二人と一人とお好み焼き似の粉物・上
年が明けて幾日か経ち、魔法都市もすっかりいつもの様子へと戻った。
相変わらず中央魔術学園はなんだかんだと人が集まり混んでいたし、他の学園もそれぞれ大いに栄えている。それを取り巻く町には様々な職業が必要で、商人や職人やその家族たちはいつでも忙しい。
その中でなるべくまあまあな忙しさで済ませたい、と祈っている魔法食堂マリエールの店主は、新年の飾りも片付け終えた店内で、日のあるうちからワインを飲んでいた。
といっても、当然飲んだくれているわけではない。寒い時期に提供しているホットワインのレシピについて少々改良を加え、その味見をしているのだ。
普段のレシピは赤ワインにリンゴとオレンジ、数種類のスパイス、蜂蜜を加えていたのだが、今日はその代わりにメープルシロップを加えてある。蜂蜜とはまた違ったコクのある味わいで、香りも華やかだ。
これはこれでなかなか良い、と頷いていたところ、バルトの耳になにやら雑音が届いた。
発生源は店の外だろう。この店は壁も扉も分厚いが、ガラスの窓からは外の音が伝わってくる。なにやら揉め事でも起きているのだろうかと窓の側に寄って見てみれば、確かに言い合う二人の人影があった。それも店の扉の真ん前に。
というかどう見てもそれはカミラとジョットだった。どうやら二人でドアノブに手を伸ばしてはお互いそれを阻止しているらしく、どちらが先に店に入るのかで争っているらしい。
「なにやってんだあいつら……」
今は営業時間ではないとはいえ、店の前であんないかにも無意味な争いをさせておくわけにもいかない。バルトは嫌々ながらも店の扉を開けた。
「あ!」
「バルトさん!」
それぞれ反応したカミラとジョットは、二人揃ってドアノブを掴み損ねたのか、もつれ合うように地面にべちゃりと崩れ落ちた。
しかしお互い獣人族らしい頑丈さで、怪我をした様子もなくすぐさま起き上がってくる。
「今日は! ごはん作って貰いに来たんだよ!」
「オレもそうッス!」
「うるさいやい! 私が先だ! ていうかなんで名前呼びなの! 私は店主さんて呼んでるのに!」
「いやそれは特に理由はなく流れというか……」
「どっちもうるせェからさっさと店入れ」
不毛な争いに介入し、バルトはしょうがないので二人を店内に通してやる。正直門前払いしても問題ない気はしているが、なんやかんやと年下に甘いこの男はそれを実行には移せないのだった。
まだお互いに顔をぎゅっとしかめて睨み合っている二人の様子は、バルトから見れば犬と猫が庭で取っ組み合って遊んでいる姿に近い。ちなみにカミラの身長は百六十cmに満たないし、ジョットの身長は百九十cmを超えている。それで対等な戦いが成立するのは、猫妖精を祖に持つカミラが見た目よりずっと強靱な種族だからだ。
なんであれ、お互い成人している男女が町中でわあわあ争うというのは、まったくもって褒められたことではない。
カウンターに座った二人に、腰に手を当ていつも以上にジトッと睨め付けるような視線になったバルトは、ひとまず説明を求めた。
「……で、何やってたんだお前ら」
カミラとジョットはお互い顔を見合わせ、それからピカピカの店内へ無意味に視線を巡らせ、店主の怖い顔を見て、再び二人で視線を合わせる。そして気まずげな顔をした。お互いにぐいぐいと肘で相手をつつき、最終的に無言の押し付け合いに負けたジョットがバルトへ視線を向ける。
「えー、じつはオレたち二人とも、バルトさんに頼みたいことがありまして……」
「異世界の料理本を一緒に読んでたんだけれど、ちょうど二人とも頼みたい料理が被っちゃったっていうか……」
「いや厳密には同種のバリエーションが違う料理? みたいなんスけど……」
「だから先に頼んだほうが先に食えるぜ!! って……こう……競争になったっていうか……」
「お互いテンションが上がっちゃったっていうか……」
想像以上にしょうもない理由に、バルトは斜め下を見つめた。逆にどう叱れば良いのか思いつかなかったのだ。毎日の掃き掃除と数日に一度の拭き掃除をしている床は、今日もきちんときれいだ。
喋るうちにすっかり冷静になったらしい面白常連獣人二人は、視線をカウンターへ落としている。結果的に全員下を向いている状況で、ひとまずバルトは年の功ゆえか一番先に顔を上げた。
「もう店先で馬鹿なことすんなよ」
「はい……」
「ッス……」
「はー……。で、今日はどんな料理持ってきたんだよ?」
ご迷惑をおかけした店主に許され、早速二人はウキウキとレシピを取り出した。
二つの料理は手順と材料がやや異なっているが、ざっと見る限りでは似通った部分が多い。
「お好み焼きっていう料理だよ」
「オレのほうは広島風、カミラのほうは大阪風、らしいッス」
「へえ、地域でレシピに違いがあるタイプが」
そういった料理は珍しくない。例えば広い地域で食べられているブイヤベースなども、使用する材料にはかなり差がある。場所や季節によって捕れる魚が違うからだ。パスタに詰め物をしたラビオリも、中身は野菜やチーズ、肉、魚介とこれも場所によって様々だ。小麦粉から作った生地に詰め物をした料理、というくくりにした場合、地域差はさらにうんと広がる。
「だからお互い自分のを先に作ってほしくてああいう状況になったッス……」
「いやまあ、冷静に考えれば先に頼んだからって即作ってもらえるものではないんだけれどさあ……。まあそういうこともあるよね! バルト!」
「話はわかったが、呼び方が急に店主さんから呼び捨てになるのは変化が大きすぎねえか」
「え? バルトも私のことを前々から呼び捨てにしているのに?」
「それは……、そうか……」
バルトは素朴な言葉に論破された。まあ呼び捨てにされたからといってなにか問題が発生するわけでもないため、そこは早々に受け入れて、早速二人分のレシピの詳細を確認する。
材料は、これまでの再現料理の経験から理解できる部分が多い。キャベツや豚肉など、用意しやすい食材もまあまあある。長芋もジョットのつてでなんとかなるだろう。
問題は調味料のほうだ。
これまでは、デザートであるタルトタタン以外は砂糖、酒、醤油、みりんが頻繁に使われていた異世界料理だったが、今回はどうやら毛色が違う。
「お好みのソースを塗る……。いやソースって単語だけじゃ幅が広すぎるだろ……」
バルトはレシピの終盤の一文を読み、思わず顔をしかめた。酒といいだしといい、この異世界のレシピというやつは、細々と丁寧に書いてくれている部分と、この知識は当然ご存じでしょう? と言わんばかりに説明を飛ばされている部分の落差がありすぎる。
あるいはこの文化圏では本当にこの単語ひとつで通じるのかもしれないが、別世界でソース、とだけ聞いて探り出すのは暗中模索にも程があるだろう。
「私とジョットも、そこは流石に調べてみたんだけれどねえ……」
「ッス。この言語圏の料理本は初心者向けの丁寧なものも充実してるみたいなんで、使用する調味料について詳しく書かれてる本がないか探してみたんスよ。けど、だしの取り方とか食材の下拵えの方法とかが書いてあるのは見つかったんですが……」
「なるほどな」
レシピを睨むようにして、バルトはしばし考え込んだ。お好みのソース、という一言で万人に通用するのなら、それはこの料理に使用されるソースが文化に根付いて久しいということだ。
塩、砂糖、あるいは最近多用している魚醬。これらを調味料としてレシピに載せる際、作り方まで書いている可能性は非常に低い。専門業者が作るものの手順を載せる意味がないからだ。
そうしたものとこのソースが同等であるのなら、これは食材名というより商品名というくくりで探したほうが良いかもしれない。バルトはそう考えた。
「これだけ食文化が丁寧に扱われている世界なら、ソースの専門書だって探せばありそうだ。召喚されているかはわからんが、ひとまずそっちを当たってみよう。
というか、料理本じゃなくて料理史を探したほうがいいかも知れねェな」
「なるほどねぇ。この「ソース」が根付いた経緯や背景を探せば、材料や味についての記載も見つかる可能性があるかも!」
「確かにそのへんの資料にはまだ手を付けてなかったッス! よーし、やる気出てきました!」
まったく成果のなかった探索に手がかりが生まれ、カミラとジョットはわかりやすく奮起した。バルトはそんな二人の前に、作り置きのクッキーを出してやる。土産に貰った様々なクッキーはもう一人で食べてしまっていたので、種類はバルト手製のミルククッキー一択だ。
「わあ! やったあ! あと紅ショウガはぴくるす……」
「ありがとうございます! あと中華麺はどうやらたまご……」
喋りながら流れるようにクッキーを口に入れ、食べるのに一生懸命でそのまま口を開けなくなった若手魔術研究者たちに、バルトは労るような哀れむような目を向けた。いまはこのザマだが、学園では賢く振る舞っているんだ。きっとそうだ。今日は登場時から既にだいぶアレだったが。
それに賢さはさておき、口にものを入れたまま喋ってはいけません、というマナーを守っている点はとても偉い。そう考えてバルトは二人への、なんか残念な良い奴、という印象をより一層強くした。
そんな評価を知らない二人はもごもごとクッキーを頬張り、追加でカウンターに置かれた紅茶をごくごく飲み干してから、何事もなかったかのように仕切り直して話を続ける。
「紅ショウガはショウガのピクルスだね! これはピクルスのレシピ集があったから作り方もわかるよ。梅酢っていうのがこのへんには無さそうだから、完全な再現は厳しそうだけど」
「オレのほうのレシピに載ってる中華麺は、卵を使った小麦麺なのがわかってるッス!」
「おうそうか。すごいな。そこまでわかってんなら、俺が口出しすることは少なそうだ」
「へっへっへ。私もジョットも、今までの知識を出し合って、ちゃーんと考えてきたからね」
「オレはまだ作って貰ったの一回ッスけどね」
バルトの素直な賞賛を受けて、カミラとジョットは照れくさそうにしながらも胸を張った。
明るく元気でやや間が抜けている点が共通項のこの二人は、それでもやはり研究者なのだ。感心したバルトは、残りのわからない点についても二人に任せることにした。まあ今までだってだいぶ彼と彼女を頼っていたのだから、変わらないと言えば変わらない。
「俺のやることが少なくなって助かるぜ。あと、青のりについても任せていいか」
「うス。海藻系詳しい先輩に聞いてみます!」
「この削り節や粉かつおってのは、前に聞いた鰹節を更に加工したモンだな?」
「ですね。鰹節のだしの取り方に載ってた薄いフワフワのやつッス」
ソバ作りで得た知識を元に頷き合うバルトとジョットの、手元に置かれたレシピを覗き込み、カミラはふうむと首をかしげた。
「これも食べ物なんだねえ。木を削ったやつみたい」
「ああ、たしかにな」
言われてみると、お好み焼きの上に乗せられた薄茶色のフワフワは、木くずに似ていなくも無い。
「ってかどうやってこんな薄ーく削ってるんだろうな。生ハムより薄いだろこれ」
「ですねえ。専用の器具でもあるのかな」
知れば知るほど異世界料理の謎は深まる一方である。
しかし目の前のレシピについては、そろそろ大まかな目処が立ちそうだ。
「まあこの鰹節はひとまず諦めるとして、大体の材料は用意できそうだな。中華麺は手打ちパスタで代用するか。あともやしは……、新芽を食べるタイプの野菜か? 見た目は変わってくるが、ひとまず豆苗で代用してみよう」
「よろしくお願いするッス!」
「うへへ、楽しみだねえ! ソース頑張って探すからね!」
あげた両手をパチンと合わせて喜ぶ二人に様子を眺めつつ、そういえばもう当たり前のように再現料理を引き受けている自分に、バルトはようやく気がついた。
絶対に面倒くさいだろうと思いつつも、断ろうという気持ちは湧かない。店で出せばきっと良い売り上げになる、という打算も勿論あるけれど、それだけではなかった。
バルトはこの騒がしくて明るくて楽しいやりとりが、正直ちょっと好きになっているのだ。




