珍しい客とおでん風煮込み・2
「ところでその、おでん、だったか?」
それが魔女の司書が依頼していった料理の名前だった。
名称からはさっぱりどんな料理かわからないし、レシピに載った写真を見ても、なにやら茶色い物が色々と鍋で煮込まれている料理だということしかわからない。
バルトは首を捻って、自分より異世界料理に詳しいだろう二人に尋ねた。
「こういうのは今までに見かけたことはあるか?」
「あるよぉ。日本語圏の料理だね。調味料もいつものやつだし。でもそれくらいだなー」
「だしとか調べてるとたびたび見かけるんスけど、よくわかんないから放置してたッスねー」
確かによくわからない料理だ。
カミラは今まで肉じゃがやすき焼きやタルトタタンなど、それなりに材料が分かりやすい料理を依頼していたし、ジョットも生で食べられる芋の現物に興味を持ったからこそとろろそばを依頼していた。二人ともが頼んだお好み焼きも、トッピングはさておき中身はキャベツに豚肉に卵に小麦粉と、用意のしやすいものだ。
それと比べれば、このおでんというのは謎が多い料理である。
具材は大根、こんにゃく、厚揚げ、卵、牛すじ、お好きな練り物……などと書いてあるが、バルトが理解できるのは卵と牛すじだけだ。
「大根の翻訳は大きいラディッシュ……。いやでかすぎるだろ。カブのほうが似てるように見えるが……、こんな長時間煮込んでも煮崩れてないってことは、俺が知ってるカブよりは固いのか?」
「全部がほぼ均一な形だね。筒状の植物なのか、ものすごく大きな植物から型でくりぬいてるのかな?」
「練り物もよくわからないッスねえ。形が色々だけど、全部同じ名称なのかな……? 加工方法は一緒だけれど具材が違うとか……? バルトさん、これ似た食材とか思いつきますか?」
問い返されて、バルトは少し考えた後、真っ白なはんぺんを指差した。
「俺が知ってる中で質感なんかが似てるのは、クネルだな。魚とか肉のすり身を小麦粉やバターなんかと混ぜて、スプーンでこう、ひとかたまりにしてから加熱する料理だ。川魚を使うやつが多いかな。
もしそれと近い料理なら、この白いのは蒸したか茹でたかしたやつで、このへんの均一に茶色いやつは多分揚げたやつだろう。見た感じ、野菜か何か入ってるのもあるみてえだ。
……だとすると、それとは別枠になっている厚揚げってのがなんなのか、余計に謎だが」
茶色くて白くて汁に浸かった謎の食材達の写真を、三人はしげしげと眺めた。調味料はお馴染みの昆布と鰹節のだし汁、醤油、みりん、塩だ。これで調味料まで半分以上謎だったなら、流石にバルトも依頼は受けなかっただろう。
しかし、こうして何度もこの文字を見続けていると、バルトにもそろそろ気になっていることがある。
「そろそろ鰹節と醤油とみりんをどうにかしたいもんだな……」
「ッスねー。全部製造過程に発酵が入るのがキツいんで、やっぱり自作よりは既製品で似たのを探し出したいとこッスけど……」
「ライスワインも同じ日本語圏の異世界技術で作られたんだよね? 醤油は無理かもだけど、せめてみりんはいけないかなー。同じアルコールだし……」
「確かにそこは行けそうな気配がなくもない。醤油は厳しいだろうな。塩分の濃い発酵食品は酒類とは別の菌を使うはずだ。普通は塩に耐えられないからな」
「そういやそうだねえ」
「鰹節は……、カビ付けて水分抜いて保存性を高める、ってところまではやっていなくとも、めちゃくちゃ固い干し魚を作ってる地域とかはありそうッスよね。保存食にちょうど良いですし」
「それもそうだな。……まあ、ひとまずそれぞれ探してみるか。俺はアダンと、機会があればじいさんにも似たものを見たことがねえか聞いてみるよ」
「オレも資料探してみるッス!」
「練り物とか厚揚げとか、今回は色々あるもんねー。
……ところで最近二人は再現料理会をやったんだってね?」
そろそろ解散か、というところで、ふいにカミラが低い声を出した。いつもはふわふわとした笑みを浮かべている顔も、妙にひんやりとして見える。
バルトとジョットは思わず硬直した。話の出所はおそらくアダンか、ニーコか。いや、同好会の活動にお子様ランチとオムライスが記録されているのだから、それを見れば一目瞭然ではあった。
ジョットとて今まで食べていない再現料理はあるのだし、ちょうど手が空いていて連絡のつく人間にバルトが頼むのも不自然なことではないのだが、それはさておき二人ともカミラの食い意地のはりっぷりについてはよく知っていた。食べ物の恨みは怖いのだ。
「いいんだよ、私だって子供じゃないからね……、タイミングが合わなかっただけだってわかってるよ。ちょうど研究が忙しかったから、声かけてくれても料理会には来れなかっただろうし」
「そ、そッスね~……。忙しそうだったんでオレも声かけなかったッスけど、次回があればまた……ね!」
「そうだな、まだ米も残ってるし、そのうち作れるだろ」
「ほんとだね? ほんとにほんとだね?」
ずずいと顔を近づけてそう尋ねるカミラの目は心なしか暗い。以前のように、ずるい! と騒がれたほうがだいぶマシだとバルトは心の中でこっそりと思った。
「ほんとにほんとだから、安心しろ」
「ほんとー!? わあい、やったー!」
喜色満面で椅子から立ち上がり、その場で万歳をしてくるりとターンを決めるカミラを、バルトとジョットは曖昧な微笑みで見守った。
次回からは少なくとも、声だけはかけよう。二人は顔を見合わせて黙って頷き、そんな取り決めをしたのだった。
その翌日、バルトは三件隣の食料品店、ピエリーニを訪れた。
この店は毎日使う小麦粉や塩などのありふれた食品の他に、各地の珍しいもの豊富に扱う少々変わった店だ。店主のアダンの新しいもの好きで旅好きな質が大いに影響しており、バルトはそんなアダンと仲が良い、というか非常に頻繁に絡まれている。
アダン自身は仕入れや新商品探しに余念が無く、店を開けていることも多いが、数日前に遠方から戻ったばかりのいまは家で店番をしていた。
「すっげえ乾燥させた魚か。あったなそういうの」
「マジか」
ダメ元で尋ねた話に良い返事が来て、バルトは思わずそう呟いた。
そんな様子を特に気にせず、アダンは倉庫へと引っ込む。その後ろに付いていき、バルトは倉庫の扉の前で少し待った。
「あったぞー。これだな。量が仕入れられなかったしあんまり日持ちしなさそうだったから、オレ一人でツマミにでもしようと思ってたんだけどよ、持ってって良いぜぇ」
「本当か? ありがとう、後で美味いもん作るよ」
「おう、頼んだぜ!」
渡されたのは、カチカチに乾燥した真っ黒な魚の半身だった。一目見て知らない素材だとわかるそれを、バルトはしげしげと眺める。
「こりゃあ、元は何の魚なんだ?」
「マグロの脂の少ないところを海水で煮て、乾燥させてるらしいぜ。表面に灰をまぶしてあるっつってたから、使う前に洗ったほうが良いかもな」
「なるほど……。ほんとにコレ日持ちしないのか?」
「それがなあ、南のほうから来た商人が自分用の保存食として持ってたんだが、折り返し地点で新しく別の保存食を仕入れたからって、譲ってくれたんだ。ただ、商品として管理してたもんじゃねえから、いつから持ってたかはっきりしねえんだとよ。だから早めに食えってさ。元々はかなり保存がきくもんなんだろうけど」
「なるほどな。現地だとどういうふうに食うんだ?」
「削ったのをそのまま囓ったり、砕いてスープに入れたり煮込み料理に混ぜたり、調味料みたいにも使うらしいな」
「なるほど。ものすごく保つ干し肉みたいなもんか」
「かもなあ」
アダンから聞いたことを頭の中でメモしつつ、ひとまずバルトはこれでスープを作ってみることにした。
スープというのは非常に食材の幅の広い料理だ。野菜くずや干し肉のかけらからでも作れるし、煮ても焼いても食べられない物でも、長時間煮込んでエキスを取り出せば食べられる。ウミガメのスープなどが良い例だろう。
昆布だしの取り方を覚えた際、バルトはかつおだしの取り方についても一応読んでおいた。水から煮始める昆布と逆に、かつおだしは熱湯に鰹節を入れるやりかただ。
なのでひとまずマグロ節、と呼ぶことにした塊を削り、砕き、熱湯に入れてみる。ガチガチの外見とは裏腹に煮えやすい食材なのか、お湯にはすぐに薄茶色に色が付き、魚の香りがしてきた。一旦それを小皿に取り、まずはそのまま。次に少しの塩を入れて飲む。
やや魚臭さがが強い気がして、バルトは臭み消しに酒を入れてみることにした。湧かしてアルコールを飛ばし、味見をしてみると、なかなかうまみが強くて美味い。
これに昆布だしを合わせてみたいが、あいにくジョットから貰ったものはもう使い切ってしまっていた。
こういうときに連絡手段があれば便利なのだろうが、とバルトが考えていると、今日もマリエットの扉が勢いよく開かれた。
「バルトー! 良い匂い! あっ、資料持ってきたよ! 」
「わあ、魚のスープッスか?」
昨日の今日でやってきた二人に、毎度のことながらバルトは感心した。いくら二人が異世界から召喚された本を潤沢に読めるにしても、狙い通りの物を探し出すにはそれ相応の苦労はあるはずだ。
「アダンに聞いてみたら、鰹節……に近いのかはわからんが、赤身魚を煮てガチガチに干したやつを手に入れられたんでな、スープにしてみた。具は何も入ってねえが食うか?」
そう尋ねると、当然の如く二人はわあわあと挙手して食べてみたいと騒ぎだす。今回はバルトが器を選んでやり、カミラにはさくらんぼ柄の小ぶりなボウル、ジョットにはブドウの葉柄のもので出してやった。
塩とマグロ節だけのスープを一口二口と飲み進め、研究者達はふむふむと頷く。
「魚だけでもけっこう味がするんスね。乾かしたほうが風味が濃くなるのかな」
「別の素材からとっただしを掛け合わせると美味しくなるって書いてあったよねー。昆布と干し椎茸のやつも入れて飲んでみたいなー」
「そこは調達して貰わねえと俺はなんにもできねえ」
「まあそこはオレらでなんとかするッス! んで今日は、練り物と厚揚げについての資料を持ってきたッスよー」
「あとこれ! 必要な材料も持ってきたよ!」
カミラがカウンターにどんと置いたのは、透明な液体の入った瓶だった。
「こりゃなんだ?」
「これはねー、海水から塩を取り除いた後に残るにがーい水だよ! こっちだと便秘に効く薬として使われてるんだけれど、これが厚揚げを作る過程で使うにがりっていうものと同じっぽいんだよね」
「ええと、厚揚げについてはこれを読むと分かりやすいッス!」
そう言って渡された紙には、なにやら白くて四角い食品や、それを揚げたきつね色の食品などが書かれている。その中の一つを見て、バルトははたと思い出した。
「ああ、すき焼きのときの白いあれ、これの一種だったのか。そういやにがりってのも聞いたことあったな」
「そう! そうなんだよー。ようやく詳しい解説を発見したんだよ! 資料自体は本の魔女様が大量に異世界の本を召喚し続けてくれてるから沢山あるんだけれど、その中から関連しているものを探し出すのがけっこう大変でさあ」
「今は人手が倍になってるッスからねー。オレも頑張ったッス!」
そう言って胸を張る二人に、バルトは店の余りのサンドイッチを出してやった。今日は卵とチキンだ。わーいと歓声を上げてサンドイッチをもぐもぐ頬張る二人と資料を交互に見ながら、バルトは今では見慣れた「写真」の載った紙面を指先でなぞる。
「へえ……。異世界の本ってのはそんなに頻繁に召喚されてるのか」
「そりゃもう! 魔女様はここ数十年ずうっと自分のお好きな本と依頼があったジャンルの本をそれぞれ召喚してくれてるんだけれど、まったく尽きる気配が無いって言ってたよ」
「魔女様が本を喚んでる異世界はいくつかあるんスけど、特にこの料理の資料がある世界の本は均一で、整ってて、おそらく本というものを安定して生産できる技術力と環境があるんだろうって話はよくされてるッス。
それとこの日本語圏のものに関しては、かなり限定的な専門知識について書かれた書物も多くあるぶん、ありがたいけど本自体にたどり着くまでが既に大変なんスよね。文字も独特なんで、こっちの文字に似てる言語と対応してる辞書を喚び出すまでは、かなり苦労したらしいッスよ」
「なるほどなあ、どこの世界にもそこなりの苦労があるってわけだ」
ふむふむと頷いて、バルトは改めて厚揚げの資料を読んだ。中身は大豆の加工食品である豆腐が、さらに様々な食品へと加工されていく過程と、その食品の表のようなものだ。これも他の異世界産の物と同じく写真や色鮮やかな図がたっぷり使われており、理解がしやすい。
以前すき焼きの際に断念した焼き豆腐や、今回の厚揚げの他にも、油揚げ、がんもどきなどがあり、豆腐自体にも絹豆腐やら木綿豆腐やらがある。更におからや湯葉など、加工の工程で生まれた豆腐以外の食材も含まれていて、項目がやたらに多い。
「……この甘じょっぱい国の人間は大豆に執着しすぎだろ……」
「甘じょっぱい国て」
「まあなんとなくわかるッスけど……」
実際二人も異様に広い大豆の使用用途にはちょっと引いていた。このほかに醤油などの調味料も大豆が原料なのだから、きっと日本には大豆の大生産地がそこかしこにあるに違いない。なんて予想したりもしている。実際にはそうでもないのだが。
「それはさておき、あと練り物だったか?」
「あ、そうそう~。こっちは魚のペーストを成形して加熱したもので合ってたよお。ええとねー、こっちがレシピで、こっちが練り物の種類が載ってるやつだね!」
「本当になんでも専門書があるんだな……。あと魚にも執着し過ぎだろ……」
「島国らしいからねー」
「ああ、なるほどな」
それならだしに具材にとやたら魚を使いたがる理由もわかる。バルトの中では日本人は農耕も行っている半魚人として認識されつつあった。
練り物の作り方は、少々手間はかかるがシンプルだ。白身魚をすり潰し、塩や片栗粉などの調味料とよく混ぜ合わせて加熱する。基本的にはこれだけである。
魚や塩は簡単に買ってくることができるし、片栗粉という名称ではないが、このあたりにはポテトスターチというジャガイモのデンプン粉が存在する。バルトが料理に使うことは少ないのだが、一応店にも用意はあった。それに魚のクネルというよく似た料理の知識もある。逆に豆腐のほうが馴染みがないぶん難しそうだ。
「すぐにでも作れそうだな。お前らもやるか?」
「わー、やるやる!」
「良いんスか? 今日は昆布とか持ってきてないッスけど」
「ひとまず厚揚げと練り物の試作だけな」
普段はあまり試作をしないバルトだったが、なにせ今回は客が金貨十枚出すと言っている依頼だ。単に金銭感覚が違いすぎるだけという可能性もあるが、それだけ期待しされていると思って、気合いを入れるべきだろうと考えたのだ。普段の再現料理がまあまあ行き当たりばったりすぎただけとも言えるかもしれないが。
とにかく今日のバルトは普段の、品質は確保しつつ休みも確保したい、という若干ナメた状態よりも多少気合いが入っているのだった。




