第15話:虎牢関《ころうかん》に降臨《こうりん》せし鬼神《きじん》。限界突破の武と、毒の軍師が放つ見えない刃《やいば》(前半)
第15話:虎牢関に降臨せし鬼神。限界突破の武と、毒の軍師が放つ見えない刃(前半)
洛陽の最終防衛線にして、天下の命運を決する巨大な城塞――『虎牢関』。
高くそびえ立つ城壁の前に広がる荒野は、すでに凄惨な血の海と化していた。
「ひ、ひぃぃぃっ! た、助けてくれぇっ!!」
「化け物だ! あんな奴に勝てるわけがないッ!!」
数十万を数える反董卓連合軍の兵士たちが、まるで巨大な竜巻から逃げ惑う虫ケラのように、武器を捨てて逃げ散っていく。
彼らが背を向ける先。砂埃と血煙の中心に、ただ一騎の武将が悠然と佇んでいた。
燃え盛る炎のような真紅の毛並みを持つ巨馬――『赤兎馬』。
その背に跨る男は、身の丈一丈(約230センチ)にも達しようかという常外の巨躯。頭には二本の雉の尾羽根を飾った金冠を被り、百獣の王の如き顔立ちには、退屈しきったような凶悪な笑みが張り付いている。
彼が右手に軽く提げているのは、三日月型の月牙(刃)が特徴的な長柄の武器『方天画戟』。その刃の先からは、連合軍の将軍たちの血が、雨だれのようにボタボタと滴り落ちていた。
「……ふぁあ。なんだ、もう終わりか。名だたる諸侯の寄せ集めと聞いて少しは期待してやったが……これではただの草刈りだ。欠伸が出る」
男がポツリとこぼした低い声は、戦場の喧騒を貫き、連合軍の兵たちの心臓を氷のようにつかみ上げた。
――人中に呂布あり、馬中に赤兎あり。
三国志における絶対的・最強の鬼神。呂布奉先である。
「……くそっ、公孫瓚将軍まで一撃で馬から叩き落とされたぞ! 誰もあいつを止められねえのか!」
俺たち劉備軍の陣幕でも、兵たちが青ざめた顔で絶望的な戦況を見つめていた。
俺――陳凌(字は子雲)は、手元の扇を握りしめ、震える網膜に映る【人物鑑定】の黄金ウィンドウを凝視していた。
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【氏名】呂布(字:奉先)
【武力】ERROR(推定値:105~限界突破)
【統率】88
【知力】28
【政治】15
【魅力】30(※『圧倒的な恐怖』による強制カリスマ補正あり)
【深層情報・隠し才能】
『天下無双の修羅』:人としての限界を超越した、物理法則を無視するレベルの戦闘能力。正面からの単純な打ち合いにおいて、彼に傷を負わせることは事実上不可能。現在は強者との戦いを渇望しているが、心の底では董卓のような卑劣な男の飼い犬となっている自分に、無意識の苛立ちを抱えている。
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(武力ERRORって……おいおい、システムがバグるほどのチート野郎かよ! 関羽兄者たちですら99だぞ。たった数ポイントの差に見えるかもしれないが、このレベル帯でのステータス差は、虎と人間ほどの開きがある!)
だが、この状況を俺は事前に予測していた。
正面からまともにぶつかれば、いかに無双の義兄弟たちとはいえ、被害は免れない。だからこそ、俺は『盤面の外』から最強のデバフ(弱体化)工作を仕掛けていたのだ。
「……賈詡殿。手筈通りに事は進んでいますか?」
俺が背後を振り返ると、汜水関の地下牢から拾い上げた天才謀将・賈詡文和が、ヘラヘラと薄気味悪い笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、陳子雲殿。洛陽の都に放った私の間者たちが、見事に『毒の噂』をばら撒いてくれましたよ。……『董卓は連合軍の勢いに恐れをなし、密かに長安への遷都(首都移転)を企てている』。そして『足止めのために、鬱陶しい猛犬である呂布を虎牢関で見殺しにする腹積もりだ』……とね」
「見事です。それに、董卓の傍にいる『絶世の美女』の侍女たちにも、袖の下(賄賂)を握らせて呂布への疑心暗鬼を煽らせた。……呂布のような純粋な獣は、背後からの裏切りに極端に脆い」
俺と賈詡の「裏の策士コンビ」は、最悪の鬼神を内部から崩壊させるための時限爆弾を、すでに董卓陣営の奥深くにセットしていたのだ。
「だが、情報が呂布の耳に届くには、少し時間がかかる。……それまで、あの猛獣を誰かが『戦場に釘付け』にしなければなりません」
俺が前線を睨みつけると、すでに三人の男たちが、武器を手に歩み出ようとしていた。
「四弟(陳凌)。……あの男の相手、俺たち以外には務まらん。違うか?」
漆黒の暴れ馬・烏騅に跨り、丈八蛇矛を肩に担いだ張飛が、獰猛な笑みを浮かべて俺を見下ろした。
「……某の青龍偃月刀が、あれほどまでに震えておる。天下最強の武……武人として打ち破らねばなるまい」
関羽が、長い髭を撫でながら静かに闘気を練り上げる。
「我が槍も、主君の往く道を阻む鬼神なれば、必ずや貫きましょう」
白馬に跨った絶世の美青年・趙雲子龍が、涼しげな瞳の奥に烈火のような闘志を燃やす。
武力98、99、96。
俺がプロデュースした、天下最高峰の三振りの神剣。
「……ええ。あなた方なら、あの鬼神を圧倒できる。俺が、いや、天下が保証します」
俺が深く頭を下げると、三人の豪傑は土埃を蹴り立てて、地獄の中心へと駆け出していった。
「――なんだ? まだ死に足りない阿呆どもがいるのか」
次なる獲物を求めて退屈そうに方天画戟を回していた呂布が、凄まじい土煙を上げて突撃してくる三騎に目を留めた。
その瞬間、呂布の顔から退屈の靄が吹き飛び、歓喜に満ちた獣の笑みが張り付いた。
「ほう……! 今までゴミどもとは違う。ようやく、少しは歯ごたえのある肉が来たか!」
「三姓の奴隷(裏切り者)めが! 燕人・張飛が、てめえのその腐った首をねじ切ってやる!!」
雷鳴のような怒号と共に、張飛の丈八蛇矛が、呂布の心臓めがけて大気を切り裂きながら突き出された。
三国志最大の熱狂。
歴史の常識を覆す『四英戦呂布(趙雲を加えた四人での戦い)』の幕が、今、切って落とされようとしていた――!




