第17話:覇王《はおう》との決別。炎上する洛陽《らくよう》と、天の意志を継ぐ者たち(前半)
第17話:覇王との決別。炎上する洛陽と、天の意志を継ぐ者たち(前半)
――ズズンッ、と重い地鳴りを残し、天下無双の鬼神・呂布奉先は、深紅の怪馬と共に荒野の彼方へと消えていった。
「……退きおったか。さすがの呂布も、我が兄者たちの猛攻と、玄徳兄者の『仁』の光には耐えきれなかったようだな」
俺――陳凌(字は子雲)は、安堵のあまり崩れ落ちそうになる膝を、必死に扇を突いて支えた。
静まり返っていた虎牢関の戦場に、やがて、堰を切ったような凄まじい大歓声が爆発した。
「お、おおおおおッ!! 勝ったぞ! あの化け物を追い払ったぞォォッ!!」
「見ろ! あの方々が劉備玄徳様と、その義兄弟たちだ! 天下最強の英雄だァァッ!」
反董卓連合軍の数十万の兵士たちが、涙を流しながら武器を天に突き上げ、劉備たち四人を称賛している。
張飛が肩で息をしながら蛇矛を下ろし、関羽が静かに青龍偃月刀の刃を拭い、趙雲が白馬の首を優しく撫でる。
誰も死んでいない。誰も欠けていない。
俺の『システム』による事前工作と、最強の推したちの物理的な無双が、完璧に噛み合った勝利だった。
「……見事だ。実に見事な戦いぶりであった」
諸侯たちが遠巻きに畏怖の視線を向ける中、ただ一人、ゆっくりと拍手をしながら近づいてくる男がいた。
若き日の覇王。曹操孟徳である。
「曹操殿……」
劉備が双股剣を鞘に収め、彼に向き直る。
曹操の漆黒の瞳は、燃え盛るような熱を帯びながらも、どこか氷のように冷たい、矛盾した光を放っていた。
「玄徳殿。……いや、もはや田舎の県尉に対する口の利き方では失礼に当たるな」
曹操は、連合軍の本陣がある方向――袁紹や袁術たちが腰を抜かしている安全な後方――を、心底侮蔑しきった目で一瞥した。
「あの醜い豚どもを見ろ。天下の危機に集まったと豪語しながら、呂布という一人の武将に怯え、貴殿らの武にすがりつくことしかできん。……この連合軍は、もはや死に体だ。董卓を追撃する胆力など、奴らには残っていまい」
曹操の言葉に、俺は無言で頷いた。
史実でもそうだ。連合軍はここで歩みを止め、結局は仲間割れを起こして自滅していく。
「玄徳殿。そして、その後ろで恐ろしい盤面を描く陳子雲よ」
曹操が、自身の腰に帯びた宝剣『倚天の剣』の柄に手を置き、唇の端を吊り上げた。
「私は行くぞ。このまま単独で董卓を追い、私がこの手で乱世の幕を引く。……貴殿らのその『仁』という甘い猛毒が、どこまで私の覇道に抗えるか。いずれ、必ず決着をつけてやろう」
それは、同盟国への別れの挨拶などではない。
己の生涯の『最大最強の宿敵』に対する、明確な宣戦布告であった。
「……受けて立ちましょう、曹孟徳」
劉備が、一歩も引かずに堂々と胸を張った。
「あなたの覇道が民を泣かせるものであるならば、俺たちはいついかなる時でも、その前に立ち塞がる」
「クククッ……フハハハハッ!! そう来なくてはな! せいぜい生き延びて、私を楽しませてくれ!」
曹操は翻身し、自身の精鋭部隊だけを引き連れて、西へと馬を進めていった。
その孤高の背中を見送りながら、俺は背筋にゾクゾクとするオタク的な興奮を感じていた。
(やはり曹操は最高だ。あいつがいるからこそ、俺たちのプロデュースする『王道』が最高に輝く!)
しかし、勝利の余韻に浸る時間は、長くは続かなかった。
「……見ろ! あれは、なんだ!?」
張飛が、西の空を指差して声を張り上げた。
俺たちが視線を向けると、虎牢関のさらに奥――後漢王朝の首都である『洛陽』の方向から、空を覆い尽くすほどの漆黒の煙が立ち昇っていたのだ。
「……洛陽が、燃えているのか?」
関羽が、信じられないというように目を見開く。
「董卓の仕業です!!」
俺は血相を変え、劉備のもとへ駆け寄った。
「呂布が退いたことで、董卓は洛陽の防衛を諦めたのです。あの暴君は、洛陽の金銀財宝を根こそぎ奪い、民を拉致し、都に火を放って要害の地・長安へと逃げ去るつもりだ!」
史実における『洛陽炎上』。
二百年の歴史を持つ黄金の都が、灰燼に帰す最悪の事件である。
「なんだと……!? 己の欲望のために、民の命と歴史を焼き尽くすというのか!」
劉備が、怒りで唇から血が滲むほど強く歯を食いしばった。
「兄者たち、趙雲! そして子雲! すぐに陣を畳め! 洛陽へ向かうぞ、一人でも多くの民を炎から救い出すのだ!!」
「「「ハッ!!」」」
連合軍の他の諸侯たちが「罠かもしれない」と怯えて動こうとしない中、俺たち劉備軍四千五百だけが、燃え盛る地獄へと真っ直ぐに突入していった。
だが、この猛火の洛陽で、俺には「民の救出」と並行して、絶対に成し遂げなければならない『裏のミッション』があった。
(……孫堅軍より先に、あれを見つけ出さなければ。董卓が逃げた後の洛陽には、天下を統べる『絶対的な大義名分』が眠っているはずなんだ!)
俺の網膜で、密かに起動した【物品鑑定】のレーダーが、狂ったような黄金の光を放ち始めていた。




