第25話:鋼鉄の獣《けもの》を砕《くだ》く白銀の槍《やり》と、戦場に降り注ぐ『仁《じん》』の光(第三章・中盤)
第25話:鋼鉄の獣を砕く白銀の槍と、戦場に降り注ぐ『仁』の光(第三章・中盤)
徐州北西部の国境、どこまでも続く荒涼たる大平原。
地平線の彼方から、世界そのものを震わせるような、重く、低く、そしておぞましい地鳴りが迫ってきていた。
『ズォォォォォォォォンッ……!!』
それは、数万の軍勢の足音ではない。一つ一つの蹄の音が異常なほどに重いのだ。
やがて土煙の中から姿を現したのは、鈍い鉛色の光を放つ、五千の異形の集団。騎乗する兵士だけでなく、巨大な駿馬の頭から胸、腹に至るまでを分厚い鋼鉄の板金で覆い尽くした、当時の常識を遥かに超える怪物――曹操孟徳が全財産を注ぎ込んで創り上げた最強の重装騎兵団『虎豹騎』である。
「……なるほど。あれが曹操の切り札か。確かに、ただの歩兵の陣形など、あの圧倒的な質量の前では紙屑のように粉砕されるだろうね」
小高い丘に設営された本陣から、郭嘉が瓢箪の酒を傾けながら、楽しそうに目を細めた。
「だが、あの重装備では小回りが利かない。一度でも突撃の勢いを殺されれば、ただの身動きが取れない鉄の棺桶と化す」
賈詡が、冷ややかな声でその致命的な弱点を指摘する。
「お二人の言う通りです。……さあ、西の覇王が誇る最高の騎馬隊を、最高の『おもてなし』で歓迎してやりましょう」
俺――陳凌(字は子雲)は、軍配を高く掲げ、全軍に向けて振り下ろした。
「突撃ィィィッ!! 田舎のネズミどもを、一人残らず鉄の蹄で踏み潰せェッ!!」
虎豹騎の先頭を駆ける猛将・曹純(曹操の従弟であり、虎豹騎の指揮官)が、大剣を振りかざして咆哮する。
五千の鋼鉄の獣たちが、一斉に速度を上げ、劉備軍の陣形めがけて突入してきた。
だが、彼らが俺たちの陣から数百歩(数百メートル)の距離に達した、まさにその瞬間だった。
『ギャァァァァァァァッ!!』
突如として、最前列を走っていた数十頭の装甲馬が、狂ったような悲鳴を上げて前脚を折った。
時速数十キロで疾走していた巨体が前のめりに転倒し、騎乗していた重装兵たちが宙を舞い、地面に激突して凄まじい金属音を響かせる。
「なっ!? なんだ、何が起きた!?」
曹純が驚愕に見開いた視線の先、平原の草叢の中に、無数の黒い影が撒き散らされていた。
――四つの鋭いトゲを持ち、馬の蹄の裏という『唯一の非装甲部分』を正確に穿つ凶悪な暗器、『撒菱(テツビシ)』の海である。
「ば、馬鹿な!? こんな広大な平原に、これほどの数の罠を仕掛けていたというのか!」
密集陣形で突撃していたため、後続の騎兵たちは急に止まることができない。転倒した前衛の馬や兵士に次々と激突し、虎豹騎の無敵の突撃陣形は、またたく間に大混乱の玉突き事故を引き起こした。
「今だァァァッ!! 西涼の錦の恐ろしさ、その鉄の体に刻み込んでやる!!」
大混乱に陥った虎豹騎の側面から、雷鳴のような雄叫びと共に、白銀の獅子が飛び出してきた。
【武力97】、三国志最強の騎兵指揮官・馬超孟起。そして彼の右腕たる【武力94】の猛将・龐徳令明率いる、一万の西涼騎兵の強襲である。
「殺れェッ!!」
馬超の白銀の長槍が、神速の閃きを見せた。
『ガギィィィィンッ!!』
分厚い鋼鉄の鎧ごと、虎豹騎の兵士の胸元が紙切れのように貫かれる。
「なんだと!? この装甲を、槍の一突きで……バケモノか!!」
虎豹騎の装甲は確かに極めて分厚く、並の兵士の武器ではかすり傷一つつかない。しかし、相手が悪すぎた。馬超や龐徳といった極限の武力を持つ英傑たちの前では、鉄の板などわずかな抵抗でしかないのだ。
「ガッハッハッ! 俺も混ぜろ! 中身が人間なら、この蛇矛で串刺しにしてやるって言っただろうが!」
逆の側面からは、張飛が漆黒の暴れ馬・烏騅を駆って乱入し、文字通り鉄の獣たちを薙ぎ払っていく。
「ひ、退けェッ! 一旦陣形を立て直せ! 曹休、右翼をカバーしろ!」
指揮官の曹純が、血走った目で必死に部隊を再編しようとする。さすがは曹操の親族にして百戦錬磨の将、大混乱の中でも必死に踏みとどまり、重装甲を活かした防陣を組み直そうとしていた。
彼らもまた、曹操の全財産と天下の覇権を託された精鋭中の精鋭だ。ここで無様に逃げ散るわけにはいかないという、死物狂いの執念があった。
「……ふん。鋼鉄の鎧を着て、亀のようにうずくまるか」
馬超が、血濡れた槍を軽く振り払いながら、冷酷に目を細める。
「俺が直接、あの首魁(曹純)の首を撥ねてやる!」
「お待ちくだされ、若君!」
龐徳がそれを制止しようとした、まさにその時。
『――そこまでだ。両軍とも、武器を収めよ』
戦場の血生臭い喧騒を、一瞬にして浄化するような、深く、温かく、そして絶対的な威厳を持った声が響き渡った。
「なっ……」
曹純が、そして血眼になっていた虎豹騎の兵士たちが、一斉に声のする方角――小高い丘の上へと視線を向けた。
そこに立っていたのは、二振りの剣を腰に帯びた一人の男。
我らが総大将、劉備玄徳である。
劉備の全身から立ち昇るのは、黄金色に輝く【魅力:99】のオーラ。
それは、暴力の頂点である『虎牢関の呂布』をも恐れさせた、魂を直接揺さぶる『仁』の光だ。
「曹操軍の精鋭たちよ。お前たちは、何のためにその重い鉄の鎧を着て、死地へと赴いたのだ」
劉備の声は、怒りではなく、深い悲哀と慈愛に満ちていた。
「お前たちの故郷である兗州の民は、すでに幾多の者がこの徐州へと安住の地を求めてやってきている。……お前たちの家族も、親兄弟も、飢えと戦乱に怯えることなく、この地で笑顔で暮らしているのだぞ」
「……っ!!」
虎豹騎の兵士たちの間に、激しい動揺が走った。
彼らは確かに精鋭だが、同時に一人の人間でもある。出陣の直前まで、彼らの耳には「徐州は地上の楽園である」という、俺たちがバラ撒いた布告文(活版印刷のビラ)の情報が嫌というほど入っていた。
実際に、兗州からの逃亡者が後を絶たない事実を、彼ら自身が一番よく知っていたのだ。
「これ以上、意味のない血を流す必要はない。……剣を置け。俺は、お前たちを怨みはしない。むしろ、俺の国で、その強き力を『民を守るため』に使ってくれないか」
劉備が、両手を大きく広げ、無防備な胸を晒して微笑みかける。
「……あ、ああ……」
一人の虎豹騎の兵士が、手から槍を取り落とした。
ガチャン、という重い金属音が響く。
「俺の……俺の母上も、先月、徐州へと逃げていったんだ……! 俺は、母上を殺すために戦っていたのか……?」
「もう嫌だ……こんな重い鎧を着て、何のために死ぬんだ……!」
その一人の行動を皮切りに。
カラン、ガシャン、と。次から次へと、虎豹騎の兵士たちが武器を投げ捨て、鋼鉄の兜を脱ぎ捨てて、その場に泣き崩れていった。
曹操の全財産と覇道の象徴であった最強の騎兵団が、物理的な攻撃ではなく、劉備の『仁』と、俺たちが仕掛けた『経済・情報戦争』の前に、完全に心を折られて降伏した瞬間であった。
「なっ……! き、貴様ら! 武器を拾え! 丞相(曹操)の恩義を忘れたかァァッ!!」
指揮官の曹純が絶叫するが、もはや誰一人として彼に従う者はいなかった。
大勢が決した戦場を見下ろしながら、俺は静かに扇を閉じた。
「……勝負あり、ですね」
「ええ。これで曹操は、文字通り『すべて』を失った。……子雲殿の描いた、血を最小限に抑えつつ敵の中枢を完全破壊する完璧な盤面。恐れ入りましたよ」
郭嘉が、心底感服したように拍手を送る。
『ピコン!』
【特大イベント『虎豹騎の無力化』及び『兗州兵士の大量降伏』を達成!】
【曹操陣営の軍事力・経済力が致命的な打撃を受けました。天命ポイント25000Pを獲得!】
曹操の放った最強の刺客は、刃を交える前に自壊した。
この圧倒的な完全勝利は、中華全土に『劉備陣営の神懸かった強さ』を轟かせ、いよいよ天下の天秤を決定的に傾かせることになる。
オタクの知識と最強の英傑たちが織り成す無双劇は、ついに天下三分の頂点へと手を掛けようとしていた――。




