孤児の私が村の掟で山の神様の所に生贄行くって話だけど、これどうせ実は山の神様は超絶イケメンで実際は溺愛とかされちゃうやつでしょってワクワクしてたのに、会ったらガチで食われそうになって超ぴえんって話
やっほい!私の名前は千代!
孤児です!ほぼ他人みたいな親戚に育てられて、無事15歳になりました!
そしたら大変!うちの村では百年に一度、山の神様に若い娘を生贄に差し出すって決まりがあるんだけど、なんとこの私がその役目に選ばれちゃった!やっばーい!
でもね、私知ってるんだぁ!
これ、実は山の神様、超イケメンで、実際に生贄に行ったらなんやかんやで溺愛とかされちゃうパターンでしょ?
そういう話、近くの他の村とかで結構あったらしいって聞くもん。
15年間結構虐められたりキツイ仕事させられたりしてたし、ここでいっちょ、人生大逆転☆みたいな?
てなわけで、生贄に行く日、村の人達の前では、今まで着たことも無い綺麗な着物着せられながら「マジ凹む〜。超ぴえん〜」みたいな顔してたけど、内心はウッキウキだったわけよ。
で、実際山の神様のとこに着くじゃん?
で、山の神様に会うじゃん?
で、やっぱ予想通り神様マジでメロいイケメンだったわけじゃん?
よっしゃあ☆これ大勝利じゃん!って思うわけじゃん?
なのにさ……。
「ちょちょちょちょ!!痛い痛い痛い!マジで何なの!?」
私は今、その神様に齧られている。
言っとくけど、ちょいエロな齧り方じゃないから。さて、ちょっとまずちょっと味見しよーっと、みたいな感じでガブリっていかれたから。
「ちょっと最悪!血出たんだけど!」
私はブチギレる。
神様は口を尖らせて言った。
「煩いなー!今回の貢ぎ物は」
「そりゃ齧られたらキレるでしょうが!」
「活き作り好きなんだけどなぁ。やっぱ絞めてから食べるかぁ」
「はあ!?食べる!?」
「そうでしょう。え?君何しに来たのさ。生贄でしょ」
「ガチ生贄かよ……」
ガックリ。なんだよー。溺愛計画があ。
つーか神様がガチで人肉食べる系の肉食系男子だなんて聞いてないよー。顔はあっさり草食系男子のくせに。
私がベッコリと凹んでいるのを見た神様は、さすがにちょっと良心が痛んだのか齧るのをやめてくれた。
私はホッとして、ポツリポツリと呟くように身の上を話してみることにした。
「私さ、産まれてすぐに親に捨てられたみたいで。ほとんど他人みたいな親戚が育ててくれたんだけど、やっぱ私の事ウザかったみたいでさ。仕事全部押し付けるわ、飯は腐ったものしか出さないわ、きれいな水も使わせて貰えないわ、布団も紙みたいなペラペラリンチョなものだったでキツかったんだよね。結局、この生贄で私を追い出してさ。村の人達も、私みたいな孤児ならちょうどいいみたいな感じで誰も反対してくれなかったし。
でも、まあ私はさ、神様の生贄になって誰かに必要とされるようになるならまだいいかなって思って、結構生贄に前向きで来たんだけど……って、イデデデデデデ!!
ちょっと!話の途中に噛むなよ!!」
「あ、悪い。まだ終わってなかった?話長いなって思って」
悪気のない、キョトン顔の神様。
腹立つなその顔。
つーか、私の悲しくもエモいストーリー聞いて、ちょっと心動かされて「ま、食べるのはまた今度にしてやろう」みたいになる流れじゃないの?これ!!
何で普通にスルーして、さてそろそろ一口食べよかな、みたいな感じになってんのよ。
「なあ、お腹すいた。早く食べさせてよー」
一切気にせず甘えた声で言う神様。
いやいや、私だって簡単に食べられるわけにはいかないのだ。
「ねえ神様。神様って人間しか食べないの?」
「いや、別に。木の実や魚だってたべるけど」
「じゃあ!別に私を食べなくったっていいじゃん!」
「何いってんのさ」
神様は呆れたように肩をすくめた。
「君……えっと名前は……」
「千代」
「そう、千代。千代にとって、これは人生で一番美味しかった!って思う食べ物は何?」
「……鯛!」
私は即答した。
一度だけ、村の祝言のお祝い御膳をつまみ食いしたことがある。あんなにぷりぷりして美味しい魚は初めてだった。
「その、鯛が目の前にあったらどうする?」
「食べる!絶対!」
「だろ?私にとっての千代は、千代にとっての鯛なんだよ。千代は、目の前に鯛があるのに、その辺のドングリ食べろって言われたら嫌だろ?つい尻尾辺りを齧りたくなるだろ?」
「う、まあ……」
「てなわけで、私は千代を食べる」
「納得できるかっ!」
私は思わずツッコむ。ヤダヤダー。15年間嫌なことばっかだったのに、最後に生きたまま食べられちゃうなんて絶対ヤダー!
私が駄々をこねていると、神様は呆れたように言った。
「あのさぁ。千代は一応貢ぎ物なわけだからさ。千代がそんな我儘言うなら、村に災害が起こっても村を守ってあげないよ」
「別にいいもん。言っとくけど、私孤児だからね。親兄弟もいないし、ずっと家で働かされてたから友達もいないし、私に優しくしてくれる人なんかもいなかったんだから。そんな脅しで身を捧げるわけ無いじゃん」
「ふーん」
うわー、興味なさそうー。少しは同情しろっつーの。
「ま、わかった。千代に脅しは効かないんだね。大人しくしてくれないみたいだし、じゃあちょっと縛って吊るして捌いてから食べ……」
「グロいわ!!」
悪化したよ!
やめてよそのグロのR18G展開。どうせならエロ方面でR18かけたいんだけど。
私は焦って必死に考えた。どうにかしてこの場で食べられることだけは避けたい。
「んーっと!!ていうか!つまり神様にとっては人間はご馳走なわけでしょ?でもさ、私自分で言うのもなんだけど、むっちゃ栄養不足で貧相だよ。おいしくないよ。ストレスマックスだから絶対美味しくないよ。少しこう……育てるっていうか?ムチムチに脂身のせてから食べたほうが絶対いいんじゃない?」
とりあえずプレゼンしてみる。
「私だったらさぁ、ようやく手に入れた鯛が小さかったら、ちょっと大きくなるまで待つよ。そのほうが美味しいもん」
「うーん、一理あるな」
お、神様から高評価。
「よし、わかった。少し千代を肥えさせよう。そしてから食べよう」
よし!なんとかこの場を乗り切ったぜ!私はホッとため息をついた。
「ただし、逃げたらすぐに捌くからね。食事の用意をしてくる」
ニコリともせずに、神様は軽い調子でそんな脅し文句を言ってどこかへ消えていった。
怖ぁ……。
※※※
神様は、肥えさせるためにしばらく飼育することに決めてくれたようで、私を神様のお家である祠に案内された。
そして、全然ささくれ立って無い綺麗な畳の上でフワッフワな座布団に座らされた。古いけどなんかきれいなお茶碗にホカホカ湯気が立ったものを入れて持ってきてくれた。
「こ、こ、これ……もしかしてお米?」
「そうだよ」
うわあ。私、粟とかしか食べた事ない!
「これ、食べていいの?」
「食べてプクプク大きくおなり」
神様はにっこりと言う。
「この辺りは食料資源が豊富だからさ。庭にいくらでも畑があるから好きなように取って食べればいい」
「マジで!?神様ってマジ神じゃん!」
「神様だからね」
そう言うと神様は、自分も茶碗に盛ったお米と丸ごとの野菜と生の魚をベロンと平らげていた。
「ねえ神様。神様って料理はしないの?」
「米は炊くよ。さすがに硬いからね」
「それ以外は?」
「しなくていいだろ」
神様は素っ気ない。
これは、もしかしてチャンスなんじゃない!?
「ねえ神様!私、料理作ってあげる!私を食べるよりも、もっともっと美味しい料理つくってあげるよ!」
「料理?」
「そ!煮たり焼いたり、お塩とか醤油とか垂らして。おいしいよ!」
「いや、別にいらないかな」
なんでだよ!!
「遠慮しないで!」
「いや、でもさ、千代だって想像してごらんよ。千代の目の前に立派な鯛があったら、いくら美味しく調理されたドングリ寿司なんか出されても、鯛のほうが食べたいでしょ?」
うっ。まあ、そうだけど……。
「でも!ドングリ寿司もちょっと気になるよ!食べたいって思うよ!」
「あ、千代ってもしかしてドングリも好物なの?」
「違うわ!」
神様アホじゃん。つーかさっきから何なのそのドングリに対するディスりは。
「とにかく!一回食べてみてよ。ね?明日の朝作ってあげるから!」
「まあ……どっちでもいいけど」
煮え切らない神様の反応。くっそー。明日意地でも美味しいって言わせてやるから!
こうして初めてのお米に舌鼓を打ちながら平らげたあと、温かいお風呂に案内された。
私は温かいお湯に入るなんて生まれて初めてだった。お湯なんて使わせてもらったことすらなかった。
お湯ってこんなに気持ちいいものなのか。ヤバい。寝そう。
私は幸せな気持ちでお湯にゆっくりとつかっていた。
「うーん、ちょっと想像と違ったけど、でも悪くないな」
ふわふわ座布団。お米。お湯。
なーんか食べらそうな事忘れちゃいそう。
私は能天気にそんな事を思いながら肩までお湯に浸かっていた。しばらく入っていると、だんだんお湯が熱くなってきた。
「熱い……さすがにもう無理……」
私は急いでお風呂から出る。
用意してもらった布で体を拭いて、用意してもらった着物を着て出ると、神様は残念そうな顔をしていた。
「あれ。もう出ちゃったの」
「うん、ちょっと熱くなって」
「えー、そんなんじゃ全然出汁出てないかなぁ」
「……出汁?」
出汁?だし?私はぽかんとする。え、まさか……。
「神様、私をお風呂に案内してくれたのって、私で出汁をとろうとしてたの?」
「うん。いや、さっき千代と鯛の話したからさ。あ、千代で出汁とってみようかなって思いついてさ」
「とんでもねえ思いつきしないでくれる!?」
何でそんなナイスアイデアでしょ☆みたいなキラキラした顔してんのよ!
「まあ、ちょっとでも出汁出たかなー。ちょっと味見してくるよ」
「待て待て待て」
「何だよー。出汁冷めちゃう」
出汁じゃねえよ!
「超絶キモいから!女子入った後のお風呂飲もうかなーとかそれヤバい変態のヤバいフェチだから!!例えイケメンでも絶対許されないやつだから!!」
「何で?ただの出汁じゃん」
「だから出汁じゃないってば!!」
ギャーギャー言いながら、なんとか私は神様が私の残り湯を飲もうとするのを止めることに成功した。
神様はどうも不満げだった。
いや、まあ冷静に考えたら残り湯飲まれるくらい齧られるよりはマシかな、残り湯で多少満足してもらえるなら食べられるよりはイイんじゃね?とか思ったけどさ。
いい食事も寝床も用意してもらって、まあ結構我儘言ってる自覚も多少あるけどさ。
でも。うん。やっぱ生理的に無理なんだもん。仕方ないじゃん。
私は自分にそう言い聞かせて、その日は初めてのふかふかの布団で眠りについた。
※※※
次の日、私は早起きをして、宣言どおり、庭の畑の野菜を使って朝ごはんを作ってみた。
とはいえ、神様の祠には調理場なんか無い。道具もない。マジ不便。
だから私は、多分狩り用の小刀を駆使して野菜を切り、小枝を集めて火を起こしてそれで調理した。
生贄にされた時に清めの塩を持たせられていたので、それで味付けをする。
いい匂いじゃん。さすが私。
昨日つかったお茶碗に作った朝ごはんを盛り付けると、私は神様を起こす。
「おっはよー。ねえねえ、ご飯作ったよ?食べてみてよ」
「んー、わかった……」
「イデデデデデデ!違う!私じゃないっ!噛むな!」
最悪!また噛まれた!血出た!
「だって、食べてみてよって言ったから……」
「私を食べろって言ったわけじゃないんだけど!」
私はぷりぷりしながら朝ごはんを指さした。
「ほら、食べてみてよ」
「えー、ドングリ寿司?」
「ドングリは一切使っておりませんのでー」
そう言って私は、焼いて塩をかけただけの野菜を乗せたお米を神様に突きつけた。
神様は、それを食べると、ちょっと頷いた。
「うん、美味しい」
「でしょー」
「ありがとう」
神様がお礼を言った。え、多分、私、お礼言われたのとか人生で初めてかも。どうしよ、マジで照れる。
「いや、うん。まあ別に。これくらいどうってことないし」
ツンデレかよ、って自分で自分にツッコミたくなる反応をしちゃう。
「ま、私もちゃんと火を通して食べたかったし?神様がこれでお腹いっぱいになって、私を食べなくてもよくなればいいなって……イデデデデデデ!!だから齧るなっつーの!!」
何なの!どーいうタイミングで「さて齧ろっかなー」になるわけ!?
神様はキョトン顔だ。だからその顔腹立つっつーの!
「え、だって、ご飯、副菜作って、あとは千代を食べるだけ、って感じに準備してくれたんでしょ?」
「んなわけあるか!」
そんな、私をた・べ・て♡みたないなノリじゃねーよ!てか何?じゃあさっきのお礼は、私を食べる準備万全にしてくれてありがとーみたいなやつだったの?さいあくー!
「てか、私を肥えらせて食べる計画はどうしたのよ」
「あ、忘れてた」
テヘペロ、じゃないから。
私はため息をついて、少し神様から離れて自分も朝ごはんをたべる。
やっぱ美味しい。腐ってない食事。
「私さ、神様に一応感謝してるんだよ」
私は食べながら、私の様子をじっと見つめている神様に言った。
「こんないい生活、初めてなんだ」
「ふーん」
相変わらず興味なさそう。
「感謝してるけど、食べられるのはやだから、こうしてご飯くらいは作るからさ。祠の掃除もするし、庭の手入れもする。それで勘弁してくれない?」
私の提案に、神様は首を振った。
「いや、だからね。千代が目の前に鯛が現れて、ドングリ寿司作るから自分のこと食べないでーって言っても食べるでしょ?」
「まあ、そうだね……」
私は渋々頷く。っていうか昨日から言ってるその、ドングリ寿司ってなんなの。ちょっと食べたくなってきたんだけど。
「てなわけで、諦めてね。いずれは食べるから」
「むぅー」
私はふてくされる。美味しい料理で懐柔して心通わせあって、なんやかんやで食べないで仲良くするって計画は、やっぱ無理かぁ。ま、私作ったの、ただの串焼き野菜だしな。そんな神様懐柔出来るほどの料理スキルとか無いし。貧乏村の貧乏家の虐げられっ子にそんなスキル無いわなー。
「でも、こうして野菜焼いたりしてくれるなら、少し猶予与えてもいい。今度魚獲ってくるから、それも焼いてよ」
神様は、串を舐めながら言う。
「魚?鯛?」
「ここは山だよ。川魚に決まってるだろ」
呆れたように言う神様は、私に近づいて、さっき齧った場所を優しく撫でた。
「さっき齧ったの、良くなかったな」
そう言って、神様は私に笑いかけてきた。
え?何?何この急展開。やだー、急なイチャラブ展開来ちゃう?ラブラブエロエロR18展開来ちゃう?
私が動揺していると、にっこりと神様は言った。
「焼いた食べ物がこんなに香ばしい匂いがして美味しいなんて。千代は生で食べないで焼いて食べようかなー」
「グロいわ!!」
結局グロのR18Gの話かよ!!
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※※※
※※※※
千代が私の所に生贄に来た日のことは昨日の事のように思い出せる。
やせ細って肌艶が悪く、小汚い、とても小さな少女だった。
それなのにとてもよく喋る明るい子だった。
だから、見た目は全然美味しそうじゃないのに、早くこの子を食べたいな、と思った。
齧ってみたらやっぱり美味しくなくて、そしてとても煩かった。
いつも私の所に来る生贄は、はじめから諦めた顔をしてすぐに大人しく食べられてくれていた。
でも千代は全く諦めてくれなかった。抵抗し、拒絶し、でも寄り添って食事を作ってくれたりしてなんとか食べられないようにしていた。
それがとてもいじらしくて、早く千代を食べてやりたいと思う反面、千代と一緒にいたら楽しいな、と思ってしまった。
私だって、千代が可愛い。でも食べたい。人間を食べると神通力が強まる。食べたい。可愛い。
だからちょっとつまみ食いしたくて千代を齧る。怒られる。千代の出汁を飲もうとする。変態と罵られる。
そんな日々を過ごして気づけば50年ほど経っていた。
若い少女だった千代は、老いた。
そして、若い頃の苦労も祟ったのか、ある日ぽっくりと死んでしまった。
「ま、私が死んだらさ、死体くらいなら食べてもいいけど」
なんて千代は生前言っていたけど、老いた肉なんてもう全然美味しくないよ。死肉だって好きじゃない。だから私は、人間のとある宗教の作法に従って、千代を火で焼いて墓に埋めることにした。
千代が毎日のように焼いてくれた野菜や魚は香ばしくていい匂いがした。でも、千代を焼いたときの匂いは全然違った。いつか千代を焼いて食べたいといつも思っていたのに、全然食欲が沸かない匂いだった。
どうしてなんだろうか、千代は分かるかな?
私は焼いて灰になった千代を埋めると、祠に戻った。
祠には、いつの間に来たのか、人間からのお供え物として、鯛が置かれていた。
結局、千代に鯛を食べさせてやることは出来なかったな。ま、私だって千代を食べなかったんだからおあいこだな。
私は笑って鯛に手を伸ばす。
それを焼きもせずにそのままベロンと食べてしまう。焼いていないのになぜかあの匂いを感じて、奥がツンとした。千代がこんがりと焼いた野菜を準備する、あの忘れられない匂いが。
「ふんだ。どうだ千代、独り占めしてやったぞ。お前なんかドングリでも食べていればいい」
私はわざと声に出して言った。
時代は変わった。もう人間は生贄を私に与えることはしなくなった。そんな非科学的なことをせずとも、自力で災害から身を守れる知恵をつけた。
だから、千代、お前が最後の生贄だったんだぞ。全く。食べ損ねて、楽しかった。
私は、千代の墓に供える為のドングリと米を用意するために、顔を上げて立ち上がるのだった。
End