下無双の五虎大将軍。
絶対的な経済力と、巨大な水軍。
「……さあ、曹操を討ちましょう。我らの『新たなる天下二分の計』の幕開けです」
白羽の扇を揺らしながら、孔明が美しくも恐ろしい笑みを浮かべる。
歴史の歯車は、完全に俺たちの手の中に落ちた。
次なる舞台は、長江を赤く染め上げる三国志最大のクライマックス――『赤壁の戦い』へと、怒涛の勢いで流れ込んでいくのである。




