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あれはラブだね〈町田視点〉

「百々子さん、今日暑気払いしようよ」とアルバイトのはるちゃんに誘われた。


 はるちゃんこと春田ひかりさんはこの会社で働きはじめて2年ちょっとになる主婦アルバイターだ。私と同じくらいの歳だけど、たしか小学生の子供がいるはず。

 その割にちょくちょく夜ごはんに誘ってくる。旦那さんが半分ぐらい在宅で仕事してるらしい。


「いいっすね」

 私も速攻で賛同する。この時期の週末にはビールを飲んで帰るに限る。

「ってわけで、みんなで飲みに行きませんか?」

 ちょうど執務室に全員いたので誘ってみる。


「私は結構です」

 一瞬も考えることなく拒否してきたのはアルバイトの二階堂さんだ。あまりに通常運転だった。彼は就業時間以外の付き合いは一切しない。当然飲み会の類いには来たことがない。

 それでも毎回しつこく声をかけてしまう。いつか一緒に飲んでみたいものだ。


「俺、まだ酒飲めないんで」

 そういえば藤原くんはまだ19歳だった。「えー飲めなくてもいいから行こうよー。英理ちゃんだっていっつもコーラだよ」とはるちゃんが食い下がっている。これは英理が行くなら押し切られそうだな。


 そう思って「英理は?」と訊いたら、なんだかあやふやに笑ったあとで、「今日はやめておきます」とつれない返事だった。

「どした? 具合悪い?」

 まあ英理もそんなに付き合いの良い方ではないので断られるのは珍しくないけど、それにしても少し前から元気がない気がする。


「いえ、ちょっといま集中したい場所なので、少し残ってやろうかなって」

 無理するなよ、とごしごし頭をかき混ぜると、えへへ、と嬉しそうに笑った。かわいいな。



 結局みんなに振られたので、はるちゃんとふたり呑みになった。いつものパターンだ。少人数だとすぐに予約が取れるので、まあ便利ではある。


「じゃあ、おつかれさま」

 割とよく来る居酒屋のカウンター席で、私たちは生ビールと日本酒で乾杯した。ビールが私、日本酒がはるちゃんだ。

 一杯目から日本酒って攻めるねと言ったら、暑気払いには日本酒でしょと言われた。そういうものなのか。


「でも、藤原くんとご飯食べてみたかったんだけどなー、残念」

 お通しの冷奴をつつきながら、本当に残念そうにはるちゃんが言う。

 そういえば藤原くんが初めて職場に来た時、「かっこいいねー、ファンになりそう」って言ってたっけ。ほんとにファンになったのか。


「まあ英理ちゃん来ないなら仕方ないかー。お楽しみはまた今度ってことで」

 諦めたような言葉におや、と思う。

「はるちゃんもそう思う? 藤原くんて結構英理のこと気にしてるよね」

 私がふたりの繋がりを知っているせいかと思っていたけど、知らない人から見ても、やっぱりそう見えるのかな。


「気にしてるっていうか、あたしが見たところ、あれはラブだね。しょっちゅう背後気にしてるし、この前英理ちゃんが声たてて笑ったときなんて、しばらく息止めてたもん」

 はるちゃんと藤原くんは席が隣だ。そんなところまで見てるなんてすごいな。

「それは英理の笑い声が珍しいからでは」


「だったら普通に振り向いたりすると思わない? でも藤原くんはしばらく固まってから、何事もなかったように作業に戻ってたので」

 それでぴーんときたんだ、と得意げにあごに手をやった。この人探偵かなんかかな。


「今日来るなら、藤原くんにその辺問い詰めてみたかったんだけどなー」

 来なくて良かったな、藤原。私は苦笑いする。

「放っといてあげて」

 英理と藤原くんの微妙な関係をはるちゃんは知らない。藤原くんはともかく、英理はそういうことでからかわれることに耐性がないだろう。


 注文していた串の盛り合わせと冷やしトマトと2杯目の飲み物が来た。

「はあ、他人が作ってくれたごはんってどうしてこんなに美味しいんだろう……」

 はるちゃんが感動したようにトマトを食べている。

「あんまり手が込んでる料理でもないけど」

 美味しいといえば美味しいけどね。私はとりあえず動物性たんぱく質を摂取したいので鳥串にかぶりついていた。


「手間は問題じゃないのよ。例えばこの冷奴にしても、三升漬けが乗ってたりするでしょう。トマトも程よく冷えてて、ドレッシングも手作りだし」

「ああうん、トマトはぬるくもなく冷えすぎてもいなくて絶妙だよね」

 ちゃんとトマトの甘酸っぱい味がする。メニューは何て事なくても、このお店は細かい部分がいちいち丁度良い。若干相場より高めだけど、何度も来てしまうのはそのためだ。


「そういうのって、食べる人のことを考えないと適当になりがちだけど、このお店はメニュー全部にそういう思いやりを感じて愛だなって思うんだよね。旦那と子供といるとそういうのは与える一方だから。それも幸せなんだけど、たまにこうやって気遣いに触れると感動しちゃう」

 料理の手間から愛情を感じるなんて、さすが主婦だな。


「まあでも、仕事だから。少しでも美味しいもの出した方がリピーターもついてお金になるっていう戦略的なものもあると思うよ。最近世知辛くて、お客さんも取り合いだから」

 私が身も蓋もないことを言うとはるちゃんが「うう、いいな、お金は優しくしてもらえて。あたしもお金になりたい……」と悶えていた。


 気付くとはるちゃんは早々に3杯目を開けて4杯目を選んでいる。やっぱり日本酒は回るのが早い。最近ストレス溜めがちなのだろうか。

 そういえば、お盆前に子供を連れて自分の実家と夫の実家に行くのが億劫だとぼやいていたのを思い出す。


「どうしよ。そろそろ甘いの飲みたいな」

 などとタブレットのメニューとにらめっこしながらモスコミュールを注文していた。暑気払いには日本酒でしょ、と断言したことは綺麗さっぱり忘れているみたいだ。

 私も一緒にハイボールとつくねを注文した。ここのつくねは軟骨がごろごろしていて歯応えが楽しい。うずらの卵黄か梅ソースか選べるんだけど私は梅ソース派だ。

 そこそこ混んでいるにも関わらず、割と料理はすぐに運ばれてきた。


「美味しい。やっぱり英理も連れてくるんだったな。無理矢理にでも」

 食べながら、英理がここのつくねに感動していたことを思い出して少し後悔する。

 美味しいものを食べれば少しは元気が出るんじゃないかと思い、今からでも呼び出そうか、と少し頭をよぎったけど、ふたりともがっつり飲んでいるので、酔っぱらいの相手をさせることになってしまう。かえって迷惑かもしれない。


 はるちゃんがふふっと笑った。

「百々子さんてほんと英理ちゃんのこと好きだよね。大手のコンサルにいたのに退職して、今の会社作ったのも英理ちゃんのためって聞いたけど。本当なの?」

「え、英理がそれ言ったの?」

 私は少し驚く。


「言ってたー。百々子さんは本当は大手でばりばりやってたのに、結構不安定な起業っていう道を選ばせたのは、自分のせいかもしれないって」

 そんなふうに思わせてたのか、と私はうーんと頭に手を当てる。


「もちろん、それだけじゃないよ。前の会社が丁度いい外注先を探してて。私だったら需要もよくわかってるしスキルもあるから、じゃあ新しい会社作っちゃえーって。別に英理だけのためじゃなくて。私も前職で限界見えてた頃だったし、いろいろちょうど良かったんだよ」

 まるで言い訳してるみたいだなと思いながら言う。


 本音をいえば、私が前世で結果的に英理のーーエリザベスの居場所を奪ってしまった形になってしまったことが、英理と再会してからどんどん気になるようになっていたのは事実だった。

 シシィだった時には、気にしたこともなかったのに。


「今度は、私が英理の居場所を作ってあげたいな、とか思っちゃったんだよねー」

 今考えると思い上がりだったけど。蓋を開けてみれば、今の会社の経営の半分は英理のスキルで成り立っている。

「よくわからないけど、仲良しでいいねー」


 はるちゃんがのんびりと笑う。それからはるちゃんの旦那さんの愚痴などを聞いた。主に家事の分担と家計の分担、男女の体力の差に関しての話だった。

 ふたり共酔っているので曖昧なニュアンスで会話が進んでいく。

 それでいい。お互いに深く突っ込む気はないので、適当なアドバイスもできる。こういうふわふわとした会話は楽しい。



 適当なところで切り上げて店を出た。少し飲み足りない気分だったけど、家族がいるはるちゃんを遅くまで引き留めることもできない。

 ふたりで地下鉄の駅までの道をだらだらと歩いていると、「あれー」とはるちゃんが呟いた。

「どした?」

「いま、英理ちゃんと藤原くんが並んで歩いてるのが見えた気がしたんだけど。気のせいかな」

「まじで?」


 私ははるちゃんの視線の先に目を凝らしたけど、週末の夜の路上は暗い上にそこそこ人がいて、見知ったシルエットは見つけられなかった。

 英理が私以外の人間とふたりでなんて歩かないだろ、と思いながらも、藤原くんとだったら案外あっさりと出かけそうな気もする。


 休み前は藤原くんに付き合って早朝から職場に来ていたぐらいだ。あの人見知りの英理が。これが前世の絆ってやつか、侮れないなとか思ってたんだけど。

 最近また英理の方が少しぎこちなくなった気がして、気にしてはいた。


「なんだー、ちゃんと仲良くなってるんじゃん、あのふたり。来週聞いてみようっと」

 嬉しそうなはるちゃんに、私は思わず釘を刺していた。

「はるちゃん、あのふたりだけどさ。しばらく見守るだけにしよう。あんまり詮索とかはしないで」

 何しろ前世ではお世辞にも友好的とは言い難かったふたりだ。どう言う関係性になるにしろ、周りが何か言うにはまだ早い気がした。


 よく考えてみると、あっさり仲良くなったのが不思議なくらいなんだよな。私ともだけど。

「そう? まあ百々子さんが言うなら」

「悪いね。英理は結構引っ込み思案だからさ。なんか言ったらすぐ引いちゃうかもしれないから」


 ーー私、思うんです。この世界に転生できて、百々子さんと再会できたのも、星神様の計らいなんじゃないのかなって。


 出会って間もない頃の英理の言葉が思い浮かんだ。前世で酷い目に遭ったにも関わらず、現世で会えてよかったと言い切った英理。

 神様のおかげだか何だか知らないけど、私はあの子を幸せにすると決めている。それが今世の私の責務だと言ってもいい。


 だから、もしも最近英理が元気がなかった原因が藤原くんなのだとしたら、放ってはおけないと思った。たとえ彼がアルフレードだったとしてもだ。

 英理のことだから、何か変な風に思い詰めてるんじゃないかっていう気もしている。

 他人に干渉するのは得意ではないけど、そうも言ってはいられない。


「愛だねー」

 隣ではるちゃんが呟いた。

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