魔法食堂のおうちカレー・3
一目会うことすら想像もしなかった雲の上の存在から料理を食べたいと頼まれたとしても、バルトの日々の仕事が一介の食堂の店主であることにかわりはない。
幸いセラは自分の依頼に取り組むのは仕事の合間で良いと言ってくれたため、今日も今日とて魔法食堂マリエットは通常通り営業中だ。
とはいえとんでもない依頼をほうっておいて他の料理を作るというのも、なにやら胃のあたりが若干重くなる。そんなわけでバルトは本から得た知識により、基本的なスパイスを料理に使ってみることにした。
バルトは普段、あまり料理にふんだんにスパイスを使うことはない。そもそもスパイスは遠方でしか採れないようなものだと希少だし、高いのだ。風味を付けるなら近隣でも採れるハーブを使うことの方が多い。なんなら自分で育てているものだってある。
しかし今回はなにせ後ろ盾が抜群に大きいものだから、ツテもあるし資金もある。普段は手の届かないような高級品から希少品まで、買おうと思えば何でも買えそうな勢いだった。
そもそもこの魔術都市だけに限らず、国自体が異世界技術のおかげで潤い、どんどん物流が発達してきているのだろう。バルトが子供の頃に比べても、市場で取り扱われるスパイスの種類は増え、価格も下がってきているという体感だ。
とはいえ何でもかんでも領収書を本の魔女宛にして買いまくる、なんていう図太さはバルトにはない。金にがめつくやや偏屈なところはあれど、基本的には常識人なのだ。
なので今のところ買っているのは、どうやらこれが基本らしいと学んだ、クミン、コリアンダーシード、ターメリックの三つのスパイスのみだ。
バルトはまずこれらで、ジャガイモとソーセージの炒め物を作ってみた。次にそれに野菜のブイヨンを加えて煮込んでみる。
最初から煮込んだ場合に比べると、油で炒めてからの方が香りや風味が良い気がする。なるほどなあと頷きながら、バルトは出来上がったカレー風味のジャガイモとソーセージの煮物を、本日のサイドメニューの一つにした。ちなみに試作品を店に出す許可は本の魔女から直接貰っているので問題ない。
その日はメインの鶏のグリルとシチューがよく出て大忙しだったが、ジャガイモとソーセージのカレー風煮もとんでもない速さで売り切れてしまった。スパイスの香りが物珍しくて皆注文をしたのだろう。食べ慣れている料理しか食べないという客もそれなりに居るものの、マリエットはバルトの創作多国籍料理のせいで、なじみ客は大抵妙な料理に抵抗がない。
その一人である、三件隣の食料品店の店主アダンが店にやってきたため、バルトはカレー煮を出してやった。
「おっ、新しい料理か! なんか複雑な風味だな……」
小鉢に盛られた料理をもりもりとほんの数口で食べてしまったアダンを横目に眺めつつ、バルトは彼が届けに来てくれた注文品の箱を開けた。
中身は乳鉢と乳棒だ。マリエットにも元々ある調理器具ではあるが、スパイスを複数使うために追加で購入したのである。これも経費で落ちるのだからありがたい。
「ああ、カレーっていう料理を今作ってみててな……。必ずってわけじゃないが、辛いスパイスが入っているものがポピュラーらしい。お前んちって辛いの駄目なのは居たか?」
「うちは全員腹も舌も丈夫だから大丈夫だ! 唐辛子を漬け込んだオリーブオイルでパスタ作ったときがあるんだけどよ、ニーコも美味いっつってたぜ!」
「そうか、じゃあそのうちまた試食頼むかな」
「そりゃありがてえな! じゃあ俺もなんかあとで差し入れしてやるよ。スパイスがいいのか?」
「あとは乾燥ハーブも何種類か……。あ、それと、この前お子様ランチ作ったときの短粒米って取り寄せられねえか? 詳しくは言えねえんだけど、食いたいって依頼があったんだ。経費で買えるから割高になっても問題ないんだが、なるべく早く手に入れられれば嬉しい」
「おお、急ぎか? じゃあ仕入れ先だけ教えるからよ、魔術師の知り合いに頼んで早便でも出してもらうってのはどうだ? お題は情報料だけにまけとくぜ」
「助かるよ」
「了解だ! 前食ったおでん、だったか? あれも美味かったからなあ。今回のも楽しみだぜ!」
米を扱う店への連絡先を書き置いて、嵐のように声のでかいアダンが去っていったほんの数分後、今度は別のやかましい客がやってきた。どかんと勢いよく扉を開けたのは、カミラとジョットの犬猫コンビだ。いい加減蝶番がいかれるのでは、と最近バルトは密かに心配している。勿論壊れたら二人、主にカミラに請求する予定だ。
「バルトぉ! スパイス追加持ってきたよお!」
「今日はカルダモンと唐辛子ッス! あと本もあるッスよー」
「ありがとな。ひとまずこっちは先に貰ってたスパイスで作った、ソーセージとジャガイモのカレーっぽい煮込みだ」
「うわあい!」
「スパイスって匂い強いんスねえ。ハーブとかもだけど」
わいわいとカウンター席に着いた二人の前に、これまた取り置きしておいたカレー煮を置いて、バルトは少し首を傾げた。相変わらず吸い込むような勢いでもりもり食べるカミラに対し、ジョットのほうは少しだけ食が進んでいない。
「スパイス苦手だったか?」
「いやあ、苦手っていうか慣れないッス! 苦い? みたいな甘い? みたいな……」
「クミンかターメリックか……? 生クリームやバターや牛乳あたりで味をまろやかにしてみるか……」
顎に人差し指をかけて考え込み始めたバルトに、ジョットは両手を顔の前でばたばたと振った。
「や、大丈夫ッスよ! 嫌いなわけじゃないッス! それに、本の魔女様はこれくらいのほうが好きかもしれないですし!」
確かに今回の依頼主は本の魔女、セラだ。しかしバルトは首を横に振り、ジョットとカミラを見た。
「とはいえ俺なりの解釈で作っていいってことらしいからな。それなら皆が美味いと思って食えるモンのほうがいいだろ。同好会の全員で作るわけだしな」
当たり前のようにそう言われ、ジョットは照れて後頭部をがりがり掻いた。その横でカミラは腕を組み、後方理解者ヅラでうんうん頷いている。バルトは目つきも口も悪く誰に対してもやや不遜だが、大金と共に依頼をしてきた権力者の美女と同じくらいに、友人の好みも考慮して料理を作ってくれる男でもあった。もっとも本人は料理の美味さは全てに優先されると思っているだけなのだが。
「まあそれは一旦置いといて、荷物貰っていいか?」
「いいよおー。はい、こっちがスパイスで、こっちが本ね」
渡された二つの小瓶には、それぞれ尖った緑色の種子と、真っ赤な莢が詰まっている。
本のほうは翻訳済みのものが二冊。片方は表紙に海と鉄製の船らしい絵が描かれており、それなりに分厚い。もう片方はバルトには見慣れないもので、なにやら表紙も中身もほとんどが絵で校正されているようだった。
「こっちは海軍カレー、……ああ、なんか軍隊で決まった日だかに食べる習慣が、みたいな話してたな」
「そッスね。一応理由があってそうしてるらしいんスけど、それを切っ掛けにめちゃくちゃカレー文化が根付いたらしくて……。オレも読んだけど、面白かったッスよお」
「そうか、楽しみだな。……で、こっちはなんだ?」
バルトが怪訝そうな顔でパラパラとページをめくっている書物の名を、料理漫画という。ある意味異世界日本の料理文化を知るにはもってこいなのだが、そもそもバルトは漫画というものを当然一度も目にしたことがなく、読み方だってわからない。
とはいえそのあたりはセラも心得たもので、絵柄も親しみやすく、話も込み入っておらず、コマ割りも斬新すぎない読みやすい漫画を選んでいた。
「こっちは漫画って言って、まあすご~~くぎっちり絵と話を詰め込んでテンポとストーリー展開を早くした絵物語というか……、いや、漫画だって独特の間ってもんがあるから一概にそうとは言えないかもだけれど……」
「もちろん絵本がぎっちり詰め込まれていないのかと言ったらそんなことはないんスけど、それとはまた違って娯楽要素が強いというか……、いや他の本だって当然娯楽要素を追求したものはあるんスけど……」
「……まあ、お前らがこれ好きなんだろうってことは伝わったよ」
「そう!? よかった! そうなんだよ、漫画は面白いんだよ……」
「オレたちもちょっとしか読んだことないんスけどね。セラ様もお好きではあるらしいッス。でも召喚するときりが無くなるから少数精鋭にしてるらしいッス」
「色々大変なんだな……」
会話をしつつ、バルトは絵にまみれた紙面に視線を落とす。どういった向きで読めば良いのかを習えば、あとはおおむね苦労せずに読めそうだった。中にはレシピに載っていた手順よりも詳しい描写があったり、食べた人間の感想がいささか誇張されてはいるが描かれていたりと、参考になる部分も多い。
「こっちも面白そうだな。次の試作はこれ読んでからにしてみるか。……と思ったけどその前に、ジョット、スパイスすり潰すの手伝ってくれ」
「いいッスよお」
「私は!?」
「そうだな……カルダモンの莢に切れ目入れてってくれるか? 中の種だけ使いたいんだ」
「わかったあ!」
力仕事の得意なジョットと、細かい作業に長けているカミラは、案外毎回料理の役に立っている。これで本人達にもっと意欲があれば、作業だけでなく料理自体を仕込めるだろうに、とバルトは常々思っていた。とはいえ、人が作ってくれたものを食べたいだとか、自分で作るのは面倒くさい、という気持ちはわからないでもない。才能があることとやりたいことは一緒とは限らないものだ。
「なんか……これすり潰してると……クシャミでしょうになるッス……!」
「既に出かけてるからちょっと離れとけ」
「バルト、私ってひょっとしてサヤ取りの才能があるんじゃない……? 魔術だけにとどまらず……!」
「あー、うん、そうだなー」
なんてのことない会話をしながら、なんてことのない作業をする。それは一人で手を動かして料理に集中するのとは、また違った楽しみだ。
先代店主と並んでキッチンに立っていた時代にもこんなやりとりはあったが、あれはプロ同士、師弟同士、という間柄もあって、また違う雰囲気だった。もちろんそれも悪くはなかったが。
そんなことを考えているうちに、バルトはふと思い立って呟いた。
「そういやお前らは食ってみたいカレーはねえのか?」
「えっ!? いいの!?」
「あるッスけど……、魔女様の依頼が先かなって……」
普段はたいそう図太いくせにそんな殊勝なことを言う二人に、バルトは片眉を上げて小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「馬鹿言うな。お前らは異世界料理再現同好会なんだろ? 料理作って食って悪いことなんかあるもんかよ。それに試作の幅は広い方が参考になるしな」
そう言われて、カミラとジョットはぱっと顔を見合わせ、わあっと作業を中断してカウンターへと戻った。それぞれ鞄の中に忍ばせていたらしいレシピを手に、二人揃ってキッチンへと入ろうとするものだから、通路との境でちょっと詰まっている。ポンと先に出てきたカミラと、それを追いかけて長い手を伸ばしてきたジョット、二人分のレシピを手にして、バルトはふむふむと頷いた。
「私はね! 焼きカレーっていうのが食べてみたいの! 卵とチーズ乗っけてるやつ!」
「オレは具がごろごろでっかいやつが食べてみたいっす! 肉は豚が良いッス!」
「了解だ。ひとまずジョットが食いたいやつ作って、それで焼きカレー作るんで良いか?」
「良いよお! やったー楽しみ! イエーイ!」
「やったッスー! うおー!」
「はしゃぎすぎて物倒したら止めるからな」
「うぉううぉう……」
「いぇいいぇい……」
喜びのダンスを踊り始めた二人に、バルトは腰に両手を当ててため息をつき、一応の釘を刺しておいた。その程度ではへこたれない二人は変わらず満面の笑顔だが、うきうきと振り上げられていた手は顔や胸の前あたりで控えめに振られるようになったので、譲歩はされたようだ。
常に暢気で陽気な犬猫コンビをあきれ顔で見つつも、実のところバルトがアニマルセラピーの効果を受けまくっていることは、今更言うまでもない。




