第1話:自伝と持論(1)
「ヴェリタスの最終定理」は、パート3で完結した。
これ以上キャラを皆殺しにしていく話を続けるのは、限界だった。
私は幸せになりたい。
彼らを幸せにしたい。
だが、私は幸せを知らない。
だから、私は人を殺すことしかできない。
私が理不尽で凄惨な殺ししか描けない理由を、これから話していこうと思う。
よかったら聞いていっておくれ。
私の人生は、暴力から始まった。
幼い頃から学生時代に至るまで、私は父から「無駄な人間」という烙印を刻まれ続けた。勉強、スポーツ、趣味。私が何かを成そうとするたびに、父の拳がその芽を摘み取った。ノイローゼの淵に立たされた私に、母は救いの手ではなく、さらなる絶望を突きつけた。
「それは、宇宙の運命なのよ」
両親から浴びせられる言葉は、私の心を切り刻んだ。
「増長するな」
「迷惑だから自殺しろ」
私はただ、いじめられるためだけに、生かされていた。「生きていれば楽しいことがある」そんなドラマみたいな空虚な言葉を、両親は平然と口にした。数年前、私は最後の気力を振り絞り、彼らに問いかけた。
「あんたらにとって、楽しいこととは何なんだ。私には、もう何もないんだ」
返ってきた答えは、私の理解の範疇を超えていた。
「いじめは楽しいよ?うーっ!うーうー!」
彼らは満面の笑みで、あるいは、無垢な顔で、平然とそう言い放った。それ以外に楽しいことなど知らない、わからないなら謝れ、あるいは感謝しろ、と。その瞬間、私は悟った。目の前にいるのは親ではなく、人の形をした『虚無』なのだと。この白痴のような狂気に、私は一生を捧げて削り取られてきたのだ。家の外に救いを求めても、そこには別の地獄が待ち構えていた。
「愚痴らなきゃ、いいのに」
私の内側から溢れ出す悲鳴を、人々は「ノイズ」として切り捨てた。
私の評価は瞬く間に地に落ち、私の居場所は、ついに、どこにもなくなった。
彼らにはわからないのだ。心が死にゆく者の、『最後のSOS』を。私を「生かしておくこと」こそが、何よりも残忍な拷問であるという事実に、誰も気づこうとはしない。
もう、なすべきことは何もない。
これ以上「生きろ」という呪いの言葉に耳を貸す必要もない。私は、このあまりにも長すぎた悪夢に、自らの手で終止符を打つことを決めた。
絶望だけが、私の真実だった。
【父】
私の父は、発電所や鉄道などに錠前をおろす会社の社長の息子という立場です。
父はその立場を利用して、社内や地元で、会社の名前をちらつかせて、暴力沙汰を繰り返していました。
小学生の私を会社の朝礼に引っ張り出して裸にするとか、居酒屋の製氷器の中に小便をまぜるとか、女性店員を自宅まで付け狙うとか、他人の結婚式を妨害するとか。
そう。どこにでもあるような、「よくある」パワハラです。
問題にならなかったのかというと……そうです、問題にはならなかったのです。
一体何故なのか。
知的障害者だからです。
目の前の人を殴りたいなあと思ったら、その場で殴ってしまうのです。
しかも、父は障害を自覚しており、「障害者だから何をしてもいい」と他人に迫ります。
障害を武器として用いるのです。
父は、精神も異常なため、自らを「天皇」や「闇の軍団の幹部」や「勇者」と自称します。
突如として明後日の方向を向き、奇怪な呪文を唱えます。
「アンダラポンキ、アンダラポンキ、アンダラポンキ……」
被害を受けた方々は耐え忍びます。
「な、なあんだ、それなら仕方がないね……」
それでも、勇気を振り絞って父を叱る人はいます。
しかし、父から、紙幣や「次期社長」と書かれた名刺を投げつけられると、皆、引きつった笑顔を浮かべながら黙ってしまうのです。
父は低学歴だから、頭を使うことにコンプレックスがあります。そのため、会社の部下や私が行う学びの一切を妨害します。私がペンを持つと、父は飛びかかってきます。
私は、何をしても無駄だから何もするなと勉強を「開始」させてもらえませんでした。
あと数ページで宿題がおわるといった時の「継続」は中断され、卒業式という「区切り」も、妨害されました。
私がペンを持つ際や、仕事や趣味を完遂させる直前に一瞬躊躇してしまうのは、この頃の記憶が原因です。
父は、私が英語を勉強してると「ふーまいほ」と言って私を殴ります。
また、父は会社で部下を殴る時にも「ふーまいほ」と叫びます。
かつて、全く意味がわからなかったのですが、最近になって謎が解けました。
会社は父にとっては自宅です。
父は「ちきちーっ(敷地)」と言って会社の部下を殴る場合もあります。
つまり
"Whose? My home.(誰の?ぼくの敷地)"
という意味だったのです。
はい……こんな話はどうでもいいですね。
【母】
私の母は、そんな父に対して、はなから興味はありませんでした。
母の興味の対象は、父が相続する予定だった遺産です。
結婚すれば、いつかカネが手に入る。
カネの成る木を、逃がしたくない。
そう考えた母は私を産み、父と結婚しました。
母は、父を支えました。
どのようにして。
母は、父の会社でのリンチがおおごとになると遺産を相続できなくなるかもしれないと、焦りました。
母は、リンチを止めるのではなく、斜め下の解決策を提案しました。
「反抗しなさそうな弱い人を、死角で襲うべきよ」
「会社の新人をいたぶるより、自分の子供を拷問するべきよ」
そうです。母は、「実践的」な虐めの戦法を父に提案したのです。
やがて、母も暴力の喜びに気がつきました。
殴られている私や会社の部下を、カメラで撮影して鑑賞するようになったのです。
母は、暴力の最前列で父をラジコンにして他人に加害をしながら、あくまでも無関係な観客として居座りました。
場合によっては被害者の立場をとって、父や会社に金をせびります。
母は、虐めの楽しみ方が上手いのです。
【叔母】
私の叔母は、テレビ局のアナウンサーでした。
従って、言葉で人を追い詰めることが非常に上手いのです。
叔母の旦那は、叔母から虐められ続けて首を吊り、亡くなりました。
思い返したら、たしかに、叔母の趣味は自殺教唆でした。
彼女はよく言っていました。
「お前が死んだら、話のネタになるよ」
「お前が死んだら私は幸せだよ。お前は私の幸せを奪うのかい。自己中心的な考えを捨てて、死になさい」
当然ながら、私も標的になりました。
【私】
私はその頃、幼稚園児でした。
物心ついた時から私は、毎日のように両親から四肢に針を刺されたり、首を絞められて弄ばれていました。
私はうんざりして、ふと、会社のビルから飛び降りました。
その日は、小学5年生の冬の日でした。
しかし、私は運悪く生き延びていました。
骨盤や腕がへし折れて、痛い。
両親がやってきました。
彼らは私に対して怒らず、悲しまず……喜んでいました。
しかも、よく聞いてみると、「私が死を選んだこと」に喜んでいるのではありません。
「社員に子供が殺されかけたという理屈なら、祖父からカネを引き出せるわよ」
「会社の防災対策が悪いから子供が落下したという理屈なら、祖父からカネを引き出せるぜ」
私は、過激な方々が主張しがちな「私が死んだら世界は多分変わるだろう」という物言いが嘘だとわかりました。
私の死の覚悟が、両親の手で、まんまとタカリの口実にされたからです。
私は、「絶望」を理解しました。
私の精神や感性の成長は、小学5年生の冬の日に、止まりました。
【母方の祖父】
母方の祖父は、私の味方でした。
祖父は、私のくだらないギャグにも付き合ってくれるほどには、私の理解者でした。
ある日、寝たきりになり病棟から出れなくなった祖父に私は言いました。
「今度、なんか、食べに行こ。まあ、今は忙しいから、10年後かな。冗談だよ。それまで死ぬんじゃあないよ」
祖父は前後の文脈から、10年後までも長生きしてくれという私の意図を読み取り、私に感謝を伝え、やがて、亡くなりました。
しかし、母はやはり母方であっても、相続しか考えていませんでした。
「長生きさせるようなことを言うんじゃないの。もう死ぬんだから」
なあ。
お金ってやつは、そんなに大事なのか。
目的もなく、奪って、浪費して。
それで楽しいのか。
母よ。
心は、愛は、感情は、ないのか。
【ネコ】
鬱のどん底にいた私の元に、ネコがやってきました。
弟が飼い出した、ネコ。
何をされたわけでもないのに、両親に憎しみを向け、私をずっと心配していました。
その、私の理解者のネコは、祖父母全員を見送り、そして、亡くなりました。
私を肯定して見守ってくれていた最後の身内の理解者が、あの世に行ったのです。
この出来事は、私の心を強烈に、強烈に、突き動かしました。
【弟】
私の弟たちは、両親から成果を見下された上に、成果を横取りされていました。
私と似たような苦しみを味わいながらも、様々な分野で活躍しています。
私よりはるかに頭の回転が良く、知識と経験があり、学問や芸術の才能があるので、尊敬しています。
壊れてしまった私の存在は、彼らの人生の迷惑になるので、私は弟には関わりません。
弟は、常人とは別格の頭の良さと強さがあるため、私が「親族」と言った際に、弟は含まれません。
なお、本編の「エラーラ・ヴェリタス」と「ナラティブ・ヴェリタス」のモデルです。
【相続】
両親は、相続が行われる前提で散財していました。
赤字の未来が見えてきて、だんだんと恐怖に苛まれます。
一般的な感性を持つ人なら、立て直しを図りますが、両親の精神はユニークでした。
なんと、カネがあるうちに良い思いをしておこうと、会社の名義を使って恐喝を行い、詐欺を行い、万引きを繰り返したのです。
なぜ、私の両親はそんなことをしたのか。
それはもちろん、手元にあるカネや家や会社や信用は、自らの力で手に入れたものではないからです。
駄々をこねて獲得したあぶく銭です。
はじめから他人のものという意識だから、もちろん、熱意もなく乱雑に扱います。
そして。
両親は、祖父よりも頭が悪いというコンプレックスがあります。
引け目は恨みに変換され、恨みは、祖父から貰ったお金や、家や、会社に向かいました。
だから、両親は、何が何でも会社や金目のものは、ただちに浪費して棄損しなくちゃという異様な「使命感」を持っているのです。
やがて、私の告発──父の「虐待」「不正」について──は、祖父と祖母に届きました。
祖父母の死後、もちろん、相続は父に対して行われませんでした。
やがて、父は解雇されました。
父は、主張します。
「子供が投身自殺を図ったから、ぼくの立場が悪くなったに違いない。ぼくは天皇家だから、三代将軍あべのむがらちだよ。だから、社長になりたい」
母は、主張します。
「産んだのに、相続できない。死んで罪を償え」
相続の問題は終わりました。
しかし、悪夢は続きます。運の悪いことに、父は会社の株式を所持していたのです。
祖父は父にカネだけ渡しておけばいいものを、権利を渡したのです。
これは祖父の最大のミスでした。
父は、株主総会で謎の演説をしたり、茶封筒で奇怪な手紙を親戚や、同業他社や、近隣住民や、居酒屋で知り合ったゲロ臭い酔っ払いのおっさんにまで送りつけるなどといった、わけのわからない営業妨害を始めたのです。
「どうしてもと、ゆうなら、社長になってやってもいいし、お金も、貰ってやっても、いいよ」
「ぼくわ、どうしたら良いか、分からないけれど、ぼくわ、どうしたらいいか、これから分かるかも、しれません」
「これから、お仕事お、頑張ろおと、思っているから、これから、頑張ります」
「ぼくわ、天皇家の、三代将軍の、徳川のかまたりだから、会社の、真の、社長だよ」
小学生でも書かないような意味不明なお便りを、弁護士を通じて会社に送りつけ続ける、たったひとりの総会屋。
やがて、父は解雇されて「虐める用の人」を確保できなくなり、鬱病を患いました。
両親はなおも、主張し続けました。
「いずれ誰かが遺産をくれる」
「いずれ誰かが社長にしてくれる」
億万長者になれば、あるいは社長になれば、今から借金をして豪遊してもおつりが来る。
億万長者になれば、あるいは社長になれば、他には何もいらない。
両親はますます、いまある人間関係や、仕事や、持ち物や、服や、食事や、人生や、命に対してすら「よーじがだ!」と叫び、自らの手で毀損し続けました。
『よーじがだ』
その叫びの意味は『用事がない』。
つまり、「興味などない。下らない。必要がない」という意味です。
両親は負債だけをこしらえて、現物資産どころか目に見えない資産までも捨て去り、頼まれもせずにひとりでに孤立しました。
こうなった原因は、子供のせいか、会社のせいか、あるいは闇の政府か。もしくは宇宙人の侵略か。
反省しない両親は、その傲慢をヨシヨシと受け止めてくれる宗教や飲み屋にハマり、妄想と現実の乖離を埋めるために投資詐欺のカモになりました。
反省しない両親は、投資詐欺になけなしのお小遣いをむしり取られてもなお、間違いを認めずに詐欺を信仰しました。
地獄はついに、完成しました。
父は叫びます。
「敷地ーっ、しきちっ。ちちちっ。ちきちーっ。ぼくのちきちーっ、しきちーっ、ぼくの敷地ーっ」
敷地。
その敷地は、父のものではありません。
父は、家を持っていません。
父は、会社という名の祖父の家に幽閉されているに過ぎないのです。
家。
この「家」という現象が、本編の主要なテーマとなっています。
……でも。
私は、死にたい。
いま、死にたい。
気が向いたら、いつでも死ぬ。
絶対に、気分次第で、死ぬ。
最も凄惨な方法で、苦しみながら、死ぬ。
でも。
生きているうちは、生きようと思う。
今日まで生きのびたという「プライド」が、まだ胸の中で燃えているから。




