二人と一人とお好み焼き似の粉物・下
追加で焼けたお好み焼きをそれぞれ半分に切り、その半分ずつを同じ皿に並べて、バルトのぶんは完成した。残った半分ずつは同じく一皿に纏め、オーブンの中で保温中だ。
「よーし、やるぞー!」
「トッピング楽しそうっすねえ」
気合いいっぱいのカミラと、ほけほけと暢気な顔で笑うジョットの前に、バルトは調味調を並べてやる。
ソースの入った小鍋は温め直し、マヨネーズとショウガピクルスの千切りの瓶にはスプーンを添え、ジョットが持ってきた青のりはフレーク状だったため、軽く乾煎りして砕き、写真で見たものに近い粉末状にして小皿へ。
そこから三人はそれぞれ好きな分量をとり、お好み焼きへと乗せていく。なにせレシピが細かな量を指定していなかったので、文字取りお好みの量を使うことにしたのである。
ソースとショウガ多めのバルト、マヨネーズと青のり多めのジョット、全部がまあまあ多いカミラ。それぞれの個性が出る仕上げを終え、いよいよ三人は皿とフォークを手に席へ着く。
「……じゃ、食べるか」
バルトの声をきっかけに、三人はお好み焼きの生地へとフォークを差し入れた。
バルトが先に口にしたのは、食べやすそうな形の大阪風のお好み焼きだ。
長芋を入れた生地は厚さがあってもふっくら焼き上がり、たっぷり入れたキャベツの食感もあって、どっしりとした見た目のわりに軽さがある。ジャガイモを生地に混ぜたパンケーキの食感がやや近いかもしれない。
肉と野菜と生地が味も食感も良くまとまり、甘酸っぱくてスパイシーなソースとも合う。お好み焼きの生地との相性もそうだが、このソースとマヨネーズの相性が、実に素晴らしかった。ソースだけでは少々パンチが効きすぎる味を、マヨネーズのマイルドさが包み込んでくれるのだ。
「おいしーい! けっこう油の味強めだししょっぱいけど、酸っぱさも甘さもあって、どんどん食べれちゃうね!」
「そうッスねえ。なんかこう、アレ思い出すなあ。屋台とかで売ってる味濃い串焼き肉」
「ああー、わかるう。味付け濃いけどぐいぐい食べれちゃうやつだあ」
「ショウガのピクルスのさっぱりした味とか、青のりの香ばしさもアクセントになって美味いッスね」
思い思いに感想を言い合いながらもぐもぐとお好み焼きを頬張る二人を見て、バルトは昔見かけたことのある、ペット用の小さな齧歯類を思い出した。フワフワの丸い体をしたそいつは、飼い主の手からナッツをもらっては、頬をぷくりと膨らませていた。ああいうふわふわのもちもちだ。
「……ひょっとすると、本来はもっと酸味が抑えられた味付けの可能性がある」
「おっ、そうなんだ?」
「なんか全体的にやや酸っぱさのある味ッスけど、そういえばとろろそばとかはもうちょい甘み強めの味でしたね」
「それもあるが、マヨネーズを作るときの酢の割合が違う可能性がある。カミラ、すき焼き食ったときに、レシピだと生卵使うことになってたの覚えてるか?」
言われてカミラは、頬張っていたお好み焼きを急いで飲み込んだ。
「覚えてるよお! そういえば卵の生食がある文化だったねえ」
「ああ。マヨネーズは酢の量を減らすと腹を壊す確率が上がるから、ある程度はしっかり入れておいたほうが良い。けれど消化機能が高いのか卵が特別なのかはわからんが、異世界の生卵は生で食べられる。となるとマヨネーズももっと酢を減らしてまろやかな味にできるはずだ。
まあ酢漬けのピクルスも食ってるみたいだから、全然普通に酸味をきかせたレシピかもしれねえけど」
そう答えればカミラとジョットに目をキラキラさせながらなるほどと頷かれて、バルトは本日何度目かの気まずいような擽ったいような気分になった。これは考察というよりただの思いつきなのだから、そんなに真剣には聞かないでほしい。
視線から逃れるように皿へと顔を向け、今度は広島風のほうをフォークで切り分ける。こちらは生地と混ぜずに肉や野菜を焼き、麺と卵も追加しているため、大阪風と比べれば少々食べづらい。本来は箸を使う文化らしいから、フォークで食べるのがそもそも邪道なのだろう、と諦めて、バルトは崩れたお好み焼きの欠片を次々口の中へ放り込んでいく。
薄切りの豚肉はこちらの方が表面がカリッと焼け、染み出た油が少しくたっとなったキャベツやシャキシャキ感を残す豆苗に絡んでいる。一度茹でてから油で炒めたパスタは、普段食べる茹でただけのものと比べると少し食感が変わっており、モチモチとした面白い歯触りだ。ソースをたっぷり塗った卵の味も良い。マヨネーズなんて相性が良くて当然だ。
「……、あー、こっちはこっちで美味いな」
「えー、良いなー。私今度はそっち食べたい!」
「オレも大阪風のほう食べてみたいっす!」
「お前らもう半分以上食い終わったのか……」
味わいながらちびちびと食べているバルトとは対照的に、若い二人の食欲はなかなかのもので、既に皿の上は空きスペースのほうが多い。見ている間にどんどん消えていくお好み焼きに、バルトは保温しておいたもう半分ずつを出してやった。今度はカミラが広島風、ジョットが大阪風を取る。
ソースとマヨネーズとトッピングを追加して、二人は大きく切り取った生地をぱくんと一口に頬張った。
「あ、こっちも好きだなあ! 麺がモチモチで美味しいねえ。卵焼いたのも入ってるし」
「オレ、大阪風も好きっッス! 生地が厚いのも美味しいッスねー」
「お気に召して良かったぜ。ソースは全然別物の可能性もあるけどな」
本当はもっと甘みが強いのかもしれないし、逆にスパイスが相当効いているのかもしれない。レモンでも入って舌がきゅうっとなるほど酸味が強い可能性もある。
本当の味はわからないが、下調べと勘と経験の合わせ技のソースは、これはこれで美味くはあった。
「ところでバルト、これはお店のメニューに載せられる?」
そう尋ねるカミラの目は、やぱりキラキラというよりはギラギラしている。好きな料理をお気に入りの店で気軽に食べられるようになりたい、という食いしん坊の欲望がそこには詰まっていた。
バルトとしてもこの料理を美味いと思うし、店で出せば流行るだろうと思う。特にソースとマヨネーズの組み合わせは、お好み焼きに限らず様々な料理に応用できるし、受けるだろう。
が、問題点もあった。
「難しいな。ソースを店で出せるくらいたっぷり用意するのがやや手間なのもあるが、一番は長芋だ。そんなに気軽に店で使えるよう卸してもらえるもんじゃないだろ」
そう、店の定番メニューになった肉じゃがと違い、お好み焼きの材料は用意が難しいのだ。肉だけ持ち込みという形をとったすき焼きはまだしも、長芋を持ち込めるのはジョットのような立場の人間や、個人的に栽培している人間くらいのものだろう。
ジャガイモで代用する手もあるものの、生地の食感はやや変わってくるだろうとバルトは予想していた。だしに使った昆布もどきだって、もう少ししかない。
「あー、ですよねえ。とろろそばも美味かったけど、オレも人が育てたり収集してるもん特別にもらってきてるだけだしなあ」
ジョットが再び肩を落とす一方で、まったく諦めないのがカミラだ。
ふうむと腕を組んで目を閉じ、座ったまま足をぷらぷらさせること暫し。カミラは昼間の再現のように、椅子からガタンと勢いよく立ち上がった。
「そうだ! この活動を同好会として学園に認めてもらおう!」
「同好会……?」
バルトは馴染みのない言葉に首をかしげた。幼い頃から旅暮らしだった彼にとって、学校生活というのはあまり馴染みのないものだ。
勿論それは子供や特定の大人が学び舎に通い、読み書きや計算、国の歴史や、あるいはもっと専門的な学問を学ぶことだというくらいの理解はある。が、彼ら彼女らの具体的な生活や文化のようなものを知る機会はなかった。
とはいえ、バルトは国随一の学園の近くで経営している飯屋の店主なのだ。やってくる学生や研究者達の会話は聞こえてくるし、カミラやジョットのように学問と関わりの深い人間との交友関係もある。同好会や部活というものが、特定の活動のために集まっている集団なのだということくらいはわかる。が、それが再現料理とどう繋がるのかはわからない。
しかし、ジョットのほうはカミラのこの思いつきを即座に理解し、同じくガタンと立ち上がった。その後座った。なぜなら彼は立ち上がると、カミラと身長差がありすぎて喋りにくいのだ。
「確かに! 同好会として認めてもらえばこれまで以上に召喚本の閲覧申請もしやすくなるし、利用や持ち出しの手続きもやりやすくなるッス! それに菜園内に場所を借りて、異世界料理でよく使う珍しい食材を、自分たちで育てられるかも!」
「活動が認められたら資料や資材を取り寄せるツテが増やせるかもしれないよ! 既に計量単位の翻訳とかで一定の成果は出てるし、頑張って人数を増やせば部として更に活動の幅を広げられるかも!」
「こりゃもうやるしかないッスよ!」
「ようし、じゃあ私とジョットとバルトで登録しとこう!」
盛り上がる二人について行けず、バルトは一人、瓶の中に少量残っていたショウガのピクルスを摘まんでいた。が、聞き捨てならない言葉に、ようやく箸を止める。
「……いや、よく知らねえけどそういうモンは、学園関係者以外が入っていいのか?」
「大丈夫ッス! 外部顧問として来て貰えばいいんで!」
「顧問なんてやれるようなお偉い料理人じゃねェぞ俺は……」
「権威がなくても美味しいのを作ってくれればそれで大丈夫だよ!」
「ゴリ押しすぎるだろ……」
突然のことに置いてけぼりにされるバルトをよそに、カミラとジョットは大盛り上がりで同好会の名前まで話し合い始めている。少なくとも、学園生活が長く、しかも研究者もやっている賢い二人の言うことだ。制度的な問題点はないのだろう。
だんだん再現料理が楽しくなってきていたバルトとしては、資料を探す二人の負担がどうやら軽減されるらしいのは、歓迎するべきことだと思う。長芋の安定供給の目処がたつかもしれないのも、ひょっとすると昆布の仕入れルートが出来るかもしれないのも良いことだ。
「……俺はその同好会ってのに入るとして、手続きとか、特にやることはねェのか?」
「特にないんで大丈夫ッス! 後で外部顧問申請の書類持ってくるんで、直筆でサインさえしてくれれば!」
しっかり頷きそう請け負ったジョットに、バルトは少し悩んだ後、ようやく小さく頷き返す。
「……、あー、まあ、じゃあ良いか……。でも店の営業時間と俺の休暇は確保させて貰うぞ」
「勿論だよー! 私達だって再現料理以外にも、普通にごはん食べにも来たいしね!」
「そッスね! 俺も店主さんが作るカルニタスとか大好きなんで! あれマジでほろほろで美味いんスよねえ。シチュー系の肉も絶品だし……」
「あー、私ねえ、クリームシチュー大好きだよ! あと豚肉と豆とか壺で煮込んだやつとー、ニンジンのサラダとー、オレンジのタルトとかクリームのパイとか、甘いのも好き! 色々好き!」
「おお、そうか……」
急に始まった好きなメニューの発表に、バルトは擽ったくて顔を逸らした。この温かくて騒がしい空気には慣れつつあるが、こればっかりはどう頑張っても慣れそうにない。しかし犬猫コンビはすっかり店主の渋面に慣れているので、まったく遠慮をしてくれないのだ。
こうして魔術都市の片隅で、会員二名、外部顧問一名の異世界料理再現同好会が発足したのである。




