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魔法食堂異世界料理再現部  作者: 石蕗石


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男だらけのお子様ランチ大制作会・上

冬場の朝市というものは、もうほとんど仕入れというか温かいスープを飲みに行っているようなものだ、とバルトは思っている。

勿論そんなことを思いつつも仕入れはしっかりするのだけれど、その前に市場の片隅の屋台で湯気をほこほこたてている日替わりスープを飲まないことには、靴底から這い上がってくるような寒気を我慢するのは難しいので仕方がない。

今日のスープはエビのすり身と小蕪、ドライマッシュルームが入ったミルクスープだった。エビは軽く潰してタマネギのみじん切りと混ぜ、蕪は小さいものの皮を剥いてまるごと。秋に干しておいたマッシュルームはうまみが増し、ナッツのような香りが食欲をそそる。チーズや芋も入っているのか少しだけとろみのあるスープは、ミルクの甘みが塩気をまろやかにして、寒空の下で飲んでいると本当に美味い。

バルトは作ることもそれなりに好きではあるが、食べることはそれ以上に好きだ。だから自分で自分の好きなものを思う存分食べ、そのついでに人にも食べさせて喜ばれるという得な商売をしているのだが、こうしてひとが作った美味いものを食べる時間というもの格別だ。

体を温めてから必要な商品を買い求め、ついでに必要ではなかったがお得なものもしっかり手に入れ、今朝の仕入れも無事終了だ。それらを使った今日の献立を考えながら、仕入れ用のカートを石畳の上をゴトゴトいわせながら押し、バルトは我が家まで帰ってきた。

パントリーへ直接繋がる裏口の鍵を開けていると、近所から一人の男が、短い距離を駆けてくる。


「バルト!! おはよう!!」

「朝っぱらからこの近さで出して良い声量じゃねえ」


周囲の石壁に反響するような大声の主は、三件隣の食料品店の店主、アダン・ピエリーニだった。普段は店で扱う商品の仕入れに、新しい仕入れ先の開拓にと忙しく飛び回っているため店を空けている日も多いが、そのせいか妻子と過ごす時間を非常に大切にする男だ。

ひとまずカートを扉の中へ押し込んだバルトは、いかにも嫌々という顔でアダンのほうへ向き直った。年下には仏頂面をしつつもなんだかんだと甘いバルトだが、目の前の男は三つ年上なので、生来の悪い目つきで遠慮なく睨んでおける。

が、そこは数年ご近所さんをしているアダンも慣れたもの。バシバシと肩を叩いては、バルトの開口一番の文句に大口を開けて笑った。


「はは、相変わらず目つきと口が悪いなあ! いや、とりあえず先に礼を言わせてくれ! うちのニーコに料理を教えてくれてありがとうな!」

「ああ、それか。別にあれくらい構わねえよ。ベニータさんからも礼は言われてるしな」

「それでもだ! だってお前聞いてくれよ。数日ぶりに家に帰ってきて、さあ愛しの奥さんの誕生日を祝うぞと気合い入れてたらよお、可愛い息子が、お母さんお父さん、今日はお母さんへのプレゼントに、僕も料理を作るよ、ってよお。泣けるじゃねェか……。あんなに立派に育って……」


聞かれてもいないのに語り出しては目元に滲んだ涙を拭う姿は、若干濃い顔付きと顎髭とが相まって、なんとも暑苦しい。灰色の髪と水色の目と、色合いだけは涼しげなのだが、この毎秒喧しいご近所さんが横に居ると気温が三度は上がるとバルトは思っていた。だからといって寒い朝に役立つわけでもないが。


「わかったわかった。どういたしまして。今後ともよろしくな」

「おう、よろしく! それでものは相談なんだがよ……」

「面倒はごめんだぞ……」


礼を言い終えると途端に声を潜め、耳元へコソコソ寄ってきたアダンを、バルトはとりあえず押し返した。

とはいえ路上に放置しておいても、本人の気が済むまでは突撃されることが目に見えている。ひとまず内緒話がしたいらしい男を、バルトは店のパントリーへ通してやった。

夏場に気温が上がりすぎないようにと分厚い石壁に覆われているパントリーは、冬ともなればすっかり冷やされ、外と変わりが無いくらいに気温が低い。風がないぶんマシではあるものの、明らかに客を通す場所ではない。そんなことはまったく気にしていないアダンは、さあさあと片手を広げて穏やかに微笑んでみせた。


「まあお前も忙しいだろ、買ってきたもん仕舞いながら聞いてくれよ」

「言われなくてもそうするんだが?」


まるで家主のような顔で図々しいことを言ってくる相手へ辛辣に返しながら、バルトは早速カートの中身を棚や冷蔵庫へと収納しはじめた。これで数年やっているだけに、二人とも細かいことは気にもとめない。


「ニーコが作ってくれた料理は美味かった。たまごふわふわだったか? もう名前から可愛いな。さすがうちの息子だ。ベニータも感動しきりだよ。おれはその三倍くらい泣いてたけど」

「目に浮かぶようだな……」

「まあおれの大号泣はどうでもいいんだがよ、そこで考えたんだ。この孝行者で可愛くて優しくて健気で賢くてプリティーな息子に、おれは一体何をしてやれるだろうと……」

「抱きつかれるとヒゲが痛いって言ってたから剃ってやれば?」

「えっ。うそ……。そうなの……。おれ初めて聞いたそれ……。バルトには話すんだ……」


ショックを受けて口元を両手ではわわと抑える成人男性に、バルトは眉間のしわを深くした。流石に慣れより嫌さが若干勝った。


「まあ……そこは……追々……考えるとして……。そう! おれは考えたんだよ! 息子のために、美味しいものを作ってやりたいと……!」

「ベニータさんの料理で良いだろ。上手いし」


店の余り物をたびたびお裾分けしてはそのお礼を頂いているバルトは、おそらくこの親子の次くらいにはピエリーニさんちのご家庭の味というものを知っていた。

息子とそっくりなふわふわの茶髪のふわふわ笑顔のおかみさんは、料理屋の店主であるバルトが太鼓判を押すほどの料理上手だ。反対に、アダンの料理の腕前というものはこれっぽっちも知らなかった。それゆえ険がある上に腕前への疑いの籠もった眼差しを注がれ、アダンは流石に若干ひるむ。


「お、おれも一人暮らししてたときはちょっとは料理もしてたし……。パスタ茹でて粉チーズと塩胡椒かけたやつとか……。肉焼いて塩胡椒かけたやつとか……。芋も焼いたし……」

「多分ニーコもそれくらいは作れるな……」


十一歳の息子と推定同レベルの調理スキルであろう父親は、無駄にむきむきとした肩をしょんぼりすぼめた。まったくできないというわけではなくとも、料理上手とも言えないことは、流石に本人もわかっていた。


「でもよお、なんかしてやりたいんだよな……」


急激に萎れた暑苦しい男に、バルトは腰に手を当ててため息をつく。少なくとも、多少扱かれたからといって、文句を言ったり投げ出すことはないだろう。なにせ愛する息子のためだ。そういう点ではバルトはアダンを心底信用している。


「仕方ねえな。で、何作りたいんだよ」


結局今日もこうして頼まれ事を引き受けてしまうバルトに、アダンは顔いっぱいにぱあっと笑みを浮かべて素早い動きでスササとすり寄った。バルトは早速ちょっと後悔をしている。

がしりと肩を両手で掴まれ、ぶんぶん上下に振られるのもたいへんいただけない。振りほどきたいが筋力は負けているため、バルトは無駄な抵抗は諦め心を無にした。


「ありがとう! ありがとうバルト! 毎度思うがお前は本当に良いやつだ……!」

「毎度ちょっと面倒くさいことを頼んでくるのをやめろ……」

「勿論タダでとは言わないぞ! 報酬は出すしうちからの仕入れもちょっと負けとくからな!」


このようにバルトは、ご近所さんにも金にがめついと周知されている男なのである。

その点にはまったく間違いはないし問題もないと考えているバルトは、鷹揚にこっくりと頷いてやった。


「……で、どんなモンが作りてぇんだ?」

「そこも相談なんだけどよお。ほらあの、異世界料理ってやつがあるだろ?」

「ああ……」

「おれもニーコに、それを作ってやりたいんだよな。あいつは進んで店の手伝いをしてくれるし、あの年のわりにけっこうしっかりしてるけどよ、異世界の技術に目をキラキラさせてるところは年相応に無邪気でさあ、可愛いんだよな」


相槌は返さなかったが、バルトは内心それはそれは大きく頷いていた。健気なニーコの夢を後方腕組みで応援している近所のおじさんとして、それはそれは心から同意できる言葉だった。


「だからよ、なんかこう、おれでも作れそうな異世界料理があったら教えてほしいんだ。できれば子供受けも良さそうなやつ。ニーコは好き嫌いはねえし大抵なんでも美味しく食べてくれるから、その点は心配要らないと思うんだが……。あ、でも内臓料理とか苦いものは苦手だな」

「まあそのへんの子供受けしなさそうなモンは除外するとして……。そうだな、知り合いに聞いてみるよ。常連の猫獣人と犬獣人の魔術師わかるか?」

「ああ、あのすげえ元気な……」


凄く元気なおっさんからすらそう認識されているカミラとジョットの印象は、やはり例の扉前での無駄な争いが決定的だったのではないだろうか? バルトは正直そう思った。

しかし二人のイメージ回復に尽力する義理も正直あまり無いため、ひとまず頷いておく。


「店に来たとき頼んでみるよ。何日かかるかわからねえけど、あんたも仕入れやらなんやらで家空ける日はあるよな」

「おう。まあそのへんは都合の良い日を見つけようぜ。ニーコにお披露目する日取りが決まってるわけでもねえしな」

「了解だ。まああんまり期待すんなよ」

「わはは! お前のメシはいっつも美味いから、期待はするぜ!」


そう言われれば悪い気はしない。バルトはこれでだいぶ単純なところもある男だった。

用件を済ませた嵐のようなおっさんは去っていったが、バルトの仕事はこれからだ。

献立を考え昼営業の仕込みを済ませ、できる限り夜営業の準備も進めておく。

近所の中央魔術学園の昼休みには、店にはそれはもうひっきりなしに生徒や職員がやってくる。育ち盛りの食欲とは恐ろしいもので、大量にしかも素早く食べては去って行く彼らの回転率の速さはありがたいと同時におそろしい。

その時間帯を過ぎても、今度は一番の混雑時を避けて食事に来た客達がやってくる。ここもまあまあな入りになるため、一息つけるのはここから更に一時間は後になるのだ。

毎度戦場としか言いようのない状況ではあるものの、一番の稼ぎ時であるここで楽をしようと画策するほどには、日々程々を心がけているバルトとて商売を舐めてはいない。

嵐のような忙しさをしのいだ後は、空いている時間を狙い落ち着いて食べたい客達がやってきて、この客がはければ昼営業の時間は終わりだ。カミラやジョットは主にここや夜営業にやってくるのだが、今日来たのはジョットだけだった。

早速子供向けの異世界料理レシピの調査を頼んでみれば、ジョットはやけにきりりとした顔で神妙に願いを聞いてくれたが、普段ふにゃふにゃと笑っている彼の反応としてこれはまあまあ珍しい。

バルトが訝しんで首を傾げていると、ジョットはおもむろに服のポケットから数枚の紙を取り出した。


「バルトさん、オレはじつはひとつ、すげえ気になってた異世界料理、いや異世界文化があるんスよ……」

「へえ。なんだ?」

「その名も、お子様ランチッス!」


受け取った紙にはカラフルな写真がいくつも載っていた。レシピではなく、ソースについて調べて貰ったときのような、何らかの特集らしきもののようだ。


「おお……、持ち歩くくらい気になってたのか……」


思わず感嘆するバルトに、ジョットは照れくさそうに斜め下を向く。


「いやあ、どっかのタイミングでバルトさんに頼みたいと思ってて……。でもこれは見慣れない料理もあるっちゃあるんですが、なんかいつものとは毛色が違うかなって……」

「いや、構わねえよ。どうやらぴったりの料理みてェだしな」


異世界でお子様ランチと呼ばれるそれは、仕切りがついたり変わった形の器に盛られていたりと形状は様々だが、どうやらワンプレートに子供が好きそうな料理を盛り合わせたもののことを言うらしい。

様々な料理店のお子様ランチの紹介は、読んでいるだけでもなかなかに楽しい。エビフライやミートボールやハンバーグ、プリンなど、幾つかの料理はバルトにも馴染みのあるものだった。

色鮮やかで、様々な料理が楽しめて、盛り付けもなにやら可愛らしい。確かにこれは子供が喜ぶだろう。

まさか探すまでもなく見つかるとは思わなかったが、これもジョット達が普段から同好会活動とやらに熱心に取り組んでいる成果なのだろう。バルトは素直に感心した。


「ありがとうな。この中から何の料理を採用するかは後で決めるけど、お前も参加するか?」

「勿論ッス! オレ達で最強のお子様ランチを作りましょう!」

「おお、やる気あるなあ」


意気込むジョットに、バルトは口の端だけでほんの少し笑った。お子様ランチと名前はついているものの、こういった料理の提供方法は、他の事にも活用できそうだ。そのうちこの世話になっている大型犬に、好物の肉だらけランチなんて作っても良いかもしれない。そう思ったことは今のところ内緒である。

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