第24話:産業革命と鋼鉄の獣《けもの》。徐州《じょしゅう》の黄金と、出陣する虎豹騎《こひょうき》(第三章・前半)
第24話:産業革命と鋼鉄の獣。徐州の黄金と、出陣する虎豹騎(第三章・前半)
徐州・彭城の巨大な城壁の奥深くに新設された『特別技術開発区』。
ここは、俺――陳凌(字は子雲)が現代社会の知識と【システム】の演算能力をフル稼働させ、天才内政官である田豊と鍾繇に丸投げ……いや、全権を委任して作り上げた、中華全土を根底からひっくり返すための「チート工場」である。
「……信じられん。本当に、泥と灰と砂から、このような透き通る『宝石』が生まれるとは」
汗だくになった鍾繇(字は元常)が、熱気こもる工房の中で、ピンセットでつまみ上げた『それ』を太陽の光にかざして感嘆の息を漏らした。
それは、わずかに気泡を含みながらも、美しい透明感を持った歪な球体――『ガラス』である。
西方の異民族からごく稀にもたらされるだけの超高級品を、俺たちは珪砂や石灰石、炭酸ナトリウムの配合比率をシステムで導き出し、自前で量産することに成功したのだ。
「鍾繇殿。驚くのはまだ早いですよ」
俺は、隣の区画から刷り上がったばかりの『紙』の束を運び込み、ドサリと机に置いた。
「おお……! これは、例の『活版印刷』とやらで刷り上げた布告文ですか!」
田豊が、興奮で髭を震わせながら紙の束を手に取った。
木版を一枚一枚彫るのではなく、粘土や木で作った『活字(一文字ずつのハンコ)』を組み合わせて文章を作り、一気に大量印刷する技術。現代では当たり前のこの技術は、当時の情報伝達速度を百倍以上に跳ね上げる、文字通りの『情報革命』であった。
「ええ。内容は『徐州の豊かな暮らし』『誰も飢えない劉備様の仁政』『ガラスや石鹸といった新しい特産品の数々』……そして、漢の正統なる皇帝(献帝)が、この徐州で穏やかに暮らしておられるという事実を、わかりやすい言葉で記したものです」
俺は扇を開き、悪魔的な笑みを浮かべた。
「これを、曹操の治める兗州や、周辺の諸侯の領地に、商人たちを使って数万枚単位でバラ撒きます。……ただでさえ重税と戦乱に苦しむ曹操領の民が、隣の州が『地上の楽園』だと知ったら、どうなると思いますか?」
「……恐ろしい。あまりにも恐ろしい男だ、陳子雲殿は」
鍾繇が、戦慄したように身震いをした。
「武器を持たずして、敵国の中枢を根こそぎ破壊する気か。……すでに兗州からは、我が徐州の噂を聞きつけた民や、果ては曹操軍の兵士までもが、家族を連れて夜逃げ同然で国境を越えてきておりますぞ」
「兵は民から徴収し、兵糧は民が作る。民が消えれば、国は干からびる。……これぞ、武力に頼らぬ究極の『経済・情報戦争』です。曹操の覇道の土台を、我々が内側から溶かして見せましょう」
活版印刷による情報拡散、ガラスや石鹸による超莫大な外貨の獲得、そして輪作による兵糧の無限供給。
俺と内政の天才たちが組み上げた『産業革命チート』は、徐州を中華において完全に独立した絶対的な巨大経済圏へと押し上げていた。
――だが、その圧倒的な「光」が強くなればなるほど、「影」の底で憎悪と闘志を燃やし尽くす男がいる。
兗州・濮陽。曹操孟徳の本陣。
薄暗い陣幕の中は、かつてないほどの重苦しい絶望と殺気に支配されていた。
「……申し上げます。昨夜、東郡の守備兵三百が、武器を捨てて徐州方面へと逃亡いたしました。また、領内の農民の夜逃げも後を絶たず、今年の秋の収穫は予想の六割を下回る見込みです……!」
青ざめた顔で報告する文官を前に、曹操の最高頭脳である荀彧が、苦痛に顔を歪めて深くため息をついた。
「……民の心が、完全に我々から離れている。徐州から流れ込んでくるあの『布告文』……あのような大量の紙をいかにして刷り上げているのか全く見当もつきませぬが、あれのせいで、我が領地は内部からボロボロに崩れ落ちようとしております」
人材の強奪に続き、今度は民と経済力そのものを根こそぎ奪い取ろうとする劉備軍のえげつない戦法。
もはや、内政や外交で追いつくことは不可能な領域に達していた。
「……元譲(夏侯惇)、子孝(曹仁)」
玉座に深く腰掛けていた曹操が、幽鬼のように低く、冷たい声を響かせた。
「はっ……!」
「『アレ』の仕上がりは、どうなっている」
夏侯惇の隻眼が、ギラリと猛禽類のように光った。
「完璧に仕上がっております、我が殿。全財産を注ぎ込み、兵糧を切り詰めて集めた五千の精鋭、そして最高の駿馬。……人と馬、その両方に分厚い鋼鉄の鎧を着せた、中華の歴史上、誰も見たことのない『鉄の獣』の群れにございます」
曹操が、ゆっくりと立ち上がった。
その全身から放たれるのは、すべてを焼き尽くすような業火の如き覇王の殺気。
「……劉備玄徳、そして陳子雲。貴様らの描く理想郷、そしてあの腹立たしいほどの余裕……すべて、我が『虎豹騎』の蹄の下で泥に沈めてくれるわ!!」
曹操が腰の宝剣『倚天の剣』を抜き放ち、陣幕の机を真っ二つに叩き斬った。
「出陣だ!! 全軍の先鋒として、虎豹騎五千を徐州国境へ進発させよ! 敵の歩兵陣形ごと、あの小賢しい城壁を叩き潰せェッ!!」
「「「オオオオオオオッッ!!!!」」」
覇王の意地と全財産を懸けた、歴史上最凶の重装騎兵団『虎豹騎』。
一人一人が百人隊長クラスの武勇を持ち、弓矢も槍も通さない鋼鉄の鎧で全身を覆った五千のバケモノの群れが、地響きを立てて徐州へと進撃を開始したのである。
――その急報は、すぐさま徐州の劉備軍本陣にも届いた。
「……来たか。曹操め、経済戦で完全に首を絞められる前に、乾坤一擲の短期決戦に出たというわけだ」
郭嘉が、持ち込まれた報告書をヒラヒラとさせながら、楽しそうに笑った。
「人と馬に鋼鉄の鎧を着せた重装騎兵団……通称『虎豹騎』。我が軍の誇る重装歩兵の密集陣形ですら、その圧倒的な質量と突撃力の前では、ただでは済まないだろうね」
「ただでは済まない、ですか。……ならば、それ以上の暴力で正面から粉砕してやるまでです」
俺が陣幕を見渡すと、そこにはすでに、戦の気配を嗅ぎ取って集まってきた天下無双の猛将たちが、ギラギラとした目を輝かせて待機していた。
「おいおい、鋼鉄の獣だぁ? 笑わせるな! 中身が人間なら、この燕人・張飛の蛇矛で串刺しにしてやるよ!」
「ふん。鉄の塊が向かってくるならば、兜の上から脳天ごと叩き割るまでよ。俺の大斧の錆にしてくれるわ」
張飛と徐晃が、武器を打ち鳴らして豪快に笑う。
だが、その中で最も凄まじい闘気を放ち、一歩前に進み出た男がいた。
白銀の獅子の兜を被り、目も眩むような美しい鎧を纏った西涼の最高傑作――馬超孟起である。
「……皇叔(劉備)殿、そして子雲殿。この戦の先鋒、どうか俺に任せていただきたい」
馬超の瞳に、燃え盛るような青白い炎が宿っている。
「曹操が誇る最強の騎兵部隊が相手だろうと、俺が率いる『西涼騎兵』こそが中華最強の騎馬軍団であることを、天下に証明してご覧に入れます! 俺の長槍で、その虎豹騎とやらを紙屑のように蹴散らしてやりましょう!」
「うむ! 我が主君の初陣。この龐徳令明、命に代えても先陣を切り開いてみせますぞ!」
馬超の右腕たる猛将・龐徳も、武力94の圧倒的な覇気を放ってそれに続いた。
「……頼もしい限りですね。だが、馬超殿、龐徳殿」
俺は、懐から一つの小さな『鉄の塊』を取り出し、机の上に置いた。
「彼らの突撃力は本物です。まともに正面衝突すれば、我が軍の精鋭たる西涼騎兵にも大きな被害が出る。……だからこそ、俺の『現代知識』と、あなた方の『圧倒的な武勇』を組み合わせた、最高の迎撃の陣を敷きます」
机に置かれたのは、四つの鋭いトゲがどの面を上にしても必ず一つ上を向くように作られた、恐るべき暗器――『撒菱(テツビシ)』であった。
「……虎豹騎の分厚い装甲も、馬の蹄の裏側までは覆えません。俺の用意した『仕掛け』と、馬超殿の機動力を合わせれば、鋼鉄の獣どもはただの鉄屑と化すでしょう」
俺の悪魔的な奇策を聞き、馬超と張飛は「ガッハッハ!」と腹を抱えて笑い、郭嘉と賈詡は「えげつない男だ」と肩をすくめた。
曹操の全財産と意地を懸けた最強の切り札を、オタク知識とチート武力で完全にへし折る。
第三章の最初の激突――徐州国境・大平原の戦いが、今、凄絶な幕を開けようとしていた。




