とろろそばらしきパスタと大型犬・中
時間がかかるだろうというバルトの予想に反して、ジョットは二日後にはもう店を再訪した。
冬至を二日後に控え、町はいよいよお祭りムードを増している。表通りや商店はもとより、魔法食堂のあるやや奥まった路地にさえ魔法の飾り付けが施され、日中は季節外れの花弁がふわふわと通りに舞い、夜は花弁のような光の粉が降り注いで華やかな様子だ。
こうなると当然、バルトもある程度装飾を用意する必要が出てくる。本人は料理の盛り付け以外に何かを飾ることなど不得手なのだが、周囲の店舗の店先どころか気合いの入った個人宅前までもが飾り付けられている現状、客商売をしておいてなにもしないというのも居心地が悪い。
といっても、用意するものは前店主時代からある色ガラスのランタンと、バルトが数年前に買った、きらきらとガラスのように光る魔法がかけられた紙製の造花くらいのものだ。これを店先や店内にいくつか飾っておけばそれなりに見栄えがするため、使い回してお茶を濁している。
造花の最後の一つを窓辺に取り付け終えたところで、本日も店の扉が元気いっぱいに開けられた。もうちょっと静かにやれないのかという気持ちと、若いやつはこれくらいで良いという気持ちを同居させつつ、バルトは一仕事終えた手をなんとなくパンパンと叩く。店内は綺麗に清められており手に埃なんて付いていないので、これはただの気分的な動作だ。
「いくつかダシの候補を持ってきたっス!」
「おうご苦労さん」
「いまってなんかおれ手伝ったほうが良いスか? 時間あります?」
「お前は常識的で良い奴だな……」
バルトは思わずそうしみじみと零した。カミラは決して悪い人間ではないし、むしろ気の良い奴と言って良いのだが、基本的にこういった気遣いがまあまあ存在しない。
いや、しかしこいつも自分の食いたいもののために、だまし討ちのようなことを仕掛けてきたんだった。そう思い出したバルトは、急に褒められて首を傾げているジョットをいまさら荒んだ野良猫のような険のある目で見た。
ともかく、話は早く済ませたほうがよい。バルトも年末に向けて忙しいが、とろろそばの材料候補をカウンターに広げているジョットのほうも、決して暇というわけではあるまい。彼の目元には二日前にはなかったクマがあり、バルトはついつい甘いココアを淹れてやった。
「お前甘いもん大丈夫だったよな?」
「好きです!! 美味いです!!」
「そら良かった」
受け取って即座に熱々のココアを半ばまで飲み干し、至福の表情を浮かべているジョットに、バルトは自分で渡しておいて少々引いてしまった。大型犬獣人は口内の熱への耐性が強いのだろうか。そんなどうでもいい疑問を頭の隅に抱えつつも、ジョットが持ってきた紙の包みを幾つか開く。中に入っていたのは、二種類の海藻と思しきものだった。
見慣れぬ食材に首を捻るバルトへ、ジョットは数枚の紙束を渡す。
「まずはこちらの資料をどうぞ。とろろそばと同じ国のものであろう料理書のなかに、だしの取り方を書いてある本が幾つかありました。いくらかバリエーションがあるんですが、基本的な材料はコンブっていう海藻と、鰹節というカツオの加工品の二つみたいっス」
「魚はともかく、海藻を食べる文化か。魚人の種族か?」
「いやあ、他の資料を見るとこの言語圏は人族っぽいんスけどねえ。でも異世界なんで、人族に魚人族っぽい特性がある可能性もあるかと」
「へえ、いろんな国やヒトがいるもんだな」
「っス。そこで同じく海藻食の文化があるこっちの世界の地域の文献から、近い性質の海藻を探せないかと考えたんです。いくつかある中から絞り込んできたのがこの二つっス」
ジョットが広げて見せたのは、カチカチに乾いた板状の、やや厚みのある黄緑の海藻と、縮れた濃い緑色の海藻だ。
資料を見る限り、板状のものは形状や表面に粉を吹いている様子が、だしを取るためのレシピに記載されたものとよく似ている。色は縮れた海藻のほうが近いようだ。
「だし、ってつまりスープのベースですよね?」
「その考え方で良いと思うぞ」
「うス。性質としてはこっちの板のやつが近いと思うんですけど、俺が調べたあたりだと、こっちの縮れてるやつもスープによく使うらしいんで、どっちも持ってきてみました」
「なるほどな。ひとまずどっちも水で戻してみるか」
レシピに載る基本のだしの取り方を参考にすると、この海藻の乾物からだしを取るためには数十分はかかる。後の仕事に響かないようにするためにも、早めに準備をするべきだろうとバルトは考えた。
「おいジョット。お前時間あるか?」
「俺はもう年末までに片付ける仕事と勉強は終わらせたっス! あとは帰省の荷造りするくらいなんで、時間あります!」
「よしきた。今からソバ作るぞ」
「えっ!? いいんスか!?」
「良いもなにも、今を逃したら帰省後になる。すっきりして新年迎えたいだろ」
「ありがとうございます!」
ジョットの大声のお礼にバルトは悠々と頷いたが、このすっきりして、という発言の対象は相手ではなく自分である。つい任されてしまった慣れない仕事を片付け、気持ちに余裕を持って一月一日の定休日を迎えたいだけなのだ。
そんなこととはつゆ知らず、ニコニコと平和な笑みを浮かべているジョットは、カウンターへ資料を広げた。
「えっと、もう一つの鰹節のほうなんスけど、こっちは近いものは見つからなかったっス……。おおまかな工程としてはカツオを煮たり燻したりしたうえで、食用カビをつけたあと乾燥させ、水分をほとんど抜いた状態にした加工食品ですね。カビを使用する発酵食品の一種と考えて良いかと思います。
だしに使うのはこの鰹節を専用器具でうすーく削ったものらしく、原料の鰹はともかく、加工の工程がだいぶ難しそうっス……」
「ああ、チーズみたいなもんか。醤油といい鰹節といい、このへんは発酵食品の生産が盛んなのかもな」
「そうかもしれませんね。調べてる途中、ピクルスとか塩漬けにも発酵食品がありましたよ」
「そのへんは自作に限度があるからなあ……。カツオも用意できねえし、今回はカツオも醤油もひっくるめて魚醬で代用して良いか?」
「OKっス! 案外近い風味になるかもですね」
「どうだろうなあ……」
同じ発酵食品系の塩味の強い調味料だろうから、という理由で肉じゃがの再現の際も使った魚醬だが、バルトとしてはこれで正解から遠ざかるのか近づくのかもわからない以上手応えもなかった。
しかし仮にカツオがあったとしても、鰹節とは味にかなりの違いが出る可能性もあるため、代用できるとも限らない。これは例えば牛乳がチーズの代用にはあまりならないのと同様だ。
「俺のほうでもソバでの麺作りは少量ずつでやってみたんだが、水分量で多少調整できはするが、ソバのみを使用すると麺がボソボソ切れてかなり作るのが難しくてな……。なので小麦粉を混ぜて製麺したいんだが、構わないか?」
「問題ないっス! おれのほうでもソバの製麺についての本は見つけられなかったんで、そこは料理人さんの経験に任せるということで……」
会話しながら材料を用意するバルトと向かい合い、ジョットはしょんぼりと肩を落とす。
粉や水を用意し、製麺のために作業台をすっきりと開けたバルトは、ジョットが追加で持ってきた資料にも軽く目を通していった。そしてその中から一枚を抜き出す。
「こっちの材料もブイヨンの原料か?」
「あ、そうっスね。そっちは記載が少なかったんで、もしかすると一般的なものではないのかもですけど」
そこに載っていたのは、干し椎茸の戻し方だった。どうやらだし汁としてレシピに記載されているものに含まれていない場合も多いようだが、同じ文化圏で同じように煮物やスープの材料として使用されているなら、これも使える可能性はあるだろう。バルトはそう考え、パントリーの中の乾物置き場からスライスして乾燥させたキノコを取り出してくる。
「椎茸はなかったが、このキノコは近い味だしスープにも使うやつだ。鰹節の代わりなるかはさておき、これも追加してみるか?」
「お、いいですねえ」
幸いクライアントも乗り気なので、これも海藻とは別に水で戻しておく。まるごとの干しキノコは戻すのに時間がかかるが、スライスはかなり戻す手間が少ない。その代わり味や風味は落ちてしまうものの、野菜が少なくなる冬場には重宝する食材だ。
ひとまずスープの原料と調味料を用意したところで、ジョットは袋から大きな芋を取り出した。三十cmほどある長い塊を、カウンターとキッチンの間の台に乗せ、ジョットはえへんとわかりやすく得意げに胸を張る。
「で、これが例の長芋らしき芋っス! 形状はおそらくこっちのほうが短いんですが、表面の質感や断面の繊維の感じもだいぶ似てます!」
「おお、知らねえ食いもんだ……」
「これの管理してる植物園で働いてる先輩に聞いてきたんスけど、綺麗に洗えば皮はむかなくても大丈夫だそうです。この細かいひげ根の部分は、火で炙って取っちゃうのが早いとかで」
「へえ、なんにでも詳しい人はいるもんだな。ちなみにその先輩はそれ食ったことはあんのか?」
バルトがそう尋ねると、とたんにジョットはへにゃりと眉を八の字にした。雨の日に散歩に連れて行ってもらえずしょげる犬に似ている、とバルトは内心思う。
「それが……。生食できることを確認しようと一かけ食べてみたそうなんですが、消化には問題ないけれど、生の芋に触れた皮膚や唇にかゆみが生じるそうで……」
「……それは食えないってことじゃないのか?」
「いえ、ほんとに胃腸や体調に問題はなかったそうです。すぐに水で洗えばあまり痒くならないらしいですし、そもそもそれほど激烈な痒みでもないそうなので……。あ、あと加熱した場合は独特の粘りがほぼ無くなるかわりに、痒みも起きなくなるそうっス!」
「なるほど。温かいスープに入っているのは、痒みが起きる成分が熱か水分に弱いからか? じゃあそれすり下ろすのはお前に任せたぞ」
「ハイ……」
毒性と言うほどではなくとも少々厄介な特徴があるだけに、とろろ作りの担当は食べたいと言い出した張本人であるジョットとなった。
一通りの確認も終わったため、ジョットは犬耳と髪を三角巾で覆い、尻尾はくるりと体に巻き付けて、上から腰に巻くエプロンで覆ってしまう。
しっかり手を洗い、普段はチーズを削るためのおろし器とボウルを渡されたジョットは、おそるおそる長芋のひげ根の処理から開始した。
一方バルトのほうはソバ打ちに挑戦する。大きなボウルの中で粉をしっかりふるい混ぜ、様子を見ながら水をほんの少しずつ、全体に均一になるよう混ぜていく。パスタの場合は卵や油を混ぜる場合もあるが、とろろそばの写真で見た麺の色や、スープのおそらくあっさりしているだろう味つけから考えて、バルトは粉と水だけで麺を打つことにした。
水を吸いそぼろ状になった粉を次第に纏めていき、一纏まりになったところで、本来はどうなのかはわからないがパスタを作るときと同じく、一旦生地を休ませる。
その間にボウルなどを片付けて、パスタマシンなどを用意しつつ、バルトはジョットの様子を確認した。
あまり慣れていない作業だからゆっくりで良い、というバルトの指示を守り、ジョットは火傷しないようにとゆっくり下処理をし、深皿の上で手をすべらせないよう気をつけながら長芋もどきを擦っていた。さすがに全部は多いだろうから、今回擦るのはは二人分だけだ。
「もう十分だな。残った芋は……うちで保存しておくか? それともお前が持って帰るか?」
「いえ、お好きに使ってくださってOKっス」
「じゃあもらっとくか」
半分ほど残った芋のざらざらとした断面を、少し迷ってからバルトは一旦包丁できれいに切り落とした。表面は一応水洗いし、新聞紙で軽く巻いてから室温の低いパントリーへと移しておく。どの程度もつ物かはわからないが、多分早めに使ったほうが良いだろう。
切り落とした輪切りをどうしようか少し迷った後、バルトはそれを半分に割ってひょいと口に放り込んだ。
「あっ! おれも食いたいっス!」
「ほれ」
ジョットも渡された長芋の欠片を口に入れ、二人は交代で手を洗いながらもぐもぐと咀嚼する。
「俺は……まあ嫌いじゃねえ味だな。オクラとかも好きだし」
「とろとろだけどシャキシャキっスねー。味はなんかこう、淡泊というか……」
「生の芋ってこんな感じなんだなあ……」
正直これ単体では評価が難しい食品ではある。が、調味料と合わせてみればまったく印象の違うものになる可能性は十分あった。
ひとまずコンロに海藻二種それぞれと、ソバ用のお湯を沸かし始める。寝かせておいたソバの生地を持ってきて手頃な大きさに平たく伸ばし、生地をパスタマシンに通す。刃はまだ取り付けていない状態だ。
「これはどういう工程なんスか?」
「この後生地を折ってまたローラーに通す。何回かやると、まとまり? みたいなもんが良くなるんだよ。原理は知らねえけど」
「手で捏ねる工程に近い効果っスかね……?」
「さあ……。もっと経験とか知識が豊富な料理人ならわかるんだろうけど……」
幼少期から隊商の下働きとして料理に携わっていたバルトは手際こそそれなりに良いのだが、料理の知識はその頃の料理部隊の隊長や、この店の前店主から学んだものがほとんどだ。各地を回る過程で聞き知った知識などもあるものの、どうしてこうすると、こうなるのか? というような根本的な知識に関しては欠けている部分も多い。
それでも経験から正解をつかみ取る場合もあるものの、やはりこうした手探りの作業は未知への期待と共に不安が募る。
様子を見ながら幾度かローラーに通しなめらかになった生地を、刃を取り付けたパスタマシンにセットし、いよいよそばを切っていく。
するすると切られていく麺は、見た目だけならかなりレシピのものと近い。
「おー、すごくそれっぽいっスよ!」
「ほんとにぽいだけで終わる可能性もあるけどな」
「いやいや! きっと美味しいですって!」
特に根拠もなく明るいジョットに、バルトはいつも通りの仏頂面ながらも、少しだけありがたさを感じる。カミラと一緒に料理をしたときもそうだったが、この無条件な脳天気さは、正解の見えない作業のお供としてはなかなかに優秀だった。なんとなく気分が明るくなるからだ。
「ひとまず麺は打ち終わったが……。こっちのだしのほうも確認するか」
ふつふつと煮える二種類の海藻それぞれの鍋から、小皿へとスープ未満のお湯をとる。まずはそれを飲み、同じようにスープをついだ後、今度は少量の塩を加えて味を見てみる。
魚介とはまた違う潮の風味は判別が難しいが、どちらがうまいか? と考えると、バルトとしては板状の海藻のほうがどことなくコクがある気がしなくもない。ジョットのほうはしきりに首をかしげていた。
次に干しキノコを茹でたお湯と海藻だしを混ぜ、また塩をほんの少量入れる。それを飲んで、やはりバルトは板状の海藻のほうがうまいと感じた。
「俺としてはこっちだな。どうだ?」
「……あ! おれもこっちかも! 海藻茹でたやつだけだと正直ちょっとよくわかってなかったんスけど、なんか混ぜて塩入れると、こっちが美味いと思うっス!」
「よし。それじゃこっちをベースにして調味料を入れるか。そばも茹でるぞ」
「うわー、楽しみっスー!」
「盛り付けに使うから、そのへんの深皿から好きなの取れ」
いよいよ完成が近づき、ジョットはうきうきと歓声を上げて食器棚の前へと立った。どれにしようかと考えつつも、視線はちらちらと鍋とバルトのほうへ向けられている。
レシピに載っている本物のソバとは違う可能性があるため、ゆで時間はレシピを参考にしつつ、時折麺を取り出して火の通り具合を確認する。パスタであれば中心にほんのりと芯が残る程度に茹でるが、今回は完全に茹で上がったところで麺を取りだした。
「よし。じゃあスープと合わせてみるか」
「なんか緊張するっス……」
レシピ通りの調味料、とはいかず、今回もみりんを砂糖と酒に変えて誤魔化し、醤油を魚醬で代用したものを、同じく代用食材でとっただしと掛け合わせたスープ。考えてみると完全に別物なのではないかと思いつつも、バルトはひとまず熱いスープに麺をくぐらせた。
その上に、謎の芋のペーストをかける。海苔は今回はあきらめて、刻んだ白ネギを乗せる。
「ついでにこれも乗せてみるか? 一応食えはするだろうし」
「お。俺も挑戦してみます!」
だしとしては使わなかった縮れた海藻は、湯がくと柔らかく広がり、なんとなく葉物野菜の用にも見える。日本人が見れば、これをわかめと呼んだかもしれない。
ジョットが選んだ、レシピに載るものと少しだけ似た白い深皿に盛られたとろろそばもどきは、見た目だけならなかなかの出来映えだ。
「そういばこれ、フォークとスプーンで食えば良いんスかね?」
「多分……」
パスタに比べて柔らかい麺はフォークでは食べにくいような気がしたが、まあ異世界の料理なのだ。食べ方なんて今更だろう。
二つの器をそれぞれカウンターとキッチンに置き、二人は顔を見合わせた。
緊張の実食である。




