珍しい客とおでん風煮込み・4
依頼人であるクラリサへの料理のお披露目は、最初の試作から十日後に決定した。
試作は数回繰り返したが、一番時間がかかったのは昆布の取り寄せと大根の確保だ。
昆布のほうはごく普通に届くのを待っていただけなのだが、大根のほうはというと、学園の敷地を一部借りて大根その他の植物を植えていた研究者が一身上の都合で急遽田舎へ帰ることになり、使用権が宙に浮いてしまっていた関係で交渉が少々難航したのである。
研究者が所属していた研究会との話し合いの末、バルトが預かっていた魔女の司書のカードをちらつかせる、という手段に出て大根を手に入れてきたカミラは、「やはり最後にものを言うのは権威……!」と少々思想に偏りを生じさせていたが、材料の調達は概ね平和に済むこととなった。
しかし結局醤油とみりんは手に入らなかったし、こんにゃくの再現もこんにゃく芋の入手手段がなく、叶わなかった。栽培自体はされていたのだが収穫量が少なく、全て種芋に回したいという丁寧な説明を受け、こちらについてはカミラが権威に頼ることを諦めたのである。
そんなわけで完全再現とはいかなかったが、そもそも正解のわからない異世界料理。ひとまず美味ければそれなりに満足してもらえるだろう、とバルトは自分を励ました。どうせ報酬だって後払いなのだ。
先だって犬猫コンビやご近所のピエリーニ一家にも試食を頼み、味については好評を得ている。だからまあ大丈夫大丈夫。なんて自分を励ましてはいるが、流石に開き直りきることはできずに、表情は普段に輪をかけて固い。
三角巾とエプロンを着けたカミラとジョットも、さすがにいつもののほほんとした笑顔はしまい込み、バルトと共にカウンター内でそわそわしている。
魔女の司書、クラリサ・シトロンは、今日も白いコートと白いブーツという出で立ちで、魔法食堂へとやってきた。
「本日はお招きいただきありがとうございます。とてもよい香りがしていますね」
楚々とした花のような立ち姿で、その権力と資金力と美貌を鼻にかける様子もなく丁寧な挨拶をするシトロンに、バルトはぎくしゃくとお辞儀をする。
「こちらこそ、足を運んでいただき感謝している。
あー、申し訳ないが、今回はレシピに載っていた材料のうち、こんにゃくは再現できなかった。
調味料の醤油とみりんも無い。こちらは砂糖、ライスワイン、魚醬で代用している。その他の食材についてもなるべく近いであろう品を用意しているが、完全な再現とは言えない状況だ」
「いえいえ、謝ることなどございません。難しい材料が多かったのでしょうが、近づけるための努力は十分にしていただけたのだと伝わっております。
異世界の見知らぬ料理を、可能な限りこの世界の食材で、きっとこのような味だろうと想像しながら食べるということが楽しみなのです。それに完璧な再現をしていただいたところで、本当のおでんを食べたことのないわたくしには、勿体ないものですしね」
微笑みながらそう言ってくれるクラリサに、同好会三人組は揃ってほうっと安堵のため息をついた。そのついでに、カミラのお腹がぐうと鳴る。
あわわ、とあからさまに慌てた顔で視線を泳がせるカミラに、クラリサはにっこりと笑って優雅な仕草で片手を差し出した。
「こんなに美味しそうな匂いがしているのです、無理もありません。よければ皆さんもご一緒に、食べてはいただけませんか? 大鍋で作る料理というものは、ひとと共に囲んで食べるのも味のうちかと存じます」
言われたとおり、今回おでんを作ったのはなかなかの大鍋だ。しかも普段店で使っている寸胴鍋ではなく、浅めで幅の広い鍋をわざわざ新しく用意している。このての料理の常として、大きな鍋でたっぷり作ったほうが美味くなるだろうというバルトなりの経験と、レシピに載っている写真のように、きちんと具材が見えている状態のほうが盛りやすいだろうという判断からの選択だ。
これを一人で食べきろうとするならば、毎食食べても三日は覚悟するべきだろう。流石にそんな気はなかったのか、単に心が広いのかはわからないが、クラリサの申し出は三人にとって非常にありがたかった。
なにせ本日は同好会にとって大切な日だ。念入りに準備をしたぶん気疲れで腹が減っているのに、目の前には美味しい匂いの大鍋。味見兼試食程度ではぐうぐう鳴る腹の虫を誤魔化すことなどできなかった。
そう、この三人はバリバリの権力者の依頼を受けて食事を用意したこの場面で、結局緊張より空腹が勝ってしまったのである。呆れるほどの食い意地だった。
「じゃあお言葉に甘えるか」
「わあい! 今日は何の柄にしようかなあ」
「あ、クラリサ様は何にします?」
なんて当たり前のように食器棚の前へと誘われたクラリサは、きょとんとしたあと嬉しそうにいそいそと三人の横へ並んだ。今日はカミラはぶどう柄、ジョットはひまわり柄、バルトは犬猫コンビの独断で選ばれた花柄、クラリサは白い無地に花模様の凹凸が付けられたものだ。
「それじゃあ、食べたいものを選んでいってくれ」
そう言われて、まずは最初に依頼主であるクラリサが具材を吟味する。
今日のおでんはマグロ節と昆布もどきと干し椎茸でとっただしに、酒と砂糖と魚醬と塩を加えた和風スープだ。具材は大根、牛すじ、卵に厚揚げ、練り物はかまぼこが不採用になった代わりに入ったちくわと、はんぺん、野菜入りのさつま揚げ、豆腐を混ぜた魚河岸揚げとなっている。
あまり多く取り過ぎては、食べているうちに冷めてしまう。クラリサは最初に大根と牛すじ、ちくわ、厚揚げを選んだ。
同好会三人組もそれぞれに好きなものを選び、具材が軽く浸る程度にスープを注ぐ。カウンターにはクラリサが、キッチン側には三人が座り、いよいよ緊張の実食タイムだ。
まずはフォークで大根をカットし、ぱくりと一口。とたんに大根の水分とよく染みたスープがじゅわりと口内に広がる。だしと魚と牛すじのうまみがよく出たスープはあっさりしているのにコクがあり、けれど生臭さは感じない。魚の味が濃いスープの臭み消しに、どうやらネギとショウガを使っているようだとクラリサは風味から感じ取った。
「美味しい……」
ふわりと花の綻ぶように微笑んで、クラリサがぽつりと感想をもらす。それを見て、カミラとジョットはカウンターの裏でこっそりガッツポーズをした。
次に食べるのは牛すじだ。レシピの写真に倣って串に刺された牛すじを、一旦フォークを皿に置いて持ち上げる。ぱくりと食べればすぐにかみちぎれ、ぷるぷるとろとろと口の中で崩れてしまう。脂っこさはなく、噛めば噛むほどうまみが溢れてくる。
次はちくわ。元々は竹にすり身を付けて焼いたものなのだが、今回はそういうわけにもいかずただの串を使った。穴の部分は少々小さくなったが、形状としてはまあ同じだ。こちらは煮溶けない程度に煮込んであり、元々は白かった断面も薄茶色に染まっている。
ぷりぷりとふにゃふにゃの間の食感は珍しく、表面の焼けた皮の部分はほんのりと香ばしい。
厚揚げはしっかりスープを吸った表面と、するりと滑らかな中の食感の違いが楽しい。試作時の反省を活かしてきっちり水を切ってから揚げた豆腐はどっしりみっちりとやや固めで、豆の味がぎゅっと詰まっている。
クラリサはにこにこと微笑んで、からになった皿をバルトへ差し出した。
「どれも本当に美味しいです。もう一皿頂いてもよろしいですか?」
「そりゃ当然、いくらでも食ってくれ。あんたのための料理だよ」
バルトはクラリサの皿を貰い、今度は先程取らなかった具材を盛っていく。
「あっ、大根をもう一度いただいても?」
「あいよ」
最初に比べればすっかりお互い気安い話し方になっていたが、二人ともまだそこには気付いていない。だしの効いたおでんをはふはふと吹いて冷ましながら頬張り、味わい、お腹の中がほっこりと温まる心地の良さに集中してしまっているのだ。
カミラとジョットも、いつものように好き勝手に感想を語り出さない程度にはお行儀に気をつけてはいるものの、顔のほうはといえばすっかりいつものほわほわの笑顔に戻っていた。
練り物は出来たてを食べた試作のときとは違い、汁を吸って味わいも食感も変化している。少し膨れて柔らかくなり、他の具材やだしのうまみも加わってより味わい深い。
正直このスープだけでもいくらでも飲めてしまいそうだと思いながら、クラリサはスプーンで汁をちびちびと大事に飲んだ。そこに味の染みた固ゆで卵の黄身が溶けると、また違った美味しさがある。
一通り全ての具を食べ、お気に入りのものをもう一度おかわりして、すっかり膨れてしまった腹をクラリサは満足げに撫でた。
「とても素晴らしいお料理でした。やはり店主殿にお願いして良かった。ささ、どうぞこちらをお受け取りくださいませ」
そう言ってカウンターに小箱を置いた繊手が、ぱかりと蓋を開く。中から溢れた黄金の輝きに、ほっこりまったりしていた同好会三人組はとたんにぎょっと表情を強張らせた。
おそるおそる受け取って、バルトはそっと指先の感覚だけでコインの枚数を数えた。箱の中には金貨が二列、五枚ずつ納められている。見た目からしても感触からしてもそうだ。箱をひっくり返して中身を取り出し検めれば早いのだが、小市民ゆえにそれはなんだか憚られた。
ちらりとカミラとジョットを見れば、二人とも金貨とバルトとクラリサの顔へうろうろと迷子のように視線を彷徨わせている。喜びよりはやはり戸惑いの勝るその顔を見て、バルトはクラリサに向き直った。
「いや、やっぱりこれはいくらなんでも多すぎる。確かに試作にも材料の入手にも苦労したが、それでもこんなにはいただけない」
そうきっぱり言われて、クラリサはますますにっこりと微笑んだ。
「わかりました。では、そちらのお金は今回の依頼の報酬および、次回の依頼の前金および制作費とする、というのはどうでしょう?」
「……もうひとつ作ってほしい料理があるってことですかね……?」
「ええ、そのとおり」
クラリサはこくりと頷き、一枚のカードを恭しく差し出した。クラリサの身分証明用のカードと似てはいるものの、こちらは白地ではなく黒地に金で文字が認められ、嵌められている宝石も深い藍色の石で、色違いだ。
バルトは後ろの二人がすっかり固まっていることに気付かぬまま、カードをきょとんと受け取った。
訝しげに自分を見る店主の目つきの悪さを毛ほども気にせず、クラリサは己が胸に軽く片手を当て、カードの主への敬意を示す。
「依頼主はセラ・セト様。本の魔女様、と言ったほうが馴染みがあるでしょうか」
美貌の客人の言葉にバルトは一瞬ぽかんと口を開け、続いて心の内からあふれ出る衝動のままに、礼儀も忘れてこう発した。
「あ??」
次回更新は今週末です




