第21話:水底《みなそこ》の暗闘《あんとう》と北天《ほくてん》の武神《ぶしん》。巨大船《きょだいせん》が切り開く覇道《はどう》(第二章中盤)
第21話:水底の暗闘と北天の武神。巨大船が切り開く覇道(第二章中盤)
徐州の東、海へと続く巨大な河川の河口付近。
かつては寂れた漁村に過ぎなかったその場所は今、数万の労働者と職人たちがひしめき合う、中華最大規模の『造船所』へと変貌を遂げていた。
「……信じられん。陳子雲殿、あなたの頭の中には、天界の知識でも詰まっているのですか?」
真新しい木の香りが漂う造船所の高台で、新たに水軍都督(最高司令官)に任命された魯粛(字は子敬)が、手元の図面と建造中の巨大な船体を見比べながら、震える声で呟いた。
「天界だなんて大袈裟な。古の書物を少し応用しただけですよ、魯子敬殿」
俺――陳凌(字は子雲)は、扇で陽射しを遮りながら、自慢げに胸を張った。
俺が魯粛に渡した図面。それは、現代知識と【システム】の演算を組み合わせて弾き出した、当時の常識を数百年は先取りする『チート軍船(楼船)』の設計図である。
「船の底に背骨となる『竜骨』を通し、波の衝撃を分散させる。さらに船底を複数の小部屋に区切る『水密隔壁』の構造……! これならば、万が一敵の攻撃で船底に穴が空いても、浸水を一部屋だけで食い止め、絶対に沈まない『不沈船』となります! これほどの巨大な軍船が海や大河を埋め尽くせば、江南の諸侯など戦をする前に平伏しましょう!」
魯粛は興奮のあまり顔を紅潮させ、図面を抱きしめた。
孫呉の最高司令官となる彼だからこそ、この『オーパーツ(時代錯誤遺物)』の恐ろしいまでの価値を正確に理解できるのだ。
「ええ。この水軍が完成すれば、南の憂いは完全に消え去る。……ですが、この甘い蜜の匂いを、西にいる『あの男』が嗅ぎつけないはずがない」
俺が視線を西の空――曹操孟徳がいる兗州の方角へ向けると、背後の物陰から二人の男が音もなく歩み出てきた。
「ご名答だよ、子雲殿。曹操の放った猟犬どもが、この造船所に火を放つべく、昨夜からネズミのように潜り込んできていたよ」
瓢箪から酒をあおりながら、郭嘉(字は奉孝)が薄く笑う。
「無論、我らが張り巡らせた蜘蛛の巣にかかったネズミどもは、すでに一匹残らず『丁重に』おもてなししておきましたとも」
その隣で、賈詡(字は文和)が、底冷えするような凄惨な笑みを浮かべた。
「……さすがは我が陣営が誇る、裏の知略コンビですね」
俺は安堵の息を吐いた。
曹操は、父親を救われた恩義により、表立って劉備軍を攻撃することはできない。だが、その裏で徐州の異常な発展を阻止すべく、精鋭の暗殺者や工作員を大量に送り込んできていたのだ。
しかし、こちらの陣営には三国志最恐の毒舌軍師・賈詡と、曹操の思考を知り尽くした天才・郭嘉がいる。曹操の放つスパイ戦など、彼らの前では子供の悪戯にも等しかった。
「で、捕らえた工作員はどうしました? まさか全部殺したわけでは……」
「滅相もない。一匹だけ、わざと逃がしてやりましたよ」
賈詡が、扇子で口元を隠してクスクスと笑う。
「そのネズミには、我が軍の造船所が『深刻な資材不足で頓挫している』という偽の帳簿と、『劉備軍の主力はすべて南の揚州侵攻に向けて動いている』という極秘の偽書を持たせておきました。……今頃、曹操は『劉備は南にかまけて北の防衛を疎かにしている』と勘違いし、ほくそ笑んでいることでしょう」
(えげつねぇ……! 曹操に偽の情報を掴ませて安心させ、その裏で不沈艦隊を完成させるのか! 俺のシステムチートが霞むくらいの謀略チートだぜ!)
俺は、この二人が味方で本当に良かったと、心の底から神に感謝した。
「……だが、西の曹操の目を誤魔化せても、北の猛獣はそうはいかないようだね」
郭嘉が、酒を飲み干して北の空を見上げた。
「公孫瓚を追い詰めた北の覇者・袁紹本初が、ついに我が徐州との国境に向けて、十万の大軍を動かし始めた。……先遣隊を率いるのは、袁紹軍の双璧と名高い顔良と文醜だ」
「北の国境……泰山の防衛には、すでに関羽将軍と、太史慈将軍が向かっています」
俺は、強く拳を握りしめた。
「袁紹軍の武威がどれほどのものか。……我が軍の無双の刃が、とくと味わってくれるはずです」
――時は同じくして、徐州北部の国境・琅邪の荒野。
地鳴りのような足音と共に進軍してきた袁紹軍の先遣隊・数万の前に、赤兎馬にも劣らぬ名馬に跨る関羽雲長と、その隣で静かに強弓を構える太史慈子義が、わずか数千の兵と共に立ち塞がっていた。
「ガッハッハッハ! なんだ、たったこれだけの兵で我が十万の大軍を止めるつもりか!」
袁紹軍の先頭で、黄金の鎧を身に纏った巨漢・顔良が大刀を振り回して下品な高笑いを上げる。
「おい顔良、俺の獲物を横取りするなよ! あのヒゲの将軍の首は、この文醜様がもらうぜ!」
その隣で、狼のように凶悪な面構えをした文醜が、長い矛を舐めるように見つめていた。
顔良、文醜。
【武力94】前後を誇り、虎牢関の戦いにもし彼らが参加していれば華雄など一捻りだったと袁紹に豪語させた、河北最強の二大猛将である。
「……ふん。土塊のごとき雑兵どもが、身の程を知らぬ大言を吐く」
関羽が、美しい長鬚を撫でながら、冷ややかな、絶対零度の眼差しで二人を射抜いた。
「太史慈殿。少し、数が多すぎる。……前払いとして、右の喧しい犬を黙らせてやってはくれまいか」
「御意。我が弓の弦音、とくとお聞かせいたしましょう」
太史慈が、静かに巨大な弓を引き絞る。
狙うは、数百歩(数百メートル)も離れた先にいる文醜の兜。常人であれば、当てることすら不可能な絶望的な距離だ。
『ヒュォォォォォォンッ!!』
放たれた矢は、まるで雷光のように戦場を一直線に切り裂いた。
「なっ――!?」
『ガァァァァンッ!!』
「ぐわぁぁぁッ!?」
文醜が咄嗟に掲げた矛の柄に矢が激突し、凄まじい衝撃で文醜の巨体が馬ごと後方に弾き飛ばされた。分厚い鋼の柄が、飴細工のようにひしゃげている。
「ば、化け物か!? この距離から、俺の腕の骨を砕きかけるほどの威力の矢を……!」
「……さて。右の犬が大人しくなったところで、左の豚の掃除と行こうか」
関羽が、手にした重さ十八キロの神具『青龍偃月刀』を、ゆっくりと上段に構えた。
「な、舐めるなァ! 全軍、突撃ィィッ!!」
顔良が顔を真っ赤にして怒鳴り、数万の兵が一斉に地響きを立てて関羽に襲い掛かる。
だが、関羽は全く動じず、ただ静かに目を閉じた。
――そして、青龍の刃が、一閃した。
『――散れ。』
『ゴォォォォァァァァァァッッ!!!!』
関羽の放った凄まじい青白い闘気の斬撃が、大気を爆発させながら顔良の軍勢に叩き込まれた。
最前列にいた数百人の重装歩兵が、紙切れのように宙を舞い、顔良の乗る馬の脚が恐怖でへし折れる。
「ひ、ひぃぃぃぃッ!? あ、あれは人間ではない! 戦神だァァッ!」
圧倒的な武力99の蹂躙劇、そして神技の弓。
たった二人の武将の前に、袁紹が誇る十万の大軍は完全に足止めを食らい、恐慌状態に陥って後退を始めたのであった。
「……見事な武威ですな、関将軍」
「太史慈殿の神弓あってこそよ。……さあ、田舎のネズミどもに、我が軍の真の恐ろしさを叩き込んでやろうぞ!」
南で不沈艦隊が産声を上げ、裏で覇王の謀略を封殺し、北で武神が十万の軍勢を薙ぎ払う。
陳凌のオタク知識と、引き抜かれた英傑たちが完璧に噛み合った劉備陣営は、もはや中華の誰にも止めることのできない、絶対的な覇権国家への道を猛進していた。




