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強くて正しくてクソ〈藤原視点〉

誤字報告ありがとうございました。

間が空いてしまいましたが、物語内の時間軸は10月のままです。

「良かったらごはん食べに行きませんか、来週」

 俺は以前約束していたとおり入江さんを食事に誘う。時刻は18時を回っている。オフィスには残業中の入江さんと俺と百々子さんの3人だけだった。

「わあ、前に三人で行こうって約束してたやつですよね。嬉しいな。いつにしますか?」

 入江さんの顔がぱあっと明るくなった。断られなかったことにほっとしつつ、笑顔を凝視してしまう。


「え、と。23日とか空いてますか」

「え……」

 そう言うと、入江さんの顔が少し曇る。平日だし都合が悪かっただろうか。

「あの、その日は、大事な日ですよね。他の日にしませんか?」

「何かありましたっけ」

 業務上は大きな締め切りも無かったはずだけど。俺が考えている間に、入江さんがらしくもなく強い口調でたしなめてくる。


「何言ってるんですか。藤原さんの誕生日じゃないですか。しかも、はたちの。ちゃんとた、大切な人と過ごしてください、そんな大事な日は」

「なんで知ってるんですか……」

 まさか知られているとは思わなかった。下心がばれていたみたいで恥ずかしくて、俺は片手で顔を覆った。


「前に、履歴書を見たので……」

「前って、面接の時の?」

「英理は数字とか一回見たらあんまり忘れないっていう特技があるんだよ、すごいっしょ」

 何故か百々子さんが自慢げに教えてくれるが、そういうことは早く言ってほしかった。


「す、すいません、気持ち悪いですよね。あの、履歴書を何度も、見返したりとか、してるわけじゃないですよ」

「謝ることじゃないです。そういえば何となく入江さんが数字に強いのは知ってました」

 べつに何度も見返して覚えてくれたのでも構わないし、むしろ嬉しいと思ったが、それを口に出したら気持ち悪いのは俺の方だ。


「うちあんまり誕生日とか盛大に祝わない方なんですよ。適当にプレゼントもらって終わりで。この歳だとケーキも食べないし、それならなんか美味いもの食べに行きたいなって。あ、誕生日だからって奢って欲しいとかはないですよ、もちろん」

 咄嗟に口をついて出た理由は嘘ではなかったが、何だか言い訳じみているかもしれない。

 大学の友人に祝われるのは週末だし、地元の友人とは離れているのでチャットでやり取りして終わりだし。

 それでも表情の晴れない入江さんを見て、俺は諦めることにした。

 

「でも、誕生日だってわかったら気を遣わせちゃいますかね。すみません、別の日にしましょうか」

 俺がそう言うと、入江さんはあからさまにほっとした顔をしたので、少し複雑な気分になる。



「……べつに、奢ってほしいとか、プレゼント欲しいとか、思ってるわけじゃないんだけどな」

 入江さんが帰って百々子さんとふたりきりになり、思わずぽつりとつぶやいた言葉は、愚痴っぽい響きをはらんでいたかもしれない。もちろん百々子さんに聞き咎められる。

「英理はあれで、考えすぎる子だからさ。本当はお祝いしたいんだと思うよ、藤原君のこと。でもいろいろ考えちゃって、結局何もしない方が良いっていう結論になっちゃったんだろうね」


「なんですか、いろいろって。そんな考えることあります?」

 納得がいかなくて食い下がる俺に、百々子さんはにやりと笑って見せる。

「藤原くんよりは英理の思考について詳しいつもりー」

 どうしてこの人は入江さんのことになるといちいちマウントを取ってくるんだろう。


「『自分なんかが藤原くんのお誕生日をお祝いするなんて』とか、『大事な日の記憶に私が残るわけにはいかない』とか。そういうことをぐるぐる考えてるんじゃないの」

 百々子さん挙げた理由は、いずれも納得できるものでもない。でも少し思い当たるところもあるので、反論はしなかった。


「それに、もしかしたら」

 百々子さんが思いついたようにぽつりと呟く。

「前世で何かあったのかもね。誕生日を祝うのに憚られるようなことが」


 一瞬何も言えなくなったのは、まったく身に覚えが無いわけではなかったからだ。

 それから舌打ちでもしたいような気分で顔をしかめた。

「……またあいつか」

 アルフレード。どこまでも前世の記憶は障壁となって俺の前に立ちはだかる。


 涼しい顔で、常に正しい道を選び続ける男だった。

 弱者への慈愛はあっても、弱さからくる歪みには共感も容赦もしない男だった。

 あの世界では、国の絶対権力者の夫として、弱さを許さない彼の高潔さは必要で価値のあるものだったのだろう。

 だがその強さや正義感といったものが、今現在も入江さんを苦しめている。

 強くて正しくてクソだと思った。



 翌日出勤した俺は、キッチンで自分のカップを洗っている入江さんに声をかけた。

「おつかれさまです」

「藤原さん。おつかれさまです」

 にこりと笑って振り返る入江さんはいつも通りで、俺の方が若干緊張している気がする。


「今日は残業なしですか」

「そうですね。最近、落ち着きましたね」

 残業がないと、入江さんは俺と入れ違いになってしまう。まあ早く帰れるのは良いことなんだろうな。

 俺は冷蔵庫から炭酸水のペットボトルを取り出しながら、用意していた台詞を口に出した。


「……土曜日に、誕生会やろうと思うんですけど、俺の。うちで。良かったら来てください」

 それだけをひと息に言う。できるだけ軽く聞こえているようにと願いながら。


「たんじょうかい」

 入江さんは目を丸くして初めて聞く言葉のような発音で繰り返した。俺もこの歳になってこんな単語を口にするとは思わなかったが、名目がこれしか思いつかなかったのだから仕方がない。


「無理にとは言いませんけど。ただ土曜日だったら当日じゃないし。やっぱり考えてみて、入江さんに祝ってもらえたら嬉しいなって思ってしまって。嫌ですか?」

 入江さんはしばらくぼうっとしていたが、我に返ったように瞬くと、勢い込んだように口を開いた。

「気づかなくてすみません。初めてのお誕生日ですもんね、藤原さんがももこさんに再開してから」


「いえ、百々子さんじゃなくて入江さんにって言ったんだけど」

「あ、ありがとうございます。気を遣っていただいて」

 入江さんはわかってると言うように頷いてみせたが、どう見てもわかっていない。

 俺はこっそりとため息を吐いた。入江さんにたまに真意が届かないように感じることがあるのは大体アルフレードのせいだろう。

 不本意ではあるが甘んじて受けなくては。



「え、行かんけど」

 百々子さんにはあっさりと断られた。これにショックを受けたのは俺ではなく入江さんだ。

「な、何でですか? 藤原さんの誕生日、ももこさんがお祝いしないで、誰がお祝いするんですか!」

 おろおろしながら何だかまたよくわからないことを言っている。

「むしろ私がお祝いする意味がわからないんだけど」

「前世での伴侶で運命の相手ですよ、意味なんて必要ないです!」

 珍しく強い口調だった。この人は俺のためにこんなに一生懸命になってくれているのだろうか、なんて埒もないことを考える。


「前はそうだったかもしれないけど、今は単なる雇用者と被雇用者じゃん?」

 言ったあとで百々子さんがちょっとしまったという顔をする。百々子さんの言葉に入江さんが傷ついたのがわかった。

「あ、もちろん英理は友達だから毎年お互いにお祝いしてるんだよ?」

「すみません、それ以上は俺がつらいのでちょっと」


「……まあでも英理は行きなよ。せっかく誘ってもらったんだし」

 困ったように天井を見たあと、どことなく投げやりに言って仕事に戻る百々子さんを見てからこちらに目線を寄越す入江さんの顔はどことなく同情的だった。何故俺が可哀想みたいになっているんだろう。

 俺はふっと笑った。せっかくの百々子さんからの気遣いだ。ありがたく受けよう。


「ご覧のとおり、百々子さんに振られてしまいました。入江さんは来てくれると嬉しいんですが」

 入江さんは慌てたようにこくこくと何度も頷いた。こういう時に断れない人なんだろう。

「あの、じゃ、じゃあ、お邪魔します」

「やった」

 入江さんの人の良さを利用してしまったという罪悪感を、純粋に約束できた嬉しさが上回った。我ながら現金な性格だとは思う。


 入江さんの肩越しに百々子さんがこちらに目線を寄越してかっと目を見開いた。これは『今回は譲ってやる。ありがたく思え。ただし変なことをしたらただではおかない』の意味だろう。

 百々子さんの考えていることは不思議とよくわかる。何だかんだ言ってこれが前世の絆というやつなのだろうか。入江さんの気持ちはわからないことが多いっていうのに。

 俺も目線だけで感謝の意を伝えた。

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