第11話:若き覇王《はおう》との邂逅《かいこう》。曹操孟徳《そうそうもうとく》の異常なステータスと、息詰まる腹の探り合い(中盤)
第11話:若き覇王との邂逅。曹操孟徳の異常なステータスと、息詰まる腹の探り合い(中盤)
圧倒的な武力と、それを支える莫大な財力。
俺たち劉備軍のデビューステージは、完璧すぎるほどの成功を収めた。袁紹をはじめとする反董卓連合軍の諸侯たちは、名もなき田舎の県尉であった劉備を「得体の知れない大物」として扱い、陣営の中央に近い上座へと案内したのである。
その日の夜。
諸侯たちが董卓討伐の具体的な軍議もそこそこに、己の権力を見せつけるための無駄な酒盛りを開いている中、俺たち劉備軍の天幕は静まり返っていた。
明日の戦に備え、兵たちはすでに休息を取っている。関羽や張飛、趙雲たちも武具の手入れに余念がない。
「……ふぅ。まずは第一関門突破だな」
俺――陳凌(字は子雲)は、天幕の入り口で夜風に当たりながら、一つ大きく伸びをした。
史実の理不尽な冷遇ルートを回避できた安心感に浸っていた、その時だった。
「――実に見事な軍容だ。袁紹や袁術の兵など、貴殿らの前ではただの案山子に等しい」
闇の中から、ぬらりと一つの影が現れた。
背丈は七尺(約160センチ強)ほどで、決して大柄ではない。だが、その細身の体から放たれる『気』は、俺の背筋を氷のように冷たく撫で上げた。
細い切れ長の目。薄い唇。そして、暗闇の中でも獲物を狙う鷹のように鋭く光る眼光。
彼が纏う空気は、関羽や張飛のような「物理的な武の圧力」ではない。知性と野心、そして冷酷さが複雑に絡み合った、息が詰まるほどの『精神的重圧』だった。
(この男……ただ者じゃない。まさか!)
俺は心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じながら、即座に【システム】を起動した。
『ピシュンッ!』
展開された黄金色のウィンドウに並んだ異常な数値を前に、俺は危うく悲鳴を上げそうになった。
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【氏名】曹操(字:孟徳)
【武力】72
【統率】96
【知力】91
【政治】94
【魅力】96
【深層情報・隠し才能】
『乱世の奸雄』:常識や道徳に一切縛られず、己の実力と合理性のみで天下を切り開く、三国志における究極の覇王。あらゆる偽装や嘘を直感で見抜く恐るべき洞察力を持つ。現在は劉備の持つ『仁』の器と、その後ろで糸を引く陳凌の『異能』に極めて強い警戒と興味を抱いている。
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(出たァァァッ!! 武力以外オール90オーバーのバケモノ! 未来の魏の武帝にして、劉備の生涯の宿敵、曹操孟徳!!)
オタクとしての「最高の推しキャラの一人に会えた!」という歓喜と、「こいつを敵に回したら一瞬で骨までしゃぶられる!」という生物的な恐怖が、脳内で激しくスパークする。
「……どなたかな。我が陣営に、許可なく立ち入ることは禁じられているが」
劉備が天幕の奥から静かに進み出て、俺の前に立った。その瞬間、劉備の【魅力:99】のオーラと、曹操の覇王の覇気が、目に見えない火花を散らして激突したのを俺は確かに感じた。
「これは失礼した、玄徳殿。私は曹操、字を孟徳と申す。……貴殿らの見事な兵の練度に、つい酒を酌み交わしたくなりましてな」
曹操はにこやかに笑いながら、手に提げていた酒の入った陶器を掲げた。
「曹孟徳殿……董卓暗殺を企て、この連合軍の檄文を飛ばした張本人か。……よくぞおいでくだされた。粗茶しかないが、中へどうぞ」
劉備は警戒を解かず、しかし礼儀正しく曹操を天幕の中へ招き入れた。
車座になり、杯に酒が注がれる。
関羽と張飛、そして趙雲が、いつでも武器を抜けるよう、薄暗い影の中から曹操を微動だにせず見据えていた。
「いやはや、凄まじい猛将たちだ。それに、あの『青州兵』と名付けられた流民の兵たち……あれほど死を恐れぬ狂気と規律を持った軍隊を、私は見たことがない」
曹操は酒を一口含み、ふぅ、と息を吐いた。
「玄徳殿。貴殿のその『人を惹きつける徳』は、天下の何よりも恐ろしい武器だ。……だが、私が本当に興味を惹かれたのは、貴殿ではない」
曹操の漆黒の瞳が、スッと俺の方へ向けられた。
獲物を捕捉した蛇のような、冷たく、それでいて熱を帯びた視線。
「そこの若い軍師殿。……陳凌、字を子雲と言ったな」
「……いかにも」
俺は平静を装い、扇をゆっくりと仰ぎながら答えた。
「安喜県という辺鄙な村から、洛陽の市場に大量の『紙』と『石鹸』が流れ込んできているという噂は、私の耳にも入っていた。……それに、あの鉄壁の密集陣形。古今東西のどの兵法書にも載っていない異端の戦術だ」
曹操は身を乗り出し、俺の顔を覗き込んできた。
「陳子雲。お前……『どこから』来た? まるで、数百年先の未来から天下を盤上から見下ろしているような、不気味なまでの先見の明。……お前の頭の中には、いったい何が詰まっている?」
(……っ! こいつ、俺の『現代知識』と『システム』の異常性に、たった一目見ただけで気づきやがったのか!?)
背中を大量の冷や汗が流れ落ちる。
袁紹や袁術のような凡庸な諸侯なら「優れた学者」程度にしか思わないだろう。だが、この乱世の奸雄の眼は誤魔化せない。
「……買い被りすぎです、曹操殿」
俺は扇で口元を隠し、必死にオタクの知識を総動員して反論の糸口を探した。
「俺はただ、古の書物を読み解き、我が主君である玄徳殿の『仁』を具現化するための手伝いをしているに過ぎません。……それよりも曹操殿。あなたのその眼こそ、今のこの『腐りきった漢王朝』の先を、とうに見限っているように見えますが?」
あえて、超危険な地雷を踏み抜く。
史実において、曹操は最終的に漢王朝を事実上乗っ取り、魏の基礎を築く男だ。俺は【鑑定】で得た情報をもとに、彼の野心を直接突き刺したのだ。
「――っはっはっはっは!」
数秒の沈黙の後、曹操は腹を抱えて大笑いした。
「面白い! 実におぞましく、面白い男だ、陳子雲! 私の腹の底まで見透かすかのように煽ってくるとはな!」
曹操は笑い涙を拭いながら立ち上がり、劉備に向き直った。
「玄徳殿。貴殿には、最高に狂った軍師がついている。……よかろう。この反董卓連合軍、先陣を切るのは我々だ。董卓軍には、華雄という恐るべき猛将がいる。……劉備軍の真価、戦場でとくと拝見させてもらおう」
「ええ。我らの義刃、董卓の喉元に必ず届かせてみせましょう」
劉備が静かに、しかし力強く答えると、曹操は満足げに頷き、闇の中へと消えていった。
「……とんでもない男でしたね、兄者」
俺が張り詰めていた糸が切れたようにため息をつくと、劉備もこめかみの汗を拭った。
「ああ。あの男の目は、天下のすべてを呑み込もうとする『覇王』の目だった。だが……」
劉備は、背後に控える関羽、張飛、趙雲を振り返り、優しく微笑んだ。
「俺たちには、子雲がいる。そして、お前たちがいる。どんな化け物が相手だろうと、決して退くつもりはないさ」
「おう! あんなチビの理屈屋、俺の蛇矛でいつでも串刺しにしてやるぜ!」
張飛のいつもの豪快な声に、天幕の中に安堵の笑いが広がった。
(曹操孟徳……やはり最高のライバルだ。だが、この『三国志オタク』と『システム』の力、そして推しの英雄たちが揃った劉備陣営は、お前にも絶対に越えさせない壁になってやる!)
俺は決意を新たに、来るべき『汜水関の戦い』へと向けて、脳内の盤面を再び組み上げ始めたのだった。




