男だらけのお子様ランチ大制作会・中
ジョットの帰り際に偶然居合わせた通りすがりのアダンにも声をかけた結果、最強のお子様ランチ制作会はなんと早速、その日の夜に行われることとなった。
バルトはちょうど明日が定休日なので、休みの前に特殊な仕事を片付けておこうという算段なのだが、ジョットとアダンは翌日もそれなりに仕事はあるらしく、それでもなお早く話し合いをしたいというのだからなかなかの熱意だ。もっともバルトも定休日には店で使うブイヨンの仕込みなどをしているため、完全な休日というわけでもないのだが。
子供のためであるアダンはともかく、ジョットのお子様ランチへの入れ込みようは随分なものだ。
とっぷりと夜も更けてから店に集まったジョットとアダンは、早速いそいそとテーブルに腰掛けた。今日は調理ではなく何の料理を盛り付けるかを決める話し合いのため、バルトも定位置のカウンター内のキッチンではなく、一緒に席に着いている。
ところでジョットとアダンは背が高い。おまけに筋肉質だ。
バルトは身長も高く、料理人をしているために筋力だってあるのだが、この中では小柄なほうになってしまう。
囲まれているとほんのりと暑苦しさと圧迫感があり、バルトは思わず通路側の席を確保した。壁際に座るとなおさら圧迫感がありそうだったからだ。
そこでふと、ジョットと自分という背が高く比較的ムキムキな男達に囲まれ、カミラは居心地が悪くないのだろうかと考える。が、記憶の中の暢気な猫は常ににぱっと大口を開けて笑っているか、ふにゃふにゃと日向ぼっこ中の猫じみた温和な顔をしているばかりだったので、その心配はすぐに頭の片隅から放り投げた。
本日の会議のお供は、スパイス多めで甘みは控えめのホットワインと、ジャガイモとチーズを混ぜたトロトロのアリゴ、ピリッと辛いチョリソーだ。
席に着くなり真っ先にチョリソーをむさぼり食っていたアダンは、それをホットワインで流し込むと、胸を張ってごほんと咳払いをした。
「えー、本日はうちのウルトラスーパーキュートで賢いでお馴染みのニーコのためにお集まりいただき、ありがとうございます!!」
「声がでけえんだよ夜だぞ静かにしろ」
「オレも最強のお子様ランチ制作大会議に呼ばれて嬉しいッス!」
「なんでもう二人とも酔っ払ってるテンションなんだよ。ホットワインは度数低いぞ」
アダンの無闇な明るさにつられてか、それともお子様ランチへの情熱ゆえか、ジョットまでちょっとおかしくなってしまったためにバルトはツッコミに回らざるを得ない。
こうなったら無駄な話は切り捨て、本題を推し進めていくべきだろう。そう判断したバルトは、お子様ランチについて特集された例のページをテーブルの上へ広げた。
「さっさとメニューを決めるぞ。俺としちゃエビフライとハンバーグはぜひとも入れたい」
「おっ、いいな! おれはミートボールも入れてえなあ」
「オレはソーセージとフライドポテトも入れたいっす!」
「既に肉まみれじゃねえか。ハンバーグとミートボールはどっちかひとつで良くねえか?」
「何言ってんだバルト! ハンバーグはデミグラスソース、ミートボールはトマトソースで、味が違えば問題ないだろ!」
「あっ! このトマトソース和えてるっぽいパスタをミートボールパスタにするのはどうッスか!?」
「兄ちゃん天才か……!?」
なにやら相性が良かったらしいアダンとジョットが盛り上がっているのをよそに、バルトは腕を組んで思案する。
「……まあそこまでは良いとして、異世界料理はどうする? この米を具にしたオムレツみたいなやつは定番っぽいし、このへんではあまり見ない料理だからいいかと思ってるんだが……」
そう、これは最強お子様ランチ制作会であると同時に、異世界料理再現会でもあるのだ。
そもそもお子様ランチという提供スタイル自体が異世界式ではあるものの、料理自体にも一工夫凝らしたい、というのが料理人であるバルトの主張である。
そのあたりはアダンもジョットも理解しているのだが、どちらも肉好きなのでそちらにばかり目を奪われていたようだ。
「あっ、そうだな。ついつい知ってる美味そうなモンを選んじまってたよ」
「どれも美味しそうッスよねえ……」
ペチンと自分の額を叩くアダンと、神妙な顔で首を横に振るジョット。どちらも暑苦しさはさておき普段は真面目なほうなのだが、実は案外本当にホットワインがきいているのかもしれない。
「このままだと茶色と黄色のお子様ランチになっちまうから、彩りは後でどうにかするとして……。このオムライス、か。こりゃ多分このへんで使ってる米とは品種が違うな」
ライスサラダやライスコロッケ、ライスプディングなど、米を使った料理はこのあたりでも比較的手軽に食べられる料理だ。ただし写真の米料理は山型や花型、動物型など、型に入れて成形されており、バルトが普段使うパラパラした食感のものとは少々違うように感じられた。
「俺が仕入れてる米とは品種が違うかもな。もしくは調理方法にかなり違いがあるのか? ライスサラダにするような米は、こんなふうに型に入れても、多分崩れちまう」
「なるほどぉ、ケーキ用の小麦とパン用の小麦がちょっと違う、みたいなかんじッスね?」
「そうだな」
バルトとジョットがそう話し合うのを聞いていたアダンは、アリゴをもりもり食べながら、ふと首を傾げて斜め上を眺め、それからぽんと手を打った。
「思い出した。短粒種のあんまりパラパラしてない米なら、うちにちょっとならあるぜ」
「本当か」
「おう。普段より東の方に仕入れに行ったとき、もっと東の方から来た商人と行き会ってよ。お互いが持ってるもんの中から珍しいのを交換したんだよ」
「へえ……。前から思ってたが、あんたの店変なモンも多いよな」
「よせやい褒めるな褒めるな」
「そこまで褒めてはねえな」
「そういうこともあるんスねえ……。俺もフィールドワークとか頑張らないとなあ……」
変わった物好きの本人の趣味もあり、色々な土地を飛び回っては様々な保存食や加工食を仕入れてくるアダンの知識は、実際なかなかのものである。現地でしか得られない知識や、人と積極的に関わることでしか得られないものは多くあり、それは研究者であるジョットから見ても羨ましいものだ。もっとも、尊敬の目を向けられているアダンはガハハと笑うばかりだが。
調子に乗らせると余計に喧しくなると知っているバルトは、アダンの長所にはあまり触れずに話を戻す。
「あとはプリンかなんかをデザートに付けるとして……、ひとまずエビフライ、ハンバーグ、ミートボールのトマトパスタ、ソーセージ、フライドポテト、それからオムライス。このメニューでいいか?」
「おう! 全部ニーコの好物だ! オムライスはどうかわかんねえけど!」
「じゃあオレはオムライスの作り方だけ探してくれば良いッスかね?」
「そうだな、そっちは任せた。じゃあ今日はひとまず会議終了だ」
「おう、このチーズのやつおかわりあるか?」
「あっオレチョリソー欲しいっす!」
「当たり前のように居座ろうとするなさっさと帰れ」
そう言って二人を店から叩き出すバルトだったが、その手にお土産のお手製簡単サンドイッチを持たせてやる親切さが、この男がなにかと頼まれ事をされてしまう原因なのである。
アダンのニーコへの愛情もジョットのお子様ランチにかける情熱も大層なものではあったが、なにせ三人とも仕事や研究に忙しい大人なのだから、そうそう集まれる機会もあるまい。
そう思ったバルトは翌日、ひとまず定休日のブイヨンの仕込みのついでに、アダンが持っているという米を確認しておこうかと店を出た。マリエットでよく使うのは鶏のブイヨンと野菜のブイヨンだ。特に鶏のほうは時間がかかるため、じっくり煮込む合間にでも、もしまだ籾殻がついているような米なら精米しておいたほうがいい。
と、思ったところで、同じように三軒先から店を出てこちらへ向かってくる男がいる。勿論アダンだ。
片手に麻袋を下げて、ほんの少しの距離にもかかわらずこちらへ走ってくる姿に、思わずバルトはその場で回れ右をした。
「なんだバルト! なんか用事じゃねえのか?」
三秒もかからずやってきた暑苦しい男に肩をバシバシと叩かれ、バルトはなんだか既に嫌な予感がしていた。案の定、今度は反対から更にでかい男が走ってやってくる。
「あっ! お二人とも、ちょうど良いところに!」
紙束片手にやってきたのは、尻尾をぶんぶん楽しげに振るジョットだ。なぜ昨日の今日でこうも集まってくるのか。しかも悉くタイミングが合うのか。近所に住むアダンはともかく、ジョットは犬獣人らしくなにかしらの嗅覚でもあるのか、それとも魔術でも使っているのだろうかとバルトは遠くを眺めながら数秒考え込んでしまった。
しかしまあ、このでかい二人に立った状態で詰め寄られながら話をするのは避けたいところなので、この場合はさっさと店に通してしまったほうが良いだろう。そう諦めて今し方出てきたばかりの店内へ逆戻りし、バルトはひとまず具材の入った鍋を火にかけた。なにせ数日分のスープのもとを仕込むため、ブイヨン用の鍋は日々の料理で使うものに比べてもひときわ大きい。これが温まるまでに話くらいは出来るだろう。
「よし。順番に話していけ」
普段通りのじとっと厳めしい目つきに見据えられ、アダンとジョットは顔を見合わせて順番を決めた。
「そんじゃおれから。米持ってきたぞ。精米もしておいたからな」
「おお、そりゃありがとな。んでジョットはレシピの件か」
「ッス。オムライスのレシピはけっこう種類があったんで、何枚か持ってきたッス。あと見たところ米の調理の仕方そのものがこっちと違うっぽいんで、それも用意しました」
カウンターに広げられた数枚の紙を覗き込むと、確かにオムライスは具材も卵の焼き方も様々なようだ。薄焼き卵の中にケチャップで味付けした米が入ったもの、バターで炒めた米をふわふわトロトロのオムレツの下に入れたもの、上にかけるのもデミグラスソースやケチャップ、ホワイトソースとバリエーションが広い。
米の調理については、パエリアのように米を炒めてからスープで煮込むのではなく、どうやらすっかり水を吸わせる茹で方をするようだ。調理後の見た目も、やはり見慣れたものとは少々違っている。こちらでは芯を残してプリプリとした食感にするのが主流だが、写真のものはもっと火がしっかり通り、柔らかくなっているようにバルトには見えた。
「なるほど、こういう感じなら、確かに器に入れて型を取ることもできそうだな」
「へえー、見ただけでわかるもんなのか?」
「米粒の光の透けかたっつうか、表面の崩れ方っつうか……、やっぱりなんか違うんだよなあ。こんな細かい絵だからわかるんだろうが……。
あ、アダン。お前はこの中のどれを作るか決めろよ。俺のお薦めはこのしっかり焼いた卵でケチャップ味のライスを包んでるやつだが。難易度的にな」
「おお、まあお前がそう言うならそれにしとくか……。で、いつ作る? 今日?」
ウキウキと聞いてくるアダンをバルトは今日も店から叩き出した。今からエビフライとハンバーグとミートボールパスタとその他諸々を三人分用意するのは、さすがにバルトもごめんだったので。ちなみにジョットにはホットドッグを食べさせてやった。
結局次の集会は翌日の夜に決まり、バルトはその日の店の献立を、お子様ランチのメニューとほぼ被らせることにした。なにせこれだけの種類の料理を、店が終わった後に三人分だけ用意する、なんていう時間外労働をするほどバルトは勤勉ではない。
といっても、今回は美味いに決まっている見知ったメニューを食べるのは二の次。本命はアダンにオムライスの作り方を教えることにある。
しっかり身支度をしてキッチンに集まってみると、前回の再現料理の際に比べて、明らかにキッチンが狭い。でかい男三人と、でかい男一人小柄な女一人子供一人では明らかな差があった。バルトは内心カミラが小さいことは良いことだったのだと感謝の念を覚えたが、日々の小さな幸せに手を合わせたところで横の男達の体積が減ることはない。
「狭いからとりあえず、怪我と火傷には全員しっかり注意しろ。いやいつでも注意はするべきだが……」
「なんか動きにくいッスもんね……。オレちょっと離れますね……」
「お前は本当に良い奴だな……」
今回は補助人員であるジョットは、自らちょっと横へと引いた。こういった細やかな気遣いができるのが彼の長所だ。
一方引っ込むわけにもいかないアダンは、バルトの横でそわそわと手を握ったり開いたりしている。
「うおお緊張するぜ……」
「多少緊張はしとけ。刃物と火はリラックスして扱うもんでもねえからな。
まずはハムと玉ねぎをレシピと同じくらいに細かく切っていくぞ。包丁はともかくナイフくらいは扱ったことあるよな?」
「おう。野宿するときなんかは、おれも干し肉とハーブでスープとか作るんだぜ。肉削って調味料入れるだけだけど」
そう言うだけあって、アダンの包丁さばきは上手いとまではいかなくとも、覚束ないことはなかった。自己申告はさておき、これならあまり心配は要らないだろう。そう判断したバルトは早速次の指示を出す。
「じゃ、次はそれをフライパンに入れて炒める。バターは入れすぎるなよ。火も強くし過ぎるな。このコンロだと、このへんがちょうど良いところだ」
「おう。えーと、こんなもんか」
「底に焦げ付かないよう、時々木べらでかき混ぜとけ。タマネギに火が通ったら、そこの小皿に用意してある塩胡椒とケチャップを入れろ」
そう指示を出して、バルトは一旦パントリーへ引っ込んだ。すぐに戻ってくると、両手で持っていたダッチポットを作業台の上にどんと置く。中に入っているのは、ジョットが持ってきたレシピをなるべくなぞって炊いた白米だ。
「まあまあ食える出来にはなった。が、正直これで正解かさっぱりわからん。そもそも調理器具も土鍋ってやつじゃないしな……。普段食ってるやつと食感も味もだいぶ違う」
渡されたスプーンでアダンとジョットも炊いた米を食べてみるが、確かにいつもより明らかに柔らかく、粘り気のある食感だった。味は甘みがあり、少なくとも不味くはない。
「おお、こんなに違いがあるもんなんだなあ」
「調理の仕方でも食感の違いが出てるんスかね?」
「だろうな。この柔らかさなら、スープで煮なくても味がしっかり付くのも納得だ」
ケチャップ味の具材に持ってきた米を投入し、再び混ぜていく。しっかり混ざって水気も飛んだところで、次は空のやや小ぶりなフライパンを火にかけバターをおとした。
「ここまでは問題ない。難しいのは卵で包む工程だ。今回はライスを山型にして上から卵を被せるわけだが、いいかアダン、薄い卵焼きってのは雑に扱うと即破けるからな。気合い入れてけよ」
「お、おお……」
まるで脅すような眼光の強さにややひるむアダンだったが、それもこれも愛する息子のため。気合いを入れて卵をとき、気合いを入れて熱されたフライパンの前に立つその表情は、暑苦しくきりりと引き締まっている。
「フライパンに卵を流し入れたら、最初はぐるっと大きく混ぜろ。……そう、で、固まる前に手を止める。一旦フタするぞ」
「よしわかった。これでちょっと待つんだな?」
「そうだ。余熱で火が通ってから卵を取り出す。……そろそろ蓋取るか」
「おお、きれいに焼けてるな! ……あっ」
ふわりと湯気を立てる卵を、アダンはおそるおそるフライ返しでフライパンから剥がそうとしたものの、真ん中にぱかりと穴が空いてしまった。しおしおと肩を落とすアダンに、少し離れた場所で見ていたジョットもさめざめと顔を手で覆って悲しんでいる。
それをやや離れて見守るバルトは、犬猫コンビに共通する人の良さを目の当たりにしてしみじみ感動してた。このまま大きく育ってくれ、というような気持ちだ。まあジョットは既にだいぶ大きいのだが。
「最初はこんなもんだろ。あと二回チャンスがあるからやってみろ」
「おう、その通りだな!」
気を取り直したアダンは次の卵にも穴を空け、最後の一枚を前にして、緊張の面持ちでフライパンと向き合った。端のほうを先にフライ返しでこそげるようにし、それから隙間にするりと差し込むようにしてフライパンから卵を剥がしていく。今度こそ薄い円形の焼き卵を作ることに成功すると、アダン天に向かって大きく拳を振りかざした。
「や、やったぞお! おれは! ニーコに! きれいなオムライスを作ってやれる……!!」
「おめでとうございます!! すごいッスー!!」
感涙する二人をよそに、バルトは大きな皿へ三人分のお子様ランチの料理をよそい、せっせと作業台の上へ並べていく。
それからプリンの型を出し、卵との健闘を称えあっている二人の前にずいと差し出す。
「いいからさっさとライスを盛れ。あと夜だから騒ぐなお前ら大人だろうが」
「あっ、うん……。そうだな……」
「ッス……。ご近所さん皆静かッスもんね……」
ご近所付き合いと騒音被害に厳しいバルトの冷え切った視線を受けて、声と体のでかい二人は揃ってちょっと肩を縮めたのだった。




