第13話:温酒斬華雄《おんしゅざんかゆう》。武神《ぶしん》の圧倒的武力と、覇王《はおう》の熱烈《ねつれつ》なる求愛(中盤)
第13話:温酒斬華雄。武神の圧倒的武力と、覇王の熱烈なる求愛(中盤)
汜水関の城門前。
赤黒く染まった荒野の中央で、巨大な黒馬に跨った董卓軍の猛将・華雄が、返り血を浴びた大刀を天に突き上げて高笑いしていた。
「ガッハッハッ! どうした反董卓連合! これでお前らの将軍を斬るのは五人目だぞ! もう首を洗って出てくる奴は――」
華雄の哄笑は、突如として途切れた。
戦場を吹き抜ける砂埃の向こうから、ただ一騎、静かに歩み寄ってくる影があったからだ。
緑の戦袍を風になびかせ、見事な長鬚を蓄えた身の丈九尺の巨漢。
関羽雲長。
その手には、天山寒鉄で鍛え上げられた重さ18キロの神具『青龍偃月刀』が、鈍い青光りを放ちながら握られていた。
「……貴様、名を何と言う。そのヒゲといい得物といい、ただの雑兵ではあるまい!」
華雄が、獣のような勘で危険を察知し、大刀を構え直す。
「某は劉備玄徳が義弟、関羽。……お主の首、我が四弟(陳凌)が敷いてくれた舞台の供物として貰い受ける」
関羽が馬の腹を蹴った瞬間。
『ゴォァァァァッ!!』
空気が爆発したかのような轟音とともに、関羽が神速の踏み込みで華雄の懐へと飛び込んだ。
「舐めるなァ!!」
華雄もまた、伊達に連合軍の将を次々と屠ってきたわけではない。全身の筋肉を限界まで膨張させ、渾身の力で巨大な大刀を横薙に振り抜いた。
『ガギィィィィンッ!!』
両者の武器が激突し、凄まじい衝撃波が戦場の土をクレーターのように吹き飛ばす。火花が散り、鋼が軋む悲鳴が上がった。
(……ほう。我が青龍偃月刀の一撃を、真正面から受け止めたか。なかなかの剛腕よ)
関羽は、涼しい顔のままわずかに目を細めた。
対する華雄は、両腕の骨が砕けそうなほどの尋常ではない重圧に、顔をひきつらせていた。
「く、くそっ! やれ! 森に伏せている弓兵ども、今すぐこのヒゲ野郎を穴だらけにしろ!!」
華雄が関所の左右に広がる森に向かって絶叫する。
しかし――森からは、一本の矢も飛んでは来なかった。ただ、森の奥から『敵の伏兵はすべて片付けた』という合図である、趙雲と張郃の放った鏑矢の甲高い音が、ピィィーッと空に響き渡っただけだ。
「な、なに……!? 俺の精鋭三百が、音もなく全滅しただと!?」
華雄が驚愕に見開いた目の前で、関羽が静かに息を吸い込んだ。
「……小細工は無用。我が四弟の『眼』からは、いかなる伏兵も逃れることはできぬ」
関羽の全身から、青白い炎のような闘気が立ち昇る。
「さあ、見せてやろう。これぞ、我ら義兄弟が描く覇道の――最初の閃きぞ!」
『――青龍、天に昇る。』
下段から跳ね上げられた青龍偃月刀が、三日月の軌跡を描いて閃いた。
それは、もはや剣戟というより「落雷」であった。華雄の大刀がまるで飴細工のように真っ二つに切断され、そのままの勢いで、分厚い鋼の鎧ごと、華雄の巨体を斜めに両断した。
『ドガァァァァァァン!!』
遅れて響いた爆音と共に、董卓軍が誇る猛将・華雄の首が、血柱と共に天高く舞い上がった。
「「「…………ひ、ひぃぃぃっ! ば、化け物だァァッ!!」」」
大将を一撃で粉砕された董卓軍の兵士たちは、武器を放り捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
圧倒的。あまりにも圧倒的な、武神の蹂躙劇であった。
――それからわずか数分後。
反董卓連合軍の本陣。重苦しい沈黙が支配していた陣幕の中に、重い足音が響いた。
「盟主殿。ご所望の品、持ち帰った」
『ドサッ』
関羽が、無造作に華雄の首を陣幕の中央に投げ捨てる。その顔には、汗一つかいておらず、息すら乱れていない。
「おおおお……ッ!! か、華雄の首! 間違いない、華雄の首だ!」
袁紹が腰を抜かしそうになりながら叫び、居並ぶ諸侯たちが信じられないものを見る目で関羽を見つめた。
その中で、ただ一人。
曹操孟徳だけが、猛然と立ち上がり、机の上に置かれていた『酒の入った杯』へと手を伸ばした。
「……温かい」
曹操の漆黒の瞳が、狂気じみた歓喜に大きく見開かれた。
「酒が、まだ熱を帯びている! あの無敵の華雄を、酒が冷める間もなく討ち取ったというのか! ああっ、なんと……なんと恐ろしく、美しき武神か!!」
曹操は、まるで恋焦れた想い人に駆け寄るように、関羽の前へと進み出た。
「素晴らしい! 素晴らしすぎるぞ関羽雲長! そして劉備玄徳! 陳子雲!」
曹操の視線が、劉備、関羽、そして裏で糸を引いていたであろう俺を射抜く。その目には、隠しきれないほどの巨大な「独占欲」が燃え盛っていた。
「貴殿らは、こんな無能な諸侯の寄せ集めの中にいるべき器ではない! どうだ玄徳殿、私の元へ来ないか!? いや、同盟でも構わん! 共に手を結び、この天下を私の頭脳と貴殿らの武で切り刻もうではないか!」
曹操は両手を広げ、劉備の手を熱烈に握りしめた。
「黄金か!? 領地か!? 美女か!? 望むものはすべて私が用意してやろう! だから、私の覇道の隣に、貴殿らのその圧倒的な武と知略を置いてくれ!!」
(ちょ、ちょっと待て! 曹操の『関羽ラブ』は史実でも有名だけど、劉備と俺のチートっぷりまで加わって、執着心がカンストしてやがる!)
俺は背筋に冷たい汗をかきながら、すかさず劉備の前に進み出て、恭しく頭を下げた。
「……身に余るお言葉、恐悦至極に存じます、曹操殿。ですが、我々の中山靖王の末裔たる我が主の目指す道は、漢王朝の復興と民の安寧のみ。誰かの覇道の添え物になるつもりはございません」
俺が冷水を浴びせるように丁重に断ると、曹操はピタリと動きを止めた。
「……そうか」
曹操はゆっくりと劉備の手を離し、自身の顔を覆って、肩を震わせた。
「ククク……フハハハハッ!! そう来なくては面白くない! ああ、実に惜しい! 実に口惜しいが……貴殿らのその誇り高さ、ますます惚れ込んだぞ!」
曹操は俺を指差し、唇の端を吊り上げて獰猛に笑った。
「陳子雲。お前のその『眼』がどこまで未来を見通しているのか、いずれ必ず私の手で暴いてみせよう。……戦場の表も裏も支配する貴様らの恐ろしさ、この曹孟徳の魂に深く刻み込まれたわ」
(やばい、完全に目をつけられた……! だが、これでいい。最高難易度のライバルがいてこそ、この『三国志無双』は燃えるってもんだ!)
俺は内心のバクバクする心臓を抑えつけながら、涼しい顔で曹操に一礼した。
汜水関の戦いは、関羽の圧倒的な武威と、俺のシステムによる盤面支配によって、劉備軍の完全勝利に終わった。
そして、この圧倒的なデビューステージは、やがて来る三国志最強のバケモノ――『呂布奉先』との激突(虎牢関の戦い)へと、歴史の歯車を急速に回していくことになる。




