第16話:四英戦呂布《しえいせんりょふ》。神話《しんわ》の死闘《しとう》と、鬼神《きじん》を縛《しば》る『仁《じん》』の光(中盤)
第16話:四英戦呂布。神話の死闘と、鬼神を縛る『仁』の光(中盤)
『ギィィィィィィィンッ!!!!』
大気が悲鳴を上げ、鼓膜が破れんばかりの金属音が虎牢関の荒野に響き渡った。
張飛の尋常ならざる剛腕から繰り出された、一丈八尺(約4メートル)の神具『丈八蛇矛』の神速の突き。
それを、呂布奉先は片手で振るった『方天画戟』の柄で、まるでハエでも払うかのようにあっさりと弾き飛ばしたのだ。
「……ほう。ただの力任せの猪かと思えば、穂先の軌道を直前で三度も変えおったか。面白い絶技だ。だが――」
呂布の凶悪な笑みが深まる。
「遅いし、軽いなァ!!」
反撃の斬撃は、俺の目にはまったく見えなかった。
ただ、張飛の漆黒の暴れ馬『烏騅』が、本能的な恐怖で大きく横に跳躍した直後、張飛が先ほどまでいた空間の地面が、見えない巨大な刃で抉り取られたように爆発したのだ。
(す、すげぇ……! これが限界突破のERROR値! 張飛兄者の変幻自在の達人技を、純粋な暴力のスピードだけで無力化しやがった!)
だが、俺たちの陣営が誇る無双の刃は、一本ではない。
「――貰った」
呂布の死角、完全に無防備な背後から、一切の殺気を消し去った関羽の『青龍偃月刀』が、音もなく呂布の首筋へと滑り込む。
武術の極致。完璧なタイミングの『読み』と『死角からの必殺』。
しかし。
「……チッ、後ろのヒゲ、鬱陶しいぞ」
呂布は、まるで背中に目がついているかのように、赤兎馬の上で体を大きく反らせて青龍の刃を躱すと、そのまま方天画戟の石突(柄の尻の部分)を関羽の鳩尾めがけて叩き込んだ。
『ガァァァァンッ!!』
「ぬぅぅぅッ!!」
関羽が咄嗟に柄で防御するも、その巨体が馬ごと数メートルも弾き飛ばされる。
「続けざまに失礼いたします。我が槍、お覚悟を」
その直後、涼しげな声と共に、白銀の流星が呂布の懐へと降り注いだ。趙雲子龍である。
神速の百連突き。常人ならば一瞬で全身に風穴が開くほどの圧倒的な手数。
だが、呂布はそれを方天画戟の半月刃で狂ったような速度で弾き返し、逆に嵐のような乱撃で趙雲を押し返し始めたのだ。
「ガァッハッハッハッ! 良い! 実に良いぞお前ら!! ようやく俺の血が少しは温まってきたァ!!」
呂布が歓喜の咆哮を上げると、彼が跨る深紅の怪馬・赤兎馬が、物理法則を無視したかのように、空高く――十メートル以上も跳躍した。
「なっ……馬が空を飛んだだと!?」
張飛が驚愕に見上げる中、太陽を背にした呂布が、空中で方天画戟を大きく振りかぶる。
「消し飛べェェェッ!!」
落下エネルギーと、赤黒い闘気を極限まで圧縮した、次元を引き裂くような大質量攻撃。
(ファンタジー全開の超次元バトルかよ! あんなのまともに喰らったら、兄者たちでもタダじゃ済まないッ!)
俺が悲鳴を上げそうになった、その時だった。
『――そこまでだ、呂奉先』
澄み切った、しかし戦場の騒音をすべて塗り潰すほどの絶対的な威厳を持った声が響いた。
同時に、呂布の落下地点の真下に、二振りの剣を交差させた一人の男が滑り込んだ。
我らが総大将、劉備玄徳である。
「玄徳殿!!」
「兄者!! 駄目だ、下がるんだ!!」
趙雲と張飛が叫ぶ。劉備の武力は73。悪くはないが、呂布の限界突破の重撃を受け止めきれる数値ではない。
だが。
『ガァァァァァァァァンッッ!!!!』
劉備の『双股剣』と、呂布の『方天画戟』が激突した瞬間。
戦場を包み込んでいた呂布の赤黒い殺気が、まるで陽光に照らされた朝靄のように、シュウゥゥッと音を立てて掻き消されていったのだ。
「……な、なんだと!?」
空から打ち下ろした呂布の顔に、初めて「驚愕」と、得体の知れない「恐怖」の色が浮かんだ。
劉備の全身から立ち昇っていたのは、黄金色に輝く、底なしの『仁』のオーラ。
それは、暴力のみを信奉し、裏切りを繰り返してきた呂布の孤独な魂にとって、最も眩しく、最も触れてはならない『猛毒』だった。
「お前は、強いな」
劉備は、双股剣の刃を軋ませながら、間近で呂布の凶悪な瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「だが、お前の振るう刃には『大義』がない。董卓という悪逆の獣に飼い慣らされ、意味もなく血を流すだけの哀れな男だ。……己の魂の叫びに、耳を塞いではいまいか?」
「……ッ!! き、貴様ァァァッ!!」
劉備の【魅力:99】が放つ、魂を直接揺さぶるような言葉。
呂布の脳裏に、俺と賈詡が洛陽にバラ撒いた『董卓が呂布を裏切って見殺しにする』という毒の噂が、フラッシュバックのように蘇る。
心の底に燻っていた疑心暗鬼と、劉備の眩しすぎる『仁』の光。
それが、純粋な戦闘マシーンであった呂布の心に「隙」を生んだ。
(……見えた! 呂布のステータスが、システム上で乱高下している! 武力ERROR表示が、一時的に【95】まで落ちたぞ!!)
俺は陣幕から身を乗り出し、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「今だァァッ!! 兄者たち、趙雲!! そのバケモノを叩き伏せろォォォッ!!」
「「「おおおおおおおッッ!!」」」
劉備が正面から呂布の動きを封じ込めたその一瞬の隙を、無双の三将が見逃すはずがなかった。
張飛の漆黒の蛇矛が右から迫り、関羽の青龍の刃が左から断ち切り、趙雲の白銀の槍が死角から突き上げられる。
天下最強の四人が完全な連携を見せた『四英戦呂布』の必殺陣形。
さすがの鬼神・呂布も、この時ばかりは顔を歪ませた。
「……チィィィィィッ!!」
獣のような咆哮と共に、呂布は強引に赤兎馬の手綱を引き、嵐のような三方向からの必殺攻撃を紙一重で弾きながら、強引に後方へと跳躍して包囲網を脱出した。
ガキンッ、と凄まじい金属音が鳴り響き、呂布の頭上で揺れていた二本の雉の尾羽根が、ふつりと切り裂かれて宙を舞った。
「……ハッ。俺に一歩引かせるとはな。名も知らぬ田舎の諸侯どもめ、この呂奉先の魂をここまで震わせたこと、褒めてやるわ」
呂布は、血走った目で劉備たち四人を睨みつけ、ギリッと歯を食いしばった。
力では負けていない。だが、あの金色のオーラを放つ男(劉備)とこれ以上打ち合えば、己の根底にある『狂気』が浄化され、刃が鈍ってしまうという生物的な本能の警告。
さらに、都(洛陽)に残してきた主君・董卓への拭いきれない不信感。
天下無双の鬼神の心に、初めて『撤退』の二文字がよぎった瞬間であった。




