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相性の問題だな〈藤原視点〉

わかりにくいので今回から視点名つけました。


「あ、カスタード」


 カスタードクリームといえばプリンだな、と考えて、連想ゲームのように俺は細い肩を思い浮かべる。



 夏休みを利用して、友人と3人で一泊旅行に来ていた。

 一緒に来た緑も陽太朗も地元の同級生だ。緑は中学が同じで、高専に進学して就職活動の真っ最中だ。陽太朗は俺とは保育園から高校まで同じで、今は船員になるために神戸の大学に通っている。


 進学のために地元を離れているふたりが戻って来ているタイミングで何処かに行こうということになり、それぞれの実家から車で一時間ほどのこの郊外の温泉街に来たのだった。


 通された部屋は昔ながらの和室だった。窓際の板の間のスペースに向かい合わせに椅子が2脚ずつ、その間に小さなテーブルが置いてあり、テーブルの上にはお湯が入ったポットと緑茶のティーバッグ、そして地元の銘菓らしいものが載っている。


「これだこれ、温泉に来たという感じがするな!」

 陽太朗が荷物を置くのもそこそこに、真っ先に椅子に座っている。今回の旅行を発案したのも陽太朗だった。



 行き先は温泉宿がいいと主張する陽太朗に、俺と緑は少し困惑した。何となくそういうところは家族旅行で行くものだというイメージがあったからだ。

「まじでリフレッシュになるから!」

 そう言って押し切った陽太朗が言うには、じいちゃん子である陽太朗は小さい頃からあちこちの銭湯や温泉に連れて行ってもらい、広い風呂に目がないのだという。


 まあ俺も緑もそこまで行き先にこだわりもなかったので陽太朗の案が採用されたが、こうやって宿に着いてみると意外と正解だった気がしてきた。

 何せ夏休み真っ最中とあって、ここに来るまでの道も酷く混んでいたのだ。この上、キャンプや観光地巡りをしても、疲れが溜まるだけだっただろう。

 ここならあとはひたすらのんびりするだけだ。


 陽太朗は慣れた様子で俺たちの分もお茶を淹れてくれている。

 この真夏に熱いお茶ってどうなんだろうと思いながら、せっかく淹れてくれたんだからと向いに座って飲んだそれは、意外なほど喉の渇きを潤してくれた。


「緑、陽太朗がお茶淹れてくれたよ。こっち来て飲まない?」

 俺が呼ぶと、畳の上に大の字になっている緑から「……あとで」と返事があった。

 ここまで運転して疲れたのかもしれない。少し申し訳ない気分になる。


 俺は運転免許を持っていない。アルバイトをしているのは、教習所の費用を稼ぐためでもある。

 陽太朗も、この春の大型連休に取ったばかりなので初心者だ。自然と高校在学中に取っていた緑に運転を任せてしまった。


「疲れた?」

「……んー。畳が気持ちよくって」

 なるほど、と納得する。確かに気持ち良さそうだ。

 緑は眼鏡を外して目を閉じている。しばらくそのままにしておくことにした。


「このお菓子って食べて良いの? お金かかる?」

 目の前の陽太朗が木の皿に載っていたお菓子をもぐもぐと食べているので、俺もひとつ手に取った。

 金はかからんし地元の銘菓だというので外装を剥いて口にする。


「あ、カスタード」

 なんの変哲もない大福かと思ったら、中に入っていたのは想像していた小豆餡ではなくカスタードクリームで、更に中心には赤いジャムが入っていた。

 何となくかじりかけの中身をしげしげと見てしまう。


「俺的には普通のあんこの方が好きだな」

 指についた粉を払いながら陽太朗が言うので、ふと先日バイト先の人にプリンをあげたらひどく喜ばれたことを思い出した。

「プリンが好きな人だったら、こっちの方が好きかな」

「どうだろう。俺もプリンは好きだけど、この生地にはあんこの方が合うと思う。相性の問題だな」

 そういうものか、と思う。


「有はどっちのほうが好きなんだ?」

 小豆餡かクリームか。そう訊かれて迷ってしまう。俺は食べ物の好き嫌いがないので、正直どっちでもよかった。そういうと、「そういうとこだぞ」と陽太朗が指摘してきた。


「これはじいちゃんの持論だったんだが、食べものの好き嫌いと人間の好き嫌いは原理が似てるんだと。だから最初は苦手だと思っても、よっぽどじゃなければひと口だけ食べるようにしろ、ひと言だけ会話をするようにしろ、慣れてくるとだんだん良いところもわかるようになるからって」

「うん……?」


「そうやって育てられたから、俺は今は大抵のものは食べられるし、大抵の人間とも話せる。これは食いものや人間の選り好みができない船員という職業にとっては大きな才能なんだよ」

「なるほど」


 そういえば陽太朗は航海実習で何か月も海上にいると言っていた。休みが終わったらまた長い実習があるらしい。確かにそんな一緒にいる人が固定されるような環境では、好き嫌いは少ないに越したことがないだろう。


「でもやっぱり譲れないところはあって、大福に小豆とクリームだったら小豆なんだよ。でもお前には、そういうこだわりがまったくないだろう」

 口調にひっかかるものは感じながらも、そのとおりだったので「まあ、ないな」と頷く。


「だから有はすぐ別れるんだよ」

「ずっとその話してたの!?」

 唐突に話が戻ったので、俺は驚いて聞き返してしまった。ここに来るまでの車中で、高校からの彼女とは大学に入って早々に別れたことを話したら、有って意外と彼女と続かないけど何でだろうねという会話をしていたのだ。まさかそれが続いていたとは。


 俺は肩をすくめる。

「別にそんな大層な理由じゃないよ。大学別れたら向こうに好きな人ができたんだって。よくある話だろ」

「高校の時は向こうの方がお前に惚れているように見えた。それなのにお互い本当に好きだったらそう簡単に別れないだろう。うちは高校も大学も別々だが、別れる気はしないな」

 陽太朗には中学の頃から付き合っている彼女がいるのだ。単なる惚気話だった。俺は唐突に馬鹿らしくなった。


「優しいようで、意外と有は人に興味持たないところあるからな。僕も山田さんに相談されたことある。全然特別扱いしてくれないし、自分に興味が無いように見えるって」

 畳に満足したらしい緑が起きて来て、俺の隣に座ると湯呑みを持ち上げた。


 山田というのは中学の時に少しだけ付き合っていた子だ。そういえば別れを告げられた時も似たようなことを言われたっけ。

 緑とも陽太朗ともいい加減に長い付き合いなので、こういうところを全部知られてしまっているのは少し厄介だ。


「やっぱりな。結局どうでもいいと思ってるのが伝わるからそんな不満を持たれるんだよ。可哀想に」

 陽太朗がしたり顔で頷いている。なんだかムカつくな。

「中学生の付き合いなんてそんなもんだろ。好きだのなんだの言っても、どっちかっていうと付き合うっていう行動に憧れてるだけみたいな」


「それは違う。この子は何が好きなのかとか、どうやったら喜ぶのかとか、そういうのは中学生だって考えるだろう。興味が無いっていうのは好きじゃないということだ。俺と世那なんてーー」

「この大福って、変わり種?」

「中にクリームとジャムが入ってる、さくらんぼの」

 また陽太朗の恋人自慢が始まりそうだったので、興味がなかった俺と緑で大福の話をはじめたら怒られた。

「お前ら、俺の話を聞け! ちなみに俺の大福のジャムは木苺だった」


 もしかして全部違う味なのか。包装紙を確認すると、残りのひとつには「ハスカップ」と書かれている。

 緑は少し考えて「僕はいらない。食べて良いよ」と言った。

「ほら、緑は用心深いから行動を起こす前にあれこれ考えて、結局新しいものは拒否するタイプだろう。だから恋人ができたことがないんだ」

 陽太朗が何故か嬉しそうに笑っている。

「食べものに関しては保守的な方が生き延びる可能性が増える」

 緑は真面目な顔で答えた。



 そのあとも浴場に行ったり、宿の周りをぶらぶら散歩したりしながら、俺たちはぐだぐだとくだらない話をした。

 こうやって浴衣を着て、ビルの代わりに提灯に照らされる宿屋が立ち並ぶ温泉街を歩いていると、まるで異世界にでも来たような気分になる。外国語が多く飛び交っているのも理由のひとつかもしれない。

 俺の知っている異世界とは随分違うけど。


 俺が土産物屋に寄りたいと言うと意外だったらしく、緑に「家族に?」と訊かれた。

「いや……バイト先?」

 家族か。母親は友人と旅行中なので必要ない気がする。姉にも温泉土産はあまり喜ばれるイメージが湧かない。

「へえ。随分律儀なんだね」

「世話になってるから」


 陽太朗も彼女に買うとか言い出したので、3人で店に入った。目立つところにあのカスタードの入った大福が置いてあった。本当に名物なのだろう。

 3種類が4つずつ入っていて人数的にもちょうど良いように思える。ーーでも。

「おっ、これでいいな」

 陽太朗はあっさりそれに決めていた。


「陽太朗、それいまいちだって言ってなかったっけ?」

「いや、美味かったよ? ただ俺はあんこの方が好きだと言ったんだ」

「そうか。んー……」


 どうせなら喜んでもらえる方がいい。陽太朗のように小豆餡派の人にとってはカスタードクリームは邪道に感じるだろうか。緑のように食べものに保守的だったら、あげるだけで負担になってしまうかもしれない。

 案外、定番の温泉饅頭の方が良いだろうか。それとも日持ちしそうなクッキー? でもクッキーなら、地元にある有名店のものが至高だと思う。


「ずいぶん悩むんだな。たかだか近場の旅行土産ごときで」

「いや、貰ったら何が嬉しいだろうなって考えてたら迷っちゃって」

 陽太朗がはっとした顔をする。

「有、もしかして、バ先に気になる子でもいるのか」


「何でそうなるんだ。世話になってるって言っただろ。それにその人多分甘いものが好きらしくて、ちょっとしたものでも凄い喜んで真剣に食べてくれるから。こっちも気合い入れて選ばないと悪い気になるだろ」

 またこいつは何を言い出すんだと思いながら、俺は半分以上土産の方に気を取られている。


 熟考の末、結局最初のクリーム大福にした。

 こんなことなら悩むまでもなかったな、と思いながら「悪いな、待たせて」と店を出たところにあるベンチで待っていたふたりに駆け寄ると、ふたりは何やら神妙な顔で俺を見ていた。


「もしかして待たせすぎた? ごめんって」

 普段はこんなに悩まないんだけど、と我ながら言い訳じみた言葉が出た。本当に本来はこだわりの無い人間なのだが、今回はたまたま思考のドツボに嵌ってしまった感じだった。


「いや、全然待ってないよ。陽太朗とゲームやってたし」

 緑がスマホを掲げて見せる。それなら良かった。

「普段悩まないお前がこんなに悩むってことは、あれだな。うん」

 陽太朗は何故かひとりで納得している。

「なんだよ」


 俺の質問に陽太朗は笑って答えてくれなかった。緑まで何だか訳知り顔なのが悔しい。

「丁度良い時間だ。そろそろ宿に戻ろう。バイキングは初速が大事だからな」

「え、話終わり? そこまで言ったら全部言わないと気持ち悪いじゃん」

「こういうのは他人が言うと台無しになるんだよ」

 緑も笑っている。俺だけがすっきりとしない顔のまま、3人で戻った。

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