男だらけのお子様ランチ大制作会・下
作業台の上に置かれた三人分のお子様ランチのプレートは、まだその一角にぽっかりと空きがある。そこへ型に詰めたケチャップライスをせっせと盛り、上から焼いた卵を乗せていく。
円形に焼いた卵をそのまま被せると大きなひだができてしまうので、目立たないよう他の料理で隠れる位置に切り込みを入れ、くるりと包むのがこのメニューの一工夫だ。
バルトとジョットのオムライスは少々破けているものの、最後の成功した卵で包んだアダンのオムライスは、きれいな黄色がくるりと山型になり、いかにも美味しそうだ。
「おおー、きれいな見た目ッスねえ」
「自分で言うのもなんだが、うまそうだな! よっしゃ、早速食おうぜ!」
「いや、待て」
プレートを持っていそいそと席に着こうとする男達に、バルトの低い声がかかる。
普段から目つきも口調も悪い店主の更に険を帯びた声に、アダンとジョットは何だろうかと顔を見合わせた。今回は控えめに喜んだので怒られないとは思うのだが、普段から声のでかい自覚のある二人は自分の中の「控えめ」という感覚への信頼がいまいち無いのだ。
二人の困惑をよそに、バルトはおもむろにお子様ランチ特集の紙を掲げた。
「お子様ランチには、旗が……! 必要だろうが……!」
バルトのその言葉に、アダンとジョットははっと顔を上げた。みじんの反論の余地もないほど、まったくその通りの言葉だった。
彩り豊かで子供に好まれる様々なごちそう。そして山型のライスの上に刺されたカラフルな旗。それこそがお子様ランチの要であるに違いない。誰からそう教わったわけでもないけれど、三人の中にはいま、全く同じ情熱が生まれていた。
「その通りだぜバルト……! 旗だ! おれ達で最高の旗を立ててやろうぜ……!」
「やってやりましょう! ニーコくんが喜ぶ、最高の旗を……!」
そうして深夜のお絵かき大会が始まったのである。
とはいえ紙はバルトが日々書き付けとして使っているノートだし、画材は赤と黒のペンが一本づつ。最高の旗を作るには心許ない材料だったが、そこは熱意でカバーだ。というか後でアダンが家に帰ってから、ニーコの持っているパステルでも借りたほうが断然クオリティが上がるだろう。
つまりこれはもはやこの場のノリでしかないのだけれど、男達は真剣だった。なんならバルトが一番こだわっていた。所詮この男もまた、クールキャラぶっているだけのノリのいいおっさんなのである。
そうして全員がそれなりに納得するまでお絵かき大会は続き、ジョットはライオンの顔の精密なペン画を、アダンは狼を模したコミカルなタッチのイラストを、バルトはなんだかよくわからない抽象画めいた一枚を、それぞれちょうど良いサイズに切った串に取り付け、オムライスの上へと掲げたのだった。
「バルトさんって絵ヘタなんスね」
「純朴そうな口調で言えば暴言が許されると思うなよテメェ……」
バルトはわりと傷ついた。
そんなことはさておき、ついに完成したお子様ランチを前に、三人は感慨深く頷き合う。
作業量で言えばそこまでではなかったはずなのに、なんだかこれまでの再現料理に輪をかけて苦労したような、というか変に盛り上がったような、そんな疲労感に今更襲われているとも言う。現在時刻は既にベッドに入っていてもおかしくない時間だ。
しかしおっさん二人がより深い疲れを感じている傍ら、若者のほうはまだ比較的元気があった。
「た、食べて良いッスか!?」
うきうきと目を輝かせてそう言うジョットに、バルトとアダンは曖昧に笑う。よく考えたら深夜にこの量とこのカロリーはまずい。しかし、深夜に食べるハイカロリーほど美味いものはないことを、経験豊富なおっさん達は熟知していた。
「よし、それじゃあ食うとするか。この穴の空いたオムライスを……」
「なにおう。おれの力作だぜぇ!」
言い合いながら、三人はまずはオムライスをスプーンで掬った。
トマトで煮たものなら食べたことはあるが、ケチャップ味の米というのはバルトも初めて食べる。ケチャップの酸味と塩気にバターの香り、噛みしめた米の甘みが混じり合って、案外悪くはない。というか美味い。卵との相性も良い。
柔らかく炊かれた米の食感は少々慣れないが、ハムやタマネギ、卵の食感と混じるから、違和感があるというほどではなかった。
「けっこう美味いな。こういう米も悪くねえ」
「おう、子供も好きそうな味だな!」
「オレもこれ好きッスよお」
特にジョットはもりもりとオムライスを食べているので、皿の上にはもう数口ぶんしか残っていない。おそらく一番お子様ランチへの愛が強いこの男がそう言うのなら、メインユーザーであるところのお子様、もといニーコも喜んでくれるのではないかとバルトには思えた。
その考えはアダンも同じだったようで、ジョットのほわほわと幸せそうな笑顔を微笑ましげに眺め、ぽつりと呟く。
「ニーコ、喜んでくれるかなあ」
「多分喜ぶだろ。あいつなんでも幸せそうに食ってくれるし……」
「へへ……。うちの子はなんでも好き嫌いせず食べる良い子だぜぇ……」
まったくその通りで、バルトはニーコが食べ物を残すところどころか、苦手なものを皿の脇へどかしたり、口に含んで嫌そうに延々噛んでいるようなところだって見たことがない。なんでも美味しそうにもぐもぐと頬張り、ニコニコと食べきり、美味しかったですと言ってくれるよい子なのだ。
オムライスが美味しいとわかって一安心した後、今度は隣のハンバーグを一口食べる。こちらはデミグラスソースをかけているため、また味わいが違う。マリエットのハンバーグは牛と豚の合い挽きで、タマネギが多めに入る。そのまた隣のミートボールのトマトパスタは豚肉とタマネギのミートボールを揚げたものをトマトソースで煮込んでいる。ソースにはニンニクを効かせていてうまみが濃く、人気のメニューだ。
ソーセージは市販のものだが、これも贔屓の肉屋で買ったもので、パリッとした皮と溢れてくる肉汁がなんともうまい。
付け合わせはフライドポテトに、ドライトマトとブロッコリーのペペロンチーノ風炒め、ニンジンのグラッセも付けてみた。ニンジンは子供にとっては好き嫌いの分かれる野菜だが、ニーコなら美味しく食べてくれるだろう。
仕上げに、小さなココット皿で作ったプリンもプレートの片隅に置いてある。マリエットのプリンは固めで、生クリームは少なめ。卵の味が濃いのが特徴だ。
様々な料理を少しずつ。楽しい気分になるような、華やかな盛り付けで。自分で食べてみて改めて思うが、これは色々な場面で応用できる提供方法だ。
調理も配膳も会計も一人で切り盛りしているマリエットでは、凝った盛り付けというのはあまり進んでやりたい仕事ではない。
しかし例えば貸し切りの予約だとか、祝い事の席だとか、そういった場合には良いかもしれない。前菜の盛り合わせやデザートの盛り合わせのように、特定のテーマで作られたものを一つのプレートに纏めるのも見栄えが良さそうだ。
色々と考え込みながら黙々と食べ進めるバルトとは対照的に、わいわいと話していたアダンとジョットが、ふいにバルトへぱっと顔を向けた。
「バルトさん! これお店でも出しますか?」
「ん? ああ、……お子様ランチって形で出すかはわからねぇが、その日のメニューを少しずつ盛ったプレートを数量限定で出すとか、予約客のみに出すとか、そういうことはするかもな。
オムライスのほうはこの品種の米が少ねえから、もっとパエリアっぽいのを中に入れて出すことになりそうだ。オムレツの中に具を入れた料理はレパートリーが多いから、ライス入れてもそこまで突飛すぎねえし、まあなんとかなるだろ」
「やったー! オレ今度は卵がトロトロのやつも食べてみたいっす!」
「おれはなあ、具がハムじゃなくて鶏肉のやつも食ってみてえな!」
「あー、具のバリエーションも季節ごとに試してみるか。冬はほうれん草が美味いからなあ。ベーコン細かく切ったやつとほうれん草と、マッシュルームも良いな。バターとコンソメで味付けして、デミグラスソースかけるとか。夏は新鮮なトマトを軽く炒めてかけるのも良さそうだ。具は肉じゃなく、エビもアリかな」
淡々とメニューを考えるバルトと対照的に、ジョットとアダンはその場で座ったまま、上半身をねじり始めた。顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
「何やってんだお前ら」
「良いかバルト、今すぐ食えねえ美味そうなもんの話を夜中にするのは大罪なんだ……」
「そうッス……! もっと言ってやってください……!」
「言いたいことはなんとなくわかるが、お前らその量のメシ食ってまだ腹減ってんのか……?」
「いや美味かったしそれなりに腹一杯にはなってるけど、なってるけど……!」
深夜の飯テロに苦悶する男達には構わず、バルトはデザートのプリンを一掬いする。今日はカラメルを苦めに作ったが、ニーコに食べさせてやる本番のお子様ランチでは、もっと甘めにしてクリームも付けてやろう。何かフルーツを添えるのも良いかもしれない。
「まあお前らの苦しみはさておき、なかなか有意義な再現料理会ではあったと思うぜ。応用が利いて使いやすいレシピだ」
「そうッスね! 同好会の活動記録としては、お子様ランチ、いやオムライスの再現として書いといたほうが……、いや両方書いとくッス! 利用申請も両方で出すッス!」
「おう任せたぜ」
再現料理同好会の副会長と外部顧問の話し合いに、アダンはきょとんと目を丸くした。
「同好会? そんなもんやってたのか」
「はいッス! あとカミラ、えっと、猫獣人の子もメンバーッス!」
「俺は何故か外部顧問とやらをさせられてるだけで、実際に研究してるのは主にこいつとそいつだ」
「へえ……」
少し考え込んだ後、アダンはよし、と大きく頷いた。
「そんじゃ、おれも協力してやるよ! 変わった食材が必要になったら声かけろよな!」
「毎回は呼ばねえと思うぞ」
「おう、それは構わねえよ。仕入れと情報代まけてやるから、またなんか美味いもん食わせてくれ!」
「そっちが本命か……」
自分の周囲に居る人々は、なぜだかこう食い意地のはった人間が多くはないだろうか。バルトはそう疑問に思ったが、これは自覚がないだけで完全にただの類友である。
しかし申し出自体はありがたい。各地を股にかける商人の知識を分けてもらえるのは良いことだ。
キラキラと目を輝かせるジョットの視線の圧に押されるようにして、バルトは渋い顔のまま頷いた。
「……じゃ、なにかあったら協力頼むぜ。そんときゃニーコとベニータさんにもお裾分けするから」
「よっしゃ! 楽しみにしてるぜ!」
こうして会員数二名外部顧問一名の異世界料理再現同好会に、新しい協力者ができたのだった。




