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過去に戻れたらな〈藤原視点〉


『今まで酷いことをしてごめんなさい。本当は、ずっと貴女がうらやましかったの。シシィ』


 水色の髪の少女ーーシシィは、慈愛に満ちた眼で、ひざまづいて許しを乞う紫の髪の少女エリザベスを見下ろす。

『私は、貴女が反省しているのなら、罰を与えるつもりはないわ、エリザベス。手伝って欲しいことがたくさんあるの。何といっても、50年ぶりの女王の代替わりなのですもの。これから忙しくなるわよ』


 茫然と顔を上げるエリザベス。

『私を、許してくれるの……?』

 信じられないというように呟くエリザベスに、シシィはいたずらっぽく片目をつぶって見せる。

『私と一緒に、国を治める手伝いをすること。それが貴女のつぐないよ』


 傍らでふたりを見ていた金髪の貴公子が、諦めたようなため息をつく。

『君は本当にお人好しだな、シシィ。……エリザベス。俺は彼女と違ってすべてを許したわけではない。だが』

 そう言って、眩しいものを見るようにシシィを見る。

『この国の女王になる者がそう言っているんだ。従わないわけにはいかない』

『アルフレード様……』


『もしもまた、シシィに害をなすようなことを考えるなら、その時は私が相手だ』

『二度としません。決して!』


『みなさん、わかったようですね』

 少し離れた場所に佇んでいた、美しい女神がにっこりと微笑む。

『慈愛の心。それこそが、この国の女王に求められるものなのです。シシィ、貴女の愛情は国中に行き渡り、やがて国を末永く潤すことでしょう。良い王におなりなさい』

『はい、星神様。精一杯がんばります!』

 淑女らしくなくガッツポーズをするシシィ。

『そう言う時には、お辞儀をするのよ。こうやって』

 突っ込みながらも美しい見本を見せるエリザベス。


『なるほど。……こう?』

『こう!』

 いまいち優雅にならないシシィに、さらにエリザベスがダメ出しをする。そんなふたりを見て、堪えきれないようにアルフレードがくすりと笑みをもらす。

 それを合図にしたように、みんなの笑い声が響いた。


 幸せそうに彼らが笑う姿が徐々に遠くなっていき、視点が空に移り、「カリンダムの王冠」というこのゲームのタイトルが浮かび上がる。

 そして、控えめにかかっていたBGMが、エンディング曲に切り替わる。



 これが、今の彼女が焦がれる世界と、その結末。 

 それは優しく美しかった。涙が出るほど。



「ちょちょ、エイムやばいって」

「いや待って待って待って……うわー駄目だ」

 早々にやられてしまった俺を尻目に、緑はどんどんキルを増やしてゆく。やがてチャンピオンの文字が浮かび、緑のキャラが勝利者になった。


「…………」

「有、シューティング下手になったね」

「前みたいに毎日やってないから。しかもこのコントローラー使うの久々だし。ていうか緑はなんで強くなってるんだよ」

 就職活動真っ最中のはずなのに、まったく衰えていない。就活は大丈夫なのかとこちらが心配になってしまうほどだ。


 地元から少し離れた場所で暮らして高専に通っている友人の緑とは、普段はネットを介してゲームをやっている。

 今日は帰省中の緑が俺の家に遊びに来たので、いつものPCではなく、一代前の家庭用ゲーム機を出して一緒にプレイしていた。


 中学生の頃ぐらいまではこうやって居間のテレビで緑や他の友人たちとよくゲームをしていたものだった。

 姉が出勤の際「うわ、タイムスリップしたかと思った。変わらないね、あなたたち」と声をかけて出て行ったぐらいだ。


「もう3社から内内定出てるから。あとは卒業までだらだらするつもり」

「えっすごいね。もう本命決めてるの?」

 こんなに早く決まるものなのか、と少し驚く。本命として緑の口から出たのは、よく名前を聞くような通信インフラの会社だった。


「へえー、すご。大手じゃん、福利厚生とかよさそう」

 俺が少し驚くと、緑が「まあね」と頷いた。今は売り手市場だというのは本当なのだろうか。俺が就活をする二年後も続いていれば良いけど。


 だらだらとゲームをやっているうちに昼食の時間になった。

「なんか買って来る? カレーならあるよ。昨日俺が作った残りものだけど」

 そう聞くとカレーを食べる、と言うので、食卓テーブルに移動する。


 皿によそったカレーライスと野菜スープをテーブルに並べた。両方、昨日の夕飯で食べたものだ。

「いただきます」

 ひと口食べて緑があれ、という顔をしたので、何か変だったかなと思って俺もスプーンを口に運ぶ。ごく普通の食べなれた味がした。

「なに、変な味する?」

 俺が聞くと、緑は首を振った。


「いや、美味しいよ。ただ前と違うなと思って」

「前?」

「昔、やっぱり有のうちに遊びに来て、こうやってカレー食べさせてもらったことあったでしょ。中学ぐらいの時」

「あった、っけ……?」

 そんなに前のことは覚えていない。あの頃は塾のない日は、誰かの家でゲームをやって、ついでにご飯を食べて、というのが当たり前だった気がする。


「あの時は、トマトっぽい味で。なんかうちのカレーと全然違ったからちょっとびっくりしたの覚えてる。これはうちのカレーに似てる」

「あー、それ多分姉ちゃんが作ったカレーだ」

 

 姉と俺ではカレーの作り方が違う。俺は玉ねぎと豚肉と人参とじゃがいもを炒めて煮込んだものに市販のルーを入れるだけの、ごくオーソドックスなカレーだ。

 姉はトマトと玉ねぎをやたら入れて、水の代わりに赤ワインを大量に入れて長時間煮込む。肉は牛すね肉を使っているらしい。

「店っぽい味だよね。俺も最近あのカレーの美味さわかってきたわ」

「同じ家なのに、作り方が違うんだ」

 緑が何やら感心したような顔をしていた。


 うちはカレーに関しては家庭の味というものが特にないのだ。何故なら母親はカレーを作らないから。

 小さかった頃の姉と俺は、手づくりよりもレトルトのカレーの方を喜んだらしい。そこで何種類かレトルトを用意して、好きなものをかけて食べるというスタイルになったのだった。

「合理的だね」

「ちょうど父親が出てったのと仕事が忙しくなったのが重なったのもあるんだけど。あんまり料理得意な方でもないし。こっちもその方が気楽で良かったっていうのはある、正直」



 食べ終わって食器を洗い、午後はどうしようという話になる。

「どっか行く?」

 俺の問いかけに、緑は少し考えた。

「いや……漫画の続き読ましてほしい。何だっけ。過去にタイムスリップして殺人解決するやつ。あれまだ途中なんだよね」

「ああ、あれな。今更読むか? もうとっくにラストどうなるか知ってるだろ」

「いや。ネタバレは一切踏んでない。とにかく有の部屋で読むまではと思って凄い気をつけてた」

「終わったの2年前とかなのによく今まで無事だったな。さっさと買うかネカフェとかで読めばよかったのに」

「そこまでするほどではないっていうか……」


 そんなことを言い合いながら俺の部屋に移動する。緑が俺に断って棚から件の漫画を抜き出して、ぱらぱらと中身を確認していた。俺は眠くなって来たので少し寝ようかと考える。どうも自分のベッドが視界に入ると横になりたくなってしまう。


「あれ、有、こんなゲームなんかやるんだ」

 緑が机の上のパッケージに目を止めた。入江さんの脚本デビュー作『カリンダムの王冠』だ。

「ああ」

 緑は不思議そうな顔をしている。見るからに女性向けのそのゲームを俺がやっているのが意外だったのだろう。まさか自分の前世がゲームになってるとも言えない。

「アルバイト先にそのゲームのライターさんがいて。良かったらやってみてってもらった」


「へえー」

 緑が興味を持ったようにパッケージを持ち上げる。

「脚本、獅子沢エリーって書いてる。この人?」

 少しふざけたような名前は入江さんのライターネームだ。副業になるのか、シナリオライターの方が本業なのかはよくわからないが、今でも会社の仕事とは別に書いているようだ。

「うん」


 早速緑がスマートフォンで検索していた。

「ちゃんとウィキペディアある人なんだ。あ、このゲーム知ってる。へえー……。あ、ジャンクの作品にも参加してるんじゃん。凄いな」

 ゲームの造詣にかけては俺よりも緑の方がはるかに深い。食い入るように入江さんの経歴を調べる様子に俺は落ち着かない気分になる。

「あのさ、一応、リアル知人だから。俺の前であんまり遠慮なく調べないでほしいというか」


「え、何で」

 緑はきょとんとした顔をしている。何でと言われても、何となく居た堪れなくなるから、としか言いようがない。

 本人がここにいたら、どんな反応をするだろうと思ってしまうのだ。インターネットはでたらめな記事も載っている。きっと知り合いに根掘り葉掘り調べられるのはいい気分ではないだろう。


「どうしても。せめて俺がいないところで調べて」

「わかった」

 釈然としない風を残しながらも、あっさり引いてくれるのでほっとする。

 そう思うのは、俺自身がゲームの反応について調べたことがあるからだ。

 そして後悔した。


 ゲーム「カリンダムの王冠」については概ね高評価だったが、中には辛辣なものもあった。


『最後あっさり終わりすぎ』

『エリザベスへの報いは?』

『あの女には思い知らせてやるべきでしょ。娼館堕ちでも生温い』

『仮にも施政者が悪人をあっさり許したらダメだよ。相応の罪は償わせないと』

『これ作った人優しさと自己満足を履き違えてる。あまりに世間知らずなんだけどニュースとか見ない人なのかな』

『偽善者が治める国なんて、悪人ほど得する予感しかしない。絶対に行きたくない』


 書いてあること自体は間違っていない。俺も何も知らずにゲームだけをやれば、簡単に赦される悪役令嬢に不満を持ったかもしれない。

 それでも、入江さんがどんな思いでゲームをあの結末にしたのかを考えると、それを踏みにじるような言葉の数々に、ひとつひとつ反論したくなってしまう。


 そして、入江さんもこれらの意見を見たんだろうか、と考える。見てるだろうな当然。そして傷ついただろう。

 5年も前に出たゲームだ。今更反論することも、見ないように誘導することもできない。

 考えれば考えるほど、自分の無力さを思い知るだけだった。


 俺は、漫画を読みはじめた緑を見る。

「……俺も、過去に戻れたらな」

 呟いた言葉は、思っていたより切実に響いた。

 その漫画の主人公のように、5年前に戻って、こんな感想なんて気にするなと言いたい。ああ、でもきっと、百々子さんが言っているだろう。その頃には、入江さんと百々子さんは会っているのだ。


 緑が少し驚いたような顔をする。

「どうしたの突然。嫌なことでもあった?」

「……何でもない」

 今さらどうしようもないことだと思いながら、くだらない考えを止めることができなかった。


 入江さんが子供の頃に戻って、前世では酷いことをしたと謝りたい。一緒に過去を克服しようと言って側にいたい。

 前世に戻って、落ちそうになるエリザベスをシシィと一緒に掴めたら良かった。エリザベスが女王になるために、どれだけ厳しい教育を受けているのかを知ろうとすれば良かった。もっと彼女と話せば良かった。

 ーーすべてはもう終わってしまったことなのに。



 それからふたりとも少し無言になった。たまに緑が単行本のページをめくる音だけがする。俺はベッドの上で目を閉じて、それを聞くともなく聞いている。

 やがてため息と共に、本を閉じる音がした。読み終わったのだろう。


「よかった。2年越しに読めた」

 この部屋で最後まで読みたかったんだ、と緑が笑う。前にここを訪れたのは、進学のために引っ越しを直前に控えた高校卒業後の春休みだったらしい。そう言われてみればそんな気もする。


「あの時は、知らない土地に行くのが不安だったから、全部読んじゃうともう有たちとの縁も切れてここに来れなくなる気がして途中でやめてたんだけど。また会おう、なんて口にするの恥ずかしかったし、有たちがどう思ってるかわからなかったし。でも何だかんだで結構僕たち、あんまり変わってないな」

 少し照れたような緑の言葉で、途中でやめた漫画には、約束のような意味があったことを知った。


 あまり感情を出さないように見える緑でも不安だったのか。もしかすると、就職を控えた今も、ナーバスになっているのかもしれない。


「就職してからもいつでも来ればいいよ。少なくとも卒業まではここにいると思うから」

 そう言うと緑は嬉しそうな顔をした。

「そうする」

「カレーの腕も上げておく」

「またカレーなんだ」

「そう。期待しておいて。未来の俺に」

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