第3話:桃園《とうえん》に舞う花弁と、四人目の義兄弟《ぎきょうだい》
第3話:桃園に舞う花弁と、四人目の義兄弟
「――おいおい、玄徳! こんな真昼間から、むさ苦しい男と見つめ合って何してやがる!」
市場の喧噪を切り裂き、雷鳴のような大音声が響き渡った。
振り返ると、そこには身の丈八尺(約184センチ)、豹のような鋭い頭に、環っかのように見開かれたギョロリとした目を持つ大男が立っていた。鋼のように隆起した筋肉が、粗末な着物の下からでもはっきりとわかる。手には、肉の脂がこびりついた大きな包丁が握られていた。
「おお、益徳か。いや、この御仁が俺の筵と草履をすべて買ってくれると言ってな。おまけに、天が泣いているなどと、妙に面白え話を聞かせてくれていたところだ」
「あぁん? こんないかにも貧乏くせえ書生が、全部買い占めるだと? 怪しい野郎だ、俺が叩き斬ってやろうか!」
凄まじい殺気が、びりびりと肌を刺す。
三国志ファンなら誰もが知る猛将、張飛(字は益徳、演義では翼徳)。彼がのちに長坂橋で大軍を一人で睨み退ける漢だ。
(殺気がエグい……! だが、ここで怯んだら劉備陣営の軍師にはなれない!)
俺は震える膝を気力で押さえつけ、堂々と胸を張って張飛を見据えた。そして、心の中で唱える。
(システム起動! 【人物鑑定】!)
『ピシュンッ!』
視界に黄金色のウィンドウが展開され、俺はそこに表示された数値を見て、危うく変な声を出しかけた。
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【氏名】張飛(字:益徳)
【武力】98(天下無双レベル)
【統率】82
【知力】78(※隠し才能補正あり)
【政治】45
【魅力】85
【深層情報・隠し才能】
『粗中に細あり』:一見すると粗暴な猪武者だが、実は書画を嗜む極めて繊細な芸術的感性の持ち主。戦場においても、直感的な奇策を閃く高い戦術眼を秘めている。
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(知力78!? 一般的には『脳筋の馬鹿』ってイメージが強い張飛が、そこらの文官よりよっぽど頭がいいじゃないか! そうか、正史の記録にある『実は字や絵が上手かった』という逸話が、システム上では戦術的な知力として評価されているんだ!)
俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「叩き斬るというのなら、斬ればいい。しかし、見事な筆さばきで美しい書画を描くその立派な手で、まだ何も成していない俺のような小者の血を吸わせるのは、いささか勿体ないのでは?」
「なっ……!?」
張飛のギョロ目が、さらに大きく見開かれた。
「て、てめえ……なんで俺が、こっそり書や絵を描くのが好きだってことを知ってやがる!?」
「俺の目はごまかせませんよ、張益徳殿。あなたの本質は、ただの肉屋の暴れん坊ではない。緻密な計算と、大胆な決断力を併せ持つ『将』の器だ。……そんな男が、豚肉を切る包丁で一生を終えるつもりですか?」
図星を突かれた張飛は、持っていた包丁を下ろし、押し黙った。
劉備も、俺の観察眼に驚いたように目を丸くしている。
「――ほう。若いくせに、なかなか面白いことを見抜く男がいるものだな」
その時、張飛の背後から、重厚でよく響く声が降ってきた。
緑色の衣を纏い、身の丈は九尺(約207センチ)。胸元には見事なまでの長鬚(長いあごひげ)をたくわえ、その顔は熟れた棗のように赤い。手には、豆を積んだ手押し車を引いている。
(か、関羽雲長……! 『三国志』における絶対的武神にして、のちに神様として祀り上げられる男が、目の前に……!)
俺は息を呑みながら、すかさず彼にも【鑑定】を放った。
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【氏名】関羽(字:雲長)
【武力】99(武神の域)
【統率】92
【知力】82
【政治】85(※隠し才能補正あり)
【魅力】95
【深層情報・隠し才能】
『義絶の神霊』:忠義において並ぶ者なし。また、歴史書『春秋左氏伝』を暗唱できるほどの高い教養を持ち、都市の統治や民の慰撫に優れる極めて高い【政治力】を秘めている。弱点は、己の誇り高さゆえの傲慢さ。
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(政治85! 武力99のバケモノに加えて、この男一人で一つの州を治められるほどの内政力を持っているのか……。さすがは荊州を長年任された男だ)
「お主、先ほど『黄色い嵐が来る』と言ったな」
関羽が、その切れ長の鳳凰のような目で俺を射抜いた。
「某も諸国を放浪する中で、太平道の動きのきな臭さは肌で感じておる。だが、朝廷は腐りきり、民を救う者はおらん。お主は、どうするべきだと考えておるのだ」
三人の英雄――劉備、関羽、張飛の視線が、一斉に俺に突き刺さる。
オタクとしての興奮は最高潮に達していた。ここで俺の答え次第で、歴史のうねりが決定的に形作られるのだ。
「俺の答えは一つです。――この涿郡の地で、義勇軍を旗揚げする。そして」
俺は、劉備を真っ直ぐに見つめた。
「劉備玄徳殿。あなたを頭として、我々が天下の乱れを平定するのです。金と土地は張飛殿が、武勇と統率は関羽殿が。そして……数年先、十数年先の未来を見通す『知略』は、この陳子雲が担いましょう」
沈黙が降りた。
風が吹き抜け、土埃が舞う。
やがて、劉備が「ふっ」と吹き出し、太陽のような豪快な笑い声を上げた。
「あっはっは! いい! 最高に狂ってやがる! どこの馬の骨ともわからねえ男の言うことに乗る俺も大概だが……お前のその目、本気で天下の先が見えている目だ」
「俺も乗るぜ! 豚肉を売る毎日はもう飽き飽きしてたところだ!」
「某も異存はない。玄徳殿の奥底に眠る『仁』の器、某も惹かれるものを感じておったゆえな」
劉備が立ち上がり、俺の肩をバンッと力強く叩いた。
「よし! なら決まりだ。益徳、お前の家の裏に、見事な桃の畑があったよな? 今はちょうど花が満開だ。酒と生け贄を用意しろ!」
――そして、運命の歯車が噛み合った。
張飛の屋敷の裏手にある桃園は、燃えるような薄紅色の桃の花が一面に咲き乱れていた。
春の甘い香りと、用意された強烈な匂いを放つ白酒。そして天地の神々に捧げる黒牛と白馬の供物。
俺たち四人は、満開の桃の木の下で、なみなみと酒が注がれた杯を手にした。
「我ら四人、生まれし日、時は違えども!」
劉備が杯を高く掲げて叫ぶ。
「兄弟の契りを結びて、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん!」
関羽と張飛が、それに続く。
「上は国家に報い、下は安らかに民を保たん!」
俺は、視界が涙で滲むのを必死で堪えていた。
画面越しに何度も見た光景。歴史書で何度も読んだ一節。そこに今、自分が四人目として並び立ち、彼らと杯を交わしているのだ。
年齢順により、長兄が劉備、次兄が関羽、三兄が張飛。そして18歳の俺・陳凌は、末弟の『四弟』となった。
「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも――!」
四人の声が、桃園の空に重なり合う。
「「「「願わくば同年、同月、同日に死せん事を!!」」」」
カチンッ、と分厚い陶器の杯がぶつかり合う音が響き、俺たちは一気に強い酒を喉に流し込んだ。
喉が焼け付くような熱さと共に、脳内にファンファーレのような電子音が鳴り響く。
『ピコン!』
【特大イベント:『桃園の誓い(改)』を達成しました!】
【天命ポイントを5000P獲得!】
【劉備・関羽・張飛との『義兄弟の契り』により、全ステータスに固定バフ(大)が付与されました】
舞い散る桃の花びらの下で、豪快に笑い合う三人の兄たち。
俺は空を見上げ、固く誓った。
――同年同月同日に死ぬなんて冗談じゃない。俺の知識とシステムで、全員に最高の長生きをさせて天下を獲らせてやる。究極の『推し活』は、ここからが本番だ!




