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一生会うことがないからこそ、お互いに惹かれ合うのかもしれないね〈町田視点〉

更新ペースが落ちていてすみません。

読んでいただいてありがとうございます。

 今年もこの季節がやってきた。


 私は家族からのメッセージを確認すると、オフィスにいた3人にその旨を告げる。頷くみんなの目は真剣だった。


 そして翌週、私がいつもより30分早く出勤したのは仕事のためではない。

「よいしょ……っと」

 抱えて来た紙袋をどさっとキッチンの床に下ろす。重たかった。封を開けると、びっちりと米が入っている。実家から送られて来た今年の新米だ。

 私ひとりでは到底食べきれないので、いつもオフィスのみんなに食べるのを手伝ってもらっている。


 米を研いで、据え付けてある炊飯器にセットする。ちなみにオフィスではお湯を沸かすこと、オーブンレンジを使用すること、コーヒーを淹れること、炊飯をすることが許されている。コンロは無い。掃除が大変だからだ。


 少し経つと執務室にまで芳しい香りが漂って、みんながそわそわし始めた。やがて電子音のアマリリスが鳴り響いて炊飯完了を告げる。

 ちょうど昼休みの5分前だった。ナイスタイミングだ。


 12時のアラームが鳴ると、はるちゃんが「当番あたしです!」と言うなり真っ先に立ち上がる。少しして用意してあった人数分の紙の深皿に真っ白な炊き立てのご飯をよそって持って来た。


「綺麗だねー」

 白すぎてうっすら発光しているような神々しさすら纏わせるご飯を掲げて、はるちゃんがうっとりと呟く。

「じゃあ、はじめようか」


 新米の消費がはじまる最初の日に、ひとり一品ごはんの供になるものを持ち寄る。それをお互い試食して、優勝を競うのが毎年の恒例になっている。

 じゃんけんで順番を決める。一番手は私だ。

「ふふ。残念だけど、優勝はもらうから」


 私が掲げたのは、塩辛の瓶詰めだ。その辺に売っているものではない。親戚の叔父がやっている水産加工業社製のもので、漁師と契約してその日に水揚げされたイカを新鮮なうちに熟練の主婦たちが海辺の工場で加工するので、鮮度は何処にも引けを取らない。ほとんどが地元で売り切れてしまうという人気商品だ。


「これ、塩味えんみがまろやかで、そのままちびちび食べると日本酒に凄く合うんだよね。もちろんご飯とも合うと思う。やっぱり米と塩辛って永遠のパートナーだと思うのよ」

 早速みんなで試食する。熱々のご飯にひんやりとした塩辛が口の中で混ざり合って、磯の香りが鼻から抜けていく。

 これは優勝間違いなしだろう。自慢げに見渡すと、他の3人は微妙な顔をしていた。あれ、予想と違うな?


「た、確か去年は、うにくらげでしたよね」

「確かに美味しいけどさあー」

「どこまでも酒の宛てというか……」

 ひそひそとささやき合う3人に私は頬を膨らませた。

「何よ、そんなこと言うんなら、みんなも相当自信あるんでしょうねえ? 変なもの出したら鼻で笑うけど?」


 いらっとしたのでハードルを上げてやると、英理がびくりとした。しまった、次この子だったか。

 まあ勝負の世界は非情なものだ。去年がのりたまだったから、今年は大人のふりかけとかだろうか。悪いけど塩辛の敵ではない。


「わ、わたしはこれです」

 英理が選んだのはバターだった。その辺のスーパーで売っている、有名メーカーの。

 しかし最近は値上げが激しくてすっかり高級品になってるよねー……と思う。


「わー、バターかけごはん、美味しいよねー。うちの子も大好きだよ。ちょっと醤油たらすんだよね」

 塩辛より明らかにはるちゃんの受けが良かった。まじか。

「醤油の代わりにのりの佃煮と合わせても美味しいですよ。意外とバターと磯の香りは相性が良い」

 二階堂さんまで好感触だ。まさか英理に負けてしまうのだろうか。とんだ伏兵だった。


 バターのかけらをご飯に乗せると、とろっと溶けて、いい匂いがする。黄金に染まったご飯に醤油を数滴落として口に入れると、一斉にみんなの顔がゆるむ。幸せな味がした。

「やー、バターは間違いないってー。何やっても美味しいんだもん。ずるいよー」

 はるちゃんが目を細めて味わっている。


「それにしても、いちミリも調理しようっていう気概がないんだねー、ふたり共。なんか普段の食生活の想像がついちゃう」

 すっかり満足した顔で3番手のはるちゃんがタッパーを取り出した。新品のタッパーは彼女らしい気の使い方だと思う。


「これじゃあまりに手抜きすぎるかと思ったんだけど、取り越し苦労だったみたいで良かったー」

 中に入っていたのは、なんか葉っぱが入った茶色っぽいふりかけみたいなやつだった。

「わー、なんか見覚えあるやつだ」

 実家でもよく出てきたやつに似ている。しかし材料が何かはわからない。


「これはねえ、かぶの葉っぱをみじん切りにして、同じく小さく切った油揚げと一緒にごま油でいためて、かつお節もいれて適当に味付けして、ぱらぱらになるまで炒ったやつ。あ、最後にいりごまいっぱい入れてるよー。これで混ぜごはんにしておにぎりにすると美味しいんだよ」

 手抜きという割には膨大な手間がかかっていて、私と英理は震えた。


「これは……。大根の葉でもいけそうですね。じゃこを加えても美味しそうだ」

「さすが二階堂さん。よくアレンジでどっちのパターンも作りますよー。葉っぱはセロリとかでも美味しいです。うちの味付けはちょっと甘いんですけど」

「そうですね。僕が作るならみりんと砂糖は控えるかな。でも美味しいです。カルシウムや鉄分も取れて良いですね。真似させてください」


 これだけの会話で、二階堂さんが私と英理などよりはるかに自炊をすることが伺える。彼には離婚歴があるのだ。子供はいないらしいが、病気さえしなければもしかしたら良きパパになっていたのかもしれない。


 そういえば、去年優勝をかっさらったのは二階堂さんだった。なんと自家製の梅干しという、ちょっと反則気味のものを持ってきたのだ。

 市販のものよりしょっぱくて肉厚で、それなのに桃のような果実感もあって絶妙だった。はるちゃんが数個からでも売ってくれ、と交渉していたほどだ。

 もしかしたら今年も同じものかもしれない。だけど2回目だとさすがにインパクトが弱まるのではないだろうか。

 そんな二階堂さんが出したものはーー。


「塩、ですか?」

 少し戸惑ったような英理の言葉に、二階堂さんは臆せず頷く。

「お米自体が充分美味しいものなので、余計な味は加えずに、旨みだけを引き立たせるものを選んでみました。煮窯や岩塩もそれなりにおいしいのですが、やはりここは天日塩かなと。一年以上かけてじっくり太陽光で乾燥させているので、まろやかでミネラルも大量に含んでいるんですよ。町田さんの塩辛もそうですが、どうして米は海のものと相性が良いのでしょう。きっと、生活圏が相入れないからこそ、お互いに惹かれ合うのかもしれませんねーー」


 二階堂さんが語っている間に、私たちは白米に塩をかけ、ひとくち口に入れた。

 白状しよう。所詮は塩、たかが調味料だとあなどっていた私の浅はかさを。


「うっ」

「わあ、おいしいー」

「おいしい……」

 思わずみんなが語彙を失ってしまったのも無理はない。私たちは紛れもなくお米を食べていた。しょっぱいという感覚さえなく、何もかけない場合よりもはるかに自然にそれはお米そのものだった。


 黄金の稲穂が風に吹かれて一斉に立てる音を聞いた気がした。その音は波の音に似ていて、幼い私は田んぼの脇に立って、目を瞑りながらいつまでもその音を聴いていたのだ。

 不意に湧いた郷愁に胸を締め付けられながら、私は親指を立てた。

 ーーYou are the best.



「いや待って。なんで俺がいなくなった途端にそんな楽しそうなことやってるんですか」

「こればっかりは仕方ないよ。新米の季節はずらせないからね」

 定時終了間際にやって来てショックを受けたような顔をする藤原くんに、私は慈愛の笑みを向ける。


「で、どれが優勝だったんです?」

「それがさあ、票が割れちゃって」

 自分以外で一番美味しいと思ったものを選ぶのだが、私は二階堂さんを、英理は私を、はるちゃんは英理を、二階堂さんははるちゃんを選んだので、結局決まらなかったのだ。


「だからこの際藤原くんにも選んでもらおうと思って。公平にしたいから、どれが誰のかは言わないよ」

 そう言って机の上にあるおにぎりを指差した。ラップに包まれたおにぎりが3つ並んでいる。

「3つ……ですか? 4人いるのに」

「まあ食べてみてよ。小さいから全部いけるでしょ?」


「それにしても」と藤原くんがその中のひとつに口をつけながら呟く。

「百々子さんが米持ってくるのって、なんか意外です」

「父親が農機具販売店の専務なんだよ、主に水田作ってる町の。それで農家に顔が広くって。この季節にいっぱいもらうから、うちにまで送ってくるんだよね。自炊しないって言ってるのに、知り合いにでも配れって」

「この時代に贅沢だなあ」


 ひとつめははるちゃんのかぶの葉ふりかけだった。美味いな、と言いながら食べている。そういえばこの子は何でも美味しく食べる子だったっけ。料理の審査員としては不適かもしれない。

「何だろう、これ。イカ?」

 あっという間にふたつめに口をつけながら、藤原くんが不思議そうな顔をする。実はこれもはるちゃんの考案料理だ。


「それはねえ、塩辛バター」

 流石に塩辛は生ぐさくておにぎりには向いていないだろう…と諦めようとしたら、「火を通せば大丈夫だよ」とはるちゃんが教えてくれたのだ。塩辛とバターをアルミホイルに乗せて、オーブンレンジでホイル焼きのようにすると、おどろくほどバターの風味が塩辛の潮の香りによく合った。


「うちの子、生もの食べられないからさー。何でも火通しちゃうんだ。塩辛バターで炒めたのをマッシュしたじゃがいもと混ぜて、ポテトサラダにしてもおいしいんだよ」

 そう言って、結果を見られないことを残念がりながら15時に帰って行った。


「へえ。初めて食べる味だけど、美味しいです」

 藤原くんに不味いって言われたら終わりだろうと思ったが、隣で英理が嬉しそうな顔をしているので、口には出さない。


「不思議だよね。牛乳とイカなんて、普通に生きてたら絶対に接点無いじゃない? それが調理するとこんなに合うなんて。一生会うことがないからこそ、お互いに惹かれ合うのかもしれないね」

「それは、昼に僕が言った言葉なんですが……」

 良いことを言おうとしたら二階堂さんに突っ込まれた。


「なんかわかる気がします。合いそうとか合わなそうとか、思い込みで決めつけてると、絶妙な組み合わせを見逃すかもしれない。それはそれで勿体無い気がしますね」

 藤原くんが頷いている。彼の何でも受け入れる柔軟さは素直に称賛に値すると思う。



 優勝は二階堂さんの塩おにぎりだった。

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