魔法食堂のおうちカレー・4
用意した材料はタマネギ、ニンジン、ジャガイモ、豚肉と、とろみ付けのナッツペースト、スパイスやハーブ、調味料。
材料のラインナップのせいか、バルトはなんとなく、肉じゃがを作ったときのことを思い出した。ただしあのときとは工程はまあまあ違う。
「まずはこのタマネギを細かく切るんだが……、俺はこの作業が大嫌いだ」
「突然の拒絶から始まったッス」
「しょうがねえだろ。これ好きなやつなんているもんか。だから全員で手分けしてやる」
「しょうがないなあバルトは~」
バルトは初めて再現料理を頼まれたあの日から、色々なことを学んだ。異世界料理は興味深くて美味しいということ。気心の知れた友人と一緒にする作業は楽しいということ。そして使えるもんはなるべく使ったほうが楽だということを。
カミラとジョットはさすがに賢くて物覚えが良いし、手先もなかなか器用だ。手を抜くことはないし、なんだかんだ言いつつ、こちらの作業を見ているだけよりは、多少何か手伝えるほうが楽しいらしいとは、バルトも察している。
慣れているぶん当然バルトのほうが作業量は多くなるわけだが、全員等しくタマネギの洗礼を受けて涙を流しながら、切った物をフライパンに敷き詰めた。その上からオリーブオイルをたらして軽く混ぜ、温めておいたオーブンに入れる。
「普通に炒めても飴色タマネギは作れるんだが、めんどくせえから今日はこうする。その間に他の具を切ってくぞ」
「バルトは楽を覚えてしまったねえ……」
「人使いも荒くなってきたッス!」
「やかましいわ。皮剥いてやるからジャガイモとニンジン切っとけ」
「はあーい」
バルトがするすると皮を剥いた野菜を、カミラとジョットが一口サイズに切っていく。今回はジョットの希望が具材ゴロゴロなカレーなので、ばくっと頬張る大きめサイズの一口だ。
指を切らないよう慎重に作業をする二人の傍らで、サクサクと豚肉をを切り分けたバルトは、その表面を鍋底に軽く押しつけ、焼き目を付けていく。煮込んだときに味が抜けすぎないよう表面を固めているのだ。
野菜を全て入れて軽く炒め、次は冷蔵庫から取ってきたおろしニンニクも入れる。全体に油が回ったところでいよいよスパイスも入れ、軽く炒めて油と馴染ませると、ふわりとカレーらしい香りが漂ってきた。。
「本当は粉にしてから何日か寝かしておいた方が美味いんだが……、まあ試作だしな」
「私は早く食べてみたいからOKだよ!」
「オレもお腹空いてるんで大丈夫ッス!」
「そりゃよかった」
野菜に火が通ってきたところで、バルトはオーブンを開けた。中からぶわりと熱気と共にタマネギの甘い匂いが漂ってくる。すっかり飴色になったタマネギと、ナッツペースト、作り置きの野菜のブイヨン、ついでにローレルを鍋に入れれば、あとはコトコト煮込んでいくだけだ。そこでバルトは先程ジョットがカレー煮を食べたときの感想を思い出し、牛乳を足した。
「けっこう簡単に作れるんスねえ」
「そうだな、手順自体は難しくはねえ。ただスパイスの準備がちょっと面倒くせえだけで」
「乾煎りしたり殻取ったりすり潰したりー、けっこう手間がかかるよねえ~」
「まあそれだけ風味も良くなるからな。ところで今日はカレーライス用の米はねえが、パンかショートパスタで良いか?」
「あ、オレはパンで大丈夫ッス!」
「私はねえ、マカロニかなにかにカレーをたっぷりかけて焼きカレーにしたら、きっと美味しいと思うんだあ。マカロニグラタンも美味しいし!」
「じゃあそうするか。煮えるまで好きにしてて良いぞ。俺は仕込みをする」
「わかったあ~」
そうして三人が思い思いに過ごす間にも、ごろごろ野菜のカレーは鍋の中で具材をゆらゆら揺らしながら煮えていく。店の中は温かくて、スパイスと肉と野菜の良い匂いが漂っていて、作業の音がする合間に誰からともなくなんてことのない話をする。
妙に居心地が良くて温かい空間の中で、バルトはなんとなく、セラのことを思い出していた。
そういえばあの魔女殿は料理は作れるのだろうか。というかキッチンに立った経験はあるのだろうか。ふとそんなことが気になった。
おうちカレー、というのはいかにもぼんやり曖昧な依頼だ。誰かが家族のために作ったものならば、きっとそれはどんなメニューだろうがおうちカレーだろうとバルトは思う。日々の暮らしの中で、自分や親しい人のために、あり合わせで作る料理。家庭料理とはそういうものだろう。
そんな思考を頭の端に引っかけながら、バルトは鍋の様子を見ながらぐるりと中身をかき混ぜた。煮込まれてとろみの付いたカレーの中で、ジャガイモがちょっと溶けている。これはこれできっと美味いだろう。
カミラの要望通りにグラタン皿にマカロニを敷き、たっぷりカレーをかけて、その上に削ったチーズと、真ん中に卵を一つ。オーブンに入れて五分も経てば、チーズは溶けて卵は半熟に焼き上がる。
匂いを嗅ぎつけたカミラは既に課題用の本から顔を上げて、カウンターの中をそわそわと覗き込んでいた。ジョットのほうは一見落ち着いてノートの整理をしているように見えるが、文字がぐにゃりとゆがんでいる。
「できたぞ、熱いから気い付けろよ」
そう言って、カミラの前には熱々の焼きカレー、ジョットの前には大盛りカレーと、軽く焼いてパセリバターを塗ったパンを置いてやる。バルトのぶんは人並みに盛ったカレーに、ジョットに出してやったパンの切れ端だ。
「やったー! すんごくいい匂いする!」
「なんかこう、食欲がわく匂いッスよねえ~」
「そら良かった。じゃ、食うか」
今日はカウンターに二人、キッチンに一人で、同じタイミングでスプーンを握る。
ひと匙すくって口に入れると、最初に感じるのはタマネギやナッツペーストの甘さ、それから塩味だ。同時に鼻をスパイスの香りが抜けていく。甘くて爽やかで、少し苦くて土っぽい。単体で見ればどうにもバラバラなのに、炒めて煮込んで渾然一体になると、やたらと複雑で味わい深かった。
唐辛子の辛みが来るのはその後だけれど、全体がナッツペーストや牛乳のマイルドさで幾分中和されている。辛さは油分に溶け込んでするりと喉の奥に飲み込まれていき、噛むと解ける肉のうまみや、すっかり柔らかくなった野菜の甘さが後味を良くしてくれた。
辛いものが得意な人間なら唐辛子を増やしたり、更に胡椒を追加しても良いだろう。適度な刺激は食欲を促進してくれる。
「うん、なかなか良い感じだな。やっぱりスパイスとブイヨンと具材だけよりは、ナッツや牛乳で中和した方が舌に馴染むかもしれねえ。生クリームでもいいかもな」
「さっきのも美味かったっすけど、オレこっちのほうが好きッス! 肉も美味いッス!」
「私もこっちの方が好きだよお~。そのまま食べても美味しいけど、チーズと卵が入ると、もっとコクが増して良い感じ! でもスパイスはちょっと弱くなっちゃうかなあ」
「チーズも卵も味が強いからな。ジョットもチーズ足してみるか?」
「え! 食ってみたいッス!」
それを聞いて、バルトはフライパンに少量の牛乳と削ったチーズを入れる。ふつふつと湧いてきた牛乳とチーズをくるくると混ぜて滑らかなペースト状にし、差し出されたカレーの上にかけてやった。
「溶かしたては熱いからな、火傷すんなよ」
「わかったっす!」
チーズをカレーに混ぜ込み、それをトーストで掬い取って口の中に放り込むと、ジョットは目をキラキラさせた。
「オレこれも好きッス!」
「若いやつはこってりしてるほうが好きだよなあ」
バルトもチーズは好きだ。しかし最近どうにも油っこいものが薄ら胃もたれし始めているため、自分の皿にかけるのは、ジョットの皿にかけてやった量の半分に留めている。
食べてみれば、たしかにカレーとチーズはよく合う。というか乳製品全般が合うのだろう。
渡された料理本を読んで理解はしていたが、実際食べてみて、バルトはカレーの秘めるポテンシャルがよくわかった。
今回は豚肉を使ったが、鶏や牛だとまたひと味違う物になりそうだ。シーフードカレーに豆のカレー、もっと辛いらしいグリーンカレーとやらも気になるし、ドライカレーやトマトのカレーも作ってみたい。スープや煮込みだけでなく、炒め物もいいだろう。
色々とやってみたことはあるし、食べてみたい味もある。選択肢は無限の如く広がっていて、ついでに資金もたっぷりだ。
しかし、でははたして、この店のおうちカレーとはいったい何にするべきだろうか?
そう考えたとき、バルトの視線は目の前のカミラとジョットへ向いた。
ほにゃほにゃした締まりのない笑顔を浮かべ、ぱくぱくもぐもぐとカレーを頬張る二人は、まったくもって幸せそうに見える。これが本の魔女様からの依頼だということも忘れていそうなその笑顔に、バルトはついつい口の端だけで小さく笑った。
バルトは食べることが好きだ。今もそうだし、子供の頃からそうだった。
物心つかないうちから隊商に拾われ旅暮らしだったバルトにとって、見慣れない新しい町や国へ行くことはただの日常だった。
隊商の構成員はたびたび入れ替わり、野営用の天幕も時折買い足したり交換され、当然自分の部屋などと言うものはないし、そもそも拾われた子であるバルトは自分の財産と呼べる物もほとんど持ち合わせていなかった。
とはいっても勿論、それは別に不幸な暮らしなんかではなかった。そこらの孤児を拾って商売や行商や生活の知識を身に付けさせてくれた隊商の人々は善良だったし、仲の良い人間もたくさん居た。
毎日のように景色の変わる暮らしの中では、料理の味だって仕入れた食材によって変わるし、食事当番の人間が入れ替われば同じ料理でも味付けも多少変わる。
いわゆるおふくろの味、というものとは少々縁遠い生活だったが、バルトはその暮らしの中で、食べ物というのは誰と食べるかがことのほか重要なのだと気付いた。
勿論どうせ食べるなら美味いもののほうが良いが、まだ馴染めていない新顔の、しかも強面のおっさん達に囲まれて食べる豪華な食事よりは、気心の知れた昔なじみ達と粗末なスープでも啜っているほうがよほど舌が喜ぶし腹と心が満たされた。
だからこの町で運良く善良な料理人老夫婦と出会い、こうして自分の店を持ち好きな料理ばかりを出して、こんなふにゃふにゃな笑顔を浮かべてメシを食う客を眺めたり、ぽかぽか暖かな店内で友人と試作した料理を食べる暮らしというのは、楽しいものだ。勿論一人で仕込みの合間にまかないをかっ込むような食事だって、こうした日々に支えられているおかげで過ごせる時間なのだから、十分に満たされるものだ。
「おうちカレーってなあ、なんだろうなあ」
ぽつりとそう零したバルトに、カミラとジョットは首を傾げた。
「おうちで親が出してくれるやつじゃない?」
「家でわーっと作って好きに食べるやつ、みたいなイメージッス」
「だよなあ」
バルトは二人の言葉に共感し、大いに頷いた。そもそもおうちカレーなんてもんは金を払って依頼する料理ではない。前提をひっくり返すが、どう考えてもそうなのである。
バルトは依頼を受けた後に気になって調べてみたが、龍人というのは大抵、独り立ちの時期になると家を出て、それからはほとんど帰ることもないらしい。ただし子育てをしているときは実家に身を寄せることもあるのだという。
勿論これは世界の民族やら習俗やらなにやらについて書かれた本に載っていただけの情報であり、実態とは乖離している可能性もある。そもそもセラの家が龍人族の普通とかけ離れている可能性もある。
ただしこうした理由から考えるに、セラは実家に帰ってカレーをリクエストするような育ち方と文化ではない可能性がある。
とはいえ、彼女は本の魔女様だ。つまり学園の塔を自宅扱いして六十年ばかり引きこもってきた魔女であり、あんなふうに側近と上下関係もなく仲良く過ごして、並んでクッキーを食べる仲だ。
ならば例の完璧な料理しか作れない料理長とやらが、魔女様や司書仲間のために作ったカレーを皆で食べれば良いんじゃないだろうか。それがバルトの考える一番それらしい「セラのおうちカレー」である。
しかし今回求められているのは、魔法食堂マリエットの、そして異世界料理再現同好会のおうちカレーなのだ。
バルトはそこまでを考え、そして手元を覗き込んで、ふと思った。
「もうこれで良くねえ?」
「雑だ!」
「投げやりすぎるッス!」
間髪入れずに返された声に、バルトは眉間にぎゅっとしわを寄せる。そもそも普段から寄り気味なので、なにもしなくともなんだかちょっと不機嫌そうな顔なのだが。
「でもお前らも好きな味だし美味いじゃねえか……」
「まあそれはすごくそう」
「オレこれ好きッス」
美味しいは正義だよなあ、と頷き合う犬猫コンビに、バルトも合わせて頷いた。
カレーは多分どう作っても美味い。何を入れても美味い。まあ限度はあるがきっと大体そうだ。
それなら好きにやれば良いんじゃないのか?
バルトは思いついたことを、二人に話してみることにしたのだった。




