第17話:炎上《えんじょう》する洛陽《らくよう》と、天命《てんめい》を引き寄せる『仁《じん》』の光(中盤)
第17話:炎上する洛陽と、天命を引き寄せる『仁』の光(中盤)
洛陽の都は、文字通りの焦熱地獄と化していた。
二百年の長きにわたり後漢王朝の栄華を誇ってきた壮麗な宮殿は無残に崩れ落ち、天を突くような黒煙が太陽の光を完全に遮っている。董卓の兵が放った火は、家屋だけでなく、逃げ惑う無辜の民衆までも容赦なく呑み込もうとしていた。
「急げェッ!! 水の手を探せ! 瓦礫の下にまだ人がいるかもしれない、全員で探すんだ!!」
怒号のような指示を飛ばしながら、劉備玄徳は自ら泥と煤にまみれ、燃え盛る柱を素手で跳ね除けていた。
その両手はすでに火傷で赤く腫れ上がっているが、劉備の瞳には一切の迷いも疲労もない。【魅力:99】のオーラが、絶望に沈む民たちに「まだ助かる」という一筋の希望の光を与え、我が軍の兵士たちに限界を超えた力を引き出させている。
「……さすがは玄徳兄者だ。だが、俺にはもう一つ、絶対に果たさなければならない裏の任務がある」
俺――陳凌(字は子雲)は、口元を布で覆いながら、焦る気持ちを必死に抑え込んでいた。
(史実において、洛陽に入城した『江東の虎・孫堅』の軍勢が、建章殿の南にある井戸からある『超重要アイテム』を発見する。……それを孫堅より先に回収しなければ、今後の『大義名分』という最強のカードを失うことになる!)
俺は【物品鑑定】のレーダーを最大出力で展開し、網膜に映るマップと睨み合いながら、煙が充満する宮中へと足を踏み入れようとした。
その時だった。
「子雲!! あそこの井戸から、子供の泣き声が聞こえる!!」
「えっ!? 兄者、そっちは火の手が――」
俺が止める間もなく、劉備は燃え落ちそうな建章殿の南側――まさに俺が目指していた場所にある古い井戸に向かって、一直線に駆け出していったのだ。
「ちょっと待ってください兄者! 今、縄を――」
俺と趙雲が慌てて後を追うと、劉備はすでに自らの戦袍(上着)を裂いて即席の縄を作り、それを井戸の縁に縛り付けて、ためらうことなく暗い底へと降りていくところだった。
(ま、マジかよ! 一軍の総大将が、自分の命綱一つで井戸にダイブするなんて、どこの熱血主人公だ!)
俺が冷や汗を流して覗き込むと、数分後、井戸の底から「引き上げてくれ!」という劉備の力強い声が響いた。
趙雲と張飛が二人がかりで一気に縄を引き上げると、泥と水にまみれた劉備が、一人の幼い少女をしっかりと抱きかかえて生還した。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だぞ」
劉備が優しく泥を拭ってやると、怯えていた少女はワンワンと大声を上げて泣き出し、劉備の首にしがみついた。
「……ん? お嬢ちゃん、その手に握っているものはなんだい?」
劉備が首を傾げた。少女の小さな両手には、泥に塗れた四角い石のようなものが、大事そうに抱えられていたのだ。
「これ……お水の下で、ピカピカ光ってたから……お守りかと思って、拾ったの」
少女がしゃくり上げながら、その泥の塊を劉備に差し出した。
劉備がそれを受け取り、袖で軽く泥を拭い落とした瞬間。
『ピィィィィィィィンッ!!!!』
俺の脳内で、システムが発狂したかのようなけたたましいファンファーレを鳴り響かせた。
泥の中から姿を現したのは、一辺が四寸(約12センチ)ほどの、透き通るような白玉。その上部には、見事な五匹の竜の彫刻が絡み合っており、太陽の光を浴びて五色の神々しい光を放ち始めたのだ。
俺の網膜に、黄金色のテキストが激しく明滅しながら叩きつけられる。
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【物品名】伝国璽
【希少度】神話級(LEGENDARY)
【詳細】かつて始皇帝が作らせた、中華の正統なる『天子(皇帝)』の証。底面には「受命于天、既寿永昌」と刻まれている。これを持つ者は、天下を統べる絶対的な『大義名分』を得る。
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「な、な……っ!」
俺は腰を抜かしそうになり、言葉を失った。
史実では、孫堅の兵が「偶然井戸の中で死んでいた宮女」から見つけ出すはずだった超重要アイテム。
俺はそれを【システム】を使って、他陣営を出し抜いてコソコソと回収しようとしていた。
だが、劉備は違った。
ただ純粋に、「泣いている民を一人でも多く救いたい」という底なしの『仁』の心に従って行動した結果。天の配剤としか思えないような完璧な偶然によって、中華の最高権力の象徴を、自らの手で引き寄せてしまったのだ。
(これが……これこそが、天下を獲る器……! システムの計算なんかじゃ到底測れない、圧倒的な『主人公力《天命》』!)
俺は、泥まみれになりながらも五色の光に照らされる劉備の横顔を見て、オタクとしての打算を恥じた。そして同時に、この男を皇帝にするという俺の「推し活」が、決して間違っていなかったことを確信し、全身に鳥肌が立つのを感じていた。
「子雲? どうした、顔色が悪ぞ。この玉が、何か珍しいものなのか?」
きょとんとする劉備から、俺は震える手で伝国璽を受け取った。
「……兄者。これは、ただの玉ではありません。董卓が逃げる際に落としていった……いえ、『天』が、兄者のその高潔な心に応えて授けた、天下の至宝です」
俺が興奮を押し殺して真実を告げようとした、まさにその時。
「――そこまでだ、玄徳殿。その玉、どうやら只者ではなさそうだな」
焼け落ちた宮殿の入り口から、武装した屈強な兵士たちを率いて、一人の猛将が姿を現した。
深紅の頭巾に、歴戦の傷跡が刻まれた精悍な顔つき。江東の虎と恐れられる猛虎――孫堅文台であった。
(しまッ……! 一番見つかっちゃいけないタイミングで、孫堅軍が来やがった!)
俺は咄嗟に伝国璽を懐に隠したが、孫堅の鋭い眼光は、すでに俺の手元を射抜いていた。
反董卓連合軍の精鋭同士。最悪の同志討ちの火種が、炎上する洛陽のど真ん中でくすぶり始めていた。




