第23話:【閑話】覇王《はおう》の嘆《なげ》きと西涼《せいりょう》の錦《にしき》。底引《そこび》き網《あみ》の如《ごと》き人材強奪《じんざいごうだつ》(第三章・前日譚)
第23話:【閑話】覇王の嘆きと西涼の錦。底引き網の如き人材強奪(第三章・前日譚)徐州・彭城の中枢に新設された、劉備軍の『情報戦略室』。
壁一面に貼られた中華全土の巨大な地図を前に、俺――陳凌(字は子雲)は、黄金色に輝く【システム】のリストを眺めて、思わず笑いを漏らしていた。
「……いやはや、恐ろしいことだよ。西の覇王殿が、今頃血を吐いて倒れていないか心配になる」
呆れたような声と共に、執務室の長椅子で寝転がっていた郭嘉(字は奉孝)が、瓢箪の酒を一口あおった。
「俺の旧友であり、曹操軍の最高頭脳である荀彧の奴が、必死に主君のために全国から隠れた有能な人材をリストアップしているらしいんだが……いざ使者を送ってみると、その全員が『すでに劉備殿の元へ向かいました』と答えるらしいからね」
「ふふっ、無理もありません。我らが子雲殿の『眼』は、千里の先に埋もれた玉すらも見逃さないのですから」
書類の束を整理しながら、毒舌軍師の賈詡(字は文和)が底意地の悪い笑みを浮かべる。
彼らが言う通り、ここ数ヶ月の俺の「青田買い」は、もはや乱獲の域に達していた。
史実において曹操の『五将軍』として活躍するはずだった小柄な猛将・楽進や、厳格なる統率者・于禁。彼らが在野(無職)としてくすぶっているという情報を【人物鑑定】の広域レーダーで察知するや否や、俺は趙雲や太史慈といった超一流の武将を持参金付きの使者として派遣し、劉備の『仁』の大義名分で根こそぎ釣り上げてしまったのだ。
現在、曹操の陣営に残っている有力な武将は、夏侯惇や曹仁といった『親戚の一族』しかいない。俺が外部のSSR武将をすべて底引き網で強奪してしまったため、曹操軍の人材プールは完全に枯渇していたのである。
(三国志を知らない読者のために解説すると、曹操の強さの源泉は『身分を問わない実力主義の登用』にある。その彼から有能な部下を奪い尽くすことは、覇王の翼を物理的にもぎ取るに等しいのだ)
「……だが、あの曹操がこのまま黙って引き下がるはずがありません」
俺が地図の『兗州』を扇で指し示すと、二人の天才軍師の顔からも笑みが消えた。
「ええ。人材を奪われた曹操は今、少数の精鋭に莫大な資金を注ぎ込み、一騎当千の超・重装騎兵団……通称『虎豹騎』の創設を急ピッチで進めているという情報が入っています」
賈詡が、冷ややかな声で報告する。
虎豹騎。それは史実において、劉備を幾度も死の淵へと追いやった曹操軍の最強トラウマ部隊だ。兵士全員が「百人隊長」クラスの実力者で構成され、馬にまで分厚い鉄の鎧を着せた、当時の戦車の如き殺戮集団である。
「なるほど、質で我々を押し潰す気か。……厄介だね。いかに関羽将軍や張飛将軍といえど、鉄の塊が数千騎で突撃してくれば、被害は免れない」
郭嘉が眉をひそめた、その時。
「ご安心を、奉孝殿。……騎兵の暴力には、それ以上の騎兵の暴力で蓋をすればよいだけのこと」
賈詡が、袖の中から一通の書状を取り出した。
「実は数ヶ月前より、子雲殿の指示を受け、私の故郷である『西涼』の諸侯……馬騰将軍に、天子様(献帝)の勅命という形で密書を送っておりました。……どうやら、最高の『返礼の品』が届いたようですぞ」
――その日の午後。
徐州の練兵場は、これまでにない異様な熱気と歓声に包まれていた。
砂埃を上げて整列しているのは、毛皮と鋼を組み合わせた独特の防具を纏う、数千の騎兵部隊。彼らこそ、荒涼たる大地で異民族との死闘を繰り広げてきた中華最強の騎馬民族――『西涼騎兵』である。
そして、その先頭に立つ二人の武将の姿を前に、張飛や許褚といった我が軍の猛将たちですら、武者震いを隠せずにいた。
「西涼が太守・馬騰が長男! 馬超、字を孟起!! 天子様をお守りする劉玄徳殿の大義に感銘を受け、此度、西涼の精鋭を率いて馳せ参じたッ!!」
白銀の獅子を象った兜、目も眩むような美しい白銀の鎧。
手には身の丈を遥かに超える長槍を持ち、その端正な顔立ちは趙雲にも引けを取らない。
三国志における最強のイケメン暴走族……もとい、『錦馬超』の異名で恐れられる、西涼の最高傑作である。
俺は練兵場の壇上から、震える目で彼ら二人のステータスを読み取った。
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【氏名】馬超(字:孟起)
【武力】97
【統率】88
【深層情報】『西涼の錦』:その武力は張飛や関羽にも匹敵し、のちに曹操を「髭を切り、上着を捨てて逃げ回る」ほどのトラウマ的敗北へと追い込む天下無双の猛将。
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【氏名】龐徳(字:令明)
【武力】94
【統率】82
【深層情報】『白馬の特攻将』:馬超の右腕にして、関羽と互角の死闘を演じるほどの剛将。義理堅く、主君のために死を恐れぬ突撃を得意とする。
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(出たァァァッ!! 曹操の虎豹騎を完封できる最強のカウンター戦力!! 武力97と94のバケモノコンビが、向こうからやってきた!!)
「おお! よくぞ来てくれた、馬超殿、龐徳殿!」
劉備が、壇上から駆け下りて二人の手を両手で固く握りしめた。
「西の果てより、幾千の山河を越えて来てくれたその忠義……この劉玄徳、生涯忘れはしない! どうか俺と共に、この天下の悲しみを終わらせてくれ!」
「ハッ……! 我が槍、皇叔(劉備)殿の御為に!!」
劉備の【魅力:99】の熱い抱擁に、血の気は多いが純粋な馬超は、一瞬にして目を潤ませて忠誠を誓った。
その光景を見ていた張飛が、ニヤニヤと笑いながら蛇矛を肩に担いで馬超に歩み寄る。
「へへっ、西涼の錦だか何だか知らねえが、いい面構えしてんじゃねえか! どうだ新入り、俺たちの軍で生きていくための『挨拶代わり』に、一本手合わせ願おうか!」
「……ふん。燕人・張飛将軍の武勇は西涼にも轟いているが。俺の白銀の槍、重すぎて後悔するなよ?」
馬超もまた、不敵な笑みを浮かべて長槍を構える。
『ガギィィィィンッ!!!!』
練兵場のど真ん中で、武力98と97の絶大なる大激突が始まった。
大地が割れ、衝撃波で周囲の兵士たちが吹き飛びそうになる。それを、関羽や趙雲、典韋たちが大声で笑いながら見守っているのだ。
「……いやはや、とんでもない暴力の集評だね」
壇上でその光景を見下ろしながら、郭嘉が肩をすくめた。
「子雲殿。君という男は、本当に天の采配すら手玉に取るバケモノだよ。……あちらの陣営では今頃、曹操が泣き叫んでいるだろうね」
「同感です。軍師として、これほど退屈しない主君と筆頭軍師(子雲)に出会えたこと、私の生涯の幸運と言わざるを得ませんな」
賈詡もまた、愉快そうに目を細めた。
当代随一の天才軍師二人から畏怖と称賛の目を向けられながら、俺は静かに笑った。
これで、曹操の虎豹騎に対する完璧な準備は整った。
史実の悲劇をすべて塗り潰し、有能な武将と文官を一つ残らず俺たちの「箱庭」へと迎え入れる。俺の『推し活』は、ついに天下の勢力図を完全に書き換えるところまで来たのだ。
「……さあ、役者は揃いました。あとは曹操がどう動くか、ですね」
第三章。
水上の大決戦か、それとも騎馬軍団の激突か。
中華の覇権を賭けた真の頂上決戦が、いよいよ静かに幕を開けようとしていた。




